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- 絶景 地獄の門とサマルカンドブルーに浸る旅
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エリア:
- アジア>ウズベキスタン>ヒワ
- アジア>ウズベキスタン>ブハラ
- アジア>トルクメニスタン>タシャウズ
- テーマ:街中・建物・景色 世界遺産 グルメ
- 投稿日:2016/01/04 17:18



5月中旬、中央アジアのベストシーズンといわれるこの時期にウズベキスタンとトルクメニスタンへ行く機会が得られた。私自身初の「スタン」系。未知の世界すぎていつもより少し緊張気味に出発した。今回空路は往復タシケント、トルクメニスタンへは陸路で出入国のルートだ。特にトルクメニスタンはガイドブックの掲載ページ数も少なく、他の国よりも情報量が極めて少ないため、目に入る全てのものが真新しく、だからこそいつもの旅よりも感動は大きかったように思う。
【まさに地獄なガスクレーター編】
知る人ぞ知る、まさにその言葉があてはまる絶景ポイント、地獄の門があるのはトルクメニスタン。最近ようやくガイドブックにも登場するようになったのだが、まだ地獄の門を知る人は少ないだろう。
ちなみにトルクメニスタンからウズベキスタンに戻る際の国境で、ウズベキスタン側の入国審査官でさえ、この地獄の門の存在を知らないような現地でもまだまだマイナーな観光地のようだ。
この地獄の門は、旧ソ連時代に地下で行われていた掘削作業中に爆発が起き、それが原因で空いた穴からのガス漏れを防ぐために火が放たれたが、地下からはずっと可燃性ガスが発生し続けているために40年間以上も燃え続けているのだ。しかもカラクム砂漠のど真ん中にこの穴が存在するため、それがまた秘境感を際立てている。この地獄の門は、日本では地獄の門という呼び方をするが、現地の人々はガスクレーターと呼んでいる。
この地獄の門を見るための1泊2日だが、ほとんどが移動時間に費やされた。まず、国境での出入国審査。往復ともに約1時間半ずつはかかった。特にウズベキスタン側では荷物チェックがかなり厳しく、スーツケースを開けて荷物ひとつひとつ細かくチェックされる。
ようやく出国ゲートを抜けると次はトルクメニスタンの入国。入国審査場ですでにトルクメニスタンのガイドさんが待っていてくれ、ガイドさんに手伝ってもらいながら入国手続き終了。少しクフナ・ウルゲンチの遺跡に立ち寄り、日差しが強い中広い敷地内を徒歩で見学となる。霊廟や遺跡が点々としているため日陰がなく、一気に体力を奪われた。

頂上部が少し曲がったクトルグ・ティムール・ミナレット

面白い形をしたイル・アルスラン廟

キャラバンサライの門
その後、カラクム砂漠のど真ん中にある地獄の門まで移動となるが、カラクム砂漠横断の道路はまだ整備されてなく、かなりの悪路であった。4時間ほどの車移動の末、ようやく地獄の門周辺に到着し、まずはテントや寝袋を借りるレンタル屋に立ち寄る。そこから5〜10分で地獄の門に到着。まずは夕方の地獄の門を観賞。ゴーゴーと炎をあげ、静かに燃えている。ときどき吹く風でものすごい熱風に驚く。


そこから約500m離れた場所に、ガイドさんとドライバーさんが泊まるユルタがあり、その傍に私が一夜を過ごすテントを組み立てる。

ユルタ(右)と私のテント(左)

ユルタの内部
着いて早速夕食作りが始まり網に挟んで鶏肉を焼き、ガイドさんは素手でサラダを作る。
かなり質素だがディナーはウォッカで乾杯!


夕食後に再度夜の地獄の門観賞。夕方とは違って、空が真っ暗なで炎が際立っているためか、夜の方が迫力がある。まさに地獄への門といった感じだ。その逆に明るい時の地獄の門は、現地人がよく使う「ガスクレーター」という名の方がしっくりくる。
近くにはいくつかのテントがあったが、地獄の門を観賞している観光客はほとんどおらず独り占め状態。



少し離れてみるとこんな感じ。ここだけぽっかりと穴が空いている。周りは柵もなく看板があるわけでもない。もしも落ちたら・・と考えるだけで恐ろしい。

夜バージョン

朝バージョン
一夜明けて朝食を食べたあとに、朝の地獄の門観賞。すがすがしく今日も燃えている。

観賞後、また悪路を通り国境へ向かう。1泊2日、超弾丸ツアーだった。
【メドレセ大国 ブルーが美しいウズベキスタン】
ウズベキスタンと聞いて、最初に何を想像するだろうか。モスク、メドレセ、という言葉が出る前に私が想像したのはそのメドレセや霊廟の上のあの綺麗な青いドームだった。
どの都市を周ってもあの青いドームは存在し、いくつもモスクやメドレセを周るとどれがどれだか分からなくなる。
ウズベキスタンの代表的なメドレセはやはりサマルカンドのレギスタン広場に集まる3つのメドレセ。さすがサマルカンドブルーと言われるだけに美しく、太陽の光で更に輝いているように見える。

メドレセの外観は3つとも同じように見えるが、ティラカリ・メドレセは他の2つとは異なり、青いドームの下の礼拝所は、壁・天井が金箔で装飾されている。外観からは想像できない異空間であるが、金箔でキラキラしていてとても美しい。




メドレセ内は職人の作品がずらりと並ぶ
ブハラにはナディール・ディヴァンベギ・メドレセがある。現在メドレセのほとんどが活動しておらず、中の学生の部屋や教室は土産物屋になっているが、入口の上部分の鳳凰が印象的なこのメドレセも現在は土産物屋で埋まっている。
シーズン中は夜にこのメドレセで民族舞踊のコンサート、またファッションショーのようなショーが開催される。


民族舞踊のコンサート

ウズベキスタン流ファッションショー開催
ヒワは小さなイチャン・カラ(城壁内)に見どころが集まっていて、観光しやすい。ヒワのシンボルと言えばイスラーム・ホジャ・ミナレットだろう。このミナレットはヒワで一番高く、頂上まで登ることもできる。白・青・緑のガラス張りのモザイクの横縞模様は美しく、魅了される。そしてこのミナレットの横にもメドレセが付随しているが、やはり内部は土産物屋化している。

他に周った霊廟やモスクにもメドレセと同じように青いドームや、タイルやモザイクの装飾が施されており、どの建物も魅力的だった。

アムール・ティムール廟のブルー

シャーヒズィンダ廟群のブルー
【グルメ 番外編】
実は今回の旅で私が一番心配していたのは、食べ物だ。羊肉が現地ではよく食べられるとガイドブックに書かれていたからだ。日本でも好き嫌いがかなり多い私にとって、羊肉も嫌いな食べ物に分類され、旅をする前から少し憂鬱になったくらい。しかし実際に9日間滞在した中で羊肉は一度も出なかった。なぁーんだ、と拍子抜けしてしまいそうだが、羊肉について尋ねると、オーダーすれば出てくるが一般的には牛肉と鶏肉を食べるとのこと。
羊肉が出てこないことにホッとし、その他の料理も想像以上に美味しく結果的にグルメを楽しむ旅になって良かったと思う。
毎昼食、毎夕食の一品目はサラダ。それも一種類ではなく最低二種類、多い所で四種類出る。サラダの種類は様々で、日本でも食べるようなトマトときゅうりのシンプルなサラダだったり、ポテトが入ったサラダ、赤かぶのサラダ、お米のサラダもある。とにかくサラダの種類が多く、レストランによって出されるサラダが異なりいろいろな味が楽しめた。


トルクメニスタンのサラダ

地獄の門にて。ガイドさん手作りのサラダ



ウズベキスタンで食べた多種類なサラダ。
この毎日多種類のサラダを食べる事によって、日本で肌荒れしていたお肌が少し回復傾向に向かったのである。(残念なことに帰国後、もとの生活に戻った途端お肌ももとの状態に戻ってしまった・・)サラダは健康に良いのだなぁと改めて実感させられた。
その他、これといってウズベキスタン名物というものはないのだが、各地で食べたシャシリクや野菜スープ、ラグマンは本当に美味しかった。

トルクメニスタンのラグマン。味はピリ辛きゅうりラーメン

トルクメニスタンのシャシリク

ウズベキスタンのシャシリク

シュヴィト・オシュ。香草を練りこんだ緑色の麺が特徴的

川魚のフライ

ロシアで有名なボルシチ。鮮やかな赤色で一口目は抵抗があるが美味。
食べた料理全て載せたいぐらい、全て美味しかった。
前述の通り、私は食べ物の好き嫌いが多いので、海外に出てもその土地のグルメを楽しむために屋台に繰り出したり、B級グルメに挑戦したりする勇気がなかなかできないことが多いが今回は終始、現地の料理を楽しむことができた。
ウズベキスタンはイスラムの国だが、女性は顔を布で隠したり、男性はガラベイヤという中東諸国でよく見られる服装をしている人はおらず、日本と同じように若い女性は皆おしゃれだし、男性も自由な服装でイスラムの国というイメージが払拭された。実際に結婚式は見ていないが、これもやはり日本と同じように女性はウエディングドレスを着るのが一般的だそうだ。タシケントではデートを楽しむカップルも多く見かけた。また各地では至る所で工事が行われ、マンションやホテルなど新しい建物が続々建てられるようでかなり発展してきている様子も垣間見れた。
イスラムの国といってもかなり自由で、だからこそ旅がしやすかったのだと思う。観光途中、何度も団体の学生旅行に出くわしたがすれ違う時に「ハロー」と気さくに声をかけてくれたり、写真を求められることもありとても親しみやすい国だと実感した。
トルクメニスタンは1泊2日の滞在で、その時間のほとんどが移動時間と砂漠だったため、人々との交流がほとんどなかったが、ガイドさんをはじめ、ドライバーさんやレストランのスタッフ、砂漠泊の翌日にシャワーを浴びさせていただいた一般家庭(現地旅行社のスタッフの家)のご家族、皆親切で滞在しやすかった。
国の名前だけで危険な所だと思われがちだが、実際には想像していたようなガチガチのイスラム教ではなく、思い思いに楽しめる。おすすめの国がまた一つ増えた。
この旅行記を読んで少しでも多くの方がウズベキスタンやトルクメニスタンに興味を持ったり、旅行先の候補になれば良いなと思う。


地獄の門★★★★★ まだまだマイナーな新名所。しかし迫力は抜群!朝と夜の違いを楽しむのがオススメ。
ヒワ ★★★★★ ヒワの旧市街は、他の都市よりも小さいが見どころは負けじとたくさんある。アクシェイフ・ババの見張り台からのヒワの眺望は必見。
ブハラ ★★★★ タキ(バザール)が多く、ショッピングも楽しめる。ハマム体験も可能。
サマルカンド ★★★★★ レギスタン広場の3つのメドレセに行かずしてウズベキスタンは語れない。鮮やかな霊廟が集まるシャーヒズィンダ廟群も是非おすすめしたい。
(2015 年6月 栗山智美)

- 菜の花紀行 北ドイツ ビールが飲めなくても楽しいメルヘンの旅
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エリア:
- ヨーロッパ>ドイツ>ゴスラー
- ヨーロッパ>ドイツ>リューベック
- ヨーロッパ>ドイツ>ドイツその他の都市
- テーマ:世界遺産 グルメ 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/01/04 17:05



今回カタール航空さんのご招待で北ドイツを訪れました。ドイツと言えばライン川クルーズにノイシュバンシュタイン城が日本人観光客にとってはメジャーな場所ですが、ドイツの魅力はまだまだある、自然や中世の時代に触れてきました。
<ドーハ・ハマド新空港>
カタールのドーハ空港は昨年、ハマド新空港がお目見え。まだ建設途中の箇所もありますが、トランジットホテルやプール、スパ施設もある巨大な空港になりました。

トランジットホテル

空港内プール

空港内ジム
空港中央に鎮座している巨大な熊は本物のテディベアでン億円!王室がお買い求めになったものですが置き場に困り空港に設置されたそうです。王室は規模が違いますね。

空港はレストランエリアにフードコート、ショッピングエリアが充実していて乗継時間が過ごしやすい空間でした。
<ドイツ・ポーランド国境エリア>
ベルリン南東のリューベナウは大小約300の運河に囲まれた美しい水郷の町。その町があるシュプレ-バルト(ドイツ語でシュプレー川の森)はユネスコ生物圏保護区に指定されています。
ここでの人気アクティビティは運河クルーズ。船頭さんが漕ぐので船はゆっくり進んでいきます。ここではカヌーも借りられるので運河の地図を片手に気ままに巡るのも楽しそうでした。




この地域は野鳥保護区でもあるので、いろいろな野鳥のさえずりに癒され、森の緑や周辺のかわいい家々に日々の忙しさを忘れ、ほっとするひと時でした。





リューベナウはピクルスも有名な町。途中でピクルスとパンのセットを買うことができます。パンにはラードを塗るのが一般的とか。試してみるとしつこくなく、ピクルスとの相性も抜群です。



そして足を延ばして、ゲルリッツへ。中世の3500あまりの建造物が入念に修復された町並みはドイツで最も美しいとも言われます。かつては塩や麻の取引を営む取引所や商人の家でした。どこを歩いても絵になる街並みは映画「グランドブタペストホテル」のロケ地にもなりました。





ナイセ川の対岸はポーランドです。この日はお天気がよく、ポーランド料理に舌鼓をうちながらゲルリッツの風景を眺めるという贅沢なひと時を味わいました。


対岸はポーランド


スープとポーランド風餃子、ロールキャベツ
<バルト海を望むメクレンブルグ州〜ハンブルグへ>
ノイシュバンシュタイン城と並ぶ名城、シュベリーン城はバルト海に近い湖水地帯にあります。シュベリーン城は640部屋からなる華麗なお城で、そのうち図書室、玉座の間など26部屋が公開されています。美しい寄木細工でつくられた床や豪華な調度品、肖像画などに、当時の豪勢な暮らしぶりに目を奪われます。城内にはマイセン博物館も併設されているので、さらに豪華な食器にも注目です。





階下にはかつての温室(オランジェリー)がレストランとして利用されています。この時期はホワイトアスパラが旬ということで、いただきました。生ハムとあわせて絶品の一品です。


お城はお庭も素晴らしい。あいにくのお天気でしたが、花の色が一層引き立って華やかでした。





今回初めてSLに乗りました。SLが走っているのは北ドイツの町キュールングボルンからバート・ドーベラン。その名はSLモリー号です。電車とは違うのんびりとした乗り心地で、汽笛も旅情を誘います。車窓には菜の花畑や小麦畑が見え、一瞬ですがバルト海も見ることができます。ドイツに海のイメージはないですが、本当に北の方にいるんだなぁと実感できました。のんびり列車の旅は次々に違う景色を見せてくれるのでまったく飽きることなくあっという間の45分でした。







路面電車のように町中も走る
リューベックはSLの終点、バード・ドーベランから車で約1時間半。13〜14世紀のハンザ同盟の中心として繁栄した町です。まず目に付くのは旧市街の入り口にある町のシンボル、ホルステン門。どっしりとした二つの塔からなる城門です。

旧市街にはれんが造りの建物が多く残っていて、当時の様子が垣間見られます。町の中心のマルクト広場には市庁舎やマリエン教会、当時のハンザ商人たちの館が立ち並ぶ通りもあり、趣がある町になっています。この時は雨模様でしたが市が立っていてにぎやかでした。







マリエン教会の入り口近くにはかわいい悪魔のオブジェがあります。オブジェは新しいものですが、言い伝えによるとこの悪魔はお酒が大好きで、マリエン教会を建設するとき、この悪魔は酒屋ができると思って一生懸命手伝ったそうです。しかしできてみれば教会。怒った悪魔は教会を壊そうとしましたが、町の人々が周りに酒屋をいっぱい造るから、となだめたということです。さしずめドイツの酒呑童子(?)でしょうか。

そしてハンブルグへ。ハンブルグはドイツ最大の港湾都市で、こちらもハンザ同盟の有力都市でした。当時の町並みは戦争や火事でほとんど残っていませんが、ここはあのビートルズがクラブで演奏したという縁の町でもあります。


ハンブルグで一番古い路地(1189年)
ビートルズが訪れたというオールド・コマーシャル・ルームというレストランにはラブスカウスといういくつもの賞を名物料理があります。コンビーフ、ジャガイモ、玉ねぎを混ぜた料理は食べやすく、ビートルズも同じものを食べたかも、と想像するとさらにおいしく感じました。


ハンブルグの新しい人気スポット、倉庫街のれんがの建物の中に世界最大級の鉄道模型のジオラマワールドが広がるミニチュアワンダーランドがあります。10万点以上のミニチュアの世界がコンピューター制御され、鉄道やジオラマ好きな人はもちろん、そうでない人もこの精巧な世界に引き込まれること間違いなしです。





<ハルツ地方のメルヘンの町へ>
ハルツ地方は旧東西ドイツの国境地帯にあり、統一前は近づくことができない地域でした。現在は緑広がる丘陵地帯になっています。この地方で最も高い山は標高1142mのブロッケン山。標高は低いですが「ブロッケン現象」という自然現象の元になった山で、この現象がよく観測されたことが由来とされています。



その地域の古い歴史を残す2つの町、ゴスラーとヴェルニゲローデの旧市街はメルヘンいっぱいの町で、まるで童話の世界に迷い込んだようです。
どちらも旧市街はマルクト広場を中心に木組みの家々が並んでいます。町を散策するだけでも楽しい、どこを見ても絵になる町です。実際に住んでいる人たちは数年ごとに家の色を塗り直し(色を変更することは違法)、景観に努めているとのことですが、窓辺は通りを歩く人に向けて、かわいく飾り付けがされていて、この町に住む人々は楽しんで住んでいるんだな、と感じました。中には観光客向けに滞在できるホテル(京都で言う町屋滞在のようなもの)もあるとのことで、今度はゆっくりこの町に滞在したいと思いました。






ゴスラー






ヴェルニゲローデ

一番小さな家

傾いた家
この地方には魔女の伝説もあり、ブロッケン山では4月30日から5月1日にかけての夜、魔女たちが冬の終わりを祝って悪魔と饗宴を催すというものに由来して、町には魔女グッズもあります。顔はちょっと怖くてリアリティがありました。



ドイツには古城ホテルが数多くありますが、今回カッセル近郊のヴァルデックでドイツ最古の古城ホテル、ヴァルデックに宿泊しました。エーダーゼー湖を眼下に望むお城は堅固でまさに城塞。お部屋は現代にリノベーションされていて快適で、部屋からの眺望は最高です。

お城全景





今回は菜の花ベストシーズンに訪れましたが、葉の花だけではなく、春まっさかりであちこちでかわいい花を見かけました。





ドイツと言えば、のソーセージももちろん食してまいりました。
肉汁たっぷりでやっぱり本場はおいしい!




カレーソーセージ
緑と森の国ドイツは、目も心もお腹も大満足。ビールは飲めなくても大のお気に入りの国になりました。
お勧め度
リューベナウ ★★★★★
ゲルリッツ ★★★★
シュベリーン等北ドイツ ★★★★
ゴスラー&ヴェルニゲローデ ★★★★★
(2015年5月 平田真美)

- 最新!モルディブ極上リゾート情報★
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エリア:
- インド洋>モルディブ>モルディブ(アイランドリゾート)
- テーマ:ビーチ・島 ホテル・宿泊 グルメ
- 投稿日:2016/01/04 16:25

今回現地オペレーターさんよりご招待いただき、モルディブにできた新しいリゾートをいくつか視察に行って参りました。
今回視察したのはアミラフシ、ロアマリゾート、サマーアイランドリゾート、マーリフシバイコモの4件。モルディブでのリゾートを楽しむうえで、やはりリゾート選びは大切。素敵なリゾートばかりでしたので、これからモルディブのご旅行をお考えの方に少しでもご参考になればと思います。
◆◆アミラフシ◆◆
2014年12月にオープンしたばかりの今注目のリゾート「アミラフシ」。
マーレからは水上飛行機で30分、もしくは国内線で15分+スピードボートで10分のところにあります。
今回私たちはスリランカ航空でマーレ空港に到着。マーレ空港には国内線用のラウンジがあるので、国内線の時間までラウンジで休憩。軽食やドリンクがあるだけでなく、Wifiも無料で使え、さらにスパやキッズルームまでもあり時間を持て余すことなく過ごすことができます。(リゾートによっては専用ラウンジのあるところもあります。)




23時の国内線に乗り、空港到着後そこからさらにスピードボートで移動。スピードボート内は座り心地の良いソファ席でクッションまでもあり、なんと海の上でWifiも使えてしまうという、私が抱いていたスピードボートの概念が覆りました。気持ち良い夜風に吹かれながら空を見ると満点の星空で、ここから一気にリゾートの夢の世界へと吸い込まれました。
アミラフシではリゾートタイムが適用されており、マーレよりも1時間の時差があります。到着は現地深夜1時頃。長時間移動に疲れていましたが、お部屋に入ってその疲れが吹っ飛びました。
今回宿泊させていただいたお部屋は「オーシャンリーフハウス」。
「アミラフシ」とは現地の言葉で「Your Island Home」を意味し、まさに自分の家にいるかのような心地よい滞在をコンセプトとされています。そのため、お部屋のカテゴリーも他のリゾートのように「ヴィラ」や「バンガロー」などという言葉をあえて使わず、全て「ハウス」と呼んでいます。私が泊まったオーシャンリーフハウスは250平米の広さがあり、お部屋の真ん中には大きなダブルベッド、ベッドとソファそれぞれの前に大きなテレビ(計2台)、オープンのバスタブにダブルの洗面台、エスプレッソマシンやティーマシンも完備。一人にはとても贅沢すぎるお部屋でした。



ベッドには「おかえり」とのメッセージが

翌日目を覚ますと、とっても素敵な光景が目の前広がっています。これが現実なのかまだ夢の中なのかほっぺをつねりながらうっとりとこの光景を眺めていました。

お部屋を出ると、バギーが迎えに来てくれ朝食のレストランへ向かいます。滞在中はバトラーサービスが付いているので困ったことがあっても安心です。
朝食は「BAZAAR」で海を眺めながら。BAZAARは5つのレストランから成るコンプレックスレストランで、好きなレストランのメニューを好きな場所で注文し、好きな場所で食べることができます。お部屋にもiPadが置いてあり、お部屋からの注文も可能です。

BAZAAR内「FRRSH」

海を眺めながらの朝食

BAZAAR内「TAPAS」

BAZAAR内」「BAR」

アミラフシでの宿泊の特典としてスパが1日1回無料で付いています。50分のメニューの中から好きなメニューを選ぶことができます。この日は「ジェットラグ」という旅の疲れをとってもらえるマッサージを受けました。気持ち良すぎて、最後の方の記憶がありません。。。


スパの後は海でウォータースポーツ!なんと、ダイビング以外のウォータースポーツ(ジェットスキー、シーボブ、ファンチューブ、ウィンドサーフィン、カタマラン、カヌー、スタンドアップパドルボード)も無料で楽しめるのです。この日私たちはジェットスキーをして楽しみました。

その後サンセットバーで夕日を眺めながら特製カクテルを作ってもらいリラックス。モルディブの夕日は本当に綺麗でこのサンセットバーはハネムナーにもとてもおすすめ!静かでとてもロマンチックです。




日が沈んだ後は夕食の時間。オーストラリアのカリスマシェフ、ルークマンガン氏が手がけるレストラン「LONU BY LUKE MANGAN」はアミラフシ一押しのレストランです。

和牛ステーキ
味はどの料理もほっぺがとろけ落ちそうな程美味。日本にも東京に一店舗、丸ノ内にマンガン氏のお店があるらしいので、帰国後絶対に行こう!と決めました。
翌日の朝、チェックアウトまでの時間に「海に入りたい!」ということでアミラフシの近くにあるブルーホールへ行くことに。ボートで2,3分程行き、そこからシュノーケルでブルーホールを目指します。

シュノーケルでブルーホールへ!!
途中で大きなウミガメを発見!!!

あまり上手く写真が撮れず残念。。ウミガメはブルーホールの中にいることが多いそうで、こんなに近くでウミガメが泳いでいるのを初めて見ることができとてもラッキーでした。この辺りには綺麗な魚もたくさんいます。



ずーっとこの夢のような世界にいたかったけど、あっという間にタイムアウト。
ホテルに戻りチェックアウトをし、後ろ髪をひかれながらアミラフシを後にしました。


アミラフシのスタッフの方々
◆◆ロアマリゾート◆◆
続いて視察に訪れたのがロアマリゾート。
2015年1月15日にオープンしたてのほやほや最新リゾートです。モルディブでも随一の海のきれいさを誇るラー環礁で2つめのリゾート。まだ手つかずの海が保たれており圧倒的に綺麗な青い海と、100ヘクタールにも広がるハウスリーフ(サンゴ礁)がとにかくおすすめ。マーレから水上飛行機で45分、またはイフル国内空港からスピードボートで10分のところにあります。



ラア環礁はモルディブ最古の歴史が息づく場所で、かつては人が住んでいた形跡もあるそう。そんな場所にあるロアマリゾートのコンセプトは「ヘリテイジ」。伝統を継承するという意味があり、建築やアートにはモルディビアンデザインを取り入れた新しいスタイルとなっています。リゾート内にはモルディブ人アーティストが手がけた作品が並ぶ水上アート・ギャラリー兼博物館がリゾート内にあったり、室内にも彼らによる絵画が飾られていたりと、他のリゾートとは一線を画したユニークなリゾートです。

ロビーには展示物も
お部屋はビーチと水上合わせて全部で105室。きめ細やかな白砂が目の前に広がるビーチビラと、真っ青な海の上に並ぶ水上ビラ。どちらも捨てがたくとっても素敵です。またどのお部屋にもモルディブの伝統が取り入れられているのも魅力です。

ビーチビラ

ビーチビラの前に広がる白砂ビーチ
ビーチスイートはベッドルームとリビングルームが分かれており、広いプールとその前には真っ白な砂浜が広がっています。

リビングルーム

プール

ベッドルーム

バスルーム
水上のお部屋の内装は全て同じで、サンセット側か、サンライズ側か、の違いがあります。



海の上のハンモックもあります

そして、スパもおすすめ!
ベッドの下はガラスになっているので、海の中のお魚を眺めながらスパを受けることができます。

スパ

レストランは3つあり、その内の1つは寿司カウンターを擁する日本食レストラン。
今回この日本食レストランでランチをいただきました。なんと出てきたのはお刺身とお寿司、そしてお好み焼き!シェフは10年ほど日本に住んでいたことがあるらしく、関西人の私としてもお好み焼きの味は文句の付け所がないほど美味しかったです。こんな離島でこのソースの味が楽しめるとは。。。


リゾート内には手付かずの自然が残り、生い茂る緑と透き通る海の青さのコントラストがとても印象的でした。文化と自然、「モルディブらしさ」が詰まった極上のリゾートはいかがでしょうか?

◆◆サマーアイランドリゾート◆◆
この日の宿泊はサマーアイランドリゾート。気張らず気軽に宿泊できるカジュアルなリゾートです。北マーレ環礁に位置し、マーレからはスピードボートで50分、もしくは水上飛行機で10分です。1994年からあるリゾートですが、今年に入ってリノベーションをされたため、お部屋はとても新しく綺麗です。
スーペリアのお部屋には、ビスタとビーチ、バンガローがあります。
スーペリアビスタのお部屋は2階にあるため、バルコニーから最高の眺めを望むことができます。

1階がスーペリアビーチ、2階がスーペリアビスタ

スーペリアビスタ

スーペリアビスタからの眺め
スーペリアビーチは、お部屋からそのままビーチへアクセスできます。

スーペリアビーチ

お部屋には野外シャワーも
こちらはスーペリアバンガロー。ファミリーなどで宿泊する場合は2部屋を繋げることも可能です。

水上ビラのお部屋には、海を覗けるガラスがあったり、ジャグジーも付いています。



今回私が訪れた際はまだ出来上がっていませんでしたが、水上レストランもすぐオープン予定です。開放的で、夕陽を眺めながらのディナーも楽しめます。


もちろんダイビングセンターやスパもあります。
ゴージャスさはありませんが、カジュアルに気張らず、気軽にモルディブのリゾートを楽しみたい方にはお勧めのリゾートです。

◆◆マーリフシバイコモ◆◆
最後に宿泊したのはマーリフシバイコモ。マーレ空港から水上飛行機もしくは国内線で約1時間のところにあります。
お部屋はビーチと水上、それぞれ「スイート」と「ヴィラ」に分かれています。内装はどのお部屋もほぼ同じですが、スイートはベッドルームとリビングルームの間に壁がないためその分少し狭く、ヴィラはお部屋内に壁がありその分全体的には広くなっています。(水上スイートは約107㎡、水上ヴィラは約120㎡)

ウォータービラ

ウォータービラ

ウォータースイート
さすがはコモグループ、お部屋はとてもシンプル且つところどころにコモのセンスが光っており、また木のぬくもりが感じられるお部屋はとても落ち着きます。

ファミリービーチスイート
おすすめはこの大きなバスタブ!

水上のお部屋ではバスタブから海を臨むことができ、とても解放感があります。
また、アメニティはすべてコモシャンバラのものなのが嬉しいです。この大きなバスタブでゆっくりとその日の疲れを癒すことができます。

コモシャンバラのバスソルトとボディソープ
水上のお部屋には広いサンデッキにプールとくつろげる東屋、そして直接海へアクセスできる階段があります。


夜は日本食レストラン「タイ」にて。
ここには日本人のシェフがいるので、本格的な日本食が楽しめます。モルディブに来てまさかの日本食続きでしたが、ここで食べた日本食が一番でした。普段日本で食べる日本食よりも美味しいかも!?




このタイレストランにはバーもあり、夕陽の時間にはここでお酒を飲みながらゆっくりと過ごすこともできます。


翌朝、朝食はメインレストランにて。
メニューは通常メニューとコモ独自のメニューがあります。リゾート内には大きな畑があり、シェフがその畑で採れた食材を使って調理をしているため、料理はとてもフレッシュでヘルシー。

野菜とフルーツのスムージーがあったり、料理にもたくさんの野菜が使われているので、滞在していると身体の中から綺麗になれそう。
テーブルにはその日の日本のニュースまでありました。

そして、マーリフシで一番のおすすめは何といってもコモシャンバラのスパ。
セラピストは定期的にトレーニングを受けているので、熟練された腕が揃っています。


施術を受ける前に身体の状態などを診断用紙に記入。

お部屋はすべてビラタイプで、セラピストと一緒に自分のお部屋まで行きます。


コモシャンバラの香りに包まれ、全身とろけるようでした。コモシャンバラのスパは本当におすすめです!
そして、マーリフシでおすすめのエクスカーションはサンセットドルフィンクルーズ。

リゾートの周りにはたくさんのイルカが生息しており、90%以上の確率でイルカを見ることができます。ボートの下に手で触れそうなほど近くまでたくさんのイルカが来てくれます。今まで見たことない程たくさんのイルカを見ることができ、ひたすら興奮状態でした。笑


ボートでは軽食やドリンクもサービスしてくれます。ボートの上はソファになっているので、イルカを見た後はここでゆっくりとサンセットを楽しみます。



普段旅行では歩き回るのが好きな私はこういうリゾートでどうやって過ごせば・・と思っていましたが、お部屋の外でシュノーケルをしたり、プールで泳いだり、夕陽を眺めたり、エクスカーションに参加したり、ウォータースポーツを楽しんだり、お部屋でのんびりしたり、おいしいご飯を食べたりと、存分にリゾートを楽しんでしまいました。
ハネムーンに人気のモルディブですが、ダイバーはもちろんファミリー、女子同士にもおすすめできます。
日常生活に少し疲れたな、リラックスしたいな、という方は是非モルディブへ!日常を忘れさせてくれる楽園が待っています!
2015年5月 池田郁依

- 『女子的メキシコ旅行ノススメ』
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エリア:
- 中南米>メキシコ>メキシコシティ
- 中南米>メキシコ>グアナファト
- 中南米>メキシコ>メキシコその他の都市
- テーマ:世界遺産 グルメ 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2015/04/09 17:54
メキシコと言えば、古代遺跡、ハネムーンで人気の高級ビーチリゾート、テキーラ、サボテンなど女子同士で楽しめるデスティネーションとして頭に思い浮かべる人は少ないだろう。女子にとって旅先を選ぶポイントとして、素敵な町並みやホテル、ショッピング、美味しい料理は欠かせない。実はこのメキシコ、その全てを叶えてくれる魅力満載の国なのだ。今回は『女子的メキシコ旅行ノススメ』として、1.アート 2.メキシコ雑貨 3.グルメと女子的切り口でメキシコの楽しみ方をご紹介したい。
1.ロニアル都市でアート巡り

遺跡やビーチリゾートも良いが、メキシコをより深く味わうにはコロニアル都市も外せない。メキシコにはスペイン植民地時代に建てられたヨーロッパ風のコロニアル都市が数多く残されている。特に銀の道と呼ばれる全長2000km以上に及ぶ道は、16世紀から300年間にわたりメキシコで産出された銀が運ばれ、その沿道には銀で巨万の富を得た富豪達が豪華な建物を建築した。このルートには、メキシコを代表するコロニアル都市グアナファト、 サンミゲルデアジェンデ、 ケレタロ、メキシコシティなど世界遺産に登録された都市があり、ヨーロッパの華麗で荘厳な静の美と、数千年にも渡り受け継がれたラテンアメリカ特有の躍動感溢れる動の美が融合し、ヨーロッパとはひと味違う独特な雰囲気を醸し出している。押し寄せるヨーロッパの新しい文化を受け入れながらも、自分達のアイデンティティは失わず独自の発展を遂げたメキシコ独特の美的感覚から生まれたアートに触れながらコロニアル都市を巡るも是非お勧めしたい旅の楽しみ方の1つだ。
【メキシコシティ】
●フリーダカーロ美術館

メシキコを旅すると、ある女性が描かれたグッズを至る所で目にする。彼女の名はフリーダカーロ。夫ディエゴ・リベラと言うメキシコを代表する壁画家と暮らした「青い家」と呼ばれる真っ青な外壁で囲まれた彼女の生家は、現在博物館として利用されている。小児麻痺、交通事故、3回に渡る流産、夫の度重なる裏切りなど数え切れない絶望の中で享年47歳の短い命を生ききった彼女の激動の人生は度々映画化され、今も熱狂的なファンが多く訪れていた。彼女自身も度々降りかかる困難から受けた心の傷を癒すかのように多くの恋を経験したそうだ。女性なら少し羨ましくもあるそんな彼女のドラマチックな人生に思いを馳せながら見学すると更にこの博物館が楽しめる。
(入館料55ペソ、館内での写真撮影は別途料金60ペソ)





その他にもメキシコシティには、国立人類学博物館、世界遺産ルイス・バラガン邸と仕事場、エルメスも認めたメキシコ伝統の民芸品が展示されている民芸品博物館など数多くの美術館・博物館があり、その数は世界有数なのだとか。日曜日は国民に無料解放され子供から大人まで多くの市民で賑わいメキシコ人の芸術に対する関心の高さが伺える。メキシコシティは周辺都市へ行く為の中継地と考えていたが、実は魅力的なスポットが多く次回は是非ゆっくりと見て周りたい。
<その他の見所>


【グアナファト】

世界遺産グアナファトでは、ピンク・黄・緑など虹色に彩られた絶景の街並みが楽しめる。16世紀半ばに発見された銀鉱脈で栄え、18世紀には世界の3分の1の銀がここグアナファトで産出されていたと言われる。銀で巨万の富を得た大富豪達は、本国のスペインを上回る街作りを目指し、莫大な富を投入してバロック調の華麗な装飾を施したコロニアル建築を建てた。グアナファトは他のコロニアル都市に比べ重厚感ある豪華な建物が数多く残り歴史の重みを感じさせる。
ここグアナファトは同じく世界遺産のコロニアル都市ケレタロやサンミゲルアジェンデへのアクセスも良く、コロニアル都市巡りの起点としてもお勧めだ。
●虹色の街並み
グアナファト州はメキシコ独立戦争が始まった場所である。街を一望出来るピピラの丘には独立戦争の英雄ピピラの銅像が建てられている。銀の産出で栄華を極めたその裏で、先住民やメスティソ達は銀の採掘のため過酷な労働が強いられ多くの命が奪われた。この美しい街並みはそんな光と影の中で作られたものだと思うとより感慨深いものがある。




●ディエゴリベラ博物館

メキシコ革命後、壁画を通じてメキシコ独自のアイデンティティを民衆に訴えた壁画運動の中心的人物であり、フリーダカーロの元夫でもあるディエゴリベラはグアナファトで生まれた。街の中心部にある彼の生家を利用した博物館には、彼の作品や現代アーティストの作品も展示されていた。美しいフリーダカーロが決して男前とは言えない歳の離れたおじさんに惹かれたのか彼の作品を見ると少し分かる気もする。
(入館料20ペソ。ディエゴリベラの作品は撮影不可)



●ミイラ博物館
アートとは関係ないが、グアナファトにはミイラ博物館がある。高地の乾燥地帯と言う気候により埋葬された遺体が自然とミイラ化したのだとか。洋服を着たままのミイラや幼児のミイラなど数多くのミイラが展示されている。エジプトでもミイラは見たが、こちらの方は比較的年代が新しいため生々しくかなりの衝撃だった。興味のある方は是非グアナファトへ足を運び実際に見てほしい。
<その他の見所>





【サンミゲルデアジェンデ】

サンミゲルデアジェンデは2013年には旅行雑誌コンデナスト・トラベラー読者130万人が選んだ観光都市ランキング「世界の都市25選」でナンバー1に輝いた街だ。 グアナファトが銀で発展したのに対し、この街は手工業で発展を遂げた。その流れなのだろうか、この小さな街にはメキシコで有名な「アジェンデ美術学校」と「エルニグロマンテ文化会館」2つのアートに関する施設があり、世界で活躍するアーティストを輩出してきた。今も若手アーティストのギャラリーや彼らが製作した作品を売るお洒落なショップ、洗練されたレストランやブティックホテルが軒を連ね、街自体が「アート」だった。歴史を感じたい人にとってもしかするとこの街は作られ過ぎていると言う人も居るかもしれないが、目に映る全てが絵ハガキのような可愛い街並みは女子にとって間違いなくテンションが上がる。コンパクトなこの街は徒歩で見て周る事が出来る。今回は日帰り訪問だったが、次回は是非お洒落なブティックホテルに滞在し、じっくりこの街を楽しみたい。





2.メキシコ雑貨

メシキコには色彩感溢れる可愛い民芸品が多く売られている。各都市に民芸品市場があり、陶器や服飾品など所狭しと並んでいる。市場は雑多に品物が並んでいるためお気に入りの品を見付けるのは一苦労だが、 街中のショップよりお安く買え値段交渉も可能だ。 自分へのご褒美なら街中の洗練されたショップも良い。市場には無い質の高い商品が売られている。雑貨巡りならサンミゲルアジェンデとオアハカは外せない。アートの街と言われるサンミゲルアジェンデでは、他の都市には無いセンスのよい品がある。今回訪問する事は出来なかったが、オアハカではメキシコの伝統的な民芸品が売られているそうだ。メキシコの思い出と共にお土産を持ち帰るため大きめのスーツケースは必須だ。





3.グルメ



メキシコ料理のイメージは「タコス」「辛い」しかなかった。実はメキシコ料理、ユネスコが食文化として初めて世界無形文化遺産に認定した7000年という長い歴史を持つ伝統ある料理で、トウガラシ・トマト・カカオ・カボチャなど、今や私達の食生活に欠かせない食材の原産地でもあるのだ。シーザーサラダやガムなどもメキシコ発祥なのだとか。
古代より受け継がれた伝統と、植民地時代に運ばれたヨーロッパの新たな食文化が融合し、今や料理の種類も豊富で、料理に付けるソース1つを取ってもかなりの種類がある。
食事をするにあたり料理の味は言うまでもなく、それと同じく重要なのは食事をする場所の雰囲気だろう。ここでは今回私が訪れた中で、味覚・視角共に大満足だったレストランを紹介したい。
●フィエスタ アメリカーナ アシエンダ ガリンド(ケレタロ郊外)





●CUNA DE TIERRA(ドローレス・イダルゴ)



●ミッション ブティック カーサ(グアナファト)


ピピラの丘近くの高台に建つ高級ホテルで、グアナファトの美しい街並みが一望出来る。グアナファトの中でも人気のホテルで予約が取り辛いそうなのだが、そんな時にはレストランでディナーをするのがお勧め。暖かい灯に照らされたグアナファトの美しい夜景がレストランからも楽しめる。
今回の旅を通じてメキシコのイメージがガラリと変わった。中南米と言えば遠い異国の地で気軽には行けないエリアと思っていたが、アエロメヒコを利用すれば往路は成田から直行便約13時間でメキシコシティに到着する。古代遺跡やビーチリゾートがフューチャーされがちなメキシコだが、ヨーロッパ的な雰囲気と先住民文化の2つが味わえるコロニアル都市や豊かな色彩感覚から生まれたアート、カラフルなメキシコ雑貨にグルメと女子が喜ぶエッセンス満載の国だった。定番も良いけどちょっと冒険してみたいと思っている女子の皆さん、ぜひ次のデスティネーションはメキシコへ。
【スタッフオススメ度】
グアナファト ★★★★★ 虹色のカラフルな街並みと歴史を感じられる街。
サンミゲルデアジェンデ ★★★★★ 街全体がアート。洗練されたメキシコ雑貨が豊富。
メキシコシティ ★★★★ 美術館や博物館が豊富。
(2015年3月 藤原奈緒子)
1.ロニアル都市でアート巡り

遺跡やビーチリゾートも良いが、メキシコをより深く味わうにはコロニアル都市も外せない。メキシコにはスペイン植民地時代に建てられたヨーロッパ風のコロニアル都市が数多く残されている。特に銀の道と呼ばれる全長2000km以上に及ぶ道は、16世紀から300年間にわたりメキシコで産出された銀が運ばれ、その沿道には銀で巨万の富を得た富豪達が豪華な建物を建築した。このルートには、メキシコを代表するコロニアル都市グアナファト、 サンミゲルデアジェンデ、 ケレタロ、メキシコシティなど世界遺産に登録された都市があり、ヨーロッパの華麗で荘厳な静の美と、数千年にも渡り受け継がれたラテンアメリカ特有の躍動感溢れる動の美が融合し、ヨーロッパとはひと味違う独特な雰囲気を醸し出している。押し寄せるヨーロッパの新しい文化を受け入れながらも、自分達のアイデンティティは失わず独自の発展を遂げたメキシコ独特の美的感覚から生まれたアートに触れながらコロニアル都市を巡るも是非お勧めしたい旅の楽しみ方の1つだ。
【メキシコシティ】
●フリーダカーロ美術館

メシキコを旅すると、ある女性が描かれたグッズを至る所で目にする。彼女の名はフリーダカーロ。夫ディエゴ・リベラと言うメキシコを代表する壁画家と暮らした「青い家」と呼ばれる真っ青な外壁で囲まれた彼女の生家は、現在博物館として利用されている。小児麻痺、交通事故、3回に渡る流産、夫の度重なる裏切りなど数え切れない絶望の中で享年47歳の短い命を生ききった彼女の激動の人生は度々映画化され、今も熱狂的なファンが多く訪れていた。彼女自身も度々降りかかる困難から受けた心の傷を癒すかのように多くの恋を経験したそうだ。女性なら少し羨ましくもあるそんな彼女のドラマチックな人生に思いを馳せながら見学すると更にこの博物館が楽しめる。
(入館料55ペソ、館内での写真撮影は別途料金60ペソ)

10時開園にもかかわらず開園前から既に行列が出来ていた。

彼女は自分の自画像を多く描いた。

館内には彼女の作品と共に当時使われていたセンス光る可愛い家具が展示されている。

彼女が実際に使っていた車椅子とアトリエ。

彼女の最後の作品「Viva la Vida(生命万歳)」
その他にもメキシコシティには、国立人類学博物館、世界遺産ルイス・バラガン邸と仕事場、エルメスも認めたメキシコ伝統の民芸品が展示されている民芸品博物館など数多くの美術館・博物館があり、その数は世界有数なのだとか。日曜日は国民に無料解放され子供から大人まで多くの市民で賑わいメキシコ人の芸術に対する関心の高さが伺える。メキシコシティは周辺都市へ行く為の中継地と考えていたが、実は魅力的なスポットが多く次回は是非ゆっくりと見て周りたい。
<その他の見所>

メキシコシティの中心地ソカロ広場。「007」のロケが行われていた。今後ますますメキシコが話題となりそうだ。

国立人類学博物館にある有名な翡翠のデスマスク。
【グアナファト】

世界遺産グアナファトでは、ピンク・黄・緑など虹色に彩られた絶景の街並みが楽しめる。16世紀半ばに発見された銀鉱脈で栄え、18世紀には世界の3分の1の銀がここグアナファトで産出されていたと言われる。銀で巨万の富を得た大富豪達は、本国のスペインを上回る街作りを目指し、莫大な富を投入してバロック調の華麗な装飾を施したコロニアル建築を建てた。グアナファトは他のコロニアル都市に比べ重厚感ある豪華な建物が数多く残り歴史の重みを感じさせる。
ここグアナファトは同じく世界遺産のコロニアル都市ケレタロやサンミゲルアジェンデへのアクセスも良く、コロニアル都市巡りの起点としてもお勧めだ。
●虹色の街並み
グアナファト州はメキシコ独立戦争が始まった場所である。街を一望出来るピピラの丘には独立戦争の英雄ピピラの銅像が建てられている。銀の産出で栄華を極めたその裏で、先住民やメスティソ達は銀の採掘のため過酷な労働が強いられ多くの命が奪われた。この美しい街並みはそんな光と影の中で作られたものだと思うとより感慨深いものがある。

独立戦争の英雄ピピラの銅像。

ピピラの丘から見た街の全景。


朝・昼・晩、刻々と違う顔を見せてくれる。
●ディエゴリベラ博物館

メキシコ革命後、壁画を通じてメキシコ独自のアイデンティティを民衆に訴えた壁画運動の中心的人物であり、フリーダカーロの元夫でもあるディエゴリベラはグアナファトで生まれた。街の中心部にある彼の生家を利用した博物館には、彼の作品や現代アーティストの作品も展示されていた。美しいフリーダカーロが決して男前とは言えない歳の離れたおじさんに惹かれたのか彼の作品を見ると少し分かる気もする。
(入館料20ペソ。ディエゴリベラの作品は撮影不可)

フリーダカーロとディエゴリベラがお出迎え。

ディエゴリベラの等身大写真と記念撮影が出来る。

館内で骸骨人形の絵付け体験のようなものが催されていた。
●ミイラ博物館
アートとは関係ないが、グアナファトにはミイラ博物館がある。高地の乾燥地帯と言う気候により埋葬された遺体が自然とミイラ化したのだとか。洋服を着たままのミイラや幼児のミイラなど数多くのミイラが展示されている。エジプトでもミイラは見たが、こちらの方は比較的年代が新しいため生々しくかなりの衝撃だった。興味のある方は是非グアナファトへ足を運び実際に見てほしい。
<その他の見所>

古代ギリシア風の豪華なフアレス劇場。今でもクラシックやオペラなど公演されている。内部見学も可能(有料35ペソ)


街の中心ラパス広場とバシリカ教会の昼と夜。

鉱山の持ち主だったバレンシア公爵が個人の資産で建てたバレンシアナ教会。内部は金色の祭壇で絢爛豪華。

夜になると中世スペインの学生服を着た楽団エストゥディアンティーナと共にセレナータを歌いながら街歩きするツアーが開催される。学生の街でもあるグアナファトの名物だ。
【サンミゲルデアジェンデ】

サンミゲルデアジェンデは2013年には旅行雑誌コンデナスト・トラベラー読者130万人が選んだ観光都市ランキング「世界の都市25選」でナンバー1に輝いた街だ。 グアナファトが銀で発展したのに対し、この街は手工業で発展を遂げた。その流れなのだろうか、この小さな街にはメキシコで有名な「アジェンデ美術学校」と「エルニグロマンテ文化会館」2つのアートに関する施設があり、世界で活躍するアーティストを輩出してきた。今も若手アーティストのギャラリーや彼らが製作した作品を売るお洒落なショップ、洗練されたレストランやブティックホテルが軒を連ね、街自体が「アート」だった。歴史を感じたい人にとってもしかするとこの街は作られ過ぎていると言う人も居るかもしれないが、目に映る全てが絵ハガキのような可愛い街並みは女子にとって間違いなくテンションが上がる。コンパクトなこの街は徒歩で見て周る事が出来る。今回は日帰り訪問だったが、次回は是非お洒落なブティックホテルに滞在し、じっくりこの街を楽しみたい。

スターバックスも可愛く変身

ジャカランダの花が咲き乱れていた。

歴史的な建築物でもあるアジェンデ美術学校では今も多くの学生が学ぶ。校内にサンミゲル教区教会が見える素敵なレストランがある。

暖かい灯でライトアップされた街は昼とはまた違った雰囲気を醸し出す。

ライトアップされたサンミゲル教区教会
2.メキシコ雑貨

メシキコには色彩感溢れる可愛い民芸品が多く売られている。各都市に民芸品市場があり、陶器や服飾品など所狭しと並んでいる。市場は雑多に品物が並んでいるためお気に入りの品を見付けるのは一苦労だが、 街中のショップよりお安く買え値段交渉も可能だ。 自分へのご褒美なら街中の洗練されたショップも良い。市場には無い質の高い商品が売られている。雑貨巡りならサンミゲルアジェンデとオアハカは外せない。アートの街と言われるサンミゲルアジェンデでは、他の都市には無いセンスのよい品がある。今回訪問する事は出来なかったが、オアハカではメキシコの伝統的な民芸品が売られているそうだ。メキシコの思い出と共にお土産を持ち帰るため大きめのスーツケースは必須だ。

イダルゴ市場。規模は大きくないが、お陶器や食品、屋台などお店の種類は豊富で一通りのものはここで調達出来る。


グアナファトのラパス広場にあったお洒落なショップの可愛い品々。


サンミゲルデアジェンデの可愛い雑貨達。陶器だと小さなものなら20ペソ(約200円)程度のお手頃なものからある。
3.グルメ

メキシコ名物タコス

サンミゲルアジェンデ名物の石焼鍋

料控えめでメニュー数を増やし提供してくれる女性好みのレストランも多く見かけた。
メキシコ料理のイメージは「タコス」「辛い」しかなかった。実はメキシコ料理、ユネスコが食文化として初めて世界無形文化遺産に認定した7000年という長い歴史を持つ伝統ある料理で、トウガラシ・トマト・カカオ・カボチャなど、今や私達の食生活に欠かせない食材の原産地でもあるのだ。シーザーサラダやガムなどもメキシコ発祥なのだとか。
古代より受け継がれた伝統と、植民地時代に運ばれたヨーロッパの新たな食文化が融合し、今や料理の種類も豊富で、料理に付けるソース1つを取ってもかなりの種類がある。
食事をするにあたり料理の味は言うまでもなく、それと同じく重要なのは食事をする場所の雰囲気だろう。ここでは今回私が訪れた中で、味覚・視角共に大満足だったレストランを紹介したい。
●フィエスタ アメリカーナ アシエンダ ガリンド(ケレタロ郊外)

アシエンダを改装して、現在はホテルとして営業している。ケレタロから1時間程車でいった郊外にある。 /font>

マセワルと言う伝統料理。揚げたタコスのパリパリ食感がたまらない。

モーレというカカオと数種類のスパイスで作られた伝統的なソースがかけられたステーキ。

敷地内で放飼いにされていた孔雀。

敷地内には教会が建てられていた。
●CUNA DE TIERRA(ドローレス・イダルゴ)

グアナファトから車で1時間程のところにあるワイナリー。広大なブドウ畑が広がる。

ワインをねかせる樽に使われる木にもこだわっていた。

園内ではワインの試飲が出来る
●ミッション ブティック カーサ(グアナファト)

レストランから見える夜景

メキシコ料理と言えば肉のイメージだが魚料理もかなり豊富
ピピラの丘近くの高台に建つ高級ホテルで、グアナファトの美しい街並みが一望出来る。グアナファトの中でも人気のホテルで予約が取り辛いそうなのだが、そんな時にはレストランでディナーをするのがお勧め。暖かい灯に照らされたグアナファトの美しい夜景がレストランからも楽しめる。
今回の旅を通じてメキシコのイメージがガラリと変わった。中南米と言えば遠い異国の地で気軽には行けないエリアと思っていたが、アエロメヒコを利用すれば往路は成田から直行便約13時間でメキシコシティに到着する。古代遺跡やビーチリゾートがフューチャーされがちなメキシコだが、ヨーロッパ的な雰囲気と先住民文化の2つが味わえるコロニアル都市や豊かな色彩感覚から生まれたアート、カラフルなメキシコ雑貨にグルメと女子が喜ぶエッセンス満載の国だった。定番も良いけどちょっと冒険してみたいと思っている女子の皆さん、ぜひ次のデスティネーションはメキシコへ。
【スタッフオススメ度】
グアナファト ★★★★★ 虹色のカラフルな街並みと歴史を感じられる街。
サンミゲルデアジェンデ ★★★★★ 街全体がアート。洗練されたメキシコ雑貨が豊富。
メキシコシティ ★★★★ 美術館や博物館が豊富。
(2015年3月 藤原奈緒子)

- 何となくゆったりと穏やかな空気が流れている気がした イラン5日間お酒のない旅
-
エリア:
- 中近東>イラン>シラーズ
- 中近東>イラン>イスファハン
- 中近東>イラン>ヤズド
- テーマ:世界遺産 グルメ 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2015/04/09 17:50

この雰囲気が大好き!シーオセ橋・イスファハン
私はお酒が好きです。特にビールが大好きです。日本でお酒を飲まない日はありません。特別、休肝日も設けず、ひどい二日酔いの日も回復したら、夜にはまたお酒。お酒を飲まなかった日はいったいいつだったのか・・・思い出すことができません。そんな私が、イランの旅人に任命され、最初に思ったのが「イランではお酒が飲めない・・・」
イランでは、1979年のイラン革命の直後からアルコール飲料の生産、販売、消費が禁止され、違反者には重い罰が与えられる禁酒令が布かれています。が、しかし、そんなイランでもお酒を手に入れたいと思えば手に入れられるそうです。やはり、どこにでもアンダーグラウンドの世界が存在するのですね。残念ながら私がイランに滞在した5日間は、街中で「お酒あるよ」などと声を掛けてくれるイラン人は誰もおらず、完璧な禁酒の世界の中におりました。日本からこっそり持っていく方法もあったのですが、せっかくの機会です。「アッラーの神」からお酒のない世界への誘(いざな)いと思い、自らその世界に飛び込んでみることにしました。肝臓元気になったかな?
(ここまで導入部分です)

まずまずの味・イラン国産のノンアルコールビール
では何故、イランでは禁酒令が布かれているのでしょうか。それは、皆さんもよくご存じのとおり、イランの国教であるイスラム教と密接に関係しています。
コーランの中に次のような一節があります。
悪魔の望むところは、酒と賭矢によってあなたがたの間に、敵意と憎悪を起こさせ、あなたがたがアッラーを念じ礼拝を捧げるのを妨げようとすることである。それでもあなたがたは慎しまないのか。
かれらは酒と、賭矢に就いてあなたに問うであろう。言ってやるがいい。「それらは大きな罪であるが、人間のために益もある。だがその罪は、益よりも大である。」またかれらは、何を施すべきかを、あなたに問うであろう。その時は、「何でも余分のものを。」と言ってやるがいい。このようにアッラーは、印(=モホル)をあなたがたに明示される。恐らくあなたがたは反省するであろう

ホテルには必ずコーランが置いてある
難しい表現があってよく理解できないところがありますが、なるほどと納得できる部分もありますね。私は、イスラム教=禁酒というイメージを持っていましたが、調べてみるとイスラム教の国々だけでなく世界のいろんな場所で禁酒令が施行されていました。遥かその昔、日本にもあったようです。やはり、お酒は危険だ、人々に害を及ぼす可能性があるとの考えがいつの世も万国共通の認識ということでしょう。お酒で失敗しないように引き続き気をつけたいと思います。
イラン革命、つまり飲酒が禁止されてから今年で36年。革命当時子供だった人たちはよいですが、例えば30歳だった人は飲んでいたお酒が飲めなくなって36年経つということになります。考えられません。日本ではまず間違いなく禁酒令が復活することはないでしょう。私は日本に生まれてよかったです。
厳格なイスラム教徒であるガイドさんによると、コーランは、この世に生きるためのアドバイスの書だそうです。コーランにはすべてのことが書いてあり、コーランに書いてあることに従って生きていけば必ず幸せになれる。生きるための行動の根拠は、すべてコーランの中にあるのだそうです。つまり、コーランに「ダメ」と書いてあることはしてはいけません。たとえば、お酒以外に「ダメ」とされることを挙げますと・・・
★豚を食べてはいけない
理由:豚は雑食系で自分の排泄物までも食べてしまう不浄な動物だから
★女性は公共の場で歌ってはいけない
イラン革命後はイランに女性歌手はいません。また、外国人の女性歌手のコンサートに類するイベントも開催禁止です。
理由:男たちを惑わすため
昔から禁止されていることもありますし、1979年のイラン革命後に新たに決められたこともあるそうです。

ライブを聴かせる高級レストラン。歌手は男性です
ついでにもう一つ。何と、公共バスでは男女が同じ車両に乗車してはいけません。男女別の出入口が設置されているのです。これには驚きです。日本でも、平日朝の通勤ラッシュの時間帯で女性専用車両を設ける電車がありますが、時間限定です。イラン人男性は女性に対して畏怖の念を持っているでしょうか。コーランにはどのように書かれているのか興味をそそられます。

1.5リットルペットボトルのノンアルコールビール
様々な制限のあるイランですが、私はイランでは暮らしていく自信がありません。まず、かつ丼やかつカレーに限らずポーク系のカレー、そして、酢豚が食べられません。アイドル歌手が歌ったり踊ったりするのが観られないのはそれほど痛手ではありませんが、世の中にあったほうがよいものだと私は思います。そして何よりも、お酒が飲めなのは致命的です。運動した後、からっからに乾いたのどをビールが潤す幸せや強烈に寒い日にピリ辛に味付たキムチ鍋をつつきながら乾いた喉を潤す幸せがなくなるなんて考えられません。NO BEER NO LIFE!
そんなことを言っている私ですが、お酒のないイランでの5日間は、日本からアルコールを忍ばせて持ってこなかったことを後悔することも、苦痛に感じることもなく過ぎていきました。もちろん、5日間限定とわかっていたからなのですが、そんな私の強い味方が、ノンアルコールビールでした。イランには、たくさんの種類の国産物、輸入物のノンアルコールビールがあります。味もまずまずです。食事の時はほぼ、ノンアルコールビールを飲んでいました。銘柄による味の違いも当然あり楽しめます。また、いろんなフレーバーが入っていて、たとえば、レモン、ライム、アップル、ピーチ、トロピカルフルーツなど、バラエティに富んでいます。その味は、苦みが消え、甘さをおさえたジュースそのものです。日本でも手に入れられるようなので、見つけたら買ってみたいと思っています。

まだ暖かい陽気とはいえない中でもピクニック
イラン人は、ピクニック感覚で野外で食事をするのが好きです。私も好きです。私が訪れた2月末は、テヘランでは雪が降りました。シラーズでは夜外出すると底冷えがして体の芯まで冷え切ってしまい、日中でもポカポカ陽気とは程遠く、外で食事などとは思わないような中、公園にはピクニックランチを楽しむ大勢の人々がいました。家族、カップル、近所や学校の友達などと一緒に、自分たちで作ったお料理を食べながらおしゃべりを楽しんでいました。のどかで幸福そのものの風景です。ガイドさんと運転手さんと私3人でご一緒させていただいたのが、同じ大学の仲良し3人組の女性グループでした。決まり通り、頭には軽くスカーフがまかれています。イラン人女性にとって、重要なおしゃれポイントなのでしょう。個性を出されていてみなさん素敵です。


英語はほとんどしゃべれない様子でしたので、ガイドさんが通訳です。毎日宿題が多く、大学の勉強はたいへんだそうです。因みに、イランの学制は、基本的に日本と同じ6-3-3-4ですが小学校に入る前と大学に入る前それぞれ、準備期間として1年間予科みたいなものがありますが、大学を卒業する年齢は日本と同じです。大学への進学率は低いです。中学までが義務教育で高校までが男女別。大学から男女共学になります。夏休みは3か月もあるそうで、家族と接する時間が多くなり、絆が深まるそうです。

さて、お話を戻して・・・彼女たちは現在男女共学の大学へ通っています。彼女たちは
気分転換にお料理を作るのが好きで、天気の良い日はこのように料理を持ち寄り公園でのんびりするそうです。今日は、スパゲティのランチ。我々は食べたばかりなのでお腹いっぱいだったのですが、せっかくなのでありがたくおすそわけをいただきました。味もなかなか、トマトソース味でした。彼女たちは、積極的にイランのことを話してくれました。朝ご飯と晩御飯は、基本的に家族そろって食べます。母親と一緒にお料理を作るので自然と料理がうまくなるそうです。将来は、音楽や芸術に関連するお仕事をされたいそうです。当然のような口ぶりで話していましたが、皆さん、家に織機があるそうで絨毯を織ることができるそうです。他に、刺繍もされます。また、ジャジムという綿の布を織ってバッグなども作るとのことで、実際にその作品を見せてもらいましたが、趣があって、とても丈夫そうでした。「日本の旅行者から教えて欲しいと頼まれたら先生になってくれますか」と聞くと「もちろん!いいですよ」と連絡先をくれました。ガイドさんに託してあるので、ファイブスタークラブのツアーで、できるようになるかもしれません。ご期待ください。

ジャジムで造ったお手製のバッグ
そんな豊かで幸せそうなイランも、暮らしは決して楽ではないそうです。何がたいへんかというと、物価が年々上昇することで、やりくりが大変らしいのです。アメリカを中心とする各国からの経済制裁が主な原因で1979年の革命以降続いています。イランの核開発問題が大きな原因なのですが、原油や天然ガスなどのイランの豊富な資源を活用できないのは、想像を絶する損失に違いありません。ガイドさんに聞いてみると、暮らしぶりは楽ではないけれど、「核開発を断念したくない」というのが一般的な市民感情なのだそうです。



テヘランレイクサイドヒルズ
そんな話を聞くとイラン経済は停滞しているように思いますが、決してそんなことはありません。テヘラン中心部の北部エリアに人工的に湖を造成した風光明媚な一帯があります。現在、その湖周辺は高層ビルの建設ラッシュで、日本式に表現すると「テヘランレイクサイドヒルズ」といった様相です。真新しいきらきらしたモスクや、ショッピングモールも建設中で、完成した暁には海外からの観光客も多く訪れる、テヘランで一番のおしゃれスポットになることでしょう。また、テヘランのみならず、シラーズやイスファハンの目抜き通り商店街も平日の昼間から、たくさんの人出でにぎわっています。夕方頃から、さらに数が増え、道路は大渋滞です。夜10時過ぎくらいから、食べ物や、衣料品、雑貨の屋台も出始めます。もし、経済制裁がなければ、イランはどのような経済発展を遂げていたのでしょう。

目抜き通りの洋服屋さん

ちょっと気持ち悪い


夜10時過ぎても人通りは絶えない
イランとアメリカは犬猿の仲と言われています。さすがにマクドナルドはイランにはなかったのですが、至るところにコカコーラやペプコーラの宣伝が見られます。テレビでもCMが流れています。むむ、これはどういうことだ?ガイドさんに聞いてみたところ、イラン人は何も気にしていないそうです。逆に、アメリカも経済制裁の一環で撤退もしない。きっと、深い事情があるのでしょう。

コカコーラの大看板

旨い!!

ケバブのサンドイッチはコカコーラの方が合う

ペプシも負けてない

ペルシャ文字ペプシ
イランでは、コカコーラやペプシの看板以外で英語の表記を見ることはあまりありません。
イランでは、ペルシャ文字やアラビア文字が主体です。皆さんご存知のように、イランの文字、ペルシャ文字は、アラビア文字同様、右から左に読みます。しかし、西洋数字は、文中にあっても左から右です。ペルシャ文字の数字も同じく左から右です。おもしろいですね。イラン人はアラビア系の民族ではありません。元々はアーリア系の民族でインド人と同じ仲間です。それが長い歴史の中でいろんな民族と戦い、征服されたり、奪い返したりする中で、周辺諸国の文明文化と融合し、現在に至っています。イランの公用語はペルシャ語ですが、アラビア語の影響を大きく受けて、アラビア語に似ている部分が相当あるそうです。従って、ペルシャ文字とアラビア文字も似ています。ガイドさんが言うには、日本の漢字と中国の漢字の違いのようなものだそうです。

ゾロアスター教の象徴・沈黙の塔
大昔のイラン、つまり古代ペルシャで、人類発祥と同時に生まれた!と言われるゾロアスター教は、現代イランでも少なからぬ影響があるそうです。ゾロアスター教は、かつてペルシャの国教でした。ゾロアスター教には3つの教えがあるそうで、とても簡単なので覚えてしまいました。
よい考え
よい言葉
よい行い
シンプルすぎるくらいシンプルです。でも、基本だからこそ深さを感じます。ものの本によると、ゾロアスター教は、善悪二元論的宗教で、簡単に言うと善と悪が闘って最後は善が優位に立つという宗教です。その善の霊、善の神の最高位にあるのが、アウラマズダ、英語でAhura MAZDAで、日本の大手車メーカーの「マツダ」の社名に使われています。他にもペルシャ(イラン)が関係する日本でおなじみの物があります。
イラン南西部の大都市、シラーズ近郊からイラク国境付近までザグロス山脈が延々と続いています。ここを原産地とする果物は中国を経て日本にやってくるなかで「柘榴(ザクロ)」になりました。また、学名Amygdalus persica、Prunus persicaと名付けられている果物は、中国が原産とされ、今度は逆ルートで、シルクロードを伝い、ペルシャを経てヨーロッパに渡ったときに、「Peach」と名付けられました。英語のピーチのPはペルシャのPだったのです。

アブヤーネ村の町並み

もはや糸杉の体ではない樹齢4000年の糸杉
古代から存在した国だからこそ、「へ〜」という話題には事欠かないイランです。そんなイランだからこそという話題が他にもあります。ゾロアスター教を国教としていたころの大昔の町並みがそのまま残り、尚且つ今もそこに人々が住み続けているアブヤーネ村がヤズドの近くにあります。この村は観光地として多くの人々が訪れますが、その村の付近には約1800年前に栄えたササン朝ペルシャ時代のお城がいくつも残されています。そのお城は特に重要ではないのか、人が住んでいるそうです。そして、沈黙の塔で有名なヤズド近郊の小さな町・アバルクーに何と樹齢4000年の糸杉があります。ゾロアスター教が栄えていた時代には聖なる樹として崇拝の対象になっていたそうですが、イスラム教の時代になってあまり見向きされないようになったようで、そんなありがたい長生きの樹を見物したいと思う人は少ないようです。ただ、これからは観光地として売り出すそうで、道路整備やトイレの建設が着々と進んでいました。

黒ノンアルコールビール
イラン料理はとても多彩でこの充実の旅を支えてくれました。イランの主食は米とナンです。米は日本米とは異なる長細い米です。ナンは、いくつか種類があるのですが、日本人に馴染み深いインドのナンと違って形も舌触りも味も違います。私は、パサパサしてあまり好きではありませんでした。お気に入りのイラン料理は、「ホレシュテ・バーデムジャーン」と名付けられたナスとトマトのシチューです。それを白いご飯の上にかけて食べるのですが、ついつい食べ過ぎてしまいました。朝昼晩いつ食べても飽きのこない重すぎない、かといって軽くもない素晴らしいお料理です。


大好き!「ホレシュテ・バーデムジャーン」
他には、鶏肉のケバブ料理も絶品でした。挽き肉のケバブ料理や、何かのタレに漬け込んだ料理が多い中、鶏肉のケバブは肉自体の味を大切にしたシンプルなケバブで大好きになりました。ビールやワインに合う料理なので、お酒がないのは本当に残念でした。日本のおいしいイラン料理レストランを見つけて、イランで気に入った料理をお酒と共に是非楽しみたいと思います。

牛ミンチのケバブ

鶏肉のケバブ
イランを旅し、見た光景の中で、主要都市周辺の開発が大々的に行われていたのが印象的でした。テヘラン、イスファハン、シラーズでは、中心部から空港に直結する、電車やモノレール、中心部の渋滞を緩和させる高速道路建設などなど。すべてが完成するのはまだまだ先のようですが、飛躍的に便利になることでしょう。国内線を運航する航空会社も少しづつ増えているそうで、イラン観光はこれまで以上に充実すること間違いなしです。また、どの都市でも学生さんたちの団体旅行グループに出会いました。学校の行事として行われているグループは大型バスで観光です。海外からの旅行客が訪れるような観光地にもたくさんのグループがいました。若いうちにイランのことを勉強してもらいたいという国の、学校の意向なのでしょうか。

やたら騒がしい高校生

これからのイランを背負う医学生たちとガイドさん
是非今のイランに足を運んでみてください。街で出会った学生さんたちはとても気さくで気軽に声をかけてくれました。今、日本でも流行っている自撮り棒を持って楽しく騒ぐグループもありました。イスラムの国は危険という風評がありますが、そんなことは微塵も感じませんでしたし、そんな一元的な考えを決して持ってはいけないと痛感しました。
日本に遊びに来たときも、絶対にお酒は口にしないし、豚以外の肉も、ハラール肉(お祈りを捧げて屠殺した肉)じゃないと口にしない、筋金入りのイスラム教徒であるガイドさんでも、宗教で人々の言葉や行いを制限するのはよくないと言います。宗教は我々を縛るものではなく、信じた人々が信じた道をその宗教と共に生きていけばよいと・・・。
いつでも、どこでも、安心して、海外旅行ができるようになることを願います。
おすすめ度
テヘラン 滞在時間が短かったので判別不可能
シラーズ ★★★★★・・・古代ペルシャの首都だった歴史の重みと緑あふれる街並みが対照的
イスファハン ★★★★★・・・街並みが美しく心が安らぐ。またヨーロッパ的な重厚な雰囲気もあり
長い歴史を感じる
ヤズド ★★★★★・・・他の都市とは雰囲気の違うゾロアスター教文化の名残りが色濃く残る
旅行期間:2015年2月25〜3月5日
旅人:森裕
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