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- 中国で発見!キラキラ菜の花畑とノスタルジックな水墨画の世界〜雲南省・広西チワン族自治区の旅〜
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エリア:
- アジア>中国>桂林(ケイリン)
- アジア>中国>羅平(ラヘイ)
- アジア>中国>龍勝(リュウショウ)
- テーマ:観光地 世界遺産 グルメ
- 投稿日:2016/03/23 13:48



中国。日本の約25倍の面積がある広大な国。
毎回出張の場所は既に決まっている。今回もそうだ。
大変失礼ながら中国という場所へ私は今まで行きたいと思ったことがなかった。(!)
そんな私がまさかの中国へ!
今回の旅程は雲南省と広西チワン族自治区。
私は知識が乏しく全くイメージがわかないが、
旅程を確認するとどうやら菜の花畑や棚田を見れるらしい!
棚田と言えば、私は前回のベトナムのサパに行ったときは天気が悪くて棚田が見れなかったので是非ともリベンジしたかった。
それから、中国の西南エリアには少数民族も多数暮らしているので少数民族の方にも会えるという。
なんだかバラエティに富んだ旅になりそうなので、今回もわくわくして出発までがとても待ち遠しかった。
***雲南省***
今回は中国東方航空を利用。
途中、上海の浦東空港での乗り換えを経て昆明へ。
昆明国際航空は4年前に新しくできたばかりでとてもきれいで大きい。
中国で4番目のハブ空港であり、昆明からの国際線も充実しているので非常に便利。
昆明は標高約1900mの高原に位置し、晴れると少し日差しが強く感じるらしい。
年間を通して気候が安定して緑が多いことから「春の城」とも呼ばれという、、すてき!
さて、そんな昆明から始まったこの旅。
雨女の私はやっぱりやらかしていた。
出発日、東京の空はあんなに綺麗に晴れていたのに昆明は雨が降る極寒の地だった。
寒いのは分かっていたけど東京と同じくらいか、もう少し暖かいかなーなんてちょっとなめてかかったら完全にやられた。ほんとに寒い。
しかも、なぜか中国はどこへ行っても屋内までも寒い。ホテルのロビーもレストランもなんで暖房つけないの!と突っ込みたくなる。おかげでいつでも完全防寒の癖がついた。
昆明に到着した日、笑顔が素敵なガイドさんは言った。
「明日も明後日もその翌日の金曜も雨ですね〜、あ、土曜は晴れますよ!」
私が昆明を発つのは金曜日だった。
「では、もう一泊昆明に延泊しましょう!ははは!」
ああぁ、、なんて明るいんだ。思わず笑った。
翌朝7:00、朝食会場から見える外の景色はまだ暗い。
この時期の昆明は日の出がだいたい7時半頃なのだ。意外に遅い。
その後少しずつ明るくなる空、どんよりしているもののなんと雨は降らなかった。
おお!!これはもしかしたらもしかすると雨女撤回かもしれない!!!
行くしかない!!!わくわくしながら昆明から羅平への約3時間半を車で過ごす。
結局、雨は降らなかった。曇っていたものの、霧もなくまずまずな天候!
羅平市内へ入ると驚くことに、窓の外がほんとにほんとに黄色!黄色!たまに緑、そして黄色!!!!


もーーーーー素晴らしい!!少し段々になっている地形が大きな弧を描きながら美しく広がり、菜の花の黄色がきらきらと色づく、そこはまさに芸術作品!
なんなんだ!なんなんだここは!夢の中なのか!?と錯覚してしまような絶景が目の前に広がる。どこまでも続き菜の花にとにかく大興奮だった。
今年は寒かったせいで開花時期が少し遅れたようだが、例年は2月〜3月上旬をピークに菜の花が満開になる。驚いたことに日本人観光客も何組も来ていてアジア人だらけだった。
羅平に来たからには必ず見なければならないのがこの菜の花の風景なのだ。

もちろん近くで見てもきれい。

それから、金鶏峰という展望台からみる景色は幻想的である。同じ菜の花でも見方によってたくさんの楽しみが感じられる。展望台までは結構階段をのぼるので少しきついのが難点。

ガイドさん曰く、8月ごろにはマリーゴールドのオレンジ一面のお花畑も見れるという情報も!羅平、なかなか侮れない!
途中、九龍瀑布という中国六大瀑布のひとつへも訪れた。

竹林が美しい静かな参道を進むと10段にもわたる大きな滝があらわれる。
少数民族の売り子もたくさんいて、見る人を楽しませる。

カラフルに色をつけた五色米というのを少数民族おばちゃんが売っていた。
お土産などもみて楽しみつつ、九龍瀑布でマイナスイオンをたっぷり浴びてリフレッシュ!
雲南3日目。本来ならば再度、金鶏峰からの菜の花畑を拝むはずだったがあいにくの雨のため中止。さすが雨女。土砂降りになってしまったので前の日に菜の花を見ておいて本当によかった、、!
この日は午前中から石林へと向かう。羅平から1時間半ほどで到着した。


雨模様の中の石林は石の色が濃く、神秘的な世界観を存分に楽しませてくれた。
石林の中は迷路のようにたくさんの通路があるのでガイドさんなしでは間違いなく迷ってしまう。(現地のガイドさんでも迷っている人がいたので驚き。)
何億年前という大昔には海の中だったという石林。
カルスト地形と呼ばれるそこは、天へのびる大きな石がいくつも林のよう広がり総面積は約1100㎢ともいうのだから驚愕だ。ゲームの最終ボスが待っている砦のようでなんだかおもしろい。

時間によって少数民族(サニ族)の踊りも無料で見れる。

ねこちゃんみたいな岩を発見!
夜は昆明の名物の過橋米線という麺料理を食べた。

鶏などのだしがきいたスープに薄い生肉をくぐらせて日本のしゃぶしゃぶのようにして、
そこにたくさんの薬味と米麺を入れて食べる。
意外にあっさりしていて手が止まらなくなるおいしさだ。


昆明の駅周辺。とっても賑やか。
あっという間に雲南省での旅は過ぎ、桂林へと旅立つ。
雲南は美しい畑やたくさん山々の風景があり、昭和の日本を思い出させるようなどこか懐かしい土地であった。
***広西チワン族自治区***

桂林には夜到着した。昆明から飛行機で1時間半もかからなかった。
極寒の昆明から比べると、突然春がきたような少し暖かい空気に安堵する。
広西チワン族自治区。「省」ではなく「自治区」。
少数民族が主体となって管理する地域をこう呼ぶ。この広西チワン族自治区内に住む少数民族の中ではもちろんチワン族が大多数を占める。
今回の桂林はカルスト地形が特徴的で2014年には世界遺産にも登録されている。
空港はあまり大きくないものの、整った高速道路に加え、少しずつ高層マンションなども増えていて町の発展がうかがえる。その高層マンションのあいだからはカルスト地形独特の山々が突然現れたりするから不思議だ。市内中心に入るとは高い建物はほとんどないが、中国らしいいろんなにおいのする商店街と自転車だらけの道路でにぎわう。空港から市内中心まで40分程度だった。ホテルの窓からは特徴的な山とにぎやかな商店街が一緒に見えるので桂林ならではだなと思った。
翌日、朝一番の漓江下りの船へと乗り込む。
9時が始発だが既に多くの観光客でごった返していた。
観光シーズンの一番多い時期だと400隻ほどの船がでるというから驚きだ。
さて、桂林のハイライト、漓江下り。

馬が9頭隠れているらしい。ほんと?

ウーロン茶のCMで使われた場所

20元札の風景の場所
やっぱり天気に恵まれない私。笑
曇りがかってどんよりしている天気だったが、それが逆に墨絵そのものを見ているようで非常に美しい風景だ。(中国人は墨絵のような曇った風景の方が好きなんだよ、というガイドさんのフォローがあったのでそう思うことにした)
下っていく途中にたくさんの見どころも多く、ついついカメラのシャッターを押してします。だが日が出ていない冬の川下りはとても寒いのでくれぐれも防寒対策が必要。
春には程遠い、またまた極寒の川下りとなった。

漓江下りでもでっかいねこちゃん発見!
今回は終点の陽朔までは行かず、途中の興坪にて下車。
日本人が住む林さんのお家を訪問する予定だったが、改装中で断念。
展望台から再度漓江を見下ろす。
そして、興坪の昔ながらの味のある街並みをゆっくり楽しんだ。


興坪をあとにして、車で40分ほどで陽朔へ。
ここでは竹の筏で川を下りながらカルスト地形を楽しむことができる。
中国の国内旅行者は多く訪れるものの、外国人客はまだ多くないという、なんとも穴場!
え!!大丈夫!?と思うような割と簡易的な竹の筏は2人乗りで船頭さんが漕いでくれる。
最初は落ちるんじゃないかとひやひやしたものの、魚の泳ぐ澄んだ川の美しさ、目の前に広がるカルスト奇岩、川に反射する風景、静かに川の流れる音と時々聞こる鳥たちの声・・・すべてが最高だった。

こんな簡易的な筏!
こんなんで結構段差があるところも平気で進むという恐怖。


イメージ的にはディズニーランドのカリブの海賊のあのちょっと落ちるところをかるーくした感じ!こわい。笑

定番の漓江下りとはちがった素晴らしさを存分に楽しめるのでとてもおすすめだ。
※しかし本当に落ちることもあるらしいので挑戦する方は覚悟が必要!
その後、陽朔の見どころである大きなガジュマル、月亮山を観光。


天気がよかったのと、少し時間があったのでレンタルサイクルで西町へ!
まさか中国で自転車に乗れるとは!なかなか楽しかった。1日レンタルで約1000円程度。
無免許でスクーターも乗れると言われたがさすがに怖くて乗れなかった。


西町は多くの観光客が訪れ、たくさんのお土産屋さん、レストランやバーが並ぶのでとても楽しい。夜には雰囲気をガラっと変えてイケイケな音楽が大音量で流れてまるでクラブのようになる。昼も夜もにぎやかなので、お土産探しから食べ歩きやちょい飲みまで老若男女問わず楽しめるおすすめスポット!
陽朔でもう一つ欠かせないのが「印象・刘三姐」という広大なスケールで行われる少数民族の野外ショー。行く予定はなかったのだが、昆明のガイドさんにゴリ押しされて、これは見に行くしかないと決めたのだが、本当にすごい!


桂林のカルスト地形の山々を背景に演目は全て水上ステージで行われる。
大きな船が出てきたり本物の牛や鳥とともに炎や光、水などあらゆるものをパフォーマンスの一部として美しく表現していくので、一瞬たりとも目が離せなかった。
驚きなのはこのショーに出演する俳優はなんと600人!!!
こんなすごいのはここでしか見れない、とっても見る価値あり!!
その人気は毎日3000人の客席が満席になってしまうほどで、中国国内からも多くの人が訪れる。春節時は1公演では収まらず、2公演、3公演あるときもあるとか、、、恐るべし!!!!
満席になってしまうこともあるので、もし見たい時は早めにガイドさんに伝えて予約をするのが無難!
ちなみに、毎年1月頃はお休みになるのでその時期はショーが開催されるか確認が必要。
チワン3日目、この日は車で2時間半ほどの龍勝の棚田へ。
なんと!この日はついに朝から晴れました!!!念願の棚田が見れる!

竹筒料理が有名。竹の香りがふんわりして、おこわのようで美味しい〜〜

ここからは車が入れないので約1時間上ります。
ヤオ族のおばちゃんがポーターとして荷物を運んでくれることも可能。
足が悪い人だと籠に乗せて2人がかりで担いで登ってくれることも。どちらも有料。


ついにきたー!!段々になった棚田に水が張ってなんて美しいんだろう・・・・!
綺麗に整った水田の上の方は山から流れてきた水が溜まっていて、少しずつ流れて下の段へと水が満たされていく。ああ、きれい。
後ろの山々とのコントラストも本当に絶景だった。中国、すごいなー

ヤオ族のおばあちゃん。刺繍がとっても上手!

移動途中にヤオ族の村もちょっと訪れました。
ヤオ族は髪の毛がとっても長い民族!成人するまでは一度も髪を切らないというから驚き。綺麗にまとめられた髪はとても美しく、山で暮らす人々みんなパワフルでおばあちゃんでも白髪の人が少なく美髪なんだとか。

観光客が多い時だと民族ショーが行われてるみたいです。
チワン4日目、三江へ!
三江はトン族という少数民族暮らしていて、風雨橋の風景が有名だ。


トン族の建築技術はとても優れていて、日本の建築家も見に来るほどだと教えてもらった。
確かに、近くで見ると釘を一切使っていないが骨組みがしっかりしている。

三江の村の中にはたくさんの鼓楼と呼ばれるシンボル的建物がある。昔は太鼓を置いて何かあったときに太鼓を鳴らして村人を集めたそうだ。
現在は村の人々が集まる憩いの場だったり、伝統的な織物の道具を展示してあったりと、観光客向けな場所となっている。中で村人たちとの交流もできるが10元ほどのチップと署名が必要。

鼓楼の中に卓球台を置いているところがあったので村の方と勝負しましたが完敗でした、、、中国人強い。。


フランス人の観光客も来ていつのまにか国際試合!とても盛り上がった!
そんなこんなで桂林周辺を存分に観光しまくった中国の旅の後半。
最後におまけ程度で桂林の動物園でパンダのメイメイちゃんに会って旅を終えました。

この旅で今まであった中国に対するマイナスイメージを完全に覆すようなとびっきり楽しい旅となった。
途中、ホテルが停電してロウソク1本で一晩過ごしたり、胃腸炎で苦しんだり、、とびっくりぽんな出来事も乗り越えましたが今思えばいい思い出!(たぶん!)
情緒あふれる場がたくさんある中国、本当に素晴らしい。広大な国のまだほんの一部しか観光していないので、もっとたくさんの魅力が詰まった国であることには間違いない。日本から身近に行ける絶景の国として、是非一度行ってみてほしい。きっとイメージが変わります!
羅平の菜の花畑 ★★★★★ 一面の菜の花に大感動!一度見たら忘れられない絶景!
桂林の漓江下り ★★★★ 桂林といえばコレ!まさに水墨画の世界!
龍勝の棚田 ★★★★★展望台から見下ろす棚田は絶景そのもの、段々畑の水に反射する光が美しい。
(2016年2月 柳)

- ヨルダン&エジプト遺跡巡り!ペトラ遺跡と中部エジプトを歩き尽くす旅
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エリア:
- 中近東>ヨルダン>ペトラ
- アフリカ>エジプト>カイロ
- アフリカ>エジプト>エジプトその他の都市
- テーマ:世界遺産 グルメ 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/03/11 15:10



カタール航空で羽田から12時間でドーハへ。そしてアンマンへ約3時間。今回の目的は2つの憧れの遺跡を訪れること!その1つ目がペトラ遺跡です。
アンマン空港からペトラ遺跡の町ワディ・ムーサまで車で約3時間。ペトラの宿はペトラ遺跡に近いホテルにしたので、徒歩圏内でとても便利です。

ペトラ遺跡はヨルダンで最初の世界遺産で、紀元前1世紀〜紀元後1世紀頃に建設されたナバタイ人の首都で、それ以降の遺跡も含めて巨大な遺跡群となっています。
ペトラにはナバタイ人より以前に、1万年前から集落があったようで、ジェリコ同様、中東で最古の歴史を持っています。その後、エドム人がユダヤとの争いを繰り返し、紀元後6世紀にはナバタイ人がペトラに定住し始めます。遊牧民族のナバタイ人やベドウィンは、インドから地中海に向かうキャラバン隊がこの地を通る際に安全を保証することで生活していました。ナバタイ人はアラビア語を話していたため、彼らの使うナバタイ文字は、その後アラブ圏に広まり、アラビア文字の起源となっています。アラビア文字はペルシャ語やウルドゥー語でも使われているので、現在では世界のあちこちで使われています。
また、ローマ帝国の時代にはその支配を受けたため、現在のペトラ遺跡にはローマらしい劇場や列柱通りも残っています。


入口から少しのところにジン・ブロックスと呼ばれる立方体の石のお墓や、エジプトのオベリスクのような塔を持つお墓が見えてきます。ここの景色だけでも充分見応えがあるのですが、さらにシークの入口が見えてきます。
シークとは1.2kmもある岩山の裂け目で、ここを通らなければ中には行かれないので、難攻不落の要塞と考えられていました。ナバタイ人はこの水の少ない地域で、治水に長けていて、紀元前4世紀末には地下貯水槽に雨水を貯め、広大な砂漠を移動しても不自由しなかったそうです。飲用水路と灌漑用水路に分け、飲料水の濾過や高低差で水圧を調整したりもしていたとか…その技術はローマ帝国に併合されてもローマが改良する余地のない程だと言うから、その時代の最先端だったのでしょう。シークの左右の壁沿いには、そんな高度な技術を持つナバタイ人の水路の跡が見られます。


この水路を辿って進んで行くと、狭くなった岩山の隙間から徐々にあれが見えてきます!

そう、待ちに待ったエル・ハズネ!高さ45mもの巨大な彫刻の壁が目の前に。細かな彫刻が美しく、ペトラ遺跡で最も壮麗と言われています。

映画「インディージョーンズ」の舞台として使われたのが有名ですね。映画ではこの奥に幾つもの罠が仕掛けられていて、聖杯へと辿り着くのですが、実際にはそんな空間はなく、広間とその奥にお墓がありますが、入ることはできません。でも入口だけでも綺麗で見応えがあります。
エル・ハズネからさらに進んだところで、左手の階段を上がって犠牲祭壇へ続くルートがあります。トレッキングコースではありますが、看板の雰囲気からしてそんなに遠くなさそうだったので、とりあえず行ってみることに。進んでみると、滑って落ちたら重傷は免れないと思われる崖沿いの道をひたすら登ります。


予想以上に長い。しんどい。途中でベドウィンがロバに乗らないかとしつこく話しかけてくる。ということで、もう疲れたし、犠牲祭壇の一部が見えたので、ここでやめました。


充分な景色だったし、引き返して次に行きます。
元のルートに戻って先に進むと、右手に王家の墓が5つ並んで造られています。一番右の壷の墓に登ってみたり。ここは景色が良いです。


柱廊通りを進み、カスル・アル・ビントと言われる神殿へ向かいます。この途中の大神殿も広くて、浴場があったり、床が六角形の石でできていたりと、面白いです。テメノス・ゲートで俗世から区別された神聖な神殿、カスル・アル・ビント。結構ボロボロで風情があるけれど、正面しかみることはできません。



そしてここがバシンレストラン。

お昼はここでランチにするか、ホテルでランチボックスを頼んで持ってくるか、だと思います。この先のエド・ディルまでの道のりが長いので、休憩しておくのがおすすめです。他にペトラ遺跡内で休憩できるのは、多くはないけれど所々にあるカフェや、お土産を売っているベドウィンのおばあちゃんがお茶を勧めてくれたりもします。シークから先の道中はほとんど日陰がなくて、特にお昼前後は日差しが痛いです。湿気が無いのであまり汗はかかないですが、帽子は必須です。


バシンレストランからエド・ディルまでは、砂で登りにくいところや、階段状の岩場で、この時が一番暑くてしんどかったです。

普段の運動不足を後悔しながら、休んだり、歩いたり、また休んだり。途中、ベドウィンのお土産屋さんが声をかけてきますが、登るのに必死でそれどころじゃないんです。ふと、風が強いところに出たと思ったら、前方にカフェを発見。カフェ前で人が写真を撮っていたので、そっちを振り返ると、エド・ディルだー!

息を切らして、カフェまでもうひと頑張り。私もエド・ディルの写真を撮って、エド・ディルを眺めながらしばし休憩。造りはエル・ハズネよりずっとシンプルだけど、エド・ディルの方が大きく、陽の光をあびてどーんと構えている感じがします。高台から観ると、さらに絵になります。
さらにカフェの裏にはパノラマスポットがあるらしいのです。疲れたので行くか迷ったけれど、カフェのおじさんに聞いたら歩いて5分だというので行くことに。
ここも滑って落ちたら、もう帰って来られなそうな崖が…でもこの先はトップオブザワールドらしい。
確かにすごい渓谷の景色。この崖の先端ならもっと見晴らしが良さそうだったのですが、強風に煽られて落ちるような気がしました。


帰りは空が曇ってきて暑くもなく、下り坂で気持ちにも余裕があったからか、あっという間にバシンレストランまで戻って来ました。夕方には風も強く肌寒くなり、ウインドブレーカーがあったら良いくらいでした。犬、猫など動物も結構います。



ペトラ遺跡内ではベドウィンのおにいちゃん達がロバや馬車、ラクダに乗らないかと、諦めずに話しかけてきます。日本のやっかいな客引きと同じか、それ以上に諦めが悪いです。でもベドウィンをまじまじと観察するチャンス。パイレーツオブカリビアンの船長みたいな人もいれば、ごく普通の若者も。


帰りは名残惜しく、エル・ハズネの前のカフェでしばらくゆっくりしてから、帰りました。バラ色に見えるかな?

ペトラでのごはんはビジターセンターから歩いて5分くらいの、ここのアラブ料理がおいしかったです。レンズ豆のスープに、ケバブ。


翌日はさらに天気が崩れ、朝から雨。外に出るとかなり寒く、セーターを持ってきて正解でした。
ペトラから死海への道中、寒いところでは気温はなんと0度。雪まで降ってきました。まさかヨルダンで雪を見るとは思ってもみなかったです。

標高の低い死海は気温も高く、17度ありましたが、それでも死海に浮かべる程あたたかくはなく、風も強くて、ビーチに観光客は皆無。とりあえず足まで入って、あとは死海の泥パックをしていました。



死海にぷかぷか浮かべなかったのは残念だけど、その後デッドシースパホテルで食べたランチが美味しかったので、だいぶ満足しました。ペトラのレストランではスイーツは切らしていると言われて、ありつけなかったのですが、死海ではバーミエ、アダイフ、たぶんフティールなど色々な種類を食べられました。

この日は悪天候でペトラ遺跡は入場不可になっていたそうなので、昨日行っておいてよかった。
その後、アンマン近くのジェラシという遺跡へ。雨が降ったり止んだりでしたが、人も多すぎず見応えのある興味深いローマ遺跡。途中で勝手にガイドし始めた少年にいらっとしましたが、遺跡内はちゃんとしたローカルガイドのマフムードさんがしっかり案内してくれました。


ハドリアヌスの凱旋門の向こうには競馬場があり、その先のビジターセンターから遺跡内へ入っていきます。入ってすぐの南側にはゼウス神殿があり、フォルムと呼ばれる卵形の広場から、北門まで約600メートルの列柱通りが続きます。列柱通りから横に入って行くと、大聖堂やアルテミス神殿、幾つもの教会、もう一つの劇場が配置されています。全体はだいぶ広さがあるので、晴れていたらもっともっと歩き回りたかったです。


ヨルダンの次はエジプトへ。ずっと運転してくれたサミーさんともお別れです。ガイドさんと言ってもいいくらい、ヨルダンのことや観光地のことを教えてくれました。


アンマンからカイロまで、ロイヤルヨルダン航空でたった1時間半。日本語対応は流石に無いけれど、各シートにモニター付きで、簡単な機内食もまあまあ、そして機内が綺麗でした。
到着後、左奥の赤い看板のところで入場券のごとくお手軽にビザのシールを買って、ここで両替もできます。その後、右側の列に並んで入国。

エジプトではカイロの空港からほど近いホリデイ・イン・シティスターズに宿泊。館内はお部屋も含めWiFi無料です。カイロ最大のショッピングモール、シティスターズに隣接していて便利。このモールは夜24時まで営業していて、600近くもの店舗が入っているんです。ブランドの洋服や靴はもちろん、家電製品、本、お土産やちょっとしたスーパー、レストラン街やフードコート、ジュエリーや家具まで。平日でも大賑わいのショッピングモールです。

割と質の良いものが揃っていて、値札もついているのでぼったくられる心配もありません。新館と本館があり、広すぎて迷ってしまう程でが、お土産ものが集まっているエリアでお買い物したり、エジプト料理店も入っているので夜ご飯を食べに行ったり、帰りのフライトまでの空き時間にうろうろしたり、カイロっ子と仲良くなったり出来るところ。
そしてレストラン街にチョコレートスイーツのお店を発見。カイロの女子達が大皿に山盛りのパンケーキを囲んでいました。私はチョコレートブラウニーのクレープを。これで700円くらいなので、お腹いっぱい食べたいなら、コシャリなんかはもっと安い値段でたくさん食べられます。エジプト人の甘い物好きは女子に限らないようで、男子やファミリーでも甘ーいスイーツを囲んでいました。

街中のスイーツ屋さんはこんな感じ。店先で調理しているところも。



エジプト料理はトマトベースの鳥、豚、野菜など。モロヘイヤスープが美味しく、個人的に日本に帰ったら作りたいエジプト料理No.1!


エジプトでの今回の目的地は中部のミニヤの遺跡。カイロからミニヤまでは車で片道約4時間とちょっと長旅なので、なんと早朝5:30出発。カイロから離れると、安全のため警察も同行です。

まずベニハッサンへ。ここにはいくつものお墓が残っていて、そのうち4つの地方豪族のお墓に入ることができます。お墓まではこの階段を登らなければなりません。とは言っても、ペトラを歩いた距離に比べれば、大したことありせん。観光客が少ないので、おじさんが一緒に行って鍵を開けてくれます。


残念ながらお墓の中は撮影禁止。内部には地方豪族の生活が描かれています。壁一面に農業や漁業、ベッド作りなどの風景が描かれ、そしてそれらを捧げ物にする図になっています。なかでも特徴的なのが、この時期に流行ったらしいレスリングのレリーフ。かなりの種類がびっしりと描かれています。
現地の方にいただいた画像ですが、こんな感じです。

道の脇を流れる運河の水面に向こう岸が写って、さらにその向こうにはナイル川の恩恵を受けた緑の地が広がる、綺麗な眺めです。

そして、ペトラ遺跡ともう一つの行ってみたかった遺跡、テルエルアマルナへ。ここはアマルナ芸術が栄えたかつての都です。元々はテーベ(ルクソール)に都を置いていましたが、神官の癒着が進んでいた為、新王国時代の第18王朝、アメンホテプ4世は、神官の影響力を弱めようと、都をテーベからテルエルアマルナへ遷しました。テーベではアメン神を最高神とする多神教だったのですが、遷都と共にアテン神の唯一神信仰に変え、王自身の名前もイクナートン(アクエンアテン)に改名ました。アメンホテプ4世の名前に「アメン」と入っていたのが、アクエンアテンでは「アテン」が入っていますこれは世界で最初の宗教改革と言われています。
彼の時代には、芸術の分野でも改革がなされ、それまでの理想的な形式にこだわった芸術様式から、自由な表現や写実的なものが重視されるようになった為、この時代固有の特徴的な顔立ちや描写がされた貴重な芸術でもあります。

(エジプト考古学博物館のイクナートン像)
しかし、アクエンアテンに反対する神官達によって彼は暗殺され、テルエルアマルナの都も壊されてしまったのです。彼の治世はわずか10年あまり。テルエルアマルナはその間だけの都で、破壊されて放棄されてしまいました。切ないですね。アクエンアテンの次の王が日干しレンガ (トゥト・アンク・アメン)です。名前からもアメン神信仰に戻ったのが分かります。
テルエルアマルナでは墓や宮殿跡を見ることができますが、ここもお墓の内部は写真に残せず、破壊された為に残る遺跡も多くはありません。それでも歴史的にとても意味のある場所なので、定期的に観光客がやってくるそうです。
チケット売り場でチケットを買うと、ここのお墓も普段は閉まっているので、おじさんも私達の車でお墓までついてきます。途中で電気の電源を入れて、お墓を開けてくれました。



これも現地の方に頂いた画像ですが、イクナートンの名前は削られても、左上の太陽は神を表すので残されて、神々しい光が描かれています。

日干しレンガの宮殿跡は道のすぐそばにありますが、ひとつひとつのお部屋や柱の跡、木材が残っている部分を見ることができます。

ガイドをしてくれたアビールさんが遺跡や歴史に詳しく、とてもとても楽しい観光でした。
ミニヤからの帰りは渋滞に巻き込まれ、カイロ市内からホテルまで2時間半近くもかかりました。普段は10分の道でも、渋滞すると数時間かかることもあるとか…
また、2度目のサッカラにも行ってきました。ジョセル王の階段ピラミッドのコンプレックスがやっぱりいいですね。階段ピラミッドは修復中です。





この日は霧がかっていて、道中でギザやアブシールのピラミッドは見えませんでしたが、ジョセル王のピラミッドのところから、ダハシュールのピラミッドがかすかに見えました。

最近、カイロのエジプト考古学博物館ではカメラチケットが導入されました。なんと50エジプトポンドで、館内の写真撮影がOKになります。ただしツタンカーメンの部屋と、別料金のミイラ室での撮影は禁止、フラッシュはどこもNGです。広い博物館は全部まわるには1日ではとても足りませんが、写真を撮っても良いというのが新鮮で楽しかったです。



(クフ王の小さな像)


カノポス壷(ミイラを作って、内蔵を入れる壷)は動物や神の顔が付いているものが多いですが、これは全部ツタンカーメンの顔。


あの有名なツタンカーメンの黄金の椅子。王妃アンケセナーメンとサンダルを片方ずつ履いている仲睦まじい場面。

かわいい動物シリーズ。動物のミイラもあります。





ペトラ&ミニヤの遺跡巡りはやっと行かれた場所で、私にとってはとにかく楽しい旅でした。十分満足したのですが、やっぱりまた行きたい、何度行っても良いんだよなぁと実感しました。
オススメ度
ペトラ・・・★★★★★ 何日もかけて見たいペトラ遺跡
死海・・・★★★ この時期はまだ寒かったけど、次回は浮いてみたい!
カイロ・・・★★★★★ 観光もショッピングも盛りだくさん!エネルギッシュな街
ミニヤ・・・★★★★★ 遺跡や歴史好きの人におすすめ。事前の下調べかガイドさんがいると良い。
サッカラ・・・★★★★★ 初期のピラミッドや遺跡がたくさんあって最高
(2016年2月 増田里紗)

- 美しき北の都市ハノイに古の都の姿をとどめる中部フエ・ホイアン、南ベトナムのハイライト・ホイアン!ベトナム縦断1800kmの旅!〜2016冬編
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エリア:
- アジア>ベトナム>フエ
- アジア>ベトナム>ハロン湾
- アジア>ベトナム>ホイアン
- テーマ:世界遺産 グルメ 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/03/11 14:59
私が海外に来たなと実感する瞬間は空港を出た瞬間の匂いである。
そして今回もちょっとむっとするような甘いような…そんな匂いを感じた時に私のベトナムの旅は始まった。

学生時代にバックパッカーをやっていた私は東南アジアには何度か赴いていたのだか、ベトナムに至っては今回が初渡航ということになる。
ベトナム北南縦断の旅。
今回はどんな人と出会い、どんな景色があって、どんな気持ちになるのだろう…昂る気持ちは抑えられない。
今回の旅程
1日目 成田—ハノイ (飛行時間約6時間) 空港到着後、ホテルへ
2日目 車にてハロン湾へ ジャンク船バイトー号に乗船 船中泊
3日目 世界遺産ハロン湾クルーズ 下船後ハノイへ戻りホテルへ
4日目 ハノイ—フエ (飛行時間) 空港到着後、世界遺産フォンニャ乳洞観光。後ホテルへ
5日目 終日:古都フエ観光 ハイバントンネルを越えホイアンのホテルへ
6日目 終日:世界遺産ホイアン&ミーソン観光 後、ダナンのホテルへ
7日目 ダナンにてホテル見学 後、ダナン—ホーチミン 空港到着後、ホテルへ
8日目 終日:大河メコンデルタクルーズとクチ地下トンネル
9日目 深夜 ホーチミン—成田 日本到着
1日目
成田-ハノイ間は飛行時間約6時間のフライトである。私が使用したベトナム航空はハノイ・ホーチミン共に成田から毎日直行便が出ているのでとても便利である。
空港に到着し、ガイドさんと合流。空港は人が多く、ちゃんと合流できるのか不安だったがガイドさんはわかりやすく名前の書かれたボードを掲げており問題なく合流することができた。
空港からホテルへは1時間弱程で到着した。
ホテルへ到着し、疲労がどっと出てきたがせっかくだからと重い腰をあげ、ハノイを歩いてみることにした。ハノイに行ったらハノイ大聖堂を観に行くと決めていたので早速そこに向かうが方向音痴で地図が読めない二重苦の私にとってそれは容易い道のりではなかった。道で右往左往していると二人のベトナム人が声をかけてきてくれ、大聖堂まで案内してくれた。
ハノイ大聖堂に到着する。

年季の入った大聖堂は大きく、とても美しかった。ちょうどミサの時間に合わせて行ったので、内観が見られたことに加えて、礼拝の様子も見ることができた。それはとても厳かで美しい空間だった。
その後、地元の美味しいフォーをごちそうになってホテルへ戻った。


現地で仲良くなったベトナム人の二人と
まだ大きな観光をしていない一日目であったが、ベトナム人のやさしさや空気に触れて早くも満足感を得つつ、眠りについた。
2日目
この日は朝の8時にガイドさんがホテルまで迎えに来てくれて観光がスタートした。今日はハロン湾一日観光である。
ハノイから車で4時間少し行った所にハロン湾はある。北ベトナムのハイライトと言えるハロン湾は2000個の島からなり、世界自然遺産にも登録されている。
すっかり眠っていた私がガイドに起こされて目にしたものは、美しい奇岩達でありハロン湾の絶景であった。

船中泊は何度か経験したことがあったが、それはすべて雑魚寝スペースで寝るようなお粗末な船であり、当然お風呂もついていなかった。今回泊まることとなった船はバイトー号の中でも一番の豪華客船であった。

船の中は綺麗な内装が施されていて、とても清潔且つ重厚感ある船内。そしてなんと言っても窓やデッキから眺めるハロン湾…情緒溢れるハロン湾を船上から眺められるなんて、なんて優雅な旅だろう。

小さな船に乗り換えてスンソト洞窟(Suong sot)とティートップ島(Ti top)に行った。
スンソト洞窟はハロン湾で一番大きいとだけあって、その大きさや深さには感嘆の声をあげずにはいられなかった。

光の当て方や色使いが絶妙。
ハロン湾は龍が降りるところという意味があるみたいだが、この洞窟には龍の骨があった。長い長い時間を掛けて作られた鍾乳洞は、現在の美しさのみならず、ここまでに至るまでのあまりにも長い年月を思うとロマンを感じた。

ティートップ島はロシア人のTi topという人とホーチミンさんが訪れたという過去からこの名前になったという。何段もある石段を登って行くとハロン湾を一望できるスポットへ行き着く。この石段が割とキツく、みんな息を切らせながら登っていた。様々な人種の人々が行き交っては励まし合っている光景は面白くもあり、心が温まるものでもあった。

船に戻り、少しずつ夜に浸食されていくハロン湾をデッキから眺めた。日々の喧噪や邪念を忘れさせてくれる—そんな力がハロン湾にはあるのかもしれない。

そんなことを想いながらハロン湾での夜は更けていった。
3日目
窓から見えるハロン湾が朝を知らせてくれた。
ビュッフェ式の朝ご飯を済まし、下船までデッキでハロン湾を堪能した。
ハロン湾の最大の魅力は一つとして同じ顔を持たないところかもしれないなと思う。同じハロン湾の景色であっても少し場所を移動すれば違う景色であるし、同じ場所であっても刻一刻と時を刻むごとに違う顔を見せてくれる。
下船し、レストランで食事を済ました。ハロン湾で採れた海の幸はとても美味しかった。ハロン湾に別れを告げ、ハノイへ戻りこの日は終わった。
4日目
フエへ。ということで朝早く起床し、ハノイ空港へ向かった。
朝は割と道が空いていて、早めに空港に着いた。ガイドさんとお別れをし、フエ行きの飛行機に乗った。ハノイからフエの飛行時間は1時間ちょっとで、機内サービスはお水のみ。離陸と同時に眠っていたらあっという間に到着した。
空港を出るとハノイより暖かく、南に少し下ったなあと実感した。
フエ空港でガイドさんと合流し、そのまま車でフォンニャ洞窟へ向かった。フエ空港からフォンニャ洞窟は片道約210kmで4時間程の距離である。
2003年に世界遺産登録されたフォンニャ洞窟は、小さな小舟に乗って入るのだが、これがまたよい。小舟に乗ったらすぐ洞窟というわけでなく、洞窟まで15分くらい掛かる。その景色がとてもよく、小さな村での人々の生活を垣間みたり、すれ違う小舟に乗った人と笑顔を交わしたり…そんな時間を過ごすことができる。

やがて大きな山にぽっかり空いた穴が見えてくる。
いよいよか!と思いながらゆっくりゆっくり進んで入って行く。
洞窟内に入るとそこは異空間。薄明かりが洞窟内部を照らし、水面を照らす。そこにはかきわけて進んでいく自らのボートが水を切る音しかせず、限りない静寂だった。
「すごい…」私が言葉にのせて表現できる中では一番しっくりくるが、もう少しボキャブラリーが豊富な人だったらもっともっとこの素晴らしさを伝えられるかもしれない。
想像してたスケールを超えていた。遥に超えていた。


人が立つと洞窟の大きさが際立つ。
ここにはかつてチャオプラ王朝が住んでいたと言われている。それはここに文字が残っているからだそうな…そして戦争が激しかった時は防空壕として使われたそうだ。それを思うとこの洞窟が刻んできた本当に長い年月を感じ、感慨深い気持ちになった。
私の写真技術が未熟なため、実際の1割の魅力を写せてない。このダイナミックさは行かないときっとわからないので、是非とも足を運ばせて頂きたい所だ。
ここからの道のりは長く、ホテル到着まで約5時間掛かった。すっかり疲れ果てていたが、フォンニャでの感動は私の疲れを払拭してくれるのであった。
5日目
本日は古都フエ観光。ベトナム最期の王朝があったフエは、どことなく厳かな雰囲気が漂っていて、とても静かで落ち着いたところだ。フエは1993年にベトナムで初めて世界遺産登録をされた。ゆったりと流れるフォーン川のほとりに王宮や寺院などが点在するフエを歩いているとタイムスリップしたような感覚がした。
ミンマン帝廟やトゥドック帝廟、カイデイン帝廟と帝廟をめぐった。
中でも私が気に入ったのはカイディン帝廟で、12代目の皇帝の帝廟である。


ヨーロッパに留学していた経験を持つ12代目皇帝はの帝廟は、他の帝廟に比べ西洋の文化があわさったようなつくりになっている。西洋に偏るわけでもなく、東洋と西洋の文化をうまく融合させてできたこの帝廟は本当に美しく、細部までこだわってつくられていて、すぐに好きになった。

一つとして同じ絵が存在しない壁。

天井に描かれた龍の絵。
その後、フエの生活を垣間見ることができるドンバ市場に行った。
先ほどまでの雰囲気とは全く違った雑多な雰囲気。ここに住む人たちのエネルギーを肌で感じた。


市場はずっと歩いていても飽きがこない。
その後王宮をまわり、ティエンムー寺に行きドラゴンボートに乗った。
王宮はその広さだけでなく、そこから見えるフラッグタワーを見たときに感動した。
そのむかし、ここがベトナムの中心だったことを実感した。


フエの一日観光が終わり、ホイアンへ向かった。
ハイバンントンネル完成後は、フエとホイアン、そしてダナンへのアクセスがとてもよくなったそうだ。疲れもあり、寝ているとホイアンに到着した。
夕食後、ホイアンの町を歩いた。
あんなに今日はもう疲れたから早めにホテルに戻って眠りたいと思っていたのに、色とりどりのランタンに彩られたホイアンの町に到着した時にはすっかり忘れてしまっていた。
とてもかくにも!すてき!ホイアン!


そんな感じで私はこの旅行中でというか2016年始まって1番テンションがあがったかもしれない。

ノスタルジーホイアン、水面に煌々と光る明りが反射してどこを切り取っても美しい。
多くの人がホイアンの夜の町を楽しんでいた。
ホイアンにはカフェやお土産屋さんがところせましに並んでいるので、いつまでも居てしまう…

名残惜しい気持ちは残しつつも、またいつか絶対ホイアンに来るぞと誓ってホテルへ戻った。
6日目
本日はミーソン遺跡とホイアン散策。個人的にベトナム中部の雰囲気がとても好きだということもあって、この日の観光は特にテンションが高かった。
ミーソン遺跡まではホイアンの旧市街から1時間程で到着する。ミーソン遺跡はチャンパ王国の聖地だった場所で、四方は山に囲まれている。そしてこの遺跡は1999年に世界遺産にも登録されている。


海のシルクロードの中継地点としてチャンパ王国は2世紀後半〜17世紀の間栄えたとされる。かつてはベトナム南部に強い勢力を持っていたが、現在はその数もかなり少なくなっているとのこと。
ミーソン遺跡は何個かのグループによって年代別に分けられているが、そのすべてを私達は見る事はできない。自然崩壊に加えベトナム戦争時に解放軍が基地として使用し、アメリカがここを空爆したことによって、かなり崩壊が進んでしまった為だ。しかし山々に囲まれた静かな土地に根付いた草花に埋もれた遺跡からは、900年に渡ってチャンパ王国の聖地であったことがひしひしと伝わってきた。

昼食を挟み、ホイアンの町を再び歩いた。


昨日感じたノスタルジアな雰囲気はありつつも、夜のホイアンとはまた違う、どこか優しく懐かしいような町並み。
ここホイアンはチャンパ王朝の時代には中国やインドを結ぶ中継貿易都市として栄え、その後はアジアとヨーロッパの交易の中心地として繁栄した。日本人町もつくられていたが、江戸幕府の行った鎖国政策を境に日本人町は衰退し華僑の人が多く移り住んだ。その為、建築や町並みは中国南部の色が濃く、独特な雰囲気を醸し出している。
この町の中でもひときわ多くの観光客がにぎわっている場所が来遠橋、通称日本橋である。この橋は日本人によって作られたと考えられており、ベトナムの2万ドン札にも印刷されている。橋の両側には猿と犬の像が鎮座している。これは申年に造りはじめ、戌年に造り終えたからだと言われている。この猿犬が実に奇妙な顔をしていて、なんだか愛くるしいのである。


この町の建物の多くは木造建築物で、間口が狭く奥に長い作りとなっている。
情緒溢れる木造建築、そして内部の彫刻に思わず見とれてしまう…


ここでは数カ所でこのように内部見学ができるのでとても楽しい。
少し歩いて行くと福建会舘と呼ばれる集会所がある。ここは華僑の人々の集会場で、現在も活用されている。会館内には大きな渦巻き線香がいくつもぶら下がり、お願いが書いてある紙と一緒に吊るされている。

多くの人がここを訪れて願掛けをしてくのだとか。
日本にも絵馬というものがあるように、願う心は万国共通なのかもしれない。
その後も小一時間散策し、岐路に着いた。
ホイアンは一度でも楽しいけれど、二度行くべき町だと一人ごちてしまう程ホイアンの町は魅力的であった。夜と昼の顔を持った町ほど楽しい町などない。
お土産屋さんも多く立ち並び、カフェも多いので遺跡ばかりじゃ…という方もここに立ち寄ってお店めぐりをするのもいいだろう。
ダナンのホテルで眠りにつく時、また遠くない未来に私はホイアンに来るだろうな、と朧げにそう思った。
7日目
生憎の雨。本日はダナンのホテルを見学させていただいた。
行く先々のホテルスタッフが「ここから見える景色は本当はもっといいのに残念ね」と言っていたが、雨であっても海を見下ろすように建っているホテルや、目の前がプールに海!となっているホテルの数々ロケーションの悪さを十分にカバーする室内であったり、スタッフのおもてなしであった。
せっかく東南アジアという地域をセレクトしたのだったら、少しグレードアップしてちょっとした贅沢をしてもいいな、いやすべきだと思った。いくら少々値が張るとはいえども日本で同じようなグレードのホテルに泊まることを考えたら安い。そして最高のロケーション。ダナンリゾートはそんな願いを叶えてくれる素敵な場所だ。
ホテル見学を終え、少し時間があったのでダナン大聖堂に行った。ちょうどミサの時間だったので、内部も見る事ができた。私の海外に行く時の大きな楽しみは宗教関連の場所を訪れることなので、今回はハノイに次いでダナンのミサも見る事ができ本当に満足した。


仏教徒が7割近くを占めるベトナムであるが、フランス統治時代の影響もあってか教会も多く見かける。当たり前だがベトナムはタイやカンボジア、ラオスなどともまた違っていて東南アジアひとくくりにはできないなとしみじみ思った。
その後食事を済まし、ダナン夜発のフライトで南ベトナムである最後の目的地ホーチミンへ到着した。また一段と暖かくなって、いよいよ南にきたと思った。
8日目
ホーチミンはやっぱり暑い。朝から今までの土地とは違う暑さを感じた。
今日はクチ地下トンネルとメコン川クルーズ観光!
今までベトナムには訪れたことはなかったが、ベトナムと言えばアオザイとベトナム戦争のイメージが強くあり、ベトナム戦争関連の観光地等にいつか行きたいと思っていたので、今回クチ地下トンネルを観光できると聞いてとても楽しみにしていた。
ホーチミン市内から約2時間でクチ地下トンネルに到着する。日曜日ということもあってか観光客は多かった。
漠然としたイメージはあったものの、実際訪れてみるとその造りや発想すべてに驚く。元々肥沃な土地であったクチで生活する人々のほとんどは農民であり、武器とは無関係な世界に住んでいる人であった。最新鋭の武器や爆弾を使用して攻撃してくるアメリカに立ち向かうにはあまりにも差があったはずだが、アメリカが落とした爆弾を再利用して武器を作ったり、鎌(これが本当にただの鎌!)で250kmに及ぶ地下トンネル、そして生活空間を作り見事にアメリカ軍に勝利した。トンネルには多くの仕掛けや工夫がしてあって、見ていて飽きがこなかった。ベトナム人の結束力や忍耐力、そして絶対に負けないという信念をひしひしと感じた。


トンネル内はとても狭く、小柄なベトナム人でなければかなりキツい。
クチ地下トンネルの観光を終え、近くのレストラン(皇太子も訪れた)で食事を済ました。名物であるエレファントフィッシュは見た目とは裏腹にとても美味しかった。
<img0889.jpg>
レストラン周辺には池が作られており、そこに咲いた蓮の花がとてもきれいだった。
蓮の花にカメラを向けていると、「素敵なアオザイを着ているけどいったいどこで買ったんだ?」と興味深々なベトナム人達がやってきて、半ば無理やり素敵な蓮池をバックに撮影会が始まった。

ベトナムの国花である蓮の花。

せっかくアオザイを買ったのでこちらにも写真を…
ちなみに帰国後、これから日本でも普通に着られるわ〜と意気揚々と話していた私であったが、「普通には無理だと思うけどいいんじゃない?」という一言で日本では確実に浮くということを知り次のベトナム旅行までお蔵入りとなった。
食事を終えて2時間程車で移動し、メコン川クルーズに到着した。
エンジンボートに乗って、中州にある島に渡った。決して便利と言えないこの土地では多くの植物や果物、動物を飼って生活を営んでいるようであった。
ニシキヘビを巻いてみたり、この島特製のヤシの木で作った工芸編等のお土産屋さんをのぞいてみたり、とても楽しく充実した時間となった。

ニシキヘビを巻いた感想としては、生ぬるいよりは冷たいぬめぬめした重ためのうねうね動く物体が体に巻きついてくる(しかもなかなか離れない)けど、可愛い。
そしていよいよメコン川クルーズ!ということで小さな手漕ぎボートに乗って、木々が生い茂る小さな川を進んで行く。この旅行では多くの場所でボートや船に乗ってきたが、その土地土地で違った景色が広がっていて、ここは熱帯特有の景色が広がっていた。この川が遠く離れた中国から流れてきているものだと思うと感慨深い気持ちになった。


メコン川クルーズを終え、ホーチミン市内に戻って夕食を終えた。
深夜のフライトで帰国すべく、空港に向かう。
ホーチミン市内から空港までは夜間であれば30分ちょっとで到着する。
北から南まで約1800km。南北横断の旅が終わる。
四季がある北の都市ハノイ、ベトナム中部に位置する歴史溢れる都市フエ、ホイアン、そして青く広い海がある都市ダナン。熱帯気候の南の都市ホーチミン。すべての都市に色があって、違う空気が漂っていた。
様々な表情を感じられた南北ベトナム旅。多くの世界遺産、やさしいベトナムの人々。色濃く残るベトナムが辿ってきた歴史-
私はベトナムという一つの国を、少しだけ知った。そしてベトナムという一つの国がとても好きになった。

(2016年1月 三田村彩萌)
そして今回もちょっとむっとするような甘いような…そんな匂いを感じた時に私のベトナムの旅は始まった。

学生時代にバックパッカーをやっていた私は東南アジアには何度か赴いていたのだか、ベトナムに至っては今回が初渡航ということになる。
ベトナム北南縦断の旅。
今回はどんな人と出会い、どんな景色があって、どんな気持ちになるのだろう…昂る気持ちは抑えられない。
今回の旅程
1日目 成田—ハノイ (飛行時間約6時間) 空港到着後、ホテルへ
2日目 車にてハロン湾へ ジャンク船バイトー号に乗船 船中泊
3日目 世界遺産ハロン湾クルーズ 下船後ハノイへ戻りホテルへ
4日目 ハノイ—フエ (飛行時間) 空港到着後、世界遺産フォンニャ乳洞観光。後ホテルへ
5日目 終日:古都フエ観光 ハイバントンネルを越えホイアンのホテルへ
6日目 終日:世界遺産ホイアン&ミーソン観光 後、ダナンのホテルへ
7日目 ダナンにてホテル見学 後、ダナン—ホーチミン 空港到着後、ホテルへ
8日目 終日:大河メコンデルタクルーズとクチ地下トンネル
9日目 深夜 ホーチミン—成田 日本到着
1日目
成田-ハノイ間は飛行時間約6時間のフライトである。私が使用したベトナム航空はハノイ・ホーチミン共に成田から毎日直行便が出ているのでとても便利である。
空港に到着し、ガイドさんと合流。空港は人が多く、ちゃんと合流できるのか不安だったがガイドさんはわかりやすく名前の書かれたボードを掲げており問題なく合流することができた。
空港からホテルへは1時間弱程で到着した。
ホテルへ到着し、疲労がどっと出てきたがせっかくだからと重い腰をあげ、ハノイを歩いてみることにした。ハノイに行ったらハノイ大聖堂を観に行くと決めていたので早速そこに向かうが方向音痴で地図が読めない二重苦の私にとってそれは容易い道のりではなかった。道で右往左往していると二人のベトナム人が声をかけてきてくれ、大聖堂まで案内してくれた。
ハノイ大聖堂に到着する。

年季の入った大聖堂は大きく、とても美しかった。ちょうどミサの時間に合わせて行ったので、内観が見られたことに加えて、礼拝の様子も見ることができた。それはとても厳かで美しい空間だった。
その後、地元の美味しいフォーをごちそうになってホテルへ戻った。


現地で仲良くなったベトナム人の二人と
まだ大きな観光をしていない一日目であったが、ベトナム人のやさしさや空気に触れて早くも満足感を得つつ、眠りについた。
2日目
この日は朝の8時にガイドさんがホテルまで迎えに来てくれて観光がスタートした。今日はハロン湾一日観光である。
ハノイから車で4時間少し行った所にハロン湾はある。北ベトナムのハイライトと言えるハロン湾は2000個の島からなり、世界自然遺産にも登録されている。
すっかり眠っていた私がガイドに起こされて目にしたものは、美しい奇岩達でありハロン湾の絶景であった。

船中泊は何度か経験したことがあったが、それはすべて雑魚寝スペースで寝るようなお粗末な船であり、当然お風呂もついていなかった。今回泊まることとなった船はバイトー号の中でも一番の豪華客船であった。

船の中は綺麗な内装が施されていて、とても清潔且つ重厚感ある船内。そしてなんと言っても窓やデッキから眺めるハロン湾…情緒溢れるハロン湾を船上から眺められるなんて、なんて優雅な旅だろう。

小さな船に乗り換えてスンソト洞窟(Suong sot)とティートップ島(Ti top)に行った。
スンソト洞窟はハロン湾で一番大きいとだけあって、その大きさや深さには感嘆の声をあげずにはいられなかった。

光の当て方や色使いが絶妙。
ハロン湾は龍が降りるところという意味があるみたいだが、この洞窟には龍の骨があった。長い長い時間を掛けて作られた鍾乳洞は、現在の美しさのみならず、ここまでに至るまでのあまりにも長い年月を思うとロマンを感じた。

ティートップ島はロシア人のTi topという人とホーチミンさんが訪れたという過去からこの名前になったという。何段もある石段を登って行くとハロン湾を一望できるスポットへ行き着く。この石段が割とキツく、みんな息を切らせながら登っていた。様々な人種の人々が行き交っては励まし合っている光景は面白くもあり、心が温まるものでもあった。

船に戻り、少しずつ夜に浸食されていくハロン湾をデッキから眺めた。日々の喧噪や邪念を忘れさせてくれる—そんな力がハロン湾にはあるのかもしれない。

そんなことを想いながらハロン湾での夜は更けていった。
3日目
窓から見えるハロン湾が朝を知らせてくれた。
ビュッフェ式の朝ご飯を済まし、下船までデッキでハロン湾を堪能した。
ハロン湾の最大の魅力は一つとして同じ顔を持たないところかもしれないなと思う。同じハロン湾の景色であっても少し場所を移動すれば違う景色であるし、同じ場所であっても刻一刻と時を刻むごとに違う顔を見せてくれる。
下船し、レストランで食事を済ました。ハロン湾で採れた海の幸はとても美味しかった。ハロン湾に別れを告げ、ハノイへ戻りこの日は終わった。
4日目
フエへ。ということで朝早く起床し、ハノイ空港へ向かった。
朝は割と道が空いていて、早めに空港に着いた。ガイドさんとお別れをし、フエ行きの飛行機に乗った。ハノイからフエの飛行時間は1時間ちょっとで、機内サービスはお水のみ。離陸と同時に眠っていたらあっという間に到着した。
空港を出るとハノイより暖かく、南に少し下ったなあと実感した。
フエ空港でガイドさんと合流し、そのまま車でフォンニャ洞窟へ向かった。フエ空港からフォンニャ洞窟は片道約210kmで4時間程の距離である。
2003年に世界遺産登録されたフォンニャ洞窟は、小さな小舟に乗って入るのだが、これがまたよい。小舟に乗ったらすぐ洞窟というわけでなく、洞窟まで15分くらい掛かる。その景色がとてもよく、小さな村での人々の生活を垣間みたり、すれ違う小舟に乗った人と笑顔を交わしたり…そんな時間を過ごすことができる。

やがて大きな山にぽっかり空いた穴が見えてくる。
いよいよか!と思いながらゆっくりゆっくり進んで入って行く。
洞窟内に入るとそこは異空間。薄明かりが洞窟内部を照らし、水面を照らす。そこにはかきわけて進んでいく自らのボートが水を切る音しかせず、限りない静寂だった。
「すごい…」私が言葉にのせて表現できる中では一番しっくりくるが、もう少しボキャブラリーが豊富な人だったらもっともっとこの素晴らしさを伝えられるかもしれない。
想像してたスケールを超えていた。遥に超えていた。


人が立つと洞窟の大きさが際立つ。
ここにはかつてチャオプラ王朝が住んでいたと言われている。それはここに文字が残っているからだそうな…そして戦争が激しかった時は防空壕として使われたそうだ。それを思うとこの洞窟が刻んできた本当に長い年月を感じ、感慨深い気持ちになった。
私の写真技術が未熟なため、実際の1割の魅力を写せてない。このダイナミックさは行かないときっとわからないので、是非とも足を運ばせて頂きたい所だ。
ここからの道のりは長く、ホテル到着まで約5時間掛かった。すっかり疲れ果てていたが、フォンニャでの感動は私の疲れを払拭してくれるのであった。
5日目
本日は古都フエ観光。ベトナム最期の王朝があったフエは、どことなく厳かな雰囲気が漂っていて、とても静かで落ち着いたところだ。フエは1993年にベトナムで初めて世界遺産登録をされた。ゆったりと流れるフォーン川のほとりに王宮や寺院などが点在するフエを歩いているとタイムスリップしたような感覚がした。
ミンマン帝廟やトゥドック帝廟、カイデイン帝廟と帝廟をめぐった。
中でも私が気に入ったのはカイディン帝廟で、12代目の皇帝の帝廟である。


ヨーロッパに留学していた経験を持つ12代目皇帝はの帝廟は、他の帝廟に比べ西洋の文化があわさったようなつくりになっている。西洋に偏るわけでもなく、東洋と西洋の文化をうまく融合させてできたこの帝廟は本当に美しく、細部までこだわってつくられていて、すぐに好きになった。

一つとして同じ絵が存在しない壁。

天井に描かれた龍の絵。
その後、フエの生活を垣間見ることができるドンバ市場に行った。
先ほどまでの雰囲気とは全く違った雑多な雰囲気。ここに住む人たちのエネルギーを肌で感じた。


市場はずっと歩いていても飽きがこない。
その後王宮をまわり、ティエンムー寺に行きドラゴンボートに乗った。
王宮はその広さだけでなく、そこから見えるフラッグタワーを見たときに感動した。
そのむかし、ここがベトナムの中心だったことを実感した。


フエの一日観光が終わり、ホイアンへ向かった。
ハイバンントンネル完成後は、フエとホイアン、そしてダナンへのアクセスがとてもよくなったそうだ。疲れもあり、寝ているとホイアンに到着した。
夕食後、ホイアンの町を歩いた。
あんなに今日はもう疲れたから早めにホテルに戻って眠りたいと思っていたのに、色とりどりのランタンに彩られたホイアンの町に到着した時にはすっかり忘れてしまっていた。
とてもかくにも!すてき!ホイアン!


そんな感じで私はこの旅行中でというか2016年始まって1番テンションがあがったかもしれない。

ノスタルジーホイアン、水面に煌々と光る明りが反射してどこを切り取っても美しい。
多くの人がホイアンの夜の町を楽しんでいた。
ホイアンにはカフェやお土産屋さんがところせましに並んでいるので、いつまでも居てしまう…

名残惜しい気持ちは残しつつも、またいつか絶対ホイアンに来るぞと誓ってホテルへ戻った。
6日目
本日はミーソン遺跡とホイアン散策。個人的にベトナム中部の雰囲気がとても好きだということもあって、この日の観光は特にテンションが高かった。
ミーソン遺跡まではホイアンの旧市街から1時間程で到着する。ミーソン遺跡はチャンパ王国の聖地だった場所で、四方は山に囲まれている。そしてこの遺跡は1999年に世界遺産にも登録されている。


海のシルクロードの中継地点としてチャンパ王国は2世紀後半〜17世紀の間栄えたとされる。かつてはベトナム南部に強い勢力を持っていたが、現在はその数もかなり少なくなっているとのこと。
ミーソン遺跡は何個かのグループによって年代別に分けられているが、そのすべてを私達は見る事はできない。自然崩壊に加えベトナム戦争時に解放軍が基地として使用し、アメリカがここを空爆したことによって、かなり崩壊が進んでしまった為だ。しかし山々に囲まれた静かな土地に根付いた草花に埋もれた遺跡からは、900年に渡ってチャンパ王国の聖地であったことがひしひしと伝わってきた。

昼食を挟み、ホイアンの町を再び歩いた。


昨日感じたノスタルジアな雰囲気はありつつも、夜のホイアンとはまた違う、どこか優しく懐かしいような町並み。
ここホイアンはチャンパ王朝の時代には中国やインドを結ぶ中継貿易都市として栄え、その後はアジアとヨーロッパの交易の中心地として繁栄した。日本人町もつくられていたが、江戸幕府の行った鎖国政策を境に日本人町は衰退し華僑の人が多く移り住んだ。その為、建築や町並みは中国南部の色が濃く、独特な雰囲気を醸し出している。
この町の中でもひときわ多くの観光客がにぎわっている場所が来遠橋、通称日本橋である。この橋は日本人によって作られたと考えられており、ベトナムの2万ドン札にも印刷されている。橋の両側には猿と犬の像が鎮座している。これは申年に造りはじめ、戌年に造り終えたからだと言われている。この猿犬が実に奇妙な顔をしていて、なんだか愛くるしいのである。


この町の建物の多くは木造建築物で、間口が狭く奥に長い作りとなっている。
情緒溢れる木造建築、そして内部の彫刻に思わず見とれてしまう…


ここでは数カ所でこのように内部見学ができるのでとても楽しい。
少し歩いて行くと福建会舘と呼ばれる集会所がある。ここは華僑の人々の集会場で、現在も活用されている。会館内には大きな渦巻き線香がいくつもぶら下がり、お願いが書いてある紙と一緒に吊るされている。

多くの人がここを訪れて願掛けをしてくのだとか。
日本にも絵馬というものがあるように、願う心は万国共通なのかもしれない。
その後も小一時間散策し、岐路に着いた。
ホイアンは一度でも楽しいけれど、二度行くべき町だと一人ごちてしまう程ホイアンの町は魅力的であった。夜と昼の顔を持った町ほど楽しい町などない。
お土産屋さんも多く立ち並び、カフェも多いので遺跡ばかりじゃ…という方もここに立ち寄ってお店めぐりをするのもいいだろう。
ダナンのホテルで眠りにつく時、また遠くない未来に私はホイアンに来るだろうな、と朧げにそう思った。
7日目
生憎の雨。本日はダナンのホテルを見学させていただいた。
行く先々のホテルスタッフが「ここから見える景色は本当はもっといいのに残念ね」と言っていたが、雨であっても海を見下ろすように建っているホテルや、目の前がプールに海!となっているホテルの数々ロケーションの悪さを十分にカバーする室内であったり、スタッフのおもてなしであった。
せっかく東南アジアという地域をセレクトしたのだったら、少しグレードアップしてちょっとした贅沢をしてもいいな、いやすべきだと思った。いくら少々値が張るとはいえども日本で同じようなグレードのホテルに泊まることを考えたら安い。そして最高のロケーション。ダナンリゾートはそんな願いを叶えてくれる素敵な場所だ。
ホテル見学を終え、少し時間があったのでダナン大聖堂に行った。ちょうどミサの時間だったので、内部も見る事ができた。私の海外に行く時の大きな楽しみは宗教関連の場所を訪れることなので、今回はハノイに次いでダナンのミサも見る事ができ本当に満足した。


仏教徒が7割近くを占めるベトナムであるが、フランス統治時代の影響もあってか教会も多く見かける。当たり前だがベトナムはタイやカンボジア、ラオスなどともまた違っていて東南アジアひとくくりにはできないなとしみじみ思った。
その後食事を済まし、ダナン夜発のフライトで南ベトナムである最後の目的地ホーチミンへ到着した。また一段と暖かくなって、いよいよ南にきたと思った。
8日目
ホーチミンはやっぱり暑い。朝から今までの土地とは違う暑さを感じた。
今日はクチ地下トンネルとメコン川クルーズ観光!
今までベトナムには訪れたことはなかったが、ベトナムと言えばアオザイとベトナム戦争のイメージが強くあり、ベトナム戦争関連の観光地等にいつか行きたいと思っていたので、今回クチ地下トンネルを観光できると聞いてとても楽しみにしていた。
ホーチミン市内から約2時間でクチ地下トンネルに到着する。日曜日ということもあってか観光客は多かった。
漠然としたイメージはあったものの、実際訪れてみるとその造りや発想すべてに驚く。元々肥沃な土地であったクチで生活する人々のほとんどは農民であり、武器とは無関係な世界に住んでいる人であった。最新鋭の武器や爆弾を使用して攻撃してくるアメリカに立ち向かうにはあまりにも差があったはずだが、アメリカが落とした爆弾を再利用して武器を作ったり、鎌(これが本当にただの鎌!)で250kmに及ぶ地下トンネル、そして生活空間を作り見事にアメリカ軍に勝利した。トンネルには多くの仕掛けや工夫がしてあって、見ていて飽きがこなかった。ベトナム人の結束力や忍耐力、そして絶対に負けないという信念をひしひしと感じた。


トンネル内はとても狭く、小柄なベトナム人でなければかなりキツい。
クチ地下トンネルの観光を終え、近くのレストラン(皇太子も訪れた)で食事を済ました。名物であるエレファントフィッシュは見た目とは裏腹にとても美味しかった。
<img0889.jpg>
レストラン周辺には池が作られており、そこに咲いた蓮の花がとてもきれいだった。
蓮の花にカメラを向けていると、「素敵なアオザイを着ているけどいったいどこで買ったんだ?」と興味深々なベトナム人達がやってきて、半ば無理やり素敵な蓮池をバックに撮影会が始まった。

ベトナムの国花である蓮の花。

せっかくアオザイを買ったのでこちらにも写真を…
ちなみに帰国後、これから日本でも普通に着られるわ〜と意気揚々と話していた私であったが、「普通には無理だと思うけどいいんじゃない?」という一言で日本では確実に浮くということを知り次のベトナム旅行までお蔵入りとなった。
食事を終えて2時間程車で移動し、メコン川クルーズに到着した。
エンジンボートに乗って、中州にある島に渡った。決して便利と言えないこの土地では多くの植物や果物、動物を飼って生活を営んでいるようであった。
ニシキヘビを巻いてみたり、この島特製のヤシの木で作った工芸編等のお土産屋さんをのぞいてみたり、とても楽しく充実した時間となった。

ニシキヘビを巻いた感想としては、生ぬるいよりは冷たいぬめぬめした重ためのうねうね動く物体が体に巻きついてくる(しかもなかなか離れない)けど、可愛い。
そしていよいよメコン川クルーズ!ということで小さな手漕ぎボートに乗って、木々が生い茂る小さな川を進んで行く。この旅行では多くの場所でボートや船に乗ってきたが、その土地土地で違った景色が広がっていて、ここは熱帯特有の景色が広がっていた。この川が遠く離れた中国から流れてきているものだと思うと感慨深い気持ちになった。


メコン川クルーズを終え、ホーチミン市内に戻って夕食を終えた。
深夜のフライトで帰国すべく、空港に向かう。
ホーチミン市内から空港までは夜間であれば30分ちょっとで到着する。
北から南まで約1800km。南北横断の旅が終わる。
四季がある北の都市ハノイ、ベトナム中部に位置する歴史溢れる都市フエ、ホイアン、そして青く広い海がある都市ダナン。熱帯気候の南の都市ホーチミン。すべての都市に色があって、違う空気が漂っていた。
様々な表情を感じられた南北ベトナム旅。多くの世界遺産、やさしいベトナムの人々。色濃く残るベトナムが辿ってきた歴史-
私はベトナムという一つの国を、少しだけ知った。そしてベトナムという一つの国がとても好きになった。

(2016年1月 三田村彩萌)

- 75ヵ国くらい旅行して初めてハワイに行ってきました〜アメリカ横断紀行・上〜
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エリア:
- ハワイ>オアフ島>ホノルル
- ハワイ>ハワイ島>ハワイ島
- テーマ:買物・土産 世界遺産 グルメ
- 投稿日:2016/03/11 14:47



人生初ハワイです。
弊社ファイブ・スター・クラブは辺境への個人旅行手配から始まった旅行会社です。そのため新卒で入社した私たちの様な社員は、ハワイに見向きもしなかった旅行好きやバックパーカーあがりのスタッフが多く、弊社の中ではハワイはアフリカや南米よりも「辺境の地」ともいえるのです。しかし海外旅行先としてド定番のハワイ。海外旅行を専門としている会社のスタッフとしては避けては通れない道です。お客様からも「ここはハワイのワイキキのようなところ?」のようなハワイ例えで聞かれることも多く、その時はなんとなくお茶を濁していていましたが、これからは胸を張って答えられるというものです。
また前々からハワイに対する妄想は私の中で膨らんでいました。何しろリピーター率が50%以上、どこにでも行けるであろうお金持ちな有名芸能人だって年末はハワイを選びます。あの世界中旅したと思われる沢木幸太郎も結局ハワイが一番好きだというのです。テレビの旅番組もハワイばかりです。なぜグルジア(ジョージア)、エチオピア、ラオスも旅行先として大変面白い場所であるにも関わらず、ハワイが何度も特集されるのでしょうか?それはハワイがよほど素晴らしい場所だからに間違いありません。そんな期待を胸にホノルルのあるオアフ島とハワイ第2の人口を誇るハワイ島に旅立ちました。
〜スケジュール〜
12/18 日本発・ホノルル着・観光 【ホノルル泊】
12/19 カイルアへ 【ホノルル泊】
12/20 ノースショアへ 【ホノルル泊】
12/21 ホノルル観光 【ホノルル泊】
12/22 ハワイ島へ 【ヒロ泊】
12/23 ワイピオ渓谷とホノカア観光 【ヒロ泊】
12/24 ハワイ火山国立公園とコナ観光 コナ発アメリカ本土へ
〜アメリカ横断紀行・下に続く〜
12月18日
伊丹空港から成田乗り継ぎのユナイテッド航空ホノルル行きへ。
クリスマスまで1週間も前にもかかわらず全席満席なのはやはりホノルル行きならではなのだろうか。ホノルル行きは人気路線でありながら意外にもテレビモニターがついておらず、一昔前のジャンボジェット機のような趣だった(ビジネス席のみTVがついていた)。我々は運良く後方の並び2席を陣取って一路ホノルル前で向かった。ホノルルまでは約6時間半。日本からバンコクへの直行便と同じくらいだ。毎度使うカタール航空、エミレーツ航空や南米に行くためのアメリカ線と比べればほんとに些細な距離である。近所と言っても差し支えない。アメリカ系の航空会社でありながら成田/ホノルル線はビールやワインが無料なのが嬉しい。また照り焼きチキンの機内食もなかなか美味しかった。
朝6時半、オンタイムで無事ホノルルへ到着。
しかしいくら日付変更線のマジックだとしても、同日の19時に成田を出たのに朝6時に着くのは驚きだ。同じ日がもう一度朝から楽しめるのだから。これからホノルル行きの飛行機は「身近なタイムマシン」と呼ぼうと思った。一方で、これまで時差ぼけというものを心底苦痛に感じたことは一度もなかったが、ハワイから日本に帰るのはさぞ時差ぼけに悩まされるだろうと思った。ハワイが夜中の23時の時、日本は18時だ。ハワイから日本に帰ってもまたハワイに出発した時間とほぼ同時刻に日本に到着するわけである。
12月のホノルルの空港はパプアニューギニアやフィジーでも感じたようなしっとり海の水分を含んだ暖かさで、真冬の日本から来た我々をほっこり包んでくれた。また空港で用いられている木材を使用した温かみのある調度品は伝統技巧を駆使したと思われる匠の品々でいかにも「南国に来た」という気分にさせてくれる。
そんな南国気分の我々を一瞬にして打ちのめしてくれたのは、入国審査のとき。妻と二人で入国審査を受けた後、二人して審査官に連れて行かれる。特段怪しいことはこれまでもしたことはもちろんないのだが、私のパスポートにイエメン、アルジェリアをはじめとして中近東のスタンプが押されすぎているというのが大きな理由である。これまでもアメリカ入国の際は何度か別室に連れて行かれたことがあるので薄々予感はしていたものの(他の国ではほとんどない)、まさか楽園・ハワイでこのようなこととなるとは。しかも妻も道連れ。理由を説明しようやく1時間後解放。常夏の楽園・ハワイはそれでもアメリカである、と事実をイヤというほど突きつけられた出来事であった。イエメンやアルジェリアに行く旅行好きはハワイには一般的に行かないのだろうか。ともかくファーストインプレッションとして最悪の部類に入った我々のハワイの旅はこうして始まった。
ホノルル空港からは乗り合いのシャトルバスでホテルへ向かう。ホノルル空港ではまず市内までどうやって行くが大事な問題である。ホテルしか予約していない我々にとっては公共バスかタクシー、レンタカー、それともシャトルバスかになるわけだが、公共バスはスーツケースの持ち込みはNGなので適さない。タクシーは市内まで約40$、さらにチップやスーツケースなど荷物の詰め込みに追加料金がかかるとなると我々には少し高い(そもそも空港から市内まで20分たらずなのに高すぎるとおもいませんか?)。レンタカーも考えたには考えたが運転に不慣れでもあるし、2人で1日1万円程度の金額は安いとは言えない。駐車料金も考慮するとお得ではなかった。結局、市内まではシャトルバスを利用し、オアフ島を散策するには公共バスを利用することにした。公共バスは一応オアフ島の観光スポットを網羅しているし、1回の乗り継ぎまでであれば一律2.5$で乗れる。場合によってはオアフ島を一周しても2.5$で行けるのだから驚きだ。
シャトルバスは同じエリアの乗客を降ろしながら各ホテルへ向かうので、空港を出てから約30分かかって、最初のホテル、SEASIDE HAWAIIAN HOSTELに到着
<SEASIDE HAWAIIAN HOSTEL>
ワイキキビーチまで徒歩7分ほど、観光客で賑わうクヒオ通りから一転、ひっそりとした裏路地にあるホステル。もちろんハワイに来たからには私だってホステルに好き好んで泊まりたくはないがハワイ中心部で安ホテルを探すのは至難の技である。ハワイに来たからには最初の数日は観光に費やすだろうということで2泊はこのホテルにした。酔っ払いが入ってこないように入口には頑丈な門がある。チェックインのために我々は門に備え付けられたブザーを鳴らして中に入れてもらう。一通り設備の説明を聞いて部屋へ。部屋は個室ではあるものの、ドミトリーの奥に部屋があるため、自分の部屋に入るのにいちいちドミトリーの住民に挨拶しないとならないのが億劫だが、まあしょうがない。トイレ・シャワーはもちろん共同である。朝食はパンとワッフル、コーヒー、紅茶、水が無料。キッチンもあるので食費が高いハワイでは助かる。WIFIは無料で使える(あまり強くない)。
チェックインは12時からできるとのことだったので、スーツケースなどの荷物を預け身軽な格好でホノルル観光に乗り出した。
ホステルを後にした我々は、早朝の機内食から何も食べていなかったので、まず朝食を食べるために、ワイキキビーチまでぶらぶら。途中、ハワイのコンビニの代表格とも言えるABCマートがあり、そこで水とバナナを購入しとりあえず空腹を満たす。妻がスパムむすびで有名な店があるというのでその「IYASUME」でプレーンのスパムむすびと、玉子焼きとキュウリとのスパムむすびを購入した。2つで4.5$くらい。それらをもってワイキキビーチのデューク・カハナモク像の前のベンチで食べる。ハワイの空の下、海の前で食べるスパムむすびはもちろん美味しい。玉子とキュウリのスパムむすびはキュウリのシャリっとした食感と玉子焼きの甘みとスパムの相性が見事で大変美味であった。

スパムむすび
軽く朝食を済ませた我々は次の行き先を思案していると、目の間にピンクラインと書かれた二階建てのバスが目の前の停留所に止まった。バスの車体にはJCBカードを見せればタダになるとの文字。どこに行くかはわからないが日本人観光客向けのバスが辺鄙なところに行くはずもないのでとりあえずバスに乗り込んだ。もちろん席は2階に陣取る。ピンクラインのパンフレットを読むとどうやらアラモアナショッピングセンターに立ち寄るようなのでそこで降りることにした。まさかハワイ到着初日からショッピングセンターに来るとは思わなかったが、私はハワイに来てまずやりたいことがあるのでちょうど良い。それはシムフリーの携帯を買ってハワイとアメリカ本土で使える携帯会社で契約することだ。早速アラモアナショッピングセンターで妻と集合場所と時間を決めて解散した後に私が向かったのは携帯ショップ。店員にアメリカと日本で使えるシムフリーの携帯を買いたいと相談し、またどこの携帯会社がいいかもアドバイスをもらった。携帯を購入した後は、AT&Tという携帯会社の店舗に訪れた。旅行期間が20日間である旨とアメリカ全土で使うこととネットの利用がメインであることを伝えて一番私に合うプランを選んでもらった。1ヶ月有効の5ギガまで通信ができる60ドルのプランで安いとは言えないが、今回のようなバックパック的な旅行の場合、常時つながる携帯電話を持つことは何よりの助けになる。このくらいの出費はやむを得ないだろう。
アラモアナショッピングセンターからは同じくピンクラインのバスでホステルの最寄りのバス停で降りて、ホステルへ向かう。12:30ごろホステルでチェックインを済ませた後はシャワーを浴びて一休み。夜行便で到着したため妻は疲れたようでぐっすり眠っていた。私もつられて昼寝。
起きたのは午後4時ごろ。そろそろ朝のスパムむすびで蓄えたカロリーが底をつきそうだったので、近くで評判のレストランを探す。チーズケーキファクトリーという有名店があるらしくそこに行くことにした。夕食時になると、行列ができるほどの人気ぶりらしいが、まだ夕方前のため並ぶことなく入れてラッキー。店名からも分かるとおりチーズケーキが有名な店だがパスタやピザなんかも売られている。私達はビール一杯ずつとチーズケーキ一つ、ピザとサラダのランチセットを一人前オーダーした。チーズケーキとピザとサラダは一人前にしては巨大すぎてシェアするにはちょうど良かった。もちろん美味しかった。チップ込み2名で56ドル。

ここはアメリカ とにかくビックサイズ
そのあとはワイキキビーチを散歩しホノルルズーを抜けた場所にあるJAMES AFTER BEACH CLUBという日本の旅行雑誌に紹介されていた洋服屋でTシャツを購入。これがなかなか洒落ており日本で着ていても恥ずかしくない。私はよく海外の旅行先でTシャツを購入するがハワイでは生地と柄、サイズの三拍子揃った気が利いているTシャツがたくさん売られている。
その後ヒルトンホテルで金曜の夜のみ繰り広げられる花火を見るためにホノルルビーチへ歩いて戻る。しかし降り出した雨が徐々に強くなり、花火の始まる19:00過ぎても始まる気配がなかった。しかたなく雨宿りも兼ねてワイキキのお店をウインドウショッピングする。そうしていると雨脚も弱まりだし、爆発音が空に響いた。花火が始まったようだ。しかし高層ビルに隠れて花火がよく見えない。花火をよく見ようとビーチまで行くも、時すでに遅し。ビーチに到着した時にはすでに終わっていた。がっかりしたが、帰り道フルーツのアイスクリームで有名な「高橋果実店」に立ち寄りジューシーなフルーツアイスを購入。うきうきした気分の中、ホテルに戻った。
最初の印象は悪かったけど、やっぱハワイいいかも。

高橋果実店の手作りアイス
12月19日
ドアのノックする音で目をさます。
そうだ、昨日部屋の電球がつかず修理を頼んでいたのだ。私は眠気まなこでいかつい刺青を入れたハンチング帽の細身のおじさん出迎えた。おじさんは電動ドライバーで電球の取り付け部分のネジを外し中のケーブルを繋げ直し再度ネジを締め直した。電球が灯るのを確認して、ここを強く引っ張らないように、と注意し出て行った。
ホステルの朝食である食パンとワッフルとコーヒーを食べて、観光に行く準備を整えた。
この日はカイルアに向かう。
<カイルア>
カイルアはホノルルから車で30分、戸建ての家が並ぶローカルな街だ。街はタウンエリアとビーチエリアに分かれており、タウンエリアにはパンケーキで有名なboots&kimo’sなど美味しくて安い隠れた名店が多いことで知られている。またハワイ発のインディペンデントなブランドやセレクトショップも目白押しで歩いているだけで楽しい。ビーチエリアではシュガーパウダーのような白砂とターコイズブルーの海が美しいウォータースポーツ盛んなカイルアビーチと「全米で最も美しい海」にも選ばれたというラニカイビーチの2つが有名である。駐車場やシャワーなど観光客向けに設備が充実したカイルアビーチから徒歩15分、住宅街の路地裏にあるラニカイビーチはまさに穴場スポット。遠くに見えるモクヌイ島とモクイキ島が風光明媚な景観を作り出している。
あのオバマ大統領もバカンスの際にはハワイのこのカイルアにて家を借りて、数十日滞在するという。ホノルルとはまた違った魅力を持つカイルアの街は今やホノルルに次いでハワイの人気観光地となっている。

カイルアのボーリング場
私達はアラモアナショッピングセンターからバスを乗り換え、カイルアに向かった。まず訪れたのはカイルアでのグルメといえば外せないboots&kimo’s。ここのマカデミアナッツソースをかけたパンケーキは有名で行列が絶えないという(もちろん日本人だらけ)。すでにランチの時間は過ぎていたがやはり混雑しており待つこと30分、ようやく入店。注文はもちろんマカデミアナッツソースのパンケーキ。お店の人には悪いが1人前を2人でシェアした。温かいマカデミアナッツのソースが濃厚で3枚重ねのパンケーキを2人でペロリと平らげた。ソースの上に振りかけられたマカデミアナッツのチップの食感もいいアクセントになっている。

Aloha Sunday

boots&kimo’s
その後カイルアのメンズショップAloha SundayでTシャツを購入。妻はカイルア大型スーパー、ターゲットにてお土産を物色。カイルアの街を満喫した後、歩いてカイルアビーチとラニカイビーチへお散歩。風が強い日だったが、そのおかげでウォータースポーツに勤しむ地元の人々の姿を見ることができた。
帰りはバスの乗り継ぎ時間を利用してカイルアのオーガニック系スーパー、wholefoodsにてワインとグラノーラを購入してホノルル行きのバスに乗り込む。

カイルアビーチ

言葉はいらない

ギターおじさん

ラニカイビーチ
余談だが、ハワイのローカルバスを使う時にスマホとグーグルマップが大変役に立つ。グーグルマップは目的地までの順路をリアルタイムなバスのスケジュールも含めて教えてくれるので、かなり複雑化しており且つ定時に発着しないハワイのバスを使いこなすにはなくてはならないツールだと感じた。特に観光客が少ない場所や週末になるとバスの本数も限られているので、時間を有効活用するためにぜひバス旅を考えている方には常時ネット接続しているスマホを持っておくことをお勧めする 。
無事ホノルルの街中に到着。この日は日本から持ってきたインスタントラーメンを共同キッチンでつくり夕食。Wholefoodsで購入したワインで乾杯。毎日外食で胃が疲れてくるのでこういった簡単な料理をするのは節約にもなり、胃も休まり一石二鳥だ(といってもまだ2日目だ)。
12月20日
この日はオアフ島を1周するために朝6時半に起床。7時にチェックアウトする。通常はキッチンに自由に食べていい食パンやワッフルが置いてあるのだが、ホステルのスタッフがまだ起きていないのか何も置いてなかったので空腹のまま出発。
ホステルの宿泊は2泊で終了。次の2泊はAQUA ALOHA SURF WAIKIKIというホステルから徒歩7分くらいの宿をとった。ハワイ4泊ともホステルはさすがにどうかと思ったからだ。それでもAQUA ALOHA SURF WAIKIKIもすごく立派なホテルというわけでもなくて星でいうと3つ星ほど。しかしこれでも1泊20,000円近くするからハワイ旅行というのはどんどん放っておくとお金がなくなる。多くの日本人がハネムーンとしてここに来るのがよく分かる。観光、ホテルの充実度もさることながら物価が高いので、ハネムーンとして来ないと豪勢な旅行はできない。他のアジア圏であればここまでのお金を費やさなくても豪華な旅行はできるがハワイとなるとそうもいかない。
< AQUA ALOHA SURF WAIKIKI >
クヒオ通りのABCマートとレストラン、まきの茶屋を挟んだ通りに位置するビルディングタイプの中級ホテル。1階には中華レストラン、ホテル内には小さいながらもプールやスパも備えている。室内は2名で利用するにはそこそこの広さ。バスタブはなくシャワーのみだがキッチンやドライヤー、冷蔵庫、無料のWIFI、テラスなども備えている。豪華ではないがホステルはちょっと、という方にはおすすめできるホテルである。なお朝食は中華レストランの中の朝食でなく、宿泊者用にパンや卵など軽食のビュッフェがある。
ホテルに荷物を預けたあと観光に出発。
バスをダウンタウンで乗り換えて1時間。まず到着したのはドール・プランテーション。その名の通りあのバナナなどの果物で有名な食品企業ドールの管理するパイナップルプランテーションである。今は農園というよりはドールの発祥の地の一つとして観光客用レジャー施設になっている。パイナップルをホノルルまで運んだとされる蒸気機関車を模した子供向けの鉄道やパイナップル畑の迷路、もちろんパイナップル畑も見学できる。初めは、こんな施設楽しめるの?と半信半疑で見学していたが、パイナップルの実のなり方を生まれて初めて肉眼で見られて、尚且つ日本語での解説も充実しているので大変興味深く過ごした。帰りはもちろんカットされた生のパイナップルを購入してバスを待つ間美味しくいただいた。

パイナップルの実り方はご存じですか?外国人観光客も興味津々です

パイナップル農家の看板
ドール・プランテーションからバスに揺られて20分くらい。到着したのはハレイワ。
<ハレイワ>
ハレイワはオアフ島の北部ノースショアエリアに位置する小さな町だ。先日訪れたカイルアもローカル感ただようハワイの小さな町だが、カイルアはどちらかというと下町で実際に人がそこに住んでおり生活感が漂うような雰囲気があるが、ハレイワは日常忙しくしているシティ暮らしのビジネスマンが週末にエスケープする田舎な雰囲気。そのため実際にそこに住んでいそうな人はあまりおらず、週末を家族で過ごそうという人たちがカフェやレストラン、ビーチで思い思いに過ごしていた。ハレイワタウンではカイルアよりもとんがったお店は多くないが、ノースショアと書かれたTシャツ売るお土産屋さんやアイスシェイブのお店など見て歩いているだけでも楽しめるお店が多い。

ハレイワタウン
私達はまずハレイワビーチパークで海辺を気が向くまま歩いた。パドルボートを楽しむ人達が数人いるだけの静かな海だ。どちらかというと波は少ないためか年齢層は高めで、昨日のカイルアのビーチよりも静かな落ち着いた雰囲気だ。そして隣のハレイワアリビーチまで徒歩15分ほどかけて歩いた。アリビーチはウミガメがよく出現するビーチとして知られている。あいにくこの日は週末のためかビーチが家族連れで賑わっており、ウミガメは子供達にいじめられるのを恐れて出てくるのをやめたのかもしれない。
昼食はハレイワタウンにて週末限定で屋台を出すというフリフリチキンのお店で弁当をテイクアウトした。フリフリチキンはハワイのローカル料理で簡単に言えばチキンの丸焼きである。フリフリとは回転するという意味らしい。弁当の内容はチキンの丸焼きの半身とコールスロー、ライス付きで8.5$。焼きたてのチキンは香ばしくて大変美味しかった。

昔サーフィンの映像が好きでよくサーフィン映画のDVDを見ました 実際にはやりません

レインボーをよく見ます

サーフショップの犬

フリフリチキン弁当
ハレイワの街をぶらぶら歩いたあとバスに乗りオアフ島を更に北上した。バスはオアフ島の最北端のタートルベイから東海岸周りでホノルルへ向かう。東海岸の美しい景観を楽しみながら移動。
途中、ワイアホレビーチパーク付近にて下車。ワイアホレは東海岸の北と南を結ぶ丁度真ん中あたりに位置する。この辺りは映画「ジュラシックパーク」のロケ地に使われたそうだ。なるほど、いかにも恐竜が出てきそうな、手付かずの自然がのこる雄大な風景だ。左手にはまるで屏風のように広がる険しいコオラウ山脈、右手にはオアフ島沖に浮かぶ無人島・チャイナマンズハット。ビーチパークと言っても開発は頓挫しるそうでこれといった施設はないが、綺麗なビーチだけではない違ったハワイの一面を覗かせてくれる場所であった。

コオラウ山脈が屏風のように広がる

ワイアホレビーチパーク傍の道路 味がありますね
ワイアホレにてしばし景色を堪能したあとは再度バスに乗り込みダウンタウンにて下車。ダウンタウンはハワイの政治・経済の中心地らしく高いビルが立ち並ぶ。ハワイというよりはロサンゼルスのダウンタウンの一角のような雰囲気で、ここではハワイアンミュージックは不似合いであろうと思った。ダウンタウンではカメハメハ大王像を見た。意外に小さい。また険しく厳しい威厳のある顔つきなのが、デューク・カハナモク像とは対照的であり、あまりハワイらしくはないかもしれない。険しい表情でカメハメハ大王がいるのはビジネス街のダウンタウンであることを考えると、バカンス気分で一日中いるんじゃないよという意味においては逆に良いのかもしれないと思った。そして徒歩でアロハタワーへ。アロハタワーはホノルルの港近くに建つ、高さ55mのスペイン風の時計塔。あまり高くはないので町からも他のビルに遮られて目立たない。またホノルル市街地からのアクセスはさほど良くはないので恐らく訪れない人が大半であろう。しかし無料で展望台まで上れ、アロハタワーの周りには古き良きハワイの港町を再現したレトロチックなマーケットが立ち並んでいるのでアラモアナやホノルルの賑やかしい雰囲気にも飽きたら近場のここに脚を伸ばすのも良いだろう。私達はあいにくアロハタワーの入場時間に間に合わなかったが美しい夕陽を港から眺めることができた。

ハワイで突っ立っていたサンタクロース

まるで挑発しているかのようなカメハメハ大王像 モデルは美男の家臣であって本人ではないそうですがそれで本人はいいのでしょうか。

アロハタワー近くで夕日鑑賞

近代的な建物が多いダウンタウン
ホノルル市街地に戻りこの日の夕食を24時間営業のワイラナコーヒーハウスという言わば日本のファミレスのようなレストランでとる。いかにもアメリカのダイナーというレトロな風貌のこのレストランを有名にさせているのは、10$ほどで食べられるパンケーキ食べ放題。妻はこれが目的で私をこのレストランに連れてきたのだ。妻はパンケーキ食べ放題、私はハンバーガーとサラダバーのセットをチョイス。最初に妻の注文分としてパンケーキ3枚と卵2つのベーコンエッグがどどんとテーブルに並ぶ、これだけで一人前だが、パンケーキはおかわり自由。いくらパンケーキが好きだと言ってもパンケーキは量を食べる料理でもない。私は少しもらったがせいぜい2枚あたりが限度だと思う。2人分の料理と一杯ずつのビールでチップ入れて30$ほどだから料金としてはかなり良心的な部類である。これもおそらく人気の理由なのであろう
ワイラナコーヒーハウスからはピンクラインのバスがすでに終わっていたのでホテルへは歩いて帰った。

パンケーキ食べ放題セット

ハワイといえばKona Brewing Companyのビール
12月21日
ホノルル4日目。明日は早朝にホノルルを発つので実質最後のホノルル滞在である。ホテルのあまり美味しくない朝食を食べる。5つ星ホテルならともかくハワイの3つ星ホテルの朝食に期待した私が馬鹿なのか。ホステルの朝食のレベルとあまり変わらなかった。もし3ツ星ホテルに滞在するのであれば朝食なしのホテルを選んでハワイのローカルなお店で美味しい朝食やブランチを楽しんだ方が賢明かもしれない。
この日はレンタサイクルを使い、バスでは行きにくいお店を巡ることにした。レンタサイクルは1日15ドル。ハワイでのサイクリングは思った以上にややこしい。まず自転車は歩道に乗り上げて通行してはならず車道を走らなければならないため、大型車がバンバン隣をかすめる。特に中心部では一方通行や信号、観光客が多いため難儀した。しかしホノルルの街を自転車で軽快に走ることは何事にも代えがたい清々しい体験であったことは間違いない。
<ダイヤモンドヘッド>
自転車を借りてまず向かったのはダイヤモンドヘッド。私がハワイに訪れたなら必ず登山したいと思っていたのがここである。ホノルル市街から登山口へは途中の坂道を含めて約30分。登る前からすでに汗だくである。 カルデラの入り口であるトンネルに自転車を止めていざ出発。
ガイドブックによると登山にかかる時間も約30分とガイドブックにあったので、さほど気負わず気軽な気持ちで登り始めた。しかし足元の岩場は滑るし、道は狭く、後半になるにつれ急な坂道と長すぎる昇り階段の連続で、登頂時には精根を使い果たしたように疲れた。それでもダイヤモンドヘッドからのハワイの景色はこの上ない素晴らしい雄大なもので身も心も洗われたように感じ、それまでの疲労感もどこかに吹き飛んでしまった。

ダイヤモンドヘッドの展望台からの眺め

ダイヤモンドヘッドから下山道
ダイヤモンドヘッドを下山して次に向かうは、妻が行きたいと言っていたポキの名店Ono seafood productsとマラサダが人気のLeonard’s へ。ポキはハワイ風マグロの漬けのことである。Ono seafood productsは数種類味付けをしたポキをご飯にのせたポキ丼を弁当として販売している。マラサダはいわゆるハワイ生まれのドーナツである。プレーンのマラサダはもちろん、中にカスタードクリームが入ったマラサダが人気だ。このLeonard’sのお店のパッケージや外観はなかなかかわいい。それらをLeonard’s向かいのスーパーのベンチで食べた。今のところこのポキ丼とマラサダの昼食がオアフ島で食べた中で一番美味しいかもしれない。

マラサダの名店
その後、ダイヤモンドヘッドの姿をこの目ではっきり見たいのでダイヤモンドヘッドを見るためのベストロケーションを探す。
まず向かったのはワイキキビーチの東の端の向かい、ダイヤモンドヘッドの麓にあるカピオラニ・リージョナル・パーク。この公園、とにかく広い。サッカー場やラグビー場、テニスコートがいくつかあるのだが、そんなものでは埋まらないほどの広大さ。妻はピクニックようの敷物をもってきてゴロンと横になってリラックス。私はダイヤモンドヘッドのナイスな写真をおさめるために奔走。カピオラニ・リージョナル・パークは観光客が少なくダイヤモンドヘッドそのもの撮影できるのがうれしい。
次に向かったのはワイキキビーチ。ベタな場所ではあるがワイキキビーチからダイヤモンドヘッドの角度の良さは見事としか言いようがない。もちろんこのあたりのホテルに宿泊してダイヤモンドヘッドビューの部屋に宿泊するのが最も贅沢なダイヤモンドヘッドの景色なのだろう。しかしそんなところには泊まれないのでワイキキビーチを歩きながらベストポジションを探し歩いた。結果、私が一押しするのがワイキキの中ほどにある桟橋からのダイヤモンドヘッド。ここからだと海と砂浜が向かいに位置するのでダイヤモンドヘッドとハワイのビーチが美しく一枚の写真におさまるのだ。もしダイヤモンドヘッドが好きでハワイに行く方がいれば是非試してほしい。

カピオラニ・リージョナル・パークからのダイヤモンドヘッド

ワイキキビーチの桟橋からのダイヤモンドヘッド
自転車を返却したあとお土産を物色するためにアラモアナショッピングセンターへ。といってもアラモアナは素通りして近くにあるウォルマートとドン・キホーテへ。私はお土産をハワイでは買うつもりはないのでドン・キホーテで妻を待つことに。何気なしにドン・キホーテの店内をうろついていたが、これまで幾つかの見たスーパーの部類の中ではかなりお得感のあるお値段のものが多かった。もし少しでも安くお土産を購入するつもりであればドン・キホーテはおすすめだ(妻が言うにはウォルマートも同じくらい安かったそうだ)。
最後のホノルルの夕食は上司のおすすめの店であるGoofy café&dineへ。
私はハワイらしくロコモコ、妻はフルーツいっぱいのアサイーボウルを食べた。

アサイーボウル
そうして、最後のホノルル夜は更けていった。
12月22日
朝5時に起床。この日は朝8時にコナ行きのフライトに乗るために6時にホテル前に集合してシャトルバスを待つ。シャトルバスは朝6時20分頃にやってきて、ホノルル空港へ我々を送ってくれた。
コナまでのフライトはハワイアン航空。
ハワイアン航空は当日空港にて預け荷物の申請をするようで、キオスクでチェックイン手続きと荷物の申請と決済ができる。23キロまでの預け荷物であれば25$。我々は荷物を2つ機内へ預けたので2人で計50$。
比較的厳しいセキュリティチェックを終えて搭乗ゲートへ。ホテルの朝食を食べることができなかったので、空港のバーガーキングで1セットを購入して、ボーディングを待つ間にお腹を満たす。
ホノルルからコナへのフライトは定時通りに運行。日本語の機内誌があったので45分のフライトもさほど苦にはならなかった。
コナ空港到着。荷物を引き取ったものの我々は途方にくれることとなった。
コナ空港に到着後レンタカーを借りる予定だったが、まず空港内にはレンタカーのオフィスが一つもないのだ。レンタカーを借りる人はすべて事前に予約をすませ、予約した各レンタカー会社が運行する空港シャトルバスに乗り込み、窓口に行くのである。事前に日本で予約しておくべきだったがこの場で後悔しても仕方がない。空港のインフォメーションカウンターにレンタカー会社の電話番号リストをもらう。インフォメーションスタッフはホリデーシーズンだから車を見つけるのは難しいかもしれないとのこと。
ハワイ島を個人で観光する場合、レンタカーを借りるのが一般的である。ホノルルのように島全体にバス路線が張り巡らされてはおらず、ホノルルのあるオアフ島と今回降り立ったハワイ島では約3倍ハワイ島の方が大きい。タクシーで巡ることもできなくはないが、すべてをタクシーで訪れるのは無理がある。時間があれば自分で行けるところは自力で移動して、部分部分でタクシーやツアー会社の助けを求めることもできるだろうが、今回2泊しかしない中ではそれも難しい。
とりあえずレンタカー会社に片っ端から電話していこうと考えていたが、最初にリストされていたレンタカー会社、ALAMOに車がまだ残っているようなので、シャトルバスに乗り込みオフィスに向かった。
ALAMOのオフィスはすでに旅行客で賑わっていた。受付には何組かが列をなしていた。我々も列に加わり、受付の手続きをうける。期間と車種とオプションの希望を伝え、日本の免許証やパスポートを提示した。提示された料金をみて目玉が飛び出そうになった。なんと650$ほど。1日のレンタカー代金150$とオプションの保険が1日50$程度、さらに税金もかかる。自分でできることは自分でやって安く抑えようということでガソリンは満タン返し、カーナビはつけずスマホグーグルマップで代用。
受付を済ませて早速、車の元へ。車はヒュンダイのセダン。
外国での運転も初めてである上に、日本車以外の車ももちろん運転したこともない。左ハンドルの席にすわり、震える手で一つ一つ日本車との操作の違いを確認していく。不安な気持ちのまま、ハワイ島の宿泊先であるヒロに向けて出発。
島の西側にあるコナから西側にあるヒロまで約2時間のドライブ。
幸いにもレンタカー会社のある空港付近は交通量が多くはないので、スムーズに流れる。また郊外にでると道なりの直線の道が続くため、徐々に運転にも慣れてきた。
目の前に広がる青空、大きな雲、生き生きと生い茂った緑の大地。車がハワイ島の中心へ近づくにつれ、緑の大地は徐々に溶岩でできた黒い台地へと移り変わってゆく。何もかもが日本で見る風景と違う。
周り一面溶岩に囲まれた台地に車を停めて休憩。溶岩でできた大地を踏みしめて歩く。よく見てみると全く不毛な大地ではないようで時折変わった植物の花や芽を見ることができた。ハワイ島が火山の島であることを実感するとともに、こんな場所でも力強く生きる生命の崇高さを思わぬ場所で感じた。さらに車を走らせると家がぽつぽつと姿を見せ始め、いつしか商店が立ち並ぶようになり交通量も増えてきた。ヒロに到着したのだ。
ホテルのある中心部に車を停め、チェックインをした。

苔むした火山大地

ヒロの街をドライブ中
<HILO BAY HOSTEL>
ヒロの中心部、美容室の2階にあるHILO BAY HOSTEL。ホステルではあるが古いながらも手入れが行き届いた家具、そして木製の温かみのある床や壁からはこのホステルがひとつのアンティーク作品のような雰囲気を感じた。ロビーはこのホステルの中でもっとも広い空間となっており、他のホステルのようにいくつものベッドが並べられ、共有部分に十分なスペースがないというようなことはしていない。そのため宿泊客はロビーで情報交換をしたり、パソコンを開いてフェイスブックに写真をアップしたりして、ドミトリーや自室にこもることよりもこの開放感のあるロビーにいることを好んでいるようだ。キッチン、シャワー、トイレは共同。私達はプライベートルームに宿泊したところ部屋には冷蔵庫、扇風機があった。なお室内でも無料のWIFIが利用できた。駐車場はないので車で来た場合は路肩に停めておくことになる。
妻は早朝の起床とあってか眠いそうで、私だけで1時間ヒロの街をぶらぶらした。
<ヒロ>
ヒロはホノルルに次ぐハワイ第2の都市にしては、こじんまりした穏やかな海辺の町だ。日系人が作り上げた街ともいわれており、どことなく街行く人々に親近感を覚えることだろう。ダウンタウンにはアーケード続く商店街の通りがいくつかあるくらいであとはバスターミナルや中規模のスーパーマーケット、それに古い映画館と津波に関しての博物館がある。また意外かもしれないが常夏の楽園ハワイにおいて、ヒロは雨降りの街として知られており、年間降水量は3000mを超える。これは東京の年間降水の約2倍である。私が訪れた日の天気もあいにく雨模様で何度か雨に降られた。といってもずっと降りっぱなしではなく、降ってはやみ降ってはやみの繰り返しで、時折青空がのぞく。
ヒロをホノルルと例えるのであれば、ホノルルの陽気さとは対照的なダークサイドなハワイ。曇り空の灰色と1900年代に建てられた街並みはどこか映画にもなりそうな雰囲気を醸し出している。それはそれでカッコいい。ホノルルのような大きなショッピングモールや有名チェーン店、娯楽的なお店はなく、夕方になれはおおよそのお店は閉まってしまうので住んでいる人にとっては退屈と感じているかもしれない。

映画に出てきそうなヒロの街並み

雰囲気ありますね

曇り空が様になります
ヒロの街を散歩した後は、ホステルに戻る。
昼ごはんを食べていないので、どこか行こうと思案する。ヒロの街はさほど見るべきものは多くはないので、ここから比較的近いマウナロア マカダミアナッツ工場とCAFÉ 100にいくことにした。
マウナロア マカダミアナッツ工場はその名の通りマウナロアというマカデミアナッツブランドの工場であり、観光客向けの工場見学を行っている。マウナロアのロゴはハワイに行っていなくとも一度は見たことはあるのではないのではないだろうか。ヒロの街からは車で約20分。工場内にはお土産コーナーはもちろん、マカデミアナッツの実際の生産過程をビデオで解説(日本語吹き替えあり)してくれる。それだけではなく、植物園やアイスクリームパーラー、もちろんマカデミアナッツの試食コーナーもあり盛りだくさん。実際感心したのは、いかに硬いマカデミアナッツの殻を割るのか、それにどのようにチョコレートをマカデミアにコーティングするのかを工場で実際の工程を見ながら学べるため大変興味深い。これまでマカデミアナッツに深い関心があったわけではないのだが(ほとんどの人はそうだと思うけど)割と楽しめた。
満足してマカデミアナッツについて学んだ後はCAFÉ 100へ向かう。CAFÉ 100はロコモコの発祥の地と言われており、ヒロのグルメを語る上で外せないお店である、もっともシンプルなロコモコはなんと3$ほど。透明なプラスチックのタッパーに入れられた熱々のロコモコは、ご飯の上にソースとハンバーグ、目玉焼きがのったごくシンプルなもの。味もシンプル。シンプルなので人によっては深みがないということで期待はずれということを口コミに書く人もいたが、私達は美味しいと感じた。雰囲気としては吉野家の牛丼に近い。吉野家の牛丼について心底美味しいと感じる人がいるのも理解できるし、その一方で「たかが牛丼」という考えもわかる。自分の価値観が覆るほどの味ではないが、これはこれで愛すべきミニマルである。

定評のあるマカダミアナッツブランド

マウナロア マカダミアナッツ工場にて

これが元祖ロコモコだ!
その後は妻のリクエストでLOW INTERNATIONA FOODとTWO LADIES KITCHENへ向かう。ヒロ市内から少し郊外へ抜けた場所に位置するこれら2つのお店はハワイ島のローカルなお店の中では知られたお店であるらしい。
LOW INTERNATIONA FOODはインターナショナルと冠している割にはローカル感が漂うお店だ。基本的にはパンとクッキーのお店ではあるが、ご飯ものの定食やハンバーガーなどの軽食もそろう老若男女通える大衆食堂のような場所。有名なのはカラフルな食パンのレインボーブレッドである。このピンク色はグアバを原料にしているらしい。あいにくレインボーブレッドの生の食パンは売り切れていたがレインボーブレッドのトーストであれば作ることはできるらしい。なぜ生の食パンは売り切れていて、トーストなら可能なのであろう?冷凍していた分があるのだろうか。レインボーブレッドのトーストは見た目の派手さもあって、もちもちとした食感が楽しいパンであった。
その後は訪れたTWO LADIES KITCHENはモチ屋さんである。店内の工場で製造しており、大福はもちろん、マンゴーやパイナップルなどハワイらしいフレイバーのモチをはじめ、苺大福やたい焼きまで販売している。ヒロの人々が手土産としてよくこのTWO LADIES KITCHENのモチを利用するそうだ。我々はカラフルなわらび餠を購入した。

キモかわいい虹パン
ホステルに戻り、キッチンで日本から持ってきた日清やきそばをつくる。それに ヒロのスーパーマーケットで購入したトルティーヤチップスにアボガドのペーストをディップしてこの夜の夕食として食べた。
12月23日
朝8時に起床し、朝ごはんとしてレトルトのおかゆを食べる。日本出発前にイオンで購入した100円のレトルトにしてはなかなか美味しい。
この日はハワイ島の北部、ワイピオ渓谷とホノカアを散策する。
島の東側の海岸線を望みながらヒロの市街を快走する。右には広大な海が広がり、左側には鬱蒼と茂るジャングルのような山や森が時折顔をのぞかせる。名前も付いていないようななんでも無いようなところにこのような雄大な自然を垣間見られるのはやはりハワイの大地ならではなのだろう。運転しているだけで清々しい気分にさせてくれる。これがオアフ島のドライブであればこうは感じなかったかもしれない。
約1時間のドライブの後、DONNA’S COOKIESというヒロのスーパーマーケットへも卸しているローカルなクッキー屋の工場直売所に立ち寄る。ここでは出来立てのクッキーを試食させてくれる。試食したらお気に入りのクッキーを小袋で(5$)販売してくれるので小腹が空いた時におすすめ。3リットルも入りそうなジャー(瓶)に詰めたクッキーをいくつも購入していくリピーターのお客もいた。お店の人も感じがよくて楽しい雰囲気が伝わってくるようだった。

有名なクッキー工場 定評のあるブランドだけに詰め方にも力が入ります。
再び車に乗り込み走り続けること約45分。到着したのはワイピオ渓谷。
<ワイピオ渓谷>
断崖絶壁の絶景スポット、ワイピオ渓谷はハワイの王族の住んだとされる神聖な場所であり、かつてはここで政治も執り行われていたそうだ。豊かな自然に囲まれており、津波がこのエリアを襲った時にも死者が出なかったのは王族のマナ(霊力)がこの谷を守ったからだと伝えられている。日本で言えば伊勢のような場所だろうか。たしかに人間では作り得ない雄大な景色は神々しいものを感じる。なお車で行けるのはビューポイントまで。4WDやツアーであればさらに谷の奥底まで観光ができるそうだ。

絶景のワイピオ渓谷
ワイピオ渓谷を後にして、ヒロ方面へ戻る。
次に訪れたのはホノカア。
<ホノカア>
映画や小説の「ホノカアボーイ」の舞台になった場所であるためホノカアの名前を聞いたことのある人は多いのではないのだろうか。作品の舞台であるものの街の規模はごく小規模。100mほどのメインストリート沿いの両脇に商店街ならぶだけ。もともとはサトウキビ産業で栄えた町であった。サトウキビ農園が1994年に閉鎖されてからは、現在産業と言える産業はないがワイピオ渓谷に観光にする人々が立ち寄る町へと変化している。
昼ごはんを食べるために町をぶらぶらする。お土産屋さんにアンティーク雑貨のお店、古着屋さん、そしてオシャレなカフェにレストラン。小さい村ではあるがひとつひとつのお店に個性があって、そぞろ歩きだけで楽しい気分になる。町の雑貨屋さんにはおじさん3人組がずっと店の前のベンチで座っている。いるいるこういうおじさん、どこの田舎にも仲良しの友達同士、ずっとベンチでお喋りしている人たち。それがなんだかこのホノカアの景色に溶け込んでいて様になっていたので写真を撮らせてもらった。また映画「ホノカアボーイ」の実際にロケ舞台になったというホノカア・ピープルズ・シアターにお邪魔した。日系移民の方がこの町に娯楽を提供したいという思いから建てたという映画館。1930年にオープンしたが1988年に閉館。その2年後、惜しむ町の人々の思いから復活を遂げ、現在は映画のみならずライブや公演のイベントスペースに活用されているそうだ。この日はイベント準備のため、館内のカフェはおやすみ。本来は入れないのだが特別にオーナーの方に中に入れさせてもらい写真を撮らせてもらった。使い込まれた館内のテーブルや壁は歴史を感じさせ、とても居心地が良さそうだ。オリジナルTシャツを購入して、映画館を後にした。ホノカアのスーパーマーケットで弁当を購入して、海の見える坂道でお昼ご飯。

ホノカアボーイの舞台 ホノカア・ピープルズ・シアター

映画はみたと思うのだが思い出せない
ホノカアの町を抜けて、ヒロへ向けて再び出発。
ヒロからワイピオ渓谷へ行く際に、いくつかビューポイントがあったので、そこに立ち寄ることにした。
訪れたのはラウパホエホエ・ビーチパーク。
<ラウパホエホエ・ビーチパーク>
ヒロの町からおよそ30分の距離にあるラウパホエホエは1946年津波で甚大な被害を被ったエリアである。その際、24人もの学生の尊い命が津波により奪われてしまった。この公園は被害のあった学校跡地に造られたものである。海岸沿いへ下る山道の途中では、津波がここまで到達したことを告げるパネルが見受けられた。巨大な波が岩石に打ち砕かれ飛沫となり細かい泡になって消えていく。故郷の日本海のことを思い起こさせる。日本海側で育った私のような裏日本の人間にとって海は陽気なものというよりも厳しく無慈悲なものという思いがある。そういう意味においてはオアフ島よりもハワイ島には個人的なシンパシーを感じる。

なぜ人は石を積み重ねたいのだろう、そういえば鴨川にもこういう人がいた

泡立つ海岸

ラウパホエホエ・ビーチパーク
ヒロに舞い戻った我々が次に向かったのはヒロ市内にあるレインボー滝とヒロ大神宮。
レインボー滝はヒロ市内近くに位置する観光スポットだ。落差24mの小規模の滝であるが、よく虹が滝にかかるためこの名がついた。あいにくこの日はその姿を見ることはできなかったが。。。
ヒロ大神宮はヒロ中心部から車で10分、住宅街の中にある神社である。この神社はハワイの中だけでなく、海外でもっとも古い神社だ。1960年の大津波で倒壊した際には再建のための奉納した人々の名前のリストがあり、中には名だたる政治家や財界人が見受けられた。

レインボー滝

ヒロ大神宮のお守り
ヒロの市内に戻った後は次の日の食事のためスーパーで買い出し。
ホテルでは夕食として日本から持ってきたレトルトのカレーをスーパーマーケット購入したパンにつけて食べた。
12月24日
クリスマスイブ。特にクリスマスイブだからといってもヒロの町は浮き足立ったところはない。朝食は昨日と同じレトルトのおかゆとレーズンの入ったクッキー。クッキーはホステルのスタッフが多めに買ったようで宿泊客に分けてくれたのだ。mありがたい。
ホテルは8:30にチェックアウト。この日は見るべきものが多く、夜にはレンタカーを返却しコナ空港へ戻らなければならないため、早めの出発をする。2泊しかしていないが名残惜しい素敵なホステルだった。
まず向かったのはハワイ火山国立公園。
<ハワイ火山国立公園>
ヒロから車で約1時間。ハワイ島のハイライトのひとつと言えるのがこの国立公園である。ハワイ州の中で唯一世界遺産に指定されており、ハワイの神話の中で火の女神ペレが宿る地として古くから神聖な、スピリチュアルな場所として人々に崇められてきた。キラウエア火山を含む2つの活火山を擁し、その広さは1,335㎢に及ぶと言われている。この規模の国立公園は、ハワイはおろかアメリカ本土にもないほどの広さだという。そのため溶岩によって形成された荒野や洞窟、海岸線の展望、さらには生い茂った熱帯雨林とそこに自生する動植物など多種多様な自然と、我々が住む惑星がおりなす破壊と創造のプロセスを目の当たりにできる。また自然愛好家達に向けて幾多のトレイルコースを整備しているため、1日観光しても見飽きることはないだろう。そのため国立公園内にはホテルも備えられている。1983年からずっと噴火を続けて火山であるので危険かと思われるかもしれないが、大規模な噴火はごくまれで流れ出す溶岩の速度も非常に遅いため、世界一安全な火山とも言われている。
主に国立公園内は車で移動する。入園料は乗用車1台につき15$。園内に入るとまずビジターセンターが見えてくる。そこでこの国立公園の概要とトレッキングコースの案内や滞在時間に応じての観光ルートも紹介している。
ビジターセンターにてお手洗いを済ませて後向かったのはサーストン溶岩トンネル。鬱蒼とした熱帯雨林を抜けると現れるサーストン溶岩トンネルは全長300mほど。一見普通のトンネルだが、なんと表面の溶岩だけが固まり、中のマグマが液体のまま流れ出したためにできた、まさに自然の力だけで造られた洞窟なのである。車も通れそうなほどの巨大なトンネルが重機の力でなく自然に発生したというのは驚きというほかない。

変わった植物

ダイナミックに曲がった木

山盛りのシダ

サーストン溶岩トンネル
その後、我々は車を走らせチェーン・オブ・クレーターズ・ロードへ。このチェーン・オブ・クレーターズ・ロードというのはその名の通り「道」ではあるがその車窓越しに見える景色の圧倒的なこと!溶岩が造りだした果てしない台地の向こうに見えるのは真っ青な太平洋。道路沿いのところどころには展望台や、ウォーキングスポットがあり、ゆっくりと流れだした溶岩が徐々に固まり溶岩特有のどろりとした形状のままになっているのが面白い。中にはヒダのように折り重なってそのまま固まってしまったもの、渦巻きのようなものやスライムか液体金属のようにツルツルとした丸みを帯びたものまである。チェーン・オブ・クレーターズ・ロードは溶岩の溜まりで行き止まりになるまで約30kmも続く。
チェーン・オブ・クレーターズ・ロードを引き返して向かったのはキラウエア火山の噴火口の展望台。常に白い噴煙をもくもくと上げている展望台はこの国立公園で最も人気の場所だ。展望台の隣にはトーマス・ジャガー博物館という、ハワイ火山観測所を設立した学者から名付けられた博物館がある。展示物は火山活動でできた物質や火山観測の歴史、ペレをはじめとしたハワイの神話における神々についてである。
約4時間の観光で少し駆け足気味であったが、充分満喫できた。我々は食料を少し持ってきていたので問題なかったが、公園内では食料を売っている売店やレストランが一つも見当たらなかったので食料と水は入園前に調達しておくことをお勧めする。また公園内は大変広いのでガソリンも余裕がある状態で出発したい。

うずまきのような形で固まった溶岩

不吉な光景

スライムのようにまるみをおびた溶岩

あまりに広大な溶岩台地

常に煙を上げているキラウエア火山
国立公園を後にした我々が次に向かったのはプナルウ黒砂海岸。
<プナルウ黒砂海岸>
プナルウ黒砂海岸はハワイ島の最南端に近い場所にあるその名の通り黒砂の砂浜を持つビーチだ。一般的にハワイのビーチというとまるでシュガーパウダーのような白いさらさらのビーチが思い浮かぶが、このビーチは砕けた溶岩でできた砂であるため真っ黒である。しかしこのビーチが観光客に知られている理由はもっと別な理由がある。それはウミガメがこのビーチによく出没するそうだ。前回のオアフ島ではあいにくカメを見ることはできなかったので、期待はさほどしていなかったのだがウミガメちゃんを無事発見。甲羅を乾かしているところらしく、目をつむって一休み中だ。オアフ島でできなかったことが思わぬところで出来たので大変嬉しい気持ちでビーチを後にし、コナへ向かう。

ウミガメさん
<コーヒーファーム>
ハワイ島を発つ前に是非立ち寄りたかったところがある。それはコーヒーファームだ。ハワイ島の南東側、カイルア・コナのから南の沿岸部はコーヒー栽培に理想的な立地であり、大小合わせて500もの農園が集まっているためコーヒーベルトと呼ばれているほどのコーヒーの有名産地だ。私自身コーヒーは好きでよく飲むので、本当に美味しいコナコーヒーが飲みたいと思っていた。今回訪れたのはグリーンウェルコーヒー農園。1850年から続いている老舗である。あいにく最終の農園ツアーすでに終了してしまったのでコーヒーのテイスティングだけさせてもらった。ローストの加減や豆の種類、香りづけにより10種類以上のコーヒーを用意しており、すべて試飲できる。また1袋1万円近くするようなコーヒー豆まであり、そのテイスティングは5$かかるのだが折角なので試させてもらった。正直1万円の価値があるかどうかは私にはわからなかったが飲み続ければなにかわかるのかもしれない(第六感が目を覚ますのかもしれない)。試飲させてもらった中では一番しっくりきたミディアムローストの粉を購入した。

1万円のコーヒーを召し上がれ
実はもう一箇所、時間が許せば立ち寄りたい場所があった。それはコナ・ブリューイング・カンパニーである。一度は耳にしたことはあるかもしれない。そうホノルルのレストランでも供されるハワイのビールとして最も知られているビール会社である。車の運転できているのでもちろんドライバーは飲めないが私か妻のどちらかだけでも出来立てのビールを飲めればと考えていた。しかし工場直営なのにそこまで安くもなく、工場見学も時間外だったのでレストランだけ見ただけにとどめた。
まだ飛行機の出発までしばらく時間があったのでアリイ・ドライブでの散歩を楽しんだ。アリイ・ドライブはミニ・ホノルルといった趣のビーチ沿いに多種多様なお店が並ぶ賑やかな通りである。私達は教会の駐車場に車をとめて、ビーチで沈みゆく夕陽をみつめた。ABCマートにて空港で食べるための夕食のサラダを購入して空港へ。途中、ガソリンスタンドで給油しレンタカーを返却した。

ロマンチックな二人

それぞれの空を見つめる二人・・・
日本でも運転がままならない2人での3日間のドライブだったがいろいろ行けて楽しかった。また事故に遭わず本当に良かった。
コナ空港にてユナイテッド航空、サンフランシスコ行きにチェックイン。予定時刻通り飛行機はハワイ島を経ち、我々のハワイへの旅は終わった。アメリカ本土の旅へと続く。
〜ハワイの旅を終えて〜
初めてのハワイは楽しかった。おいしいローカルフード、お洒落なお店、ダイヤモンドヘッドにも感動した。
ハワイがここまで人気なのは日本との距離感が絶妙だからかもしれない。常夏のポリネシアの島でありながらアメリカ西海岸の風を感じ、人々もアロハ・スピリッツでどことなくフレンドリー、日本語が通じるお店も多く、日本人が多いだけに「よそ者」とみられることもない。
例えばハネムーンや家族、気心の知れた仲間同士で、仕事を放りだしてのんびりするには最適だと思う。ホノルルはあまりにツーリスティックなのでカイルアかノースショアのコンドミニアムに滞在して気ままにレンタカーなぞ借りて1週間ほど過ごすのはとても素敵なことだろう。ただ私は貧乏性なのか、なにもしないのが耐えられないタチなので、それはしばらくはいいかなと思った。なので今回ののんびりホノルルのオアフ島+大自然観光のハワイ島の2島コンビネーションはハワイ初心者の私にとって大変よい組み合わせだった。もし1週間時間があってまたハワイにいくのであればマウイ島とラナイ島に行ってみたい。
ホノルル・ダイヤモンドヘッド ☆☆☆☆☆ ワイキキビーチから眺めるダイヤモンドヘッドは筆舌つくしがたい
ハワイ火山国立公園 ☆☆☆☆☆ 破壊と創造・・・生ける惑星・地球のほとばしる血流
カイルア・ノースショア ☆☆☆☆
ヒロ ☆☆☆☆
ワイピオ・ホノカア ☆☆☆☆
(2015年12月 橋本康弘)

- 安心してください!落ちませんから。神秘のゴールデンロックとミャンマー周遊 (ヤンゴン、チャイティーヨ、バゴー、バガン、インレー、カックー)
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エリア:
- アジア>ミャンマー>バガン
- アジア>ミャンマー>チャイティーヨ
- アジア>ミャンマー>ミャンマーその他の都市
- テーマ:観光地 グルメ 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/01/12 18:19

ゴールデンロックのライトアップ
今話題のミャンマーに行ってきました。最近アウンサン・スーチーさんが率いる民主派が勝利し、今年4月から本格的に軍事与党から民主派に変わるミャンマー。さぞかし色々変わっているのかと思いきや、優しい人々、素晴らしい仏塔の数々、アジア最後の桃源郷と言われるミャンマーはどうであったかお伝えします。

ヤンゴン シュエダゴン・パヤー
○春からは民主政権へ!
軍事政権というと、日本のすぐ近くにある金さんの国を思い浮かべる方も少なくないと思いますが、ミャンマーではそのような事はなく国民が不当に処罰される事はなかったそうです。ただ軍事政権がいいかというとそうではなく、国民にいい事をするのが30%、悪いことをするのは70%と言われているようです。私腹を肥やしたりとお決まりの政治腐敗ですが、ミャンマーの場合はそこまで腐っていないようです。ただ民衆も春からの民主政権には期待しているものの、表立って動くと軍事政権に余計な刺激を与えるため今の所、静かに民主政権の登場を待っているとの事です。アメリカの経済制裁緩和もそもそもミャンマーは食物自給率が高く、あまり一般の庶民には制裁中、制裁解除後の変わりはないようです。一番民衆にホットな変化はスマホの代金が大幅に下がり、多くの人が気軽にスマホを使えるようになった事だそうです。今や僧侶もタブレットを片手に写真を撮る時代になりました。

ゴールデンロックで祈るミャンマー人
○ミャンマー料理
国民的旅行ガイドブック・地球の歩き方のページを開くとミャンマーの主食はカレーと写真付きで掲載されています。間違えではないのですが、日本で想像するカレーとは大幅に違い全く辛くありません。ミャンマー料理は一般的にすべて辛くなく、別皿で食事についてくる唐辛子などで追加するのがほとんどとの事です。鶏肉や豚肉、魚、ミャンマーで取れる新鮮な野菜などの料理は油で炒めて食べる事が非常に多く、特別な香辛料なども使われていない為日本人でも全く問題なく食べられます。主食はお米ですので日本と同じくおかずにお米という感覚です。また東南アジアらしく麺料理も多数あり、チープな値段でおいしい麺料理も食べる事が出来ます。

ヤンゴンのローカルレストラン

一般的なミャンマー料理の定食

シャン地方の地方料理

ミャンマーの定番麺料理・モヒンガー
○落ちそうで落ちない神秘のゴールデンロックを巡礼!
ヤンゴンから片道約4時間の距離にあるチャイティーヨにはミャンマー人も憧れる巡礼地チャイティーヨパヤー(ゴールデンロック)があります。海底にあった丸石を不思議な力で持ち上げ、ブッタの頭髪をその上に祀ったと言われる不思議な岩で、見れば見るほど良く落ちないな、としげしげ思う大岩です。金色に光る大岩はサンセット、ライトアップ時はさらに神々しく輝きます。ゴールデンロック周辺は広場になっており、ミャンマー人は日帰りや1泊をその広場で過しゴールデンロックを参拝するのが定番のようで、夜になっても多くのミャンマー人が広場に集まっていました。
現在ふもとの村からはトラックを改造したバスで一気にゴールデンロックまで行けますが、15年前までは徒歩でしか行くことができずかなり時間がかかったようです。徒歩の時代は2泊3日も当たり前だったようで、憧れの巡礼地になるのも分かる気がします。

落ちそうで落ちない不思議な岩・ゴールデンロック

ゴールデンロックへのお供え物を売る店

ゴールデンロックのある広場。夜もミャンマー人でにぎわう

ゴールデンロックへの乗合トラック。途中強制ショッピングあり
○13〜15世紀のモン族の王都であった古都バゴー
ちょうどヤンゴンとチャイティーヨの間にあるバゴーは、13〜15世紀モン族の王都であった場所で、シュエモードパヤーや寝釈迦物などもありこちらもミャンマー人の巡礼地の一つだそうで、王宮の跡地は現在もまだ発掘作業が続いています。バゴーでは僧院の生活の一部も見る事ができ、多くの僧侶の食事風景を見学できます。

チャカッワイン僧院 僧侶の昼食時間

シュエターリャウン寝仏

チャイプーン・パヤー
○世界3大仏教遺跡も数えられるバガン
大小様々な数多くのパヤー(パゴダ)が存在し、すべてのパヤーがいくつあるか分からないほどのバガン。仏塔・寺院と言えどもそれぞれ建築の時代や建築方法が異なり、さまざまなパヤーを見る事が出来ます。古いものは9世紀から始まり多くの寺院は11〜12世紀に建てられたもの。寺院の中にはフレスコ画が残っている寺院もあり、当時の生活の状況が描かれ生活の風景を見ることもできます。

シュエズィーゴン・パヤー

団体さんが使っていた日本の越後交通の中古バス

グービャウッヂー・パヤー

スラマニ・パヤー

バガンに沈む夕日
○巨大な湖、水上生活集落もあるインレー湖
インレー湖は雨期には南北22km、東西12kmにもなる巨大な湖で、あしなどを集めて浮島を作り水上生活をしている村や巨大寺院などを見学する事が出来ます。モーター付の小舟でインレー湖を移動すると、途中インター族と言われる水上集落に住む民族の独特な漁師を見る事ができます。両手を開ける為、片足で船を操りながら器用に網で漁をします。またファウンドーウーパヤーと呼ばれる巨大な水上寺院には男性しか近寄ることのできない聖なる像が5体おかれ、多くの参拝客が訪れます。また水上集落の中には蓮で糸を作り、織物をおって生計を建てている村もあり、村見学も楽しめます。インレー湖のある地方はシャン地方と呼ばれ、この土地独特の料理もあり大変おいしいです。

シャン地方のマーケット 野菜が豊富にある

インレー湖 インター族の独特な漁

インレー湖 カモメが餌をねだりに来る

インレー湖 ガーペー僧院

インレー湖近くにできたミャンマー初のワイナリー
○2400あまりの仏塔が立ち並ぶ不思議な遺跡・カックー
インレー湖から約2時間、2000年までは外国人の立ち入りが制限されていた場所にあるカックー遺跡は、現在2478もの大小さまざまな仏塔が立ち並ぶ不思議な遺跡です。一番古い仏塔は紀元前のアショカ王時代に建築されたとも言われています。多くの仏塔は周辺にすむパオ族、シャン族の寄進によるもので12世紀前後の仏塔がほとんどです。寄進した人の裕福度合いによって仏塔の大きさが異なり、それぞれ作り方も違ったりするので一つ一つ見ていくととても1日では足りない位です。仏塔の上部には鈴がついており、シャンシャンと優しい鈴の音が響くとても不思議な空間でした。

カックー遺跡

カックー遺跡 お祈りの鐘をつく

カックー遺跡 さかさカックー

カックー遺跡 パオ族のガイドさん
○日本の中古車両が活躍中!鉄道ファンにはたまらないヤンゴン鉄道乗車体験
ヤンゴンでは非常に多くの日本製を見る事が出来ます。ヤンゴン市内を走る車はほとんどが日本製の中古車で、見た感じ程度もよくとても経済制裁を受けていた国とは思えないほどです。バス・トラックなども日本車が多く、日本で使われていた時の会社名やバス会社名もそのまま使われています。ヤンゴンには環状線と呼ばれる鉄道が走っているのですが、時間通りに走らない、駅が繁華街や家から遠い場所にある、スピードが遅いなど、さまざまな理由で非常に人気がありません。ただこの環状線には日本の中古車両が輸入されており、日本の三陸鉄道の中古車両なども走っています。環状線をすべて乗ると大変時間がかかりますが、数区間だけでも乗るとミャンマーの一般の生活風景を見る事が出来るためとても楽しめました。また鉄道ファンなら今では日本で見られない車両が走っている為、時間があればホームで色々な列車を待つのもお勧めです。但し修理などで走っていない場合もあります。

ヤンゴン環状線 モーティン駅

ヤンゴン環状線 日本の中古車両

ヤンゴン環状線 日本の中古車両

ヤンゴン環状線 環状線の車内

ヤンゴン市庁舎
この激動の時代にもミャンマーでは人々の温かさに触れられ、さまざまな仏塔や生活風景を見学でき、素朴なでもすごくおいしい食事にも恵まれ、非常に楽しむことができました。春からの民主政権に移行すればインフラなども今より良くなり、行きやすくなりそうなミャンマー。今回の研修で行けなかったけれども興味があるところはたくさんあるので、いつかまたミャンマーを訪れたいと思います。
チャイティーヨ:★★★★★
バゴー:★★★★
バガン:★★★★★
インレー湖:★★★★
カックー:★★★★
ヤンゴン:★★★★
鉄道体験:★★★★★(鉄道が好きな方)
(2015年12月 菅原幸介)
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