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- 『トルクメニスタンにある神秘の絶景、地獄の門とヤンギ・カラを巡る』
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エリア:
- アジア>トルクメニスタン>アシガバート
- アジア>トルクメニスタン>タシャウズ
- アジア>トルクメニスタン>トルクメニスタンその他の都市
- テーマ:世界遺産 歴史・文化・芸術 自然・植物
- 投稿日:2017/01/11 16:48

「トルクメン人の家族といっしょに(メルヴ遺跡で)」
①トルクメニスタンの2つの絶景、地獄の門とヤンギ・カラ
イランとアフガニスタンの北に位置し、旧ソ連の中では最南端にあたる中央アジアのトルクメニスタンは、国土は日本のおよそ1.3倍。その大半を占めるのが広大なカラクム砂漠です。この砂漠の荒野には、世界中から観光客が訪れる神秘の絶景が2つあります。それが地獄の門とヤンギ・カラです。
どちらも見逃せない神秘の絶景、この2つの絶景を巡る旅を、存分に楽しんできました。

「天然ガスが火を噴くクレータ 地獄の門」
②カラクム砂漠の真ん中にあいた炎の大穴 地獄の門
○炎の大穴
カラクム砂漠のほぼ中央、首都のアシハバードから約260km北方、ダルヴァザというところの近く、砂漠のど真ん中に、地面が陥没してできた、直径90mにもなるような大きな穴が、ぽっかりと口を開けています。中をのぞくと、穴の底やら、側壁やら、いたる所からボウボウと音をたてて炎を上げています。穴の淵に立っているだけなのに、砂漠に吹く風がクレータの中で渦を巻き、炎に炙られ、熱風となってボクの身体を包むのです。

「あ、あ、頭が熱い!!」
○地獄の門の正体
1971年、旧ソ連による地質学調査で地中に天然ガスがいっぱいの洞窟が見つかりました。しかし、その調査中に落盤が起き、地面がドカンと陥没して直径90mにもなるような大きな穴がボッコリできました。幸い、人は落ちなかったのですが、その後、穴に落ちた動物たちがみんな穴の中で死んでしまうので、有毒ガスが出ていることが分かり、その対処のために火を点けたのだそうです。ところが、こんどはその火を二度と消すことができなくなってしまった、というのが、この地獄の門の正体です。大穴(クレータ)からは、天然ガスが吹き出し続け、その火は40年以上も燃え続けているという、他ではとうてい見られない絶景なのです。
近くに住んでいたダルヴァザの村の人々は、この炎の穴を「地獄への入り口=門」と呼んで、有毒ガスを恐れたのか、少し離れた場所に移り住んで行ってしまいました。

「カラクム砂漠の真ん中にあいた炎の大穴 地獄の門」
○他には何も無い
なので、今、クレータの周りには何もありません。見渡す限りの砂漠の中に、ただポッカリと大きな穴が空いているだけです。見物に訪れた観光客が、ひと晩をこの穴の炎といっしょに越すためのテントを張っていますが、その観光客たちが誤って穴に落ちないようにする柵もロープも、注意を促す標識も、記念撮影に欠かせない看板や記念碑も、「観光地」と呼ばれる所ならどこでもあるおみやげ屋さんや飲食物の露店も、もちろん駐車場もトイレも、な〜〜んにもありません。

「夜の闇の中で燃える地獄の門」
○夜こそが地獄の門
さて、日が傾き、砂漠を駆け抜ける風が次第に冷たくなって、空に星がまたたき始める時間になると、地獄の門の炎は、夜の闇に映えて、いっそう明るく激しく燃え上がって見えます。明るい昼間に見るよりも、夜、暗くなってからの姿の方が圧巻で、感動的ですらあるので、ぜひ夜になってからも見るべきなのですが、真っ暗な砂漠の中を車で走って帰ることはできないので、ここで夜を迎えるからには、朝まで過ごすしかありません。
と、いうことで、ホテルやロッジなどといった宿泊するための設備などあるはずもないので、多くの観光客たちは水道もトイレもないのに、ここでキャンプをしてひと晩を過ごし、朝になってから帰って行くのです。

「ボクが泊まったユルタ(モンゴルのゲル)」
ボクを案内したトルクメニスタンの旅行会社は、クレータから少し離れた場所に建てられたユルタ(モンゴルの「ゲル」、内モンゴルの「パオ」と同じ)にボクを泊めたので、夕食のバーベキューでお腹を満たした後、辺りが完全に暗くなってから、地獄の門に向かいました。
○満天の星
砂漠の夜空は、地上が暗いので、星がたくさん見えます。おまけに高い建物も山も無いので空が広い。満天の星、というのは、このことなんだなあ、と、長い間忘れていた言葉が浮かびました。
この夜は、月齢5〜6日のちょっと肥えたぐらいの三日月でしたから、月明かりもそれほどではなく、星を見るにはいい具合で、流れ星も見ることができました。
夕食の後に見た星たちは、ボクが眠っている間に夜空を回り、夜明け前にユルタから這い出したときには反転していました。北斗七星とカシオペアは北極星をはさんで逆の位置に輝き、未だ地平線の下で見えなかったオリオン座は南の高い空で他の星々を圧するほどの勇姿を誇っています。こんなに夜空の星を眺め続けたのはいつ以来だろうか・・・・・・・・。ボクは砂漠の夜明けを待ってユルタの横で立っていました。
③トルクメニスタンの首都アシハバードは別世界の街
○アシハバードは「アシカ+カバ」?
もう一つの絶景:ヤンギ・カラに行くために、まず、トルクメニスタンの首都アシハバードに向かいました。地獄の門があるダルヴァザから南へ約3時間、カラクム砂漠を突っ走ります。

「アシハバードの交差点ロータリーに立つオグズハンと周囲の兵士の英雄たちの像」
アシハバードは、日本では「アシハバード」とか「アシガバート」などと書かれていますが、現地でトルクメン人たちが呼んでいるのを聞くと「アシカバッ」としか聞き取れません。ボクの頭の中にはアシカとカバを足して2で割った動物(頭がアシカで、身体がカバ)の姿が浮かびます。しかし、この街の名前は「愛の町」という意味を表しているのだそうで、半分カバ、などと言うと叱られそうです。
○真っ白な街
このアシハバートは、1948年に大地震に襲われ、町の建物は壊滅的な被害を受けました。ですので、この町には古い歴史的な建造物は残っていません。しかも、1991年の独立以降は、中心部に次々と造られた主な建造物の外壁はほぼ全て、白い大理石張りに統一され、町の姿は一新されました。今や道路の幅は広く整備され、歩道やその外側の緑地帯も広々ととられ、道の両側に立ち並ぶ巨大なビル群はあくまで白く、整然と威容を誇っています。

「街に建つ白くて立派な大理石の建物」

「街に建つ白くて立派な大理石の建物」

「大通り沿いに巨大なビルが7〜8棟、一気にまとめて建造中だった」
市民の足の路線バスも、どこかの国のように大きな広告が描かれたラッピングバスなどありません。真っ白なボディーの大型バスが、これまた白い壁でエアコン付きの待合室を備えた(!)バス停に停まります。道に架かる歩道橋も白、アンダーパスや高架道路の側壁まで白い大理石張り、という徹底ぶりです。

「バス停も白くてエアコン付き」

「歩道橋も白くて立派」
アシハバードでは白いビルの谷間を走るクルマもまた、白いのです。自家用車であるのに、多くの人が白かシルバーを選び、青や黄色の色彩豊かなクルマはほとんど走っていません。真っ赤なポルシェや黒塗りのハイヤーなど、この町の人たちには想像もできないでしょう。
○クルマは汚れていてはいけない
さらに、この町では汚れたクルマも走っていません。首都だから、でしょうが、クルマを汚したまま走ることが禁じられていて、周辺の砂漠から市内に入るときは、洗車して泥や砂をきれいに落とさなければなりません。汚れたままだと、警官に罰金を取られてしまうのだそうです。地獄の門からアシハバードに向かう観光客を乗せたクルマもみんな、アシハバードに入る手前の村でいったん足止めされ洗車してもらっているので、客の欧米人たちが手持ちぶさたにたむろしています。国境を越えて走る大型トレーラーだって例外ではありません。でかいタイヤにこびりついた泥を全部、高圧水で落としてもらうので時間がかかりますが、省くわけにはいかないようです。

「アシハバードに入る前の村で洗車する」
○奇妙で奇抜な建造物たち
どこへ行っても、白く大きなビルディングが建ち並んではいますが、中にはときどき、奇妙な格好で思わず目が引かれてしまう建物があります。奇抜な、と言っても良いようなものがあったりもします。巨大な目玉のような室内観覧車、貝殻を合わせたようなホテル、空を串刺す塔、星形(?)の「ウェディングパレス」、ロケットみたいな永世中立塔、などなど、ただ白い建物だけの町ではありません。

「室内観覧車:ALEM(宇宙の意)」

「5つのマーク(5つの州を表す)がある空を串刺す塔」
○アシハバードの夜景
夜になると、この町の白くて巨大な、そして奇妙な格好の建物たちは、またさらに、文字通り輝き出します。
高台にある永世中立塔やウェディングパレスは五色の色彩にライトアップされます。赤、紫、黄色、と次々に色を変えて照らされるのです。
商業ビルも、昼間は白いだけだと思われた建物が、夜には色とりどりのネオンサインを点け、違う顔を見せています。

『世界最大の星形建造物』とトルクメニスタン政府が誇るウェディングパレス」(上)「Yyldyz Hotel(貝殻を合わせたようなホテル)」(左下)「室内観覧車:ALEM(宇宙の意)」(右下)

「中立広場の永世中立塔(中立門)』
街灯は道路を明るく照らし、歩道を歩いていても、俗っぽい言い方の「昼間のように」ということばが、本当に当てはまるかと思えるほど明るいのです。
石油や天然ガスを産出する国なので、発電コストが安いからこんなことができるのか、と、ゲスの勘ぐりをしたくなるほどで、高い所から見ると、真っ黒い夜の中でこの町だけがボッと明るく浮かんで見えます。

「昼、白い店舗が夜はきらびやかな色彩」(上) 「アシハバード中心部の夜景」(下)
○アシハバードは別世界
と、いうわけで、この町はトルクメニスタンという国の中でも、と言うか、中央アジア全体の中でも別世界。毎日、砂礫や枯れ草ばかりの砂漠が続き、日干し煉瓦や木材で建てられた家、のそのそ歩くラクダ、、、、という、赤茶色や黄土色だらけの色合いに慣れた目には、アシハバードという町の景色は、まばゆいほどに輝いて見えることでしょう。
○アハルテケ馬の厩舎
ところで、トルクメニスタンは優秀な「アハルテケ」という種の馬の産地としても有名で、国じゅう、どこの都市に行っても立派な競馬場が造られています。
アシハバードでは、厩舎を見学することができ、何頭かアハルテケ馬を調教場に連れてきて見せてくれます。US$10を追加で支払えば、乗馬させてもくれます。初めての人でも調教師が引いて歩いてくれるので安心ですが、馬を操ることができる人は、補助なしでもかまいません。

「馬を調教場に引き出して見せてくれる(アハルテケ馬の厩舎で)」

「毛が短い種の馬(アハルテケ馬の厩舎で)」

「毛が無い種の人(あるハゲて馬に乗る男)」

「US$10で乗馬出来る。補助なしでも構わない。」
○ニサ遺跡
アシハバードから西に15kmの郊外にニサという、世界遺産に登録されている遺跡があります。
紀元前3世紀から3世紀にかけて、今のイラン・中央アジア・アフガニスタンに広がるパルティアというゾロアスター教(拝火教)を信仰する国が繁栄していました。ニサは、そのパルティアの初期はその首都だったという都市遺跡です。王の建物の跡が砂の下から発掘され、研究・整備されて公開されています。

「ニサ遺跡 全景」

「ニサ遺跡 王の玉座があった部屋跡の柱」
④奇跡の大地、炎の渓谷、ヤンギ・カラ

「奇跡の大地、ヤンギ・カラ」
○ヤンギ・カラへの遠い道
カスピ海に面したトルクメンバシの町からヤンギ・カラに行くには4輪駆動車が必須で、3時間あまり、カラクム砂漠とラクダやヒツジが草を食んでいる広大な荒野を、地平線の彼方まで続く一本道を走り続けねばなりません。カラフルな地層を持つ奇岩群が連なる雄大な大渓谷、ヤンギ・カラへ、4WDで駆け抜けるのです。少々、遠いですが、その先に広がる絶景は、遠かった道のりを一瞬で忘れさせてくれること間違いないので、徐々に近付いてくるその景色を楽しみながら進みましょう。

「地平線の彼方まで続く道のその先にヤンギ・カラが待っている」
○ヤンギ・カラって?
トルクメニスタンの国土の大半を占めるのが広大なカラクム砂漠です。この砂漠が西のカスピ海に尽きる少し前にもう一つの絶景、奇跡の大地、ヤンギ・カラがあります。
ヤンギ・カラは、太古の昔、海の底であった大地が隆起し、石灰岩が風雨によって長い長い時間をかけて浸食され形成された地形で、200mほどの高さの段丘が続いて巨大な渓谷を成しています。

「奇跡の大地、ヤンギ・カラ」

「奇跡の大地、ヤンギ・カラ」

「奇跡の大地、ヤンギ・カラ」
この丘の壁面は、別名「炎の渓谷」とも呼ばれ、地層の赤さと、雨水に浸食された襞のような模様で、大地が赤く燃え広がっている炎のような姿に見えます。赤やピンクの色は岩石に含まれるヨウ素、白い色は石灰質の岩からできていて、その縞模様の台地が果てしなく連なって広がっています。
テーブル状の台地の上からは、360度、地平が丸く感じる地の果てまで見渡すことができ、ヤンギ・カラが地球の大自然と何億年という悠久の時間の中で、数々の偶然が織り成した、まさに奇跡の造形である、ということが感じられます。
かつて海の底であったので、そこここから、アンモナイトの化石や二枚貝の化石等を見つけることも出来ます。

「奇跡の大地、ヤンギ・カラ」

「奇跡の大地、ヤンギ・カラ」

「ポキッと折れそうな岩。落ちれば奈落の底。平然と微笑むガイドさん」

「ポキッと折れそうな岩。落ちれば奈落の底。恐る恐るはしゃぐオザワさん」
⑤カスピ海に面した港町、トルクメンバシー
○ヤンギ・カラへの基地、トルクメンバシー
ヤンギ・カラへ日帰りで行くための基地となるのがトルクメンバシーという町です。
トルクメニスタンという国の西側の国境は、地球上で最も大きな湖カスピ海です。砂漠の国ですが、カスピ海に面してはトルクメニスタン唯一の港町があり、その名をトルクメンバシーと言います。この港からは、カスピ海を渡って、対岸のアゼルバイジャンの首都バクーまで行く国際航路の船も出ています。
旧ソ連時代は「クラスノボスク」と呼ばれ、独立後、独裁者として知られる初代大統領に「トルクメン人の長」という意味のトルクメンバシーと名付けられました。

「トルクメンバシーの工業地区」
トルクメンバシー付近は石油や天然ガスが豊富で、市内に大規模な石油精製工場がある工業都市でもあり、今日ではトルクメニスタンで最も大きい工業と観光の中心地の一つに発展しました。
また、カスピ海では、あの珍味キャビア(ロシア産が有名)が獲れるチョウザメ、マス、白身の魚、カスピカイアザラシなどが棲息し、何百万もの鳥が冬海岸沿いの保護区域で見られます。中にはフラミンゴやペリカンもいます。

「トルクメンバシーのバザール」
地元の人々でにぎわうバザールでは、カスピ海で獲れた魚が大量に並べられ、たくましいおばちゃんたちが勢い込んで売っています。
市の中心近くにある民族学博物館では、トルクメ二スタンの鉱物資源、カスピ海の動物群、トルクメニスタンの海運の歴史を知ることができます。
○高級ビーチリゾートのアワザ
トルクメンバシーの西側に隣接してアワザというビーチリゾートが整備されています。一つ一つが広大な敷地を持つ高級ホテルが海岸沿いに建ち並び、ビーチは全てそれぞれのホテルのプライベートビーチになっています。

「アワザのヨットハーバー」
カスピ海は湖とは言え、もちろん対岸など見えませんから、大きな波が寄せてこないことを除けば、海以外のなにものでもありません。岸辺を歩いていると、ついつい湖であることを忘れてしまいます。
広いビーチに沿って歩いて行くと、真っ白いヨットやクルージングボートが並んで浮かんでいて、リゾート気分に浸らせてくれます。
○日本兵の墓地
トルクメンバシーの、街から少し離れた場所の小高い台地の上に、
日本兵の墓地があり、墓標と記念碑が、強風の吹きすさぶ中で、静かに佇んでいます。
旧ソ連軍に捕虜にされ、シベリアに抑留された元日本兵たちが、遙か彼方、このカスピ海沿岸まで連れて来られ、過酷な強制労働に従事させられたのです。その正確な数は不明ですが、およそ1900人程度の捕虜兵がいたと言われています。彼らは、荒れた岩山を削って掘割道路を造りました。また、中心の駅前広場近くにある文化宮殿の工事にもあたったようです。

「強制労働の末斃れた抑留日本兵の墓地」
夏は50℃近い猛暑、冬は零下20℃にもなる極寒の地です。食料もロクに与えられず、つるはしやシャベルなどの簡単な道具だけを使って凍り付いた土や岩を掘ることを強いられ続け、何十人もの人がここに斃れました。無念極まりない話です。
記念碑には日本語で『鎮魂』という大きな文字と、
『望郷の念をいだきつつ ここカスピ海をのぞむカラクム砂漠に 抑留死した兵士たちよ あなたちとともに 永遠の平和をねがひ 日本とトルクメニスタンとの 友好のかけ橋ならんことを誓う』
という絞り出されたかのような言葉が、並んで刻まれています。(合掌。)

「抑留日本兵の墓地に立つ記念碑」

「抑留日本兵の鎮魂と両国の友好を誓う言葉」
この墓地からは、トルクメンバシ空港が遠望できます。この辺境の田舎町としては立派すぎる、大きくて白くてきれいな空港の建物が、暗い抑留の歴史とはあまりに対象的で、かえって余計に暗鬱な気分に襲われました。
【スタッフおススメ度】
<地獄の門>★★★★
キャンプをして夜の姿も目に焼き付けてほしいですが、冬は極寒の世界になるので不可能。良い時期に計画して下さい。
<アシハバード>★★★
なかなかこんな町にはお目にかかれない。好奇心旺盛な人には最高におもしろいかも。
<ヤンギ・カラ>★★★★★
スケールの点ではグランドキャニオンには及びませんが、一望できる限りにおいてはこの上なく雄大で、かつ、驚くべき造形です。まだ観光客に犯されていない純粋無垢な秘境。神秘性すら感じるので、おススメ度最高水準のスポットです。
<トルクメンバシー>★★★
誰もが知っている「カスピ海」の名前。でも、見たことのある日本人はほとんどいない。百聞は一見に如かず。いちど世界一の湖を見てみましょう。
シベリア抑留の元日本兵の墓地も参っていただきたい所です。特に若い人には、こんなことが本当にあったということを、ぜひ知ってもらいたいと思います。
(小澤 誠 旅行期間:2016年 10月4日から 10月13日までの10日間)

- 格式高い古くからの伝統的な信仰や生活を守り生きる素朴な町バリ島チャンディダサへ
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エリア:
- アジア>インドネシア>バリ島
- アジア>香港>香港(ホンコン)
- テーマ:買物・土産 ビーチ・島 ホテル・宿泊
- 投稿日:2017/01/11 16:46
広い海と大自然が織りなす美しい景観と素朴な人々が魅力的なインドネシアの島、バリ島。"神々の国"と呼ばれるバリ島はその信仰対象に多様な神を持つ崇高なヒンドゥー教を大切に生きる国です。


今回そんなバリ島へキャセイパシフィック航空、エムエムインターナショナル(株)及びチャンディビーチリゾート&スパ共催の2泊4日という弾丸ファムツアーに参加しました。
クタやレギャンといった代表的なビーチリゾート、中部はウブドの森林地帯が有名なバリ島ですが、この度訪れたのはまだ知名度の低い南海岸東部のチャンディダサ。
観光地化が進む南部とは異なり、手付かずの自然が残ったままです。


*1日目(10/14)*
香港乗継ぎでデンパサール国際空港へ到着。ホテルの送迎車でチャンディダサまで約1時間半の道のりを走ります。近年車やバイクの通りが多くなり、特に夕方は空港から市内へ出る際に渋滞に巻き込まれやすいので時間に余裕を持っての行動がおすすめです。

夕方にホテル到着のため、観光はせずにホテルで夕食を食べそのまま就寝。食後はちゃっかり夜のプールに入りました。途中から水深が深くなるのでご注意を。




*2日目(10/15)*
朝からホテル自慢の美味しいブッフェを食べ。取り過ぎ食べ過ぎ、苦しいお腹をかかえながら近くの村までトレッキングに出発です。


ホテルの近くには素敵な石鹸屋さんが!こちらは日本人の方が経営しているそうです。色んな種類の可愛らしい石鹸が並びます。


お店に立ち寄り、いよいよ森の中へ・・・

しばらく歩くと突然、牛に遭遇!こちらを凝視しております。こんなことも度々あります。鶏たちもコッココッコ雛鳥を連れながら周辺を歩いています。どうやら近くの民家の家畜のようですが、随分自由に放牧されているようです。


途中、森の中のコーヒー農園で休憩もはさみつつ・・・



1時間ほど山道を歩き、ついに力尽きた私達は車に乗り込み、バリアガの人々が住むトゥガナン村へ到着です。もちろんトレッキングで行く事も出来ますがチャンディダサ中心部からこの村まで歩くと約2時間かかるそうですので、脚力に自信がありましたら是非お試し下さい!

“バリアガ”とは、現在広く信仰されているジャワ島からバリ島へ16世紀頃に伝えられたヒンドゥー文化よりも以前の、バリ島土着のヒンドゥー文化を引き継ぎ守って生きる人々のことです。


トゥガナン村は、世界でも有数の縦横絣のグリンシンと呼ばれる美しい織物や、アタというツルで作る工芸品の製作を後世に受け継ぎながら暮らしています。



村の中ではピンク色に染まった鶏や
空飛ぶカエルの工芸品も見つけ、独特な雰囲気が漂います。


今も歴史を胸に古くからの伝統を静かに守り続ける村の人々は温かく素朴で、ここに居ると別の時代にタイムスリップしたかのようです。

トゥガナン村を後にし、バリの地酒アラックの製作過程を見に村はずれの民家へお邪魔しました。

採ったばかりの樹液を飲んでみると、マッコリのようなまろやかな味がします。
これを蒸留させてアラックというお酒が出来上がります。蒸留させると、味はウイスキーのような濃く強いものに変わります。

アラックの製作過程を見学したあと、昼食は丘の上のガゼボで!
緑のヤシの木や青々とした稲、青い空に海と美しい色で彩られた絶景が広がります。



メニューは、玉子に包まれた珍しいナシゴレン!サテも美味しく頂きました。

お腹を満たしたあとはシュノーケリングへ出発です。
泳ぐことに必死で写真をあまり撮れなかったことが悔やまれます。

ブルーラグーンというシュノーケリングにおすすめのスポットで、ボートに乗って出発!

海に入るとすぐ珊瑚礁の周りをくるくるとしている沢山の魚たちに囲まれ、青い世界を満喫しました。私は泳ぎが得意ではありませんが、そういった場合でもライフジャケットを着せてくれるのですっかり安心して潜り込んで行けます!
このあとはホテルに戻り釣り体験をすることに。
しかし私は釣り初心者中の初心者です。とりあえず竿を借り、ビーチへ。ルアーのつけ方がわからずあたふたしていると近くにいた現地の釣り少年が餌をつけてくれました!

夕暮れの海でのんびり釣ります。しかしやはり初心者、うまく餌だけ持って逃げられます。バリの魚は手ごわそうです。

そうこうしているうちに日も暮れ暗くなってきました。少年も帰る時間です。結果は案の定・・・何も釣れません!それでも言葉も通じない少年と一緒に釣りが出来てとても充実した時間でした!
この旅行でお気に入りの写真第1位です。本当に頼もしくて可愛らしい少年でした!

夜は街歩きも兼ねて大人の雰囲気漂うレストラン”VINCENT’S”でビールを1杯。
店内は広く、屋外の席も備えてあり地元でも人気なようで賑わっていました。内装も美しく落ち着ける場所です。


「”VINCENT’S”店内の様子」
*3日目(10/16)*
この日は早朝4:45出発です。目覚まし時計、刻みました。
朝日を見に山へ登ります。
しかし、残念ながら雲がたちこめてサンライズはお目にかかれませんでした…

が、バリ島で最も標高の高い山、アグン山を目の前に見ることができました!雲に覆われておりますが標高3031mと富士山より数百mほど低い山です。山を崇拝するバリの人々にとって大事な存在です。

それから山を下り、ランプヤン寺院へ。個人的に今回の行程で一番楽しみにしていた場所です。もうわくわくが止まりません。
ふもとに着き、ヒンドゥー教では不浄とされる人間の下半身を隠すため、腰にサロンを巻いていざ入域です。

ランプヤン寺院とは、光の神を祀るヒンドゥー教寺院です。標高の高い山の上に位置し、その門からの景色は"天国への入り口"と形容される神秘的な場所となっています。



そしていざ、天国へ!

門への階段を登り振り向くと、向こう側は満面の空!向こう側に吸い込まれてしまいそうな息を呑む景色です!まさに天国への入り口。


それからさらに上へ登ります。真ん中の階段は神様の通る道なので、今回は左から。登りきった所で振り向くとこの景色。

標高の高さが窺えます。聳える山々を見下ろし、今にも飛べるのではないかと錯覚します。

チャナンと呼ばれる供物から花を摘み、手を額の前で合わせながら私も祈りに参加します。聖水を頭にかけられ、右手で水を受け3口飲み、最後にお米を手にとって飲みこみ、額と首にはりつけます。善い思考、善い言葉、善い心を持てるようにとの意味があるそうです。


祈り終わって階段を下る際、その目は長い間ここで何もかもを見てきたのだというように真っ直ぐ前を見据え静かに佇む像たちの横を通ると、改めてこの地の古い歴史がひしひしと伝わってくるようでした。


ここから塩の製作で有名なクンサバという村へ寄り、サヌール地区の5つ星ホテルマヤサヌールにて昼食です。

海から汲み上げた海水を砂浜に撒き、海水を含んだ砂ごと濾過をしてそこから抽出された水を天日干しすることによって塩を取り出すというのが、クンサバの塩の製作過程です。
このクンサバの天然塩はミネラルたっぷりで味も濃厚と人気の産物となっています。




見学が終わり、旅の行程最後のマヤサヌールホテルへ向かいます。
ホテル”マヤサヌール”は人気のサヌール地区に広大な敷地を構える豪華な5つ星ホテル。のびのびと寛げる客室に、海へと伸びる長いラグーンプールが独特な美しい内装のホテルです。レストランやバーも充実しており、日本食レストランも併設しています。






昼食後は近くのマーケットに寄って空港へ・・・
*4日目(10/17)帰国*
テリマカシ〜!

*観光おすすめ度*
ランプヤン寺院 ★★★★★
トゥガナン村 ★★★★
ブルーラグーン ★★★★
*宿泊ホテル*
チャンディビーチヴィラズ、チャンディビーチリゾート&スパ
空港から車で1時間半ほどの場所に位置するチャンディダサのビーチフロントホテルです。スタッフの皆さんとても親切で気さくな方々ばかりで、すれ違う度に笑顔で挨拶をして下さいました。フロントをくぐりぬけるとガーデンは緑いっぱいに彩られ、プールは2つ完備されておりジャグジーもついています。お部屋も可愛らしく清潔で、併設のレストランやスパも居心地良く素敵なチャンディダサの海を目の前に心から落ち着けるホテルです。






*利用航空会社*
香港ドラゴン航空
キャセイパシフィック航空




(2016年10月山口優)

「青く広い海」

「神を祀る寺院」
今回そんなバリ島へキャセイパシフィック航空、エムエムインターナショナル(株)及びチャンディビーチリゾート&スパ共催の2泊4日という弾丸ファムツアーに参加しました。
クタやレギャンといった代表的なビーチリゾート、中部はウブドの森林地帯が有名なバリ島ですが、この度訪れたのはまだ知名度の低い南海岸東部のチャンディダサ。
観光地化が進む南部とは異なり、手付かずの自然が残ったままです。

「夕暮れ時のビーチ」

「手つかずの自然がいっぱい」
*1日目(10/14)*
香港乗継ぎでデンパサール国際空港へ到着。ホテルの送迎車でチャンディダサまで約1時間半の道のりを走ります。近年車やバイクの通りが多くなり、特に夕方は空港から市内へ出る際に渋滞に巻き込まれやすいので時間に余裕を持っての行動がおすすめです。

「空港周辺、バイクがたくさん」
夕方にホテル到着のため、観光はせずにホテルで夕食を食べそのまま就寝。食後はちゃっかり夜のプールに入りました。途中から水深が深くなるのでご注意を。

「夕食 ルンピアゴレン(揚げ春巻き)」

「バリ島の地酒アラック」

「様々な料理が一皿に!バリニーズ・リスタフェル」

「チャンディビーチリゾート 夜のメインプール」
*2日目(10/15)*
朝からホテル自慢の美味しいブッフェを食べ。取り過ぎ食べ過ぎ、苦しいお腹をかかえながら近くの村までトレッキングに出発です。

「朝食ブッフェ パン」

「トロピカルフルーツ」
ホテルの近くには素敵な石鹸屋さんが!こちらは日本人の方が経営しているそうです。色んな種類の可愛らしい石鹸が並びます。

「石鹸屋さん”アラムセンポール”」

「中に入ると良い香り!」
お店に立ち寄り、いよいよ森の中へ・・・

「緑が眩しい」
しばらく歩くと突然、牛に遭遇!こちらを凝視しております。こんなことも度々あります。鶏たちもコッココッコ雛鳥を連れながら周辺を歩いています。どうやら近くの民家の家畜のようですが、随分自由に放牧されているようです。

「木の陰からひょっこり」

「見渡す限り緑に覆われる森」
途中、森の中のコーヒー農園で休憩もはさみつつ・・・

「大きなカカオの実」

「コーヒーやお茶のテイスティング!」

「ジンジャー風味やレモン風味等いろんな味が楽しめる」
1時間ほど山道を歩き、ついに力尽きた私達は車に乗り込み、バリアガの人々が住むトゥガナン村へ到着です。もちろんトレッキングで行く事も出来ますがチャンディダサ中心部からこの村まで歩くと約2時間かかるそうですので、脚力に自信がありましたら是非お試し下さい!

「トゥガナン村 入り口」
“バリアガ”とは、現在広く信仰されているジャワ島からバリ島へ16世紀頃に伝えられたヒンドゥー文化よりも以前の、バリ島土着のヒンドゥー文化を引き継ぎ守って生きる人々のことです。

「歴史を語る写真が並ぶ」

「祭礼の時などにも使用される伝統的な楽器”スロンディン”」
トゥガナン村は、世界でも有数の縦横絣のグリンシンと呼ばれる美しい織物や、アタというツルで作る工芸品の製作を後世に受け継ぎながら暮らしています。


「模様が美しいグリンシンが並ぶ」

「アタで作られたカゴ」
村の中ではピンク色に染まった鶏や
空飛ぶカエルの工芸品も見つけ、独特な雰囲気が漂います。

「ピンク色の鶏」

「グリンシンと共に吊るされていた空飛ぶカエル」
今も歴史を胸に古くからの伝統を静かに守り続ける村の人々は温かく素朴で、ここに居ると別の時代にタイムスリップしたかのようです。

「村の様子」
トゥガナン村を後にし、バリの地酒アラックの製作過程を見に村はずれの民家へお邪魔しました。

「樹液を採取する様子」
採ったばかりの樹液を飲んでみると、マッコリのようなまろやかな味がします。
これを蒸留させてアラックというお酒が出来上がります。蒸留させると、味はウイスキーのような濃く強いものに変わります。

「蒸留されたお酒が、先にかかる瓶に溜まっていく」
アラックの製作過程を見学したあと、昼食は丘の上のガゼボで!
緑のヤシの木や青々とした稲、青い空に海と美しい色で彩られた絶景が広がります。

「山道の中丘の上に現れる可愛らしいガゼボ」

「目の前は広々とした山と海が彼方まで見渡せる」

「この展望を前に食事」
メニューは、玉子に包まれた珍しいナシゴレン!サテも美味しく頂きました。

「美しい景色の中で食べると美味しさも膨れ上がる!」
お腹を満たしたあとはシュノーケリングへ出発です。
泳ぐことに必死で写真をあまり撮れなかったことが悔やまれます。

「シュノーケルへ!」
ブルーラグーンというシュノーケリングにおすすめのスポットで、ボートに乗って出発!

「空も晴れて青さを増す海」
海に入るとすぐ珊瑚礁の周りをくるくるとしている沢山の魚たちに囲まれ、青い世界を満喫しました。私は泳ぎが得意ではありませんが、そういった場合でもライフジャケットを着せてくれるのですっかり安心して潜り込んで行けます!
このあとはホテルに戻り釣り体験をすることに。
しかし私は釣り初心者中の初心者です。とりあえず竿を借り、ビーチへ。ルアーのつけ方がわからずあたふたしていると近くにいた現地の釣り少年が餌をつけてくれました!

「暮れてきた空と釣竿」
夕暮れの海でのんびり釣ります。しかしやはり初心者、うまく餌だけ持って逃げられます。バリの魚は手ごわそうです。

「少年も隣で構えている」
そうこうしているうちに日も暮れ暗くなってきました。少年も帰る時間です。結果は案の定・・・何も釣れません!それでも言葉も通じない少年と一緒に釣りが出来てとても充実した時間でした!
この旅行でお気に入りの写真第1位です。本当に頼もしくて可愛らしい少年でした!

「釣り少年と」
夜は街歩きも兼ねて大人の雰囲気漂うレストラン”VINCENT’S”でビールを1杯。
店内は広く、屋外の席も備えてあり地元でも人気なようで賑わっていました。内装も美しく落ち着ける場所です。


「”VINCENT’S”店内の様子」
*3日目(10/16)*
この日は早朝4:45出発です。目覚まし時計、刻みました。
朝日を見に山へ登ります。
しかし、残念ながら雲がたちこめてサンライズはお目にかかれませんでした…

「雲がたちこめ・・・」
が、バリ島で最も標高の高い山、アグン山を目の前に見ることができました!雲に覆われておりますが標高3031mと富士山より数百mほど低い山です。山を崇拝するバリの人々にとって大事な存在です。

「雲の隙間から見えるアグン山」
それから山を下り、ランプヤン寺院へ。個人的に今回の行程で一番楽しみにしていた場所です。もうわくわくが止まりません。
ふもとに着き、ヒンドゥー教では不浄とされる人間の下半身を隠すため、腰にサロンを巻いていざ入域です。

「別世界への入り口のような木々」
ランプヤン寺院とは、光の神を祀るヒンドゥー教寺院です。標高の高い山の上に位置し、その門からの景色は"天国への入り口"と形容される神秘的な場所となっています。

「標識」

「例の門が見えてきた」

「くぐります!」
そしていざ、天国へ!

「今にも吸い込まれそうな門の中心で」
門への階段を登り振り向くと、向こう側は満面の空!向こう側に吸い込まれてしまいそうな息を呑む景色です!まさに天国への入り口。

「”そちら側”へ」

「門の先にある寺院への階段」
それからさらに上へ登ります。真ん中の階段は神様の通る道なので、今回は左から。登りきった所で振り向くとこの景色。

「ランドスケープ」
標高の高さが窺えます。聳える山々を見下ろし、今にも飛べるのではないかと錯覚します。

「中では祈りを捧げる人々」
チャナンと呼ばれる供物から花を摘み、手を額の前で合わせながら私も祈りに参加します。聖水を頭にかけられ、右手で水を受け3口飲み、最後にお米を手にとって飲みこみ、額と首にはりつけます。善い思考、善い言葉、善い心を持てるようにとの意味があるそうです。

「供え物”チャナン”」

「寺院中心部」
祈り終わって階段を下る際、その目は長い間ここで何もかもを見てきたのだというように真っ直ぐ前を見据え静かに佇む像たちの横を通ると、改めてこの地の古い歴史がひしひしと伝わってくるようでした。

「所々に佇む像」

「物語る横顔」
ここから塩の製作で有名なクンサバという村へ寄り、サヌール地区の5つ星ホテルマヤサヌールにて昼食です。

「製作所の看板」
海から汲み上げた海水を砂浜に撒き、海水を含んだ砂ごと濾過をしてそこから抽出された水を天日干しすることによって塩を取り出すというのが、クンサバの塩の製作過程です。
このクンサバの天然塩はミネラルたっぷりで味も濃厚と人気の産物となっています。

「水を汲み上げ砂浜に撒く」

「強い太陽の下で天日干し」

「出来上がった塩をかき集める」

「塩山」
見学が終わり、旅の行程最後のマヤサヌールホテルへ向かいます。
ホテル”マヤサヌール”は人気のサヌール地区に広大な敷地を構える豪華な5つ星ホテル。のびのびと寛げる客室に、海へと伸びる長いラグーンプールが独特な美しい内装のホテルです。レストランやバーも充実しており、日本食レストランも併設しています。

「ラグーンビュールームの様子」

「ラグーンプール」

「人気のツリーバーからは青く光るサヌールの海!」

「レストランREEFのテラス席」

「スパのフラワーバス」

「レストランでの食事 白身魚の蒸し焼き」
昼食後は近くのマーケットに寄って空港へ・・・
*4日目(10/17)帰国*
テリマカシ〜!

「バリサラバ!」
*観光おすすめ度*
ランプヤン寺院 ★★★★★
トゥガナン村 ★★★★
ブルーラグーン ★★★★
*宿泊ホテル*
チャンディビーチヴィラズ、チャンディビーチリゾート&スパ
空港から車で1時間半ほどの場所に位置するチャンディダサのビーチフロントホテルです。スタッフの皆さんとても親切で気さくな方々ばかりで、すれ違う度に笑顔で挨拶をして下さいました。フロントをくぐりぬけるとガーデンは緑いっぱいに彩られ、プールは2つ完備されておりジャグジーもついています。お部屋も可愛らしく清潔で、併設のレストランやスパも居心地良く素敵なチャンディダサの海を目の前に心から落ち着けるホテルです。

「夕暮れ時のガーデンの様子」

「スイートルーム」

「コテージのお部屋のベッド」

「朝食 レストランの様子」

「レストランは2つ併設」

「プライベートビーチ」
*利用航空会社*
香港ドラゴン航空
キャセイパシフィック航空

「香港空港 CXビジネスクラスラウンジの様子」

「香港空港 CXビジネスクラスラウンジ おすすめのヌードルバー風味坊」

「機内食 トマトパスタ」

「香港空港内の様子」
(2016年10月山口優)

- ショパンの街・ワルシャワを堪能する旅〜
-
エリア:
- ヨーロッパ>ポーランド>ワルシャワ
- ヨーロッパ>ポーランド>ポーランドその他の都市
- テーマ:世界遺産 グルメ 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/10/26 15:11
今回はポーランド政府観光局主催の商品企画ツアーにご招待いただきました。今回の目的は、ポーランド航空の就航により成田から直行便でアクセス出来るようになったワルシャワと近郊の観光名所を視察し、ポーランドの魅力を日本市場に訴求できればとの事です。
4年ぶりのポーランド訪問ですが、前回は強制収容所のアウシュビッツをメインとしたが、
今回は前回そぞろ歩きしかしなかったワルシャワおよび近郊を訪問する。
なおLOTポーランド航空は今年の1月14日より成田〜ワルシャワ間を週3便も運航をしている。使用機材はボーイング787-8型機(ドリームライナー)で、スターアライアンスにも加盟している。所要時間もおよそ11時間でワルシャワに到着することができるので、直行便はやはり有難い。ワルシャワ市内へは鉄道やバスで15分から20分程度と空港へのアクセスも非常に良い印象を受けた。



<ワルシャワの旧市街と新市街>
「旧市街は復元されたからこそ登録に値する。もし旧市街が破壊と復興の歴史がなく、残っていなければ登録しようとも思わない」この一文は世界遺産登録の際に、「復元文化財」は登録に値しないという理由からと登録が危ぶまれた際に説得した時の言葉です。かつてポーランド首都のワルシャワは、「北のパリ」と呼ばれる洗練された美しい街でした。しかしドイツ占領軍に対して市民が一斉蜂起したことにより、ほとんどの建造物が跡形もなく破壊されました。旧市街に広がる一見古い街並みは、ワルシャワ市民達が過去の絵や写真、生き残った住民の記憶を元に「壁のひび1本にいたるまで」忠実に再現したといわれています。旧市街にはひとつひとつに特徴がある石造りの建物がならび、旧王宮前の広場は年間を通じて観光客で賑わい、古きよき時代の魅力あふれるワルシャワの雰囲気を感じることができます。毎日18:00に開催される旧市街のショパンコンサートは敷居も高くなく、ショパンの音楽を堪能するのには最適でした。また旧市街のお土産物屋さんでは日本でも人気のポーランド陶器を安価に手に入れることが出来るのでお勧めです。












<ショパンの生家・ジェラゾヴァ・ヴォラ>
ショパンの生家のある街として有名なジェラゾヴァ・ヴォラは、ワルシャワから車で約一時間の人気観光地となっています。ショパンが生まれた部屋、出生証明書、ショパンが幼少時に始めて書いた楽譜の複製など貴重な品を見学できるショパン博物館などが見どころです。夏季には毎週日曜にピアノコンサートも行われています。生家の周りは公園として整備されており記念碑やショパンの像も設置されておりショパンの音楽が流れる庭園の散策も楽しいです。近郊のブロフフ村のショパン一家と深い繋がりのある教会も併せて訪れるのをお勧めする。ショパンの両親や姉の結婚式、ショパン自身の洗礼も聖ロフ教会で行われたそうです。残念ながらショパンの生家は、10月末より改修の為クローズしますが、来年夏に再オープン予定なので来年の夏に訪問をお勧めいたします。
また入口には充実したショッパングッズもあり、お土産に最適です。












<ウッチ県とは?!>
正直、出発前はウッチに関する情報は皆無に等しかったです。しかし訪れてみるとポーランド人やヨーロッパの人々にとっては、ウッチといえば映画と紡績産業というイメージが強くあるのです。文化創造と近代工業のさきがけを担った、現代ポーランドにとっては無くてはならない地域になっていました。ポーランドの中部に位置しワルシャワからも車で2時間とアクセスも良く広大な森林があり木材にも恵まれていたことから繊維産業が発達したそうです。
そして今回ウッチを訪れた10月7日からの3日間は年に一度3日間だけ開催されるヨーロッパでは徐々に有名になってきた『Light Move Festival 』というライトムーブイベントが開かれていました。
近年、日本でも話題のプロジェクションマッピングやアニメーションも見所の一つです。一つの建物のみならず、夜の街全体をスクリーンに光で美しいアートを生み出し、普段のイメージとは全く異なる”街”を見ることが出来ます。フェスティバルは年々規模も大きくなりポーランド内やヨーロッパの他の国からも多くの人が訪れるそうです。










ウッチは目抜き通りであるピョートルコフスカ通りと、織物工場跡地を再開発したポーランド版赤レンガ倉庫が「マヌファクトーラ」です。産業都市ならではのレンガ造りの紡績工場がショッピングモールに美しく生まれ変わり、劇場、映画館、博物館、美術館、ホテル、レストランと全てのものが揃っています。






ウッチといえばポーランド第3の都市でもあり19世紀に繊維産業で大きくなった工業都市の為、織物工場の一部を利用した博物館も訪問が必須になります。当時の機械や写真、テキスタイルやファッションなども展示されている。アメリカやイギリスからも多くの人が訪れ、博物館の規模は大きく興味がある人は一日過ごすことも出来るでしょう。












ウッチ県のウォヴィチの聖体祭は、日本ではほとんど知られていませんが、鮮やかな民族衣装のお祭りがありポーランドでも非常に重要で、伝統のある宗教的行事だそうです。
また今回の研修では、民族衣装を纏った伝統の結婚式を古民家にて再現してくれました。













<ワルシャワを歩けばショパンを感じる>
ワルシャワ市民にとって偉大なピアニストであり作曲家のフェレデリック・F・ショパンは天才音楽家として、今なお誇るべき存在であり続けています。ワジェンキ公園からクラクフ郊外通りを通って王宮広場へ続く道は「ショパンの道」と呼ばれ観光スポットが沢山ある。ワルシャワ観光局お勧めの「Chopin in Warsaw 」のアプリをダウンロードすれば、オーディオガイドとして機能して大変便利です。
また博物館隣のレストラン「TAMKA43」ではショパンメニューを食してみるのも良いだろう。









ショパンメニュー





今年から直行便も就航し、近くなったポーランドへの玄関口ではなく、フレデリック・ショパンの音楽が溢れるワルシャワに音楽の旅をしてみてはいかがでしょうか。市内にはショパンコンサートを始め、オペラ劇場やジャズバーと毎晩楽しめるでしょう。
また貴重な機会をいただいたポーランド政府観光局および現地で歓迎して頂いた現地観光局のスタッフの方に心より御礼を申し上げます。
【スタッフおススメ度】
ライトムーブ・フェスティバル★★★★ 今後はさらに大きなイベントへ。
ワルシャワの歴史地区★★★★★ ワルシャワ市民の熱意を探しに。
ジェラゾヴァ・ヴォラ★★★★ ショパン生誕の地へ
(2016年10月 大道隆宏)
4年ぶりのポーランド訪問ですが、前回は強制収容所のアウシュビッツをメインとしたが、
今回は前回そぞろ歩きしかしなかったワルシャワおよび近郊を訪問する。
なおLOTポーランド航空は今年の1月14日より成田〜ワルシャワ間を週3便も運航をしている。使用機材はボーイング787-8型機(ドリームライナー)で、スターアライアンスにも加盟している。所要時間もおよそ11時間でワルシャワに到着することができるので、直行便はやはり有難い。ワルシャワ市内へは鉄道やバスで15分から20分程度と空港へのアクセスも非常に良い印象を受けた。



<ワルシャワの旧市街と新市街>
「旧市街は復元されたからこそ登録に値する。もし旧市街が破壊と復興の歴史がなく、残っていなければ登録しようとも思わない」この一文は世界遺産登録の際に、「復元文化財」は登録に値しないという理由からと登録が危ぶまれた際に説得した時の言葉です。かつてポーランド首都のワルシャワは、「北のパリ」と呼ばれる洗練された美しい街でした。しかしドイツ占領軍に対して市民が一斉蜂起したことにより、ほとんどの建造物が跡形もなく破壊されました。旧市街に広がる一見古い街並みは、ワルシャワ市民達が過去の絵や写真、生き残った住民の記憶を元に「壁のひび1本にいたるまで」忠実に再現したといわれています。旧市街にはひとつひとつに特徴がある石造りの建物がならび、旧王宮前の広場は年間を通じて観光客で賑わい、古きよき時代の魅力あふれるワルシャワの雰囲気を感じることができます。毎日18:00に開催される旧市街のショパンコンサートは敷居も高くなく、ショパンの音楽を堪能するのには最適でした。また旧市街のお土産物屋さんでは日本でも人気のポーランド陶器を安価に手に入れることが出来るのでお勧めです。


文化科学宮殿展望台からのワルシャワ市街




王宮広場

ポーランド陶器

旧市街のショパンコンサート

サスキ公園

無名戦士の墓

大統領官邸

文化科学宮殿のライトアップ
<ショパンの生家・ジェラゾヴァ・ヴォラ>
ショパンの生家のある街として有名なジェラゾヴァ・ヴォラは、ワルシャワから車で約一時間の人気観光地となっています。ショパンが生まれた部屋、出生証明書、ショパンが幼少時に始めて書いた楽譜の複製など貴重な品を見学できるショパン博物館などが見どころです。夏季には毎週日曜にピアノコンサートも行われています。生家の周りは公園として整備されており記念碑やショパンの像も設置されておりショパンの音楽が流れる庭園の散策も楽しいです。近郊のブロフフ村のショパン一家と深い繋がりのある教会も併せて訪れるのをお勧めする。ショパンの両親や姉の結婚式、ショパン自身の洗礼も聖ロフ教会で行われたそうです。残念ながらショパンの生家は、10月末より改修の為クローズしますが、来年夏に再オープン予定なので来年の夏に訪問をお勧めいたします。
また入口には充実したショッパングッズもあり、お土産に最適です。












<ウッチ県とは?!>
正直、出発前はウッチに関する情報は皆無に等しかったです。しかし訪れてみるとポーランド人やヨーロッパの人々にとっては、ウッチといえば映画と紡績産業というイメージが強くあるのです。文化創造と近代工業のさきがけを担った、現代ポーランドにとっては無くてはならない地域になっていました。ポーランドの中部に位置しワルシャワからも車で2時間とアクセスも良く広大な森林があり木材にも恵まれていたことから繊維産業が発達したそうです。
そして今回ウッチを訪れた10月7日からの3日間は年に一度3日間だけ開催されるヨーロッパでは徐々に有名になってきた『Light Move Festival 』というライトムーブイベントが開かれていました。
近年、日本でも話題のプロジェクションマッピングやアニメーションも見所の一つです。一つの建物のみならず、夜の街全体をスクリーンに光で美しいアートを生み出し、普段のイメージとは全く異なる”街”を見ることが出来ます。フェスティバルは年々規模も大きくなりポーランド内やヨーロッパの他の国からも多くの人が訪れるそうです。










ウッチは目抜き通りであるピョートルコフスカ通りと、織物工場跡地を再開発したポーランド版赤レンガ倉庫が「マヌファクトーラ」です。産業都市ならではのレンガ造りの紡績工場がショッピングモールに美しく生まれ変わり、劇場、映画館、博物館、美術館、ホテル、レストランと全てのものが揃っています。






ウッチといえばポーランド第3の都市でもあり19世紀に繊維産業で大きくなった工業都市の為、織物工場の一部を利用した博物館も訪問が必須になります。当時の機械や写真、テキスタイルやファッションなども展示されている。アメリカやイギリスからも多くの人が訪れ、博物館の規模は大きく興味がある人は一日過ごすことも出来るでしょう。












ウッチ県のウォヴィチの聖体祭は、日本ではほとんど知られていませんが、鮮やかな民族衣装のお祭りがありポーランドでも非常に重要で、伝統のある宗教的行事だそうです。
また今回の研修では、民族衣装を纏った伝統の結婚式を古民家にて再現してくれました。


ウォヴィチの大聖堂





ウォヴィチの博物館






<ワルシャワを歩けばショパンを感じる>
ワルシャワ市民にとって偉大なピアニストであり作曲家のフェレデリック・F・ショパンは天才音楽家として、今なお誇るべき存在であり続けています。ワジェンキ公園からクラクフ郊外通りを通って王宮広場へ続く道は「ショパンの道」と呼ばれ観光スポットが沢山ある。ワルシャワ観光局お勧めの「Chopin in Warsaw 」のアプリをダウンロードすれば、オーディオガイドとして機能して大変便利です。
また博物館隣のレストラン「TAMKA43」ではショパンメニューを食してみるのも良いだろう。

クラクフ郊外通りのショパンの曲が流れるベンチ

聖十字架教会

聖十字架教会にはショパンの心臓が安置されている



ショパン博物館

ショパンのデスマスク

ショパンの髪の毛

ワジェンキ公園のショパン像
ショパンメニュー





今年から直行便も就航し、近くなったポーランドへの玄関口ではなく、フレデリック・ショパンの音楽が溢れるワルシャワに音楽の旅をしてみてはいかがでしょうか。市内にはショパンコンサートを始め、オペラ劇場やジャズバーと毎晩楽しめるでしょう。
また貴重な機会をいただいたポーランド政府観光局および現地で歓迎して頂いた現地観光局のスタッフの方に心より御礼を申し上げます。
【スタッフおススメ度】
ライトムーブ・フェスティバル★★★★ 今後はさらに大きなイベントへ。
ワルシャワの歴史地区★★★★★ ワルシャワ市民の熱意を探しに。
ジェラゾヴァ・ヴォラ★★★★ ショパン生誕の地へ
(2016年10月 大道隆宏)

- サルベーションマウンテンに憧れて…ノープランで人任せの無責任旅in LA☆
-
エリア:
- 北米>アメリカ西部>ロサンゼルス
- 北米>アメリカ西部>ロング ビーチ
- 北米>アメリカ西部>アメリカ西部その他の都市
- テーマ:買物・土産 観光地
- 投稿日:2016/10/25 15:01

最近社内で人気沸騰中のアメリカ!
今まで辺境ばかりを旅していて、王道のアメリカを旅するのはほぼ初めて。
数年前からSNSなどでサルベーションマウンテンという場所が気になっていた。
でも、調べても広いアメリカの砂漠のど真ん中にあるという事で、どうやって行くものかと手をこまねいていた。
そんな私に朗報が!ファイブスタークラブを卒業された大先輩がその砂漠の近く(と言っても車で数時間走っていただく)に住んでいるというではないか。
先輩にも会えて、憧れの地に行くこともできて、まさに一石二鳥!いや、二鳥以上の価値がある!
約1年計画を温めてついにこの秋、実行に移す時が来た〜〜〜!
ロサンゼルスとその近郊のみで5日間という、比較的コンパクトな日程のため、LAの観光はギュッと1日に濃縮。
早くから朝食を摂りにサンタモニカへ向かった。
イメージしていた通りの青空とヤシの木の並木道に、心が弾む。

サンタモニカの街並み
先輩オススメのオシャレレストランFIGにてオシャレブレックファスト。
朝からボリューム満点でとっても美味しく、雰囲気もスタッフのサービスもよく大変満足な朝食だった。

FIG

エッグベネディクト
優雅なひと時を過ごした私たちはサンタモニカピアを目指すべく、ビーチ沿いをお散歩。
この美しいビーチを写真に収めようとカメラを探すも、なんと先ほどのレストランに忘れていた!
でも優しいスタッフさんの手により、カメラはちゃんと保護されていてほっと一安心。
無事カメラが手元に戻り、サンタモニカのお散歩仕切り直し!

サンタモニカビーチ沿いをお散歩
そしてサンタモニカピアの桟橋へ。


サンタモニカピア
このアーチをどうしても写真に収めたかった私。
このショットって誰でも一度は目にしたことがあるのではないか?
アーチをくぐり、桟橋へ。1909年にできた桟橋は木造でとっても雰囲気が良い。また桟橋の上には遊園地もあって驚いた。
アメリカについては本当に全く知識の無い私。ここサンタモニカがかの有名なルート66の終着点とは知らなかった。ルート66はバイカー憧れの地らしく、マッチョなバイカーたちが記念写真を撮っていた。

バイカーたちを盗撮

サンタモニカピアにて
青空、ヤシの木、桟橋、バイカー、ビーチ、遊園地、路上ライブをする人・・・この雰囲気、楽しすぎる!
そしてショッピングも楽しみにしていた私。日本未上陸のセレクトショップをハシゴしてもらう。
それにしても、なんの下調べもせずにアメリカまでやってきた私たち。
アテンドしてもらった先輩頼りで、お店を探すのもすべて丸投げ…。旅行会社失格であります。

日本未上陸のセレクトショップ、アンソロポロジー
かわいい内装のショップ、あれもこれも持って帰りたくなるようなセレクトに、お店にいるだけで心もハッピー。
これで満足しない私たちは、続いてウェストサイドへ。
ウェストサイドはかの有名なUCLAやビバリーヒルズなどがある、セレブの街。
ビバリーヒルズ青春白書好きの私は、ここにブランドンとブレンダが引っ越してきて、ディランマッケイとあんなことがあったり、ケリーとそんなことがあったりしたんだな〜…とか、そういえば途中から主役級のブレンダが無理な設定で姿消したよな〜…などと思い出さずにはいられなかった。日本帰ったらまたシーズン1から見直そうかな。
といっても、やはり庶民の私には縁遠い街。


ロデオドライブ
液体窒素でアイスを作ることで有名な、ICE CREAM LAB で一休み。


アイスクリームラボ
まだまだLAの観光は終わらない!
〆に向かったのはハリウッド。
ハリウッドスターの手形があることで有名なチャイニーズシアターを目指して歩いていると、ハリウッドスターに遭遇。マリリンモンローと一緒にドゥドゥッピドゥー♪

マリリンモンロー
チップはしっかり取られる。

ウォーク・オブ・フェイム

チャイニーズシアター
チャイニーズシアターの前にはいろいろなハリウッドスターの手形、足形がたくさん。
ジョニーデップ、トムハンクスなどの大スターだけではなく、ドナルドダックやスターウォーズのR2D2、C3POなどもあって遊び心を感じられる。

とりあえず手を合わせてみる

ドナルドダックの足形

スターウォーズ
こうしてめまぐるしいLA1日観光は幕を閉じた。
そしていよいよ、サルベーションマウンテンを目指す日。
LAを出発したのが朝の8時過ぎ。
ハイウェイをひた走り、途中LA発祥のバーガーチェーン、IN & OUT でアメリカらしいジャンクフードを堪能。日本のバーガーと違って、肉、トマト、レタス、オニオン、それぞれの存在感がすごい!大味かと思いきや、ちょっとした塩味も効いていてとってもおいしい。日本のファストフードよりレベル高い!

ジャンクフードに食らいつく

イン&アウト
途中休憩を挟みつつ、14時前に念願のサルベーションマウンテンへ到着。
周りに何もなさすぎて(ただの砂漠が続いていた)、本当にこんなところにあるのか?と不安になるが、遠くにカラフルな山が見えると思わず車を止めて写真を撮ってしまった。
弾む心を抑えきれず、そのカラフルな山へ近づいていく…
ここからはもう、想像以上のかわいさにため息の連続。どこもかしこもフォトジェニック!!











サルベーションマウンテンをたった一人で、28年もの歳月をかけ作り上げたのはレナード・ナイト氏。彼はもともとキリスト教の信仰があったわけではない。自動車整備工として生計を立てていたが、ある日突然、信仰に目覚める。神からの啓示があったのだろうか。
1984年に旅行で訪れたこの地を気に入り、神の言葉を広く世に広めたいと思った彼は、この土地で一人、神への愛・神の言葉を表現し始めたのだ。
これはアートではなく、彼の信仰の表現なのである。
砂漠の中に突如現れる色彩に満ちた山。思わずかわいい!と声を上げてしまうが、それだけではない魅力がここサルベーションマウンテンにはあるように我々は感じた。
この土地には、レナード氏の神への愛が満ち溢れていた。信仰心の無い私だけれども、ここにいるだけでパワーをもらえるというか、ピースな気持ちになれるというか、なんだかとっても神聖な気持ちがおりてくる。とても細かいところまで鮮やかなペンキが塗られ、メッセージが描かれている。いつまでの飽きることなく眺めていられる…
砂漠の中の過酷な環境故、放っておけばいずれ崩壊する運命にある。
レナード氏は2014年82歳で亡くなったが、今ここは数名のボランティアと寄付によって守られている。
サルベーションマウンテンから車で少し走ったところに、スラブシティと呼ばれるエリアがある。
スラブシティは政府からは認可されていない街だ。そのため、電気、水道のインフラはもちろん、ごみの収集や、警察も存在しない。
住民はトレーラーハウスに住んでいる。つまりホームレスという事だ。
彼らはこの地に集まり、独自の秩序をもって生活している。
こういう人たちを一般的にヒッピーと呼ぶのだろうか。
少しだけ彼らの街の入り口にお邪魔したが、それがなんとも独特な場所だった。

靴のなる木


おかしなトラック
一本の木にたくさんの靴がちりばめられていたり、へんてこなトラックがあったり、荒れた無人トレーラーがあったり、異様な雰囲気だ。へんてこトラックには何百個もの缶のプルトップ、ドライヤーや扇風機の網、バケツ、貝殻などのガラクタが張り付けられていて、100ドルで売りに出されていた。

無人トレーラー

無人トレーラーの中

スラブシティの入り口
これはアート?狂気?
あまりの独特さに気圧され、うすら寒い気持ちでスラブシティを後にした。
この近くにある、死にゆく湖、ソルトン湖もまたかなりユニークな場所。
湖というから、リゾートなのかと思い行ってみると。。。
車を降りた途端、臭い!くっさい!!
なんだこの匂いはと思い、湖に近づいていくと匂いはどんどんキツくなっていく。
見ると大量のお魚が打ち上げられ、干からびている。
臭いのもとはこれか。

大量の死んだ魚
魚の下にあるのは砂地に見えるがすべてブジツボの殻だ。フジツボの殻と死んだ魚が延々と続いている。
ソルトン湖は農業用水の氾濫でできた湖で、水が流れ出る川もない。
そのため、砂漠の強い日差しで水が蒸発し、塩分濃度もどんどん高くなり、有害物質が出ているのだとか。
今後死にゆく湖なのだ。
臭さと大量の魚の死骸に騒いでばかりで、肝心の湖の写真が一枚もないことに気付くのは帰国後…。
なんだかテンションが下がるけど、そんなときは、サルベーションマウンテンを思い出して、気持ちをあげていこう!
さて。これで今回のLA旅行で楽しみにしていたミッションはすべて終了だ。
この日はサルベーション〜LAの途中にあるパームスプリングという砂漠のリゾートで休息をとった。
翌日はLA最後の日。
スーパーマーケットで食材を買って、先輩宅でホームパーティー。これまた楽しいひと時であった。


スーパーでお買い物


ホームパーティー
あっという間で、中身の濃い5日間だった。
社員旅行以外ではほとんどが一人旅だが、こうやって食事も感動もシェアできる友人がいると旅行の楽しさは何倍にもなるのだな、と今さらながら、気づかされた旅であった。
サルベーションマウンテンで心を洗われたのか、感謝の気持ちが溢れ、清らかな心で帰国の途に着いた。
(…嘘です、機内食のメニューと映画の少なさと、私の席の画面だけ画像が汚い事に悪態つきました)
ロサンゼルス★★★★★ サンタモニカ、ビバリーヒルズ、ハリウッドなど、買い物も観光も飽きることなし!
サルベーションマウンテン★★★★★ どこを切り取っても絵になる、まるでお菓子の国!
(2016年10月 久保井奈々子)

- イギリスの食事は不味いなんて誰が言った!? 食、ガーデン、中世ヨーロッパ、大自然、アンティーク・・・いろんな要素がたくさん詰まった「本当のイ
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エリア:
- ヨーロッパ>イギリス>ロンドン
- ヨーロッパ>イギリス>スカイ島
- ヨーロッパ>イギリス>イギリスその他の都市
- テーマ:世界遺産 歴史・文化・芸術 自然・植物
- 投稿日:2016/10/25 14:57

中世ヨーロッパ時代の景色そのままの田舎町ライの景色 私のお気に入り

海賊の根城としても使われた「マーメイドイン」私のお気に入り
どうしてイギリスで食べる食事はまずいと言われているのでしょうか? それも世界的な常識となっているかのような言われ方で・・・。 当のイギリス人でさえそれを自虐的なジョークとして使うので、それを聞いた人は信じてしまうでしょう。
ネットで調べてみると、不味い理由となっている説をたくさん見つけましたので、いくつかご紹介します。
①地理的な条件
地中海沿岸の地域と比べ、寒冷地帯が多く日照時間も短いため作物が育ちにくい。 特に緑黄色野菜がほとんど獲れなかった。
②食材の特徴を生かすことなく焼き過ぎ・煮込み過ぎ調理法
農業から工業へと社会が移り変わった18世紀後半の技術革新により、急激に多忙となった人々は料理をする時間も無くなり、食への意識も低下していきました。 「産業革命」と呼ばれた時代です。当時から階級社会が根強かったイギリスでは、大半の庶民は貧しく、新鮮な食べ物が手に入りづらいため、しっかりと火を通すことが重要で、焼き過ぎる、煮込み過ぎる調理法が最も良い方法として根付いてしまった。
しかし、私、ネス湖でフィッシュ&チップス、ロンドンでハンバーガー屋さんのチップスを食べましたが、揚げ過ぎることなく普通に日本と同じでした。

ネス湖の人気店のフィッシュ&チップス屋
③宗教的な習慣
イギリスの国教はキリスト教のイギリス正教会でプロテスタントの部類に入り、贅沢を「悪」、倹約を「美徳」とする傾向があります。 そのため、食事は空腹を満たすための単なる行為であるという考えが根強かった。
④ 伝統を重んじ過ぎる教育
先祖からの家の伝統や習慣、祖父母、父親、母親からの教えを守るよう教育されてきたため、時代が移り変わっても他国からの新しい文化を積極的には採りいれてこなかった。
⑤ 民族的な特徴
イギリス人は主にゲルマン系アングロサクソン人を祖としています。 人間には食べ物の味を感じる「味蕾(みらい)」というセンサーが舌にあり、この数が多ければ多いほど様々な味を感じることができるそうです。 アングロサクソン人は、この味蕾の数が少ないために民族的に味音痴だとされた。
諸説ある中の一部ですが、「これだ!」という有力な根拠になるものではないようです。
ただ、イギリスの食事は不味い根拠を探る情報が山ほど存在していることは確かです。
しかし、これらの事実と相反する情報もあります。
それは・・・
イギリスで生産されている世界的に有名な食材や製品ってけっこうあるのです。
たとえば・・・
**<魚類>*******
日本と同じように島国なので漁業が盛んでたくさんの種類の魚が獲れます。 スコットランドのスモークサーモン、イングランド南部の天然牡蠣や養殖牡蠣は特に有名で、私は今回の旅でこれらの両方を食べてきました。うまかったです。


ガーリック味とスモーク味。もちろん生牡蠣もある

ウィスタブルの地ビール。強烈な地ビール感
**<肉>*******
イギリスの牛肉、豚肉、ラム肉は産地直送であり、地産地消でもあります。 また、それに付随した製品のチェダーチーズ、スティルトンチーズなどチーズの種類は豊富で、世界中から高品質であるとの評価を得ています。 ロンドンにあるチェーン店のハンバーガー屋さんで食べたのですが、チーズハンバーガーはボリュームたっぷりで旨みがあり、本当においしかったです。 マクドナルドのハンバーガーは半年に1回くらいしか食べる気が起きませんが、これだと月に何度も食べることができます。

肉が旨い

これはチェコのバドワイザー
**パン*******
オーツ麦、ライ麦のパンなど、パンの種類が豊富で、イギリスでは、すべての家から徒歩圏内に必ずパン屋さんがあると言われています。 従って、パンを焼く技術は高く、フランスのクロワッサンやバゲットももちろんおいしいです。 材料となる麦系の作物はイギリス古来の農作物で多く輸出されています。
**果物*******
これは、あるガイドさんから聞いたお話ですが、ヨーロッパでは「イギリスのいちごは世界一」だとの評価を得ているそうです。 他にはラズベリーはじめベリー系各種、リンゴ、ラフランス、サクランボなど果物が豊富でヨーロッパ各地に輸出されています。 イギリスのイチゴは7〜8月の夏が旬で他の地域では一般に春先が旬なので季節のずれも知名度アップに一役買っているそうです。 また、テニスの4大大会のひとつ、ウィンブルドンでの大会中にイチゴ&クリームがイギリス名物として飛ぶように売れます。 イギリスのイチゴは日本産と比べ酸味が強いので練乳のような甘いクリームがぴったり合うそうです。今回は季節が合わず、イギリスのイチゴを食べることができませんでした。 残念。
**ウィスキーとビール*******
スコッチウィスキーは言うまでもなく、世界中で愛飲されているスコットランド原産のウィスキーです。スコットランドのあちらこちらに蒸留所があります。 今回私は、そのひとつの蒸留所を訪れ、ゴージャスな雰囲気の中ウィスキーのテイスティングを体験しました。ウィスキー1種類に付き、テイストの違ったチョコレートが付いてきます。 これが本場の嗜みだそうです。


「ダルウィニー」シングルモルトスコッチウィスキー蒸留所(インヴァネス近郊)


初体験! ウィスキーのテイスティング
また、ビールも種類が豊富で、各地に地ビールの醸造所があり日本同様すごい種類のビールの銘柄があり、味も多様でこれまた言うまでもなく旨い!
因みに、2012年サントリーが調査した世界のウィスキー消費量ランキングでイギリスは5位。日本は4位、1位はインド、アメリカは2位、6位にミャンマー。
また、同じく2012年にキリンビールが調査した世界のビール消費量ランキングでイギリスは8位。日本は7位、1位は中国、アメリカは2位。
総消費量なので人口が多い国が上位になりがちですね。


スカイ島のビール工場


「スカイビール」豊富な商品ラインナップ

「ハーベイズ」のビール工場(ロンドン近郊のルイス)

直営ショップの商品ラインナップ





直営パブ 素敵!
つまり、サーモンや牛肉に塩胡椒して焼き上げたお魚料理やお肉料理とビール、そして、ラズベリージャムに濃厚バターを塗ったおいしいオーツ麦のパンやバゲット。 デザートには酸味たっぷりの真っ赤なイチゴを食べ、寝る前にスコッチウィスキーをロックで、くいっ。
これを読めば、もう、「食に貧困な国・イギリス」と言う人は誰もいなくなるでしょう!?他にもヒラメやムール貝、肉などおいしい料理を食べてきましたので、後ほどご紹介します。
さて、今回の旅の目的は、大きく2つ。 お料理がメインテーマではありません。
1. スコットランド・スカイ島を中心にハイランド地方の大自然に触れる
2. 南イングランドの中世ヨーロッパの雰囲気がそのまま残る小さな田舎町周辺を訪れエレガントな
古城や英国式庭園の代表のひとつとされる庭園を見学
アムステルダムで乗り換え、イギリス最初の訪問地・エジンバラに到着です。アムステルダムでは1時間25分という乗り換え時間の中、非常に厳しいセキュリティーチェックでしたが、チェックするスタッフがたくさんいたからなのか、ハイテクノロジー機器を駆使し、とてもスムーズに進むことができました。


空港から市内へ「トラム」が便利
スコットランドの首都はエジンバラで、人口が最も多い都市はグラスゴーになります。 エジンバラは、中世の重厚なレンガ造りの建物がひときわめだつ旧市街と都市計画の最高傑作と称される新市街があり、ともに街全体が世界遺産に登録されています。 最初、「新市街なのに世界遺産なのか」と少し違和感を覚えましたが、新市街の建設は1700年代の中頃に始まったので日本ではまだ江戸時代ですから決して新しくはありません。 当時からずっと名称を変更することなく、新市街と呼ばれ続けているということですね。



エジンバラの目抜き通り「ウォーターループレイス」付近
旧市街のシンボルは岩山に築かれたエジンバラ城です。 街を見下ろすように建つ重厚な石造りの要塞はスコットランドとイングランドの長い攻防の歴史を語るのに欠かせない存在です。その物語は、映画「ブレイブハート」で描かれています。 今もスコットランドの英雄であるウィリアム・ウォレスの闘いの半生を描いた映画です。


スコットランド・ハイランドの雄大な大自然
ウィリアム・ウォレスは歴史上の実在の人物で、当時のイングランド王の過酷なスコットランド支配に対して一般民衆の国民感情を高め抵抗運動を推し進めただけでなく、その運動をイングランドからの独立運動にまで進化させた中心人物です。 しかし、その運動に非協力的だったスコットランド貴族の裏切りにあい、志し半ばで処刑されてしまいます。皮肉なことに、彼を処刑したことがかえって反イングランド感情に火と油を注ぎ、イングランドからの独立を果たす未来につながっていくのでした。 ウィリアム・ウォレスは今もスコットランド国民にとってのヒーローなのです。
因みに、この映画の監督は、主演も務めたメル・ギブソンで、アカデミー作品賞はじめ、アカデミー音響効果賞、アカデミーメイクアップ賞、アカデミー監督賞、アカデミー撮影賞を獲得し世界から絶大な評価を得ました。
このエジンバラ城を起点に聖ジャイルズ大聖堂、地下洞窟都市、ホリルードハウス宮殿など歴史的建造物が見どころ。新市街は18世紀に計画されたため比較的古い時代の新市街と言えます。 中心はプリンセス通りでヨーロッパの巨匠の絵画などが多く収蔵されている国立スコットランド美術館、ギリシャ神殿のような佇まいのロイヤルスコティッシュアカデミー、スコットモニュメントなど見どころが集中しています。 また、夕暮れ時にカールトンヒルからエジンバラの街全体を見渡すのが定番観光です。 しかし、私は時間がなく訪れることができませんでした。 残念!
スカイ島はじめハイランド地方の観光はバスツアーが便利です。 1泊から数泊する多彩なコースがあるので希望に合わせて選択することができます。 当社では2泊3日のコースを組み込んだツアーがございます。 今回私が参加してきました。
1日目は、エジンバラ→カランダー→グレンコー→フォート・ウィリアム→エレンドナン城→スカイ島のポートリーと辿ります。
スコットランド歴代王家ゆかりのリンリスゴー城やスターリング城を眺めながら16人乗りの小型バスを利用してスカイ島へ向かいます。 グレンコーの壮大な景色をドライブして、ハイラインド第2の都市フォート・ウィリアムにて休憩


フォート・ウィリアム中心地の町並み

薄く霧のかかったグレンコーの谷
グレンコーは、1692年イングランド政府内強硬派およびスコットランド内の親英勢力による虐殺事件があった村です。 「グレンコー」はスコットランド・ゲール語で「嘆きの峡谷」を意味します。 現在も小さな村があり、美しい景観で知られる観光地で、映画「ハリーポッター」のロケ地になっています。 「アズカバンの囚人」ではハグリッドの小屋のロケ地、「炎のゴブレット」でもグレンコーの山々が背景として使われました。
すぐ近くのグレンフィナン高架橋とシエル湖も、「ハリーポッターと秘密の部屋」のロケ地です。 現在も蒸気機関車「ジャコバイト号」が走る世界最古のコンクリート製高架橋がグレンフィナン高架橋です。 ロケ地として使われたため「ハリーポッターブリッジ」と呼ばれるようになりました。
※この付近の道路は車が猛スピードで走行しているので、基本的に下車して観光しませんが、どうしても写真を撮りたい時はあらかじめガイド兼ドライバーさんに伝えておく必要があります。
フォート・ウィリアムは、イギリス最高峰のベン・ネイビス山の麓にある町です。 休憩後スコットランドで最も美しく、神秘的なエレンドナン城(アイリーンドナン城)へ向かいます。スカイ島ではカラフルで可愛らしい港町、ポートリーに2連泊しました。


ポートリーの海岸沿いのかわいらしい町並み
エレンドナン城は、スコットランド本島とスカイ島を結ぶ、スカイブリッジから約10kmほど手前にあります。 ここも、映画「ハイランダー・悪魔の戦士」や007シリーズ「ワールド・イズ・ノット・イナフ」のロケ地で使われました。 写真で見てもわかると思いますが、お城の外観は寂れた感が甚だしく廃城ではないのかと思ってしまうほどでした。 往時の華やかな様子が再現された城内を見学後、再び外観を見ると、その寂れた感が、王者の風格に見えてしまうので人の感覚や思いほどいい加減で危うく、おもしろくもあり、恐ろしくもあるもの、であると感じます。



エレンドナン城(内部は撮影禁止)
かなりの時間をバスの車内に座って居眠りしているだけでも疲れるものです。 1日目の最終目的地、スカイ島のポートリーには5時30分頃の到着になります。
スカイ島はスコットランドで2番目に大きい島でスコットランドゲール語が日常的に話されているスコットランドの中でも稀有な地域です。 ポートリーはスカイ島で一番大きくすべてが徒歩圏内のこじんまりした町です。 人口はスカイ島全体で約1万人。
雨天と晴天が目まぐるしく変化するため虹や霧が多く、幻想的な雰囲気を満喫することができます。 スカイ島が別名「霧の島」と呼ばれる所以です。 晴天と雨天(しかも豪雨)が繰り返される中、私は、何度も180度近い状態に架かる虹を見ました。 それもダブルレインボウで。

「鮭とブロッコリーのクリームソースのスープパスタ」

基本的に常温で出されるビール
ポートリーは、鮭の養殖で有名な町と聞いていたので、夕食はサーモン料理をいただきました。 次の日の体力を補てんするために鮭とブロッコリーのクリームソースのスープパスタをチョイス。 そしてもちろんビールはスカイ島の地ビールです。「スカイレッド」「スカイブルー」「スカイイエロー」「スカイグレー」「スカイプレミアム」戦隊物のテレビ番組みたいですが、全部で何種類あるのか、その後に立ち寄ったスカイビールの醸造所で質問するのを忘れてしまいました。 どこのレストランもそうだったのですが、基本的にビールは常温で出てきます。 冷たいビールが欲しいときは店員さんに希望を伝えた方がよいと思います。 それと、ほとんどのレストランで量が多く食べきれませんでした。ごめんなさい!!


「ザ・ローズデール・ホテル」も素敵
ホテルはイギリスらしいB&B「ザ・ローズデール・ホテル」です。 チェックインするときのウェルカムドリンクはスコッチウィスキーでした。 さすがスコットランドです。 建物は何度も増築していて迷路のようでした。 お部屋は少々狭いと感じましたが大柄なイギリス人が泊まることを考えるとこんなものなのでしょう。 朝食は、スコットランド式の朝食で、卵料理(スクランブル、ポーチド、フライド、ゆで卵などからのチョイス)と10種類くらいのサイドメニューの中から自分の好きなものを選びます。 全部選ぶこともできます。食べれるならの話ですが・・・。 サイドメニューは、ベーコン、ソーセージ、マッシュルームのソテー、煮豆、焼きトマト、ハギスなどです。


「ザ・ローズデール・ホテル」の朝食
ハギスは日本ではなかなか食べられないスコットランドの伝統料理で、茹でた羊の内臓のミンチ、オート麦、たまねぎ、ハーブを刻み、牛脂とともに羊の胃袋に詰めて茹でる、もしくは蒸す詰め物料理の一種です。 スコットランドでは一般的で、肉屋の総菜としても売られている最も有名な羊肉料理です。 ツアーバスで移動中にドライバーさんのハギス(写真がありません!ごめんなさい)のランチを少しいただきましたが日本人のお口には合わないと思います。基本的に何でも食べる私ですが、強烈な個性を持つすごい食べ物です。食文化の違いが成せる業ですね。 日本人が好んで食べる納豆やくさやがこれにあたるのでしょうか・・・。
2日目は・・・
荒々しくワイルドな姿を見せる岩山、複雑なフィヨルド地形の断崖絶壁の海岸線、遥か彼方の山の裾野まで続く広大な草原など世界屈指のすばらしい景観が魅力のスコットランド・ハイランドエリアの人気の名所を訪れます。
かわいい港町ポートリーを南下し、スカイ島最西端のニースポイントに向かい、次に北端へ。北側の海岸は、壮大な絶壁や岩々であるオールドマン・オブ・ストーやキルト岩などが連なるエリアになります。 どのポイントに訪れるかはドライバーさんがその日の気象条件に合わせて立ち寄り先を決めて連れて行ってくれます。


スカイ島最西端の「ニースポイント」






スカイ島の北側はワイルドな景色の連続
映画「ブレイブハート」で見た景色が目の前に広がります。内陸よりも気温が下がるそうなので、各季節1枚多めに服が必要です。 また、強風が吹き荒れるため帽子や身に着けている物が吹き飛ばされないように注意しましょう。 それらだけでなく自分自身にも注意しましょう。 それほど突風が吹くこともあるそうです。
途中、ブレイブハートでも出てきた中世時代の一般庶民の家を見学できます。 まさに映画通りでした。


ひときわ真っ赤な実が映える「ローワンマウンテンアッシュ」



再現したものだが間近で見ると不思議な迫力がある(有料の博物館)
この日の晩ご飯は、またシーフードにしました。 マッスル(ムール貝)のワイン蒸しカレー風味です。 なんでまたカレー風味なのか怪訝に思いましたが、レストランのお奨め通りの味でおいしくいただきました。 スパイシーなので体が温まる効果があります。 私が旅した10月頭は夜朝の最低気温が3度。 もうしっかりと寒いです。


カレー風味のマッスルポッドとスカイビールの黒
そして、エジンバラに戻る最終日は・・・
スカイ島(ポートリー)→フェリーを利用してスコットランド本土へ→ネス湖→エジンバラ
いよいよバスツアーの最終日は、エジンバラに戻る途中、ネッシー伝説で有名なネス湖に立ち寄ります。 ランチ休憩も含めた立ち寄りになりますが、その時間によって楽しみ方が変わってきます。 今回はそんなに長く時間が取れなかったので、ネス湖の写真撮影と、フィッシュ&チップスのランチと少しの休憩で終了です。
時間があればネス湖クルーズやミステリアスな廃墟、アーカート城まで散策するなどして楽しめます。



ネッシーはいないか!?
ネッシーの最初の記録は、なんと西暦565年。 ネッシーが湖から首を出したあの有名な写真が発表された遥か昔にまで遡ります。 その写真の真偽はさほど重要ではなく他にも多くのネッシー伝説の「証拠」が残されているのです。 またさらに、ネス湖の湖底は海と繋がっているため様々な憶測を生み、伝説の真相は未だ謎のまま。ネッシー探索クルーズに参加した観光客は皆、船外の景色を見ることなく、しばらくの間ずっと湖底を映す船内のモニターに見入っているそうです。


ネッシーのモニュメント
スコットランドからイングランドへの移動は飛行機ではなく列車を利用し、エジンバラからロンドン・キングスクロス駅に向かいました。(所要時間約4.5時間)イギリスの列車の場合、予約は日本でしても実際の乗車(指定)券は駅の自動発券機を利用して取り出します。その際、名前の確認が必要なため、必ずクレジットカードが必要です。自動発券機にまずクレジットカードを差し込み、読み取りはすぐ終わるのでクレジットカードを取り出し、次に予約番号を入力したらそれで完了です。 お金の引き落としは一切ありませんのでご安心を。



駅構内に目立つように自動発券機が置かれている(有人の窓口もある)

乗車指定券

座席番号は背もたれ上に刺さってる紙で確認(違う席に座ると罰金と書いてある)
発券された乗車(指定)券を持って自分が乗るべき正しい列車に乗り込むだけです。 車内ではビールやスナックの車内販売もあり快適な列車の旅を楽しみました。





エジンバラ・ウェイヴァリー駅発ロンドン・キングスクロス駅行きの列車
残るは、あと3泊4日、第二のテーマである・・・
南イングランドの中世ヨーロッパの雰囲気がそのまま残る小さな田舎町周辺を訪れエレガントな古城や英国式庭園の代表のひとつとされる庭園を見学
あと3泊4日あるとは言え、ロンドンはほとんど寝るだけの時間しかありませんので、実際は1泊2日でこのミッションを遂行しなければなりません。

エレガントに湖水に浮かぶ「リーズ城」
まず、訪れた場所や体験したことをご紹介します。
★ライ・・・中世ヨーロッパの雰囲気がそのまま残る田舎町(1)海賊や密輸業者が跋扈し た時代があった。
★シーフードカフェ・・・ライ特産の舌平目料理とエビと鮭のブイヤベースを食べ、ライ特産地ビールを飲む。



旨かった!
★マーメイド・イン・・・海賊が根城にしたいわく付きのホテルに宿泊
★ルイス・・・中世ヨーロッパの雰囲気がそのまま残る田舎町(2)特に、プロも買い付けにくる良質で安価のアンティークの町。
★ブリティッシュパブ・・・イギリスの有名ビールメーカー「ハーベイズ」の直営パブで昼ビール。ルイスはハーベイズの企業城下町。
★トラディショナルパブ・・・歴史あるマーメイドインのバーでスコッチ「ラフロイグ10年物」をロックでいただく。
★セブンシスターズ・・・丘陵地をナイフで切りとったような白亜の絶壁
★ホテルでコース料理の夕食・・・泊まったマーメイド・インのレストランにて
★焼きたてのクロワッサンが出る朝食・・・泊まったマーメイド・インのレストランにて
★カンタベリー大聖堂・・・イギリス正教会の総本山であり世界遺産
★ウィスタブル・・・王室御用達の牡蠣の町として有名。養殖牡蠣ばかりでなく天然も食べれる。
★リーズ城と英国式庭園・・・英国で最もチャーミングな城。施設内のB&Bに宿泊もできる。ここの庭園はイングリッシュガーデンの代表。
1泊2日の限られた時間でしたが、こんなに内容の濃い充実した時を過ごせたのは、ひとえに専用車を利用したことによる効果です。 専用車を利用するとお値段はそれなりにかかってしまいますが、限られた時間の価値を飛躍的に高めてくれます。 当社では専用車を利用するコースがございます。 詳細は当社スタッフまでお問い合わせください。




ライの町のシンボル「セントメリー教会」



セントメリー教会の鐘楼から眺めたライの町

数百年前は教会のすぐ前は海だった
実は、リーズ城に併設されているB&Bに宿泊する予定でしたが満室のため、ライにある「マーメイド・イン」に宿泊することになりました。が、これが掘り出し物でした。 今回の旅の大きな収穫の一つです。 ライの歴史あるインで、12世紀のノルマン様式のセラーや隠し部屋。教会へ通じる地下通路が造られています。これは海賊や密輸業者の根城だったため、禁制品などを隠す部屋として造られました。 また、教会への地下通路は、何とその禁制品を教会に隠すための通路だったのです。 つまり、教会の牧師(または神父)と協力して密輸品を隠していろんな利益を得ていたわけです。 このいわくつきのホテルには少なくとも5体の幽霊が、今も尚住んでいるのだそうです。このホテルに行けば、その詳細がわかります。



マーメイドインの外観

暖炉のあるラウンジ


すべてのお部屋に名前が付けられている


実は本棚は隠し扉。隠し部屋や地下通路へと続く(普段は鍵が掛かってて入れません)


天蓋付きベッドのデラックスルーム


スタンダードルーム
こんな裏の顔とは別に・・・
1420年に基礎部分を残して再建され現在に至ります。エリザベス女王、皇太后、エドワード王子をはじめ、多くの有名人やアーティストが訪れている由緒あるホテルです。お部屋にはかわいらしいアンティーク家具が置かれ中世ヨーロッパの雰囲気満点です。
私も満喫させていただいたレストランは、イギリスで権威ある、AAロゼット(日本で言うJAFのようなものでホテルガイドや地図を発行している)の2つ星を受賞しているレストランで洗練されたイギリス料理やフランス料理を楽しめます。雰囲気もとても素敵です。

バーのカウンター



おいしくゴージャスにいただきました



焼きたてパンの朝食
バーもまた大きな暖炉のある素敵な雰囲気で、名だたるスコッチウィスキーを(日本に比べると)安価で楽しめます。
ただ、歴史ある建物のため、幾度とない改修、改装を繰り返した結果、平面であるべき場所に段差があったり、異様な盛り上がり部分があったり、地面と平行だと思われる部分が少なく、常に斜めに立っている感覚になりますが、それはご愛嬌で気にしないことにいたしましょう。




ウィスタブルの町の様子
ウィスタブルは、王室御用達の牡蠣の町として有名で養殖牡蠣ばかりでなく天然牡蠣も食べれます。海岸沿いに牡蠣のカウンターバーやレストランが点在していて、夜だけでなく、ランチ時からオープンしています。テイクアウトもできますので、ビール片手にビーチに座ってのんびりできます。




ルイスにあるアンティークショップ
ルイスは、プロも買い付けにくる良質で安価のアンティークの町で日本からも多くのバイヤーが来るそうです。掘り出し物が見つかることも多いそうなので日本のアンティークショップの値段表を片手にルイスのアンティーク街をはしごしてみるのも面白いでしょう。
また、ハーベイズのビール工場がある企業城下町でもあり、ビール工場直営のショップやパブで安価にビールをゲットできます。
リーズ城は、イギリス歴代の6人の王妃が住んだことから「貴婦人の城」とも呼ばれています。英国式庭園の美しさはもちろんのこと、中世王室の暮らしをそのまま再現したインテリアや調度品も必見です。





リーズ城と庭園。ここの庭園はイングリッシュガーデンの代表と称えられています
庭園を含め敷地内はどこも花が咲き誇り、四季を通じて楽しめるようガーデナーたちのがんばりでいつも満開状態になることから 「イングランドの庭」と呼ばれています。
敷地内のB&B(宿泊客はお城の入場料が無料)に泊まると日帰り観光客のいない静かな時間を利用してのんびり散策することができ、とっておきの時間を過ごすことができると思います。マーメイドインに泊まらずに、リーズ城のB&Bに泊まるのもお奨めです。 どちらも捨てがたく悩んでしまいます。
最後に、イングランドにもスコットランドに勝るとも劣らない大自然の驚異があります。
丘陵地をナイフで切りとったような白亜の絶壁がドーバー海峡に面した海岸沿いにあります。その様子が、ベールをかぶった7人の修道女のように見えるためにセブンシスターズと名付けられました。






いろんな表情を見せてくれる「セブンシスターズ」
ビューポイントは主に2つでセブンシスターズの名前の由来である7人のベールをかぶった修道女(シスター)のように見える様子がよくわかるのがシーフォードヘッド側からで駐車場から往復約50分のウォーキングコースになります。また、断崖のふちまで近づくことができるのがバーリングギャップ側のポイントになります。駐車場から片道約15分で旧灯台(現在はB&Bとして利用)まで行け、より高いポイントからセブンシスターズを眺めることができます。ただ、このあたりは断崖のへりまで行くことはできますが強度の弱い石灰岩の地盤になりますのでいつ何時崩れ落ちるかわかりません。ヘリには決して近づかないようにしてお楽しみください。
皆様も、食、ガーデン、中世ヨーロッパ、大自然、アンティークなどの要素がたくさん詰まったイギリスの旅を是非お楽しみください。
あらためてイギリスの偉大さを再認識するとともに、イギリスで食べる食事を不味いと思っている皆様には「目からうろこ」の旅になることでしょう。
スカイ島はじめスコットランドハイランドエリア ★★★★★ 圧倒される大自然
ライ ★★★★★ 中世ヨーロッパの雰囲気そのままの田舎町。教会からの景色が最高
イギリス料理 ★★★★ 海岸沿いの漁業が盛んな町の料理はグッド!!
リーズ城 ★★★★ エレガントなお城はもちろんワイルドフラワーのようにも見せる英国式庭園の 技に感激
セブンシスターズ ★★★★ ここからの夕日が最高。白い絶壁をドローンで空撮したい
(2016年9月28日〜10月6日 森裕)
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