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- 神々の島で贅沢なバカンスを〜バリ島紀行 グランドハイアットバリ滞在〜
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エリア:
- アジア>インドネシア>バリ島
- テーマ:観光地 ホテル・宿泊
- 投稿日:2016/01/04 17:53

最近開通した、デンパサール空港から延びる海上バイパス。人気のヌサドゥア地区がぐっと近くに!

インドネシアが誇る国産ビール、ビンタン

香港空港のキャセイパシフィック航空ラウンジにて特製坦々麺を・・・。
旅行は大好きだけど、今までリゾート地への旅とは全く縁がない人生を送ってきた私。でっかいプールで心ゆくまで泳いだり、ビーチのそばでのんびり日光浴したり、なんてことももちろん未経験。
このたびキャセイパシフィック航空様とグランドハイアット様の招待で研修旅行に行くことになった。
行先は、インドネシア内ではもちろんアジアでも一二を争う人気リゾート、バリ島!
リゾート音痴な私がバリ島の魅力をうまく伝えることができるのか、高級ホテルで何をすればいいかわからず時間をもてあましたりしないだろうか、正直行く前は不安でしかなかった。リゾートって現実逃避して日々の疲れを癒す場所のはずなのに、これじゃ本末転倒だなあ・・・
<グランドハイアットバリ>
バリ島南部、高級リゾート地区にあるグランドハイアットバリ。ここの特徴は、ホテルというよりもはやひとつの村やテーマパークのような広大さ。常に地図を持っておかないと迷うこと間違いなし。


ホテルというより見事な庭園のような敷地内

ときどきリスが出現。緑が多いのもグランドハイアットバリの特徴なのです
8つのレストラン&バー、大小6つのプール(なんとウォータースライダーもあり!)、スパ、お土産屋、銀行、さらには寺院まで・・・。とにかく何でもある、至れり尽くせりのこの空間。一日どころか、二日三日いてもずっと遊べてしまう。まったく飽きることがないだろう。


オーシャンビューのレストランで優雅な朝食を
インドネシア料理レストラン「パサール・センゴール」では、毎日日替わりで民族舞踊のショーが行われる。おいしいインドネシア料理に舌鼓を打ちながら間近で舞踊鑑賞という、なんとも贅沢なことができる。


インドネシア風焼鳥「サテー」を焼くスマイリーなおじさん
この日の舞踊はレゴンダンス。王国時代の宮廷舞踊として発展した優雅なダンスで、バリ伝統舞踊の代表として真っ先に出てくるほど。
バリに来たなら必ず見たいと思っていたけど、着いてすぐ見れるとは!うーん、感激。



終わった後は記念撮影もどうぞ!
そしてやっぱりバリと言えば海!グランドハイアットバリは広いビーチに面しているので、好きな時にビーチへ行って遊べるのがうれしい。マリンスポーツのアクティビティもある。

このビーチは東側に面しているので、美しい朝日を独り占めなんてこともできる。一日だけでも早起きして行ってみては?

日ごろの行いが悪かったのか、私が行ったときはすっきり晴れてはいなかったけど
客室は4つのブロックに分かれ、全648室。ベーシックな部屋カテゴリーのグランドルームでも49平米という広さで、あたたかみのあるアジアテイストな雰囲気のお部屋にどこかほっとするはず。
バルコニーからの景色もよく、気が付くと何時間も居座ってしまいそう。

クラブデラックスのお部屋

グランドルームのお部屋

広々としたグランドスイートのお部屋

グランドエグゼクティブスイートのバルコニー
このほか、ウェルカムドリンクにおしぼり、無料WIFIや日本語デスクなどのサービスがあるのも嬉しい。
今回はたった2泊の宿泊だったが、時間が過ぎるのが本当にあっという間だったグランドハイアットバリの滞在。泊まれば泊まる分だけ楽しい思い出が増えていく、そんなホテルです。
<ヌサドゥア地区>
ヌサドゥア地区は「2つの島」という意味。もともと静かな漁村だったこの地区は、1970年代にインドネシア政府が観光開発を進め始めてからどんどんその姿を変えていき、今では人気の高級リゾート地区に。
クタなどの繁華街と対照的に、エリア内にはほぼ旅行者のための施設しかないヌサドゥア地区。その施設も世界的ホテルチェーンやショッピングモールなどなど。日常から離れ、優雅なバカンスを過ごすにはまさに最高のロケーションでしょう。
ヌサドゥア地区の中心となるショッピングモール、バリコレクションはグランドハイアットバリから歩いてたった5分。ブティックやギフトショップが点在し、雰囲気のいいレストランやカフェも多い。
買い物をするつもりがなくてもつい何時間もふらふらしてしまうこと間違いなし。


・・・でもやっぱり、バリに来たからには昔から変わらないローカルな場所も見てみたい!でもこの高級ホテルが乱立するヌサドゥアにそんなの求めていいのか、、、なんて思いながらホテル周辺を散歩していると、ありましたありました。求めていた景色が。


まず目に付くのがいたるところにある石灯篭のようなもの。これはサンガといい、ヒンドゥー教とともに生きるバリニーズ(バリ人)にとってはなくてはならないもの。日本でいえばたぶん祠とかお地蔵さんのようなポジション。
目につくたびに写真に撮ったり観察したりしていると、不審に思われたのか近くのバリニーズが「おれんちにもあるから撮ってけYO」と言ってくれた。
なんとバリ人の家には必ずサンガを作らなくてはならない決まりがあるのだそうな。


突然の訪問者(というか不審者)にびっくり
リゾート地のイメージから想像しにくいけど、バリ人のヒンドゥーの信仰心は本当に厚い。朝には必ず路上やサンガに花が供えられる。これは神々への感謝の意味を込めたお供え物で、グランドハイアット内にある寺院にも毎朝スタッフが花を供えているとのこと。

旅行者が集まる高級リゾート地区と、バリの伝統が残るローカルな村。決して交わらないような二つのエリアが隣接し、人々が共存するという不思議な光景が見られるのも、バリの魅力。
バリ島が「神々の島」と呼ばれ、アジア随一のリゾート地として世界中の旅行者の人気を集めているのも、これと関係があるのかも。
私自身、すっかりバリ島の虜になって帰国の途に。今回はバリ島のほんのわずかな一面しか見ることができなかったけど、行くたびに新たな発見と感動が待っている、間違いなくそんな気がします。私のようなリゾート初心者も、何度も行っているバリ島ラバーなリピーターさんも、今度の休暇はバリへいかがでしょう?
【スタッフおススメ度】
●グランドバリハイアット ★★★★★
何十分かかっても敷地内をまわりきれないほどの広さで、時間の許す限り滞在したいホテル。レストラン「パサール・センゴール」の民族舞踊ショーは必見!
●ヌサドゥア地区 ★★★★
治安を気にすることなくゆっくり滞在できる、高級リゾート地区。空港から海上バイパスが開通したことでますます便利に。
(2015年7月 伊藤卓巳)

- 南北アイスランド約1600kmをレンタカーで疾走!秘湯にうっとり、ポロリはなしよ。
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エリア:
- ヨーロッパ>アイスランド>レイキャビック
- ヨーロッパ>アイスランド>アークレイリ
- ヨーロッパ>アイスランド>スカフタフェットル
- テーマ:観光地 街中・建物・景色 自然・植物
- 投稿日:2016/01/04 17:27

北の最果てアイスランド。日本にすると氷の国となるが、実は最初にアイスランドを発見した人が侵略に遭わないよう、人が来ないようにあえて氷の国“アイスランド”と命名したとか、しないとか。そんな国アイスランドですが実が火山活動が活発で全く氷の国ではありません。しかも他のヨーロッパと比べてもそれほど遠くないのです。警察官が銃を持たないほど治安が良好なアイスランドですが、鉄道・公共機関が発達してない為、観光をするにはツアーに参加するかレンタカーを借りて周遊するかの選択となります。今回はそんなアイスランドをレンタカーを借りて大周遊し、大自然を満喫してきました。


夜中3時のレイキャビク。夏場は太陽が沈みません。
まずはヘルシンキ乗継で首都レイキャビクへ。レイキャビクは街の規模もさほど大きくなく、中心地に1本大通りが走っている分かりやすい街です。レストランやお店が点在しており、プラプラ歩くのも楽しそうな感じです。島国らしく漁業も盛んで魚類のメニューも豊富な為、日本の方の口にも合いそうなレストランが多数ありました。
翌日国内線で北部のアークレイリへ。アークレイリから1泊2日間レンタカーを借りて最初のドライブです。私は日本ではそこそこ車の運転はしますが、海外でのドライブは初体験です。最初は交通ルールなど心配な点もありましたが、慣れれば下手をすると日本より運転がしやすいかも知れません。

アークレイリで借りたTOYOTAのRAV4 新車でした。

出発して10分ですぐに大自然の光景が!
アークレイリを出発してすぐ雪山が見えてきます。その後も日本では見る事のないような大自然の風景が広がります。道も空いているというか、先行車・後続車に10分以上合わない時も多いほど交通量が少なく、自分のペースで運転する事が出来ます。1つ失敗したのがCDなど自分の好きな音楽を持ってこなかった事。CDがついているので日本から持参するといいでしょう。

ゴーザフォスの滝

運転中の車内から

ホエールウォッチングが有名なフサヴィクの街 石川さゆりな感じ
初日は滝や街を見ながら約400kmのドライブでした。カーナビは日本語にも変更できるタイプのものでアナウンスは英語ですが、表示は日本語で見ることができます。ただ北アイスランドの場合、ナビの指示が97km先右折など途方もない指示なのでなくても地図が見れれば問題はありません。目前には雪山や海など景色が色々と変わり、距離の割には楽しんでドライブができました。
この日の際はミーヴァトン湖にあるネイチャーバスに立寄り。ネイチャーバスは簡単に言えば巨大な温泉プールで観光客も多く来ています。泉質は濁り湯で硫黄の臭いのするこれぞ温泉!といった感じで、あまりの気持ちよさに長居してしまいました。

ミーヴァトン湖ネイチャーバス。温泉好きにはたまらない濁り湯・硫黄泉

ミーヴァトン湖周辺は火山活動が活発
ミーヴァトン湖のホテルですが、トリップアドバイザーでチェックした所、海外の観光客が硫黄臭いと書いていたのでもしやと思ったのですが、ホテルのスタッフに地下水を地熱であっためて蛇口から出している為、ほのかに硫黄臭がするとの事です。日本のように泉質確認はしていませんが、非公式ながら温泉ホテルと言っても間違えないかも知れません。硫黄臭のする温泉好きな私はネイチャーバスで思いっきり長居したにも関わらず、ホテルでもお湯をためて使ってしまいました。

ミーヴァトン湖セルホテル 非公認ながら温泉ホテルに決定
2日目は滝を1つ観光し、アークレイリに戻ります。この日のドライブは約200km。昨日中に運転も慣れ、楽しんでドライブができました。北アイスランドでは2日間で約650kmの走行でした。今回は大目に回る行程にしましたが、もう少し距離を少なくすることも可能です。このあたりはレンタカープランの利点ではないでしょうか?

ミーヴァトン湖周辺にある地獄谷

デティフォスの滝 ヨーロッパ最大級の大滝
アークレイリに戻り空路でレイキャビクへ。レイキャビク着後、ブルーラグーンのあるノーザンライトインへ移動し1泊。次の日はレイキャビク空港から車を借りて南東アイスランドのドライブをします。
アイスランドと言えばブルーラグーンを言われるほど有名な巨大露天風呂も行ってみました。感想としては・・・。観光客が多いのはしょうがないのですが、外気温が約5度、ブルーラグーンの温度が約38度と微妙に低い為、寒くて出るに出らないという状況でした。今回は一人旅なので、他の人と一緒に行けば泥パックしたり、ビールを飲んだりと楽しめるはずです。きっと。なお6月よりブルーラグーンの入場には予約が必須となりました。またプレミアパックで予約すると優先的に入場されてくれます。

冬にはオーロラ観測もできるノーザンライトイン

巨大露天風呂ブルーラグーン
ノーザンライトインに宿泊の翌日、空港でレンタカーを借りて南東アイスランドのドライブスタートです。アークレイリ周辺に比べると車の数も多くなりますが、運転マナーを非常に良好で、怖い思いをすることも一切ありませんでした。海岸線にそうような形でひたすら東に進みます。北アイスランドに比べると景色はやや単調となり、少し退屈するかも知れません。

セリャラントスフォスの滝

スコルガフォスの滝
アイスランドの道路は舗装されている道と未舗装の道を両方あります。主にハイランド地方、内陸部に入る道は未舗装の道が多く4WDが必須となります。今回のルートではこのハイランド地方への立ち入り予定はなかったのですが、ルートを誤ったのかソゥルスモルクという景勝地に行く途中、未舗装の道にあたってしまいました。最初は小さな川などを渡って走っていましたが、最終的には少し恐怖を感じるほどの川幅の川にあたってしまい、行くことを断念しました。通常このような渡河をする場合車高の高いジープでないと危険との事です。未舗装のハイランド地方を走るのも魅力あるドライブになりそうなので、次回機会があればチャレンジしたいと思います。

道なき道を進む。まだ川幅・深さ共に楽勝

この川もまだまだ余裕があったが、この先で断念。
思わぬ未舗装路でかなり時間を取ってしまい、本日の次の予定ヨークルサルロンへ急いで移動開始。ただしナビが示す到着時間は16:30で氷河湖遊覧ぎりぎりの時間。.何とか遊覧船の運航時間にも間に合い、ヨークルサルロン氷河湖クルーズを堪能。なおこのあたりからヨーロッパ最大級とも言われるヴァトナヨークトル氷河の姿がちょこちょこ出てくる為、ドライブの景色もかなり楽しいものとなります。

ヨークルサルロンへの道中

氷河湖クルーズで利用する水陸両用車

氷河湖クルーズ

氷河の氷は約1000年前の氷でとてもきれい、しかもおいしい。
何とか氷河湖クルーズを終え、この日は通ってきたスカフェタフェットルという所で1泊。翌日はレイキャビクに戻る途中、パフィンという鳥がいるヘイマエイ島へフェリーで移動し、市内観光に参加。
ヘイマエイ島は人口5000人の小さな島で、1973年1月に島中心の火山が噴火し、島民5,880人が1時本土へ避難をしたという事が世界的に有名になった島です。噴火後街の半分が溶岩と火山灰によって埋もれてしまいましたが、その住民の努力により元の状態まで戻され、綺麗な小さな街並みを見ることができます。市内観光の最後に博物館にもより、噴火の際の映像がありましたが目の前で噴火している最中、避難活動をしている住民の姿には鬼気迫るものがありました。

ヘイマエイ島の街並み

パフィンの巣がある崖。残念ながらこの時間はおらず・・・

パフィンが見れなかったのでぬいぐるみで我慢。
この後フェリーで再度本土へ戻り、一路レイキャビクへ。結局南東アイスランドは約950kmの走行でした。
次の日はレイキャビク周辺にあるゴールデンサークルという見所を回るツアーに参加。背丈ほどの巨大なタイヤを持つスーパージープに乗って氷河へ行き、スノーモービル体験もしてきました。スノーモービルはアクセルだけの操作で非常に簡単に乗りこなすことができ、約1時間ラングヨークトル氷河を疾走しました。レンタカーの運転とは違い、風を直接感じるスノーモービルは非常にいい経験でした。

かなり迫力のあるスーパージープ

スノーモービル用の防寒具に着替える

簡単なレクチャーの後、出発

ラングヨークトル氷河疾走はかなり楽しい!
今回は4日間にわたってレンタカーでアイスランドを回りましたが、アイスランドのレンタカー事情は非常に良い事が分かりました。道もさほど多くなく、ナビもある為迷う事なく観光もできました。団体ツアーに参加すれば運転することなく観光はできますが、ことアイスランドに関しては色々な所に驚きと感動があり、更に自分で広大な大自然をドライブする事自体が日本では体験できない為、ドライブ自体も非常に楽しめました。ぜひセルフドライブのアイスランドを楽しんでみてください。
○アイスランドの交通ルールやマナーなど
1、制限速度は街中が50km、市街が90km
2、日中でもライトは点灯
3、郊外の橋はせまく一車線の一方通行になる所があるので注意する
4、先行車を追い越す際は対向車の存在に十分気を付ける
5、後続車に抜かれる時は何もせずそのままのスピードを維持する
6、ガソリンスタンドが近くにない場合もある為、こまめに給油する
○ガソリンスタンドでの給油方法
アイスランドのガソリンスタンドはほぼセルフ形式です。暗証番号付のクレジットカードが必要となるので、日本から必ず持って行ってください。
1、ガソリンはディーゼルとレギュラーの2種類
2、まず給油スタンドのわきにある支払機にクレジットカードを差し込む
3、いくらまでカード決済をするか聞かれるので希望金額を入力
※この時点では引き落としはされずあくまでクレジットカードが使えるかの確認です。給油量・金額が分からない場合は10000クローナぐらいを指定
4、給油を開始するスタンドの番号を入力 各給油スタンドに1台支払機がついている場合もあります。
5、給油を開始する。日本と同じくトリガーを押しっぱなしにすれば満タン付近で自動停止します。
6、支払機に戻り先ほどのクレジットカードを差し込む。決済が終了するとレシートが出てくる。

ガソリンスタンドの決済機

給油機、この場合給油機の番号は1番。
【スタッフおススメ度】
北アイスランド ★★★★★ 広大な自然が広がり、日本では決して見れない大自然
ネイチャーバス ★★★★★ 濁り湯・硫黄泉のベスト温泉!温度もばっちり!
ヨークルサルロン ★★★★★ 巨大な氷河を見ることができる。
スーパージープツアー ★★★★★ 巨大なジープには優越感も感じる スノーモービルもすごくお勧め!
レンタカー ★★★★★ 冒険心をそそり、ドライブするだけでも楽しい!
(2015年6月 菅原幸介)

- LUXEMBURG A to Z 知られざる大公国を旅しよう!
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エリア:
- ヨーロッパ>ルクセンブルク>ルクセンブルク
- ヨーロッパ>ルクセンブルク>ルクセンブルグその他の都市
- テーマ:観光地 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/01/04 16:39

深い緑に囲まれた要塞都市、ルクセンブルク。
世界屈指の経済大国とは到底思えないほど、ゆっくりとした時間が流れています。
ルクセンブルク大公国は神奈川県ほどの大きさながらヨーロッパの中心に位置し、長い歴史のなかで各国がこぞっての覇権争いをした地です。度重なる侵略を受け、築城と破壊を繰り返し、出来上がった旧市街は世界遺産に指定されています。
大国に翻弄されるばかりの貧しい農民国も、今や世界がうらやむ経済大国。英語やフランス語、ドイツ語といった欧州の主要言語が通じ、またその優れた立地は物流の要ともなったため、海外からの投資を呼び込むことに成功したのです。
ヨーロッパの酸いも甘いも噛み分ける、知られざるルクセンブルク。トルコ航空さんとルクセンブルク大公国観光局さんのご招待を頂き、のんびり旅してきました。
○●○首都 ルクセンブルク市○●○

お祭りの日の子どもたち
首都ルクセンブルク市を訪れたこの日は、ちょうどイースターから数えて5回目の日曜日。慣例の宗教行事が行われていました。大公や街の人々が、ノートルダム大聖堂から大公宮までパレードをするのです。
世界で唯一の大公国で、年に一度の大公のパレードを楽しめるなんて!美しいこの街が一層輝く、とっておきの日です。

おノートルダム大聖堂
スタート地点のノートルダム大聖堂。
旧市街のランドマーク的存在です。柱に装飾されたオリエンタルな模様はイスパノ・モレスク様式と呼ばれ、イスラム統治時代のスペインで興ったもの。スペイン支配を受けた歴史が伺えます。


大公宮前では、大公がバルコニーへ出てくるのを待っている人々で大賑わい。今回は時間の都合上大公に見えることは叶いませんでしたが、お祭りの雰囲気は存分に味わうことができました。




大公宮の普段はこんな様子。ゆっくりと歩く近衛兵観察が楽しい?観光スポットです。かつては市庁舎だったという簡素な外観。こちらも外壁はイスパノ・モレスク様式です。夏には内部見学ツアーもあるとのこと。


世界遺産の旧市街の中で特に美しいのが、城壁の下に広がるグルント地区。すぐそこに見える新市街とは対照的に、ゆったりとした時間が流れています。迷子になるのが楽しいエリアです。まるで遺跡のような城壁を眺めながら、カフェのテラスで地ビールを楽しむのもいいでしょう。






夜のグルント地区
この地区見下ろす一番のフォトスポットは、ボックの砲台と呼ばれる場所。黒に統一された家々の屋根や、ゆったりしたアルゼット川、深い緑。向こうには新市街も見えます。

ボックの砲台より撮影
○●○モーゼル地方○●○

シェンゲン条約30周年記念のモニュメント
名前は聞いたことがあるけれど、この国の土地だということを知らない人も多いのでは?「シェンゲン協定」のシェンゲンは、ルクセンブルク中心部から車で40分ほど。ドイツ、フランス、ルクセンブルク3か国がモーゼル川を境に隣接しています。シェンゲン協定とは、ヨーロッパの国家間を国境審査なしで越えることを許可する協定。1985年、モーゼル川に停泊していたプリンセス・マリー・アストリッド号の船上で結ばれました。当初はルクセンブルク、ベルギー、フランス、オランダ、西ドイツの5ヵ国間のみの参加でしたが、今や26ヵ国がこの条約に署名しています。
まさにヨーロッパ連盟を象徴するような町シェンゲンには、ヨーロッパ博物館やシェンゲン条約を記念するモニュメントがあります。鉄のモニュメントには、シェンゲン条約国をイメージしたモチーフが星になって並んでいます。赤い部分はこれから条約に署名する国のためのスペースだそうです。

シェンゲン条約国をイメージしたモニュメント

ベルギー

ギリシャ

フランス

スウェーデン

デンマーク

ルクセンブルク
そして、ここシェンゲンにも愛の南京錠があります。他の観光地にあるこのスポットと違うのは、シェンゲン加盟国毎に錠をかけるスペースが違うこと。フランスの恋人たちはFRのスペースで愛を近い、ルクセンブルクの恋人たちはLUのスペースで愛を誓います。
一番錠が多かったのはDEのドイツでした。


シンガポール、マレーシア、インドネシア、中国、そして日本から今回のツアーに参加した15名も、互いの友情とトルコ航空、ルクセンブルクの発展を願い、LUのスペースに錠をかけました。

友情よ永遠に!
世界最高レベルの経済大国ながら、一歩郊外へ出るとまぶしい緑が広がるルクセンブルク。自慢のぶどう畑はパッチワークのように広がり、芳醇な土の香りが訪れた者を優しく誘います。ルクセンブルクが誇るぶどう生産地モーゼル地区には、40kmにもおよぶワイン街道が広がっています。

今回はドメーヌ、ヴァンモーゼルを見学、自慢のワインを試飲させて頂きました。



公用語はフランス語のルクセンブルク。長い歴史の中でさまざまな国から受けた影響が、この国の文化をつくっています。召し上がれ!は「ボナペティ!」ですが、乾杯!は「プロースト!(ドイツ語)」。ドメーヌでも「ボナペティ!」「プロースト!」が飛び交います。まるで文化の十字路のようなテーブルで味わう、ルクセンブルクの名産ワイン。香りや色の違い、口の中に広がる風味が変化していくのがわかりました。
人口あたりのミシュランの星世界一、実は美食の国でもあるルクセンブルク。ワインも料理によく合う、主張しすぎないエレガントな口当たりです。特におすすめなのはピノ・グリ、ピノ・ブランとのこと。


ショップではワインの購入も可能。輸出されることが少なく希少価値が高いので、ワインに興味はなくともとりあえず買ってみるのがおすすめ。日本へ持ち帰った後はすぐには飲まず、2週間ほど寝かせてくださいとのこと。味が怒っているので本来の風味が味わえないそうです。なるほど・・・
○●○アルデンヌ地方○●○

アルデンヌ地方の魅力は城にあります。中心部から北へ1時間弱、アルデンヌ地方には緑に囲まれた美しい二つの城が佇んでいます。素朴なヴィアンデン城は、ハリーポッターの物語に出てきそうな趣き。19世紀末、荒廃していたこの城を惚れ込み再建活動を起こしたのは、亡命中のヴィクトル・ユゴーでした。「ルクセンブルクの真珠」と呼ばれる城のふもとにある町には、彼の記念館もあります。

ヴィアンデン城

礼拝室

騎士の間
もうひとつのクレルボー城は、現在美術館として利用されています。
展示されている「the family of man」は、世界67か国で撮影された人の誕生、愛、家族、仕事、音楽、宗教、死などさまざまなテーマを持つ500枚以上の写真シリーズです。

クレルボー城






これはルクセンブルク出身の写真家であり記者のエドワード・スタイケンが収集したもので、2003年には世界記憶遺産に登録されました。写真を単なる記録としてのツールから芸術の域へ引き上げた、初めての例とされるこの作品。言葉や文化、肌の色や住む国は違えど、喜びや悲しみ、怒り、驚き、恐怖など、私たちはさまざまな感情を写真によって共有できることに気づかされます。展示の方法も魅力的で、一枚一枚の背景にあるストーリーを想像しながら見入ってしまいます。
ルクセンブルグ郊外を旅するとき、おすすめなのがルクセンブルグカード。バスの運賃や上で紹介した城の入場料が無料になります。他にも無料になったり割引が効いたりする施設がたくさん!ルクセンブルク駅やツーリストインフォメーション、ホテルなどで購入可能ですので、ぜひ利用してみてください。
その立地ゆえ周辺諸国に翻弄された過去、立地を活かしてたくましく発展した現在、混ざり合うヨーロッパ文化。初めて訪れたルクセンブルクでは、全てのものが今までになく不思議で魅力的に見えました。知れば知るほど、この国の持つ強さと美しさに惹かれていきました。ベルギーから日帰りで訪れる方が多いこの国ですが、1泊でも宿泊してみることをおすすめします。まるでルクセンブルクワインのように様々な味が混ざり合い、エレガントに昇華したこの国の文化を垣間見ることができるでしょう。

【スタッフおすすめ度】
●クレルボー城 ★★★★
感動の世界記憶遺産!これを観るためだけでもルクセンブルクを訪れる価値あり
●ルクセンブルク旧市街 ★★★★
深い緑と城壁がよく似合う、こぢんまりした美しい街。経済大国とは思えないほどゆったりとした時間が流れています。
2015年5月 仙波 佐和子

- 安心安全・そして美しいパレスチナを正しく理解する旅
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エリア:
- 中近東>イスラエル>エルサレム
- 中近東>パレスチナ自治区>ベツレヘム
- 中近東>パレスチナ自治区>パレスチナ自治区その他の都市
- テーマ:観光地 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/01/04 16:16

パレスチナの視察旅行に参加させて頂いた。まず、パレスチナと聞いて何をイメージするか?昭和生まれの私にとって幼いころからの記憶ではいつも戦争をしている国。アトランダムに連想されるワードは難民、ゲリラ、PLO、過激派・・・・・そう、正直あまり良いイメージはない。友人や家族に行くことを伝えるとほとんどの人が危ない、行くな、というほど危険なイメージが定着している。残念ながら観光の情報がほとんど伝わってきていない。イスラエルとなるとエルサレム=聖地、ということで観光地としてのイメージは多少良く、社内の渡航経験者もとても安全で世界有数の楽しい国だと言う。世界の隅々まで商品を取り揃えているファイブスタークラブでもパレスチナが含まれたツアーは9本と相対的に取り扱いが少ない。そんな中でパレスチナ?なぜ今なの?という感じで旅が始まった。
パレスチナの歴史的背景
パレスチナを語るにはまず歴史的背景を理解することが必要。学校で習った筈だがきれいに忘れているので本やネットの記事を基に簡単にまとめてみる。
そもそもの経緯は約2千年前にまで遡る。
現在のイスラエルがある地中海東岸はユダヤ人にとって旧約聖書で神が与えた約束の地と書かれている土地。それを根拠にヨーロッパを中心に迫害を受けていたユダヤ人が王国を作って住んでいたがローマ帝国が領土拡大のため攻めてきたのでユダヤ人はバラバラに逃げていった。
その後ローマ帝国も衰退し今度はその場所にアラブ人が住むようになり、その土地がパレスチナと呼ばれるようになった。しかしアラブ人もオスマントルコ帝国に占領される状態が20世紀の初めのころまで続く。そしてその頃世界中に散ったユダヤ人がヨーロッパなどで迫害を受けパレスチナへ戻り始める。まだその頃は、両者は争うことなく暮らしていたが第一次世界大戦中、イギリスがアラブ指導者にはアラブ独立国家の樹立を、ユダヤ人指導者にはユダヤ民族の地を作るとそれぞれに約束した。この矛盾した約束こそが現在の混乱の元となっている。その後、米英主導でパレスチナを分断してユダヤ人とアラブ人の国を作ることが国連総会に提案され一方的な決議で分断が決定してしまう。これがユダヤ人国家であるイスラエルの誕生の経緯。この決議に対しパレスチナ人と周辺のアラブの国々が反発してイスラエルに進軍し、いわゆる第一次中東戦争が勃発、以降断続的に紛争が続く。第一次戦争でエジプトが攻め込んだのがガザ地区、ヨルダンが攻め込んだのがヨルダン川西岸自治区でこの2つの地域が現在のパレスチナ自治区と呼ばれている。その後アメリカの仲介で、両者の間で暫定自治に関する合意がなされパレスチナによるガザ地区などの暫定自治が始まったがイスラエル側はパレスチナ国家を認める気が無い。一方、独立国家の希望を持つパレスチナ人は裏切られた結果となり衝突し紛争が今日まで続く。現在パレスチナの中にもABC3つの地区が存在していてこれまた複雑。説明を聞いても頭が混乱してくる。
A地区はパレスチナ自治政府が行政権、警察権共に実権を握る地区。 いわゆる純粋な地区。
B地区はパレスチナ自治政府が行政権、イスラエル軍が警察権の実権を握る地区。
C地区はイスラエル軍が行政権、軍事権共に実権を握る地区。
現在の危険度
今回訪問したのはヨルダン川西岸地区。ここでは現在、紛争等は起こっていない。
外務省の安全情報でベツレヘム、ラマッラー、ジェリコの3都市は十分注意してください、の
いわゆる危険度1のレベル。紛争というよりはイスラエル人とパレスチナ人のいざこざがたまに起きる程度でほとんどは入植地(イスラエル人がヨルダン川西岸地区に住宅を建設して入り込んできているエリア)の近くや分離壁の近くなのでツアーで通る幹線道路や街中で大変な事件が起きるということはないそうだ。しかも今回はJICAサイドでも安全に関しては十分に配慮してくれたのでとても安心だった。旅をして感じたことだが治安は良い。特に盗難トラブルはほとんどないらしい。観光客の人気はあるが盗難の多いヨーロッパの某有名都市に比べてよっぽど安心。のどかなパレスチナにはミサイルも銃声も叫び声もない。夜歩きも全く問題ないと体で感じる。24時間眠らない、おかしな犯罪が増えている今の日本に比べてはるかに安全かもしれない。

入国時のトラブルと注意
トルコ航空のイスタンブール乗換でテルアビブへ。まだトルコなのにテルアビブ行きだからだろうか、
ゲート前の航空会社の係員も厳しい目つきと威圧的な態度で質問をしてくる。
入国審査のハードルが高いことでも有名なイスラエル。
”審査官の質問には笑顔で簡潔に”のアドバイスを守り、1問1単語のリズムでサクサクと答える。
パレスチナに行くと言うととても面倒なことになるらしいのでそれは伏せてエルサレムに行くと伝える。予想通りかなり威圧的で感じが悪いがここは我慢我慢。余計なことをいっさいしゃべらなかったので意外に早く通り抜けた。尚、現在はパスポートにスタンプは押されなくなっている。写真が刷り込まれた入国カードがその場で発行される。

ちなみに記入する書類は無いのでその点では楽。
その後、荷物が出るのを待っていたらさっきの審査官が仲間を引き連れ私に何か話しかけてきている。どうやら後ろに並んでいた日本人と友人ではないかと言いだし、二人で何しに来たのか聞かせろ、といった体でパスポートを取り上げられ別室に連れて行かれた。一度入国したのに引き戻されるなんて前代未聞。そこには同じように難癖をつけられたであろう入国難の方たちが地べたに座って次の尋問の順番を待っていた。中には4時間近く待っているという、どう見たって普通のアメリカ人もいる。
もはやこれは嫌がらせとしか思えない。理由もなく1時間以上待たされているうち、どうでもよくなりこのまま帰りたい気分になった。しかし帰りの飛行機代はどうなるのかとか、この後の仕事もあるしそう簡単には引きかえせない・・・などと思っていたところ名前を呼ばれて別室で再審査。大した質問をされることもなく許可されようやく入国できたがこのロスタイムは一体何だったのか??
月の都 ヤシの木の都・ジェリコ
ベングリオン空港からは車で約2時間、最初の目的地ジェリコへ(ガイドブックではエリコと紹介されている)海抜マイナス260メートルと世界で最も低地に位置する、そして人が住む都市として地球上で最古の都市。

これだけでも観光地としての話題性は十分備えている。クレオパトラが所有していたという伝説でも有名で遺跡が豊富なパレスチナを代表する観光地。暖かい気候と豊かな水源からさまざまな果樹が育つ、ちょっと南国の雰囲気が漂うジェリコ。ここには大きく2つの観光ポイントがある。
まず最初に訪れたのがパレスチナ屈指の考古学遺跡で中東最大のモザイクの床が有名なヒシャム宮殿

8世紀にイスラム国家の指導者カリフが建てた宮殿跡で、地震で埋まったため保存状態が良く当時のままのモザイクが見られる。中でもきれいなのが生命の樹

生命のバランスを示す画でライオンとシカが描かれている。宮殿跡からはイスラム教が入りたての頃の建築様式やサウナ風呂の構造がわかるという点でも大変重要な遺跡である。他にも多くのモザイクが砂に埋もれているらしい。砂をどければもっと多く見られるそうだがもちろんそれにはお金がかかる。いずれ公開する計画があるらしいのでそうなれば3番目の世界遺産として申請するのだろうか?興味深い。
続いてテルアッスルターン

ジェリコの北西部にある古代遺跡で最も古くから人々が定住した古代都市の一つとして知られる。1万年も前の住居跡や4千年も前の城壁の跡などが残されていることが世界最古の都市と呼ばれる所以。

あまり保存状態が良くないのか、歴史的観光地としての風格が感じられず殺風景というのが正直な感想。深く掘られた地面からは何層にも渡って縞模様が見られるがその縞の数だけ町が滅ぼされその跡に再建されたことを物語っている、世界最古の階段や世界最古の井戸、巨大な防御塔などは紀元前7千年のものだと言われ、まさに歴史が積み重ねられているスポットでる。
遺跡の上を「悪魔に試みられた誘惑の山」へあがるロープウェイが通っている。

断崖に建てられた聖ジョージ修道院
渓谷ワディケルトは高く切り立った岩山に自然にできた亀裂でエルサレムからジェリコまで45kmの長さに及ぶ。

そのワディ渓谷の岩肌にへばりつくように建っている聖ジョージ修道院はギリシャ正教の修道院。

5世紀に建てられたものだがペルシャ軍がパレスチナに侵攻した時に破壊されたので現在の修道院は1901年にギリシャ正教会によって復元されたもの。
車は途中までしか入れない。車を降りてから山道を歩くことおよそ20分、上り下りが厳しく体力を要する。

ロバで行く方法もあるが誰も乗っていない。

遠目に見える修道院がどんどん近づいてくる、この迫る感じがイイ。

こんな山奥で、岩にしがみつくように断崖に建つその姿は感動的でパレスチナにもこんな凄いところがあることに驚いた。ここはこの旅における“意外な出会い”のひとつとなった。
中に入ると熱心な信者が大勢訪れていた。
死海体験
ジェリコ滞在の最後の楽しみはあの“死海“。もはや説明不要の不思議な塩湖。対岸にはヨルダンが見える。非常に短い時間であったが浮遊体験をしてみた。思ったよりあっけなく感動が少ない。

ミネラルが豊富で美容効果を求めてやってくる人が多く、水底の泥を体に塗りたくってみた。

それよりも死海あがりに飲んだビールが最高でペヤングソース焼きそばが食べたくなる。
世界遺産・バティールの段々畑
ベツレヘムの北西およそ7キロにあるバティール村には古代ローマ時代(約2千年前)に作られたといわれる段々畑や伝統的な灌漑システムが残っていてパレスチナの原風景が楽しめるスポット。

段々畑でオリーブやブドウなどが栽培されている。この村は2014年にパレスチナで
2番目に世界遺産に登録されたが同時に紛争や災害などの影響で保護が必要な危機にさらされている遺産リストにも登録されている。その登録のきっかけがイスラエルとの問題。
イスラエルがこの村を通ってテロ対策用とする分離壁の建設計画が持ち上がっていることが判明したためパレスチナ自治政府は早期に世界文化遺産に指定するよう要請を行った。なぜなら壁が出来てしまうと景観が破壊され地元の農民が過去数世紀にもわたって育ててきた畑に近付けない事態が生じる恐れがあるからだ。そんな訳ありの世界遺産であるが残念ながらとても世界遺産とは思えないほど地味な印象を受けた。昨年社員旅行で行ったフィリピンのバナウェイも同じ段々畑の世界遺産だがそれと比べると(比べてはいけないが)景観がかなり劣る。案内板もなく道にはゴミが数多く散らばっていて、失礼ながらその辺の田舎の村と何ら変わらない。でもその経緯と歴史を理解すれば合点がいくので今後の展開に期待したいと思う。


ベツレヘム・・イエス生誕の地
ベツレヘムにある聖誕教会はイエスが生まれた洞窟の上に建てられた教会で、
処刑されたエルサレム旧市街のゴルゴダの丘からおよそ10キロと非常に近くにある。
現在でも巡礼者や観光客があわせて年間2万人も訪れるベツレヘムを代表する観光地。

2011年にユネスコへの加盟が承認されたパレスチナが世界遺産に申請したところ、イスラエルが反対動議を提出した。しかしそれが却下されたのでアメリカが調査不十分という理由でさらに反対し、ユネスコへの分担金拠出を停止するほどもめた。結局は翌年パレスチナ初の世界遺産に登録されたがパレスチナとイスラエルの抗争などによって教会の維持や補修が進まない状況から、世界遺産登録と同時に危機遺産リストにも記載されている。
教会の入り口はメンジャー広場に面していてとても小さく『謙虚のドア』と呼ばれている。
大人一人がやっと入れる大きさだが中は天井も高くて広い。

階段を下りるとイエスが生まれた洞窟がある。そこに祭壇があるが小さいので見学するには順番待ちをしなければならない。祭壇の下には銀色の星の形をしたものが埋め込まれている。混み合っていたことと、何か撮影してはいけないような空気が充満していたのであまり詳細までおさめられなかった。

聖誕教会から歩いてすぐのところに伝説の教会“ミルクグロット”がある。

マリアが生まれたばかりのイエスと一緒にいる頃、天使から聖ヨセフにエジプトに逃げるようお告げがあった。ヨセフが出かける準備をした時にマリアを急かしたところ母乳が数滴こぼれ落ちて赤い地面が急にミルク色に染まったという不思議で可愛い伝説のある洞窟。この乳白色の美しい教会には子宝を望む女性が多く訪れるらしい。

ユニークな邸宅ホテル・DAR SITTI AZIZA HOTEL
ミルクグロットのすぐ近く、ロケーションが良い家族経営のブティックホテル

ホテルサイトの口コミ情報でもとても評判がよく最初に足を踏み入れた瞬間”おっ!”と声が出るくらいの感動がある。正確な年数は不明だが築年数は300年を超えており、まさに歴史を感じる宿。昔の邸宅を改造した部屋は全部で12。それぞれの部屋にテーマがありすべて造りが違うのが特徴。お婆ちゃんがあたたかく迎えてくれて、しかもおもてなしが行きすぎるくらい厚い。そんな家族の愛に囲まれ、自宅で寛ぐような体験をしたければぜひここに泊まることをお勧めする。


分離壁とストリートアート

分離壁とはイスラエル側がパレスチナ人の自爆テロを防止するという名目でヨルダン川西岸地区の境界に建設している壁。ところがその名目とは裏腹に、実際の分離壁は入植地を囲むために停戦ラインより内側に曲がりくねったように入り込んでいる。それはイスラエル側が入植地を恒久的な領土とするための既成事実化を目論んでいるとも言われている。さらに分離壁そのものがパレスチナ人の生活を分断して孤立させていることから壁の建設は国際的に不当な差別であると非難されている。2005年8月にバンクシーという世界でも有名な正体不明のイギリスのストリートアーチストが分離壁に9枚の絵を描いた。しかもイスラエルの治安部隊から威嚇射撃を受けながらも果敢に描いたらしい。

壁の絵は一か所ではなく分散しているのですべてを見ることはできないが今回は風船で壁を飛び越える少女の絵を見た。教えてもらわないと見逃してしまうようなサイズの絵。この絵の前にバンクシーのショップがあってTシャツなど様々なグッズが手に入る。

また分離壁ではなく町の中のガソリンスタンドの壁にあるこちらの絵も有名。

爆弾でなく花束を投げるシーンは衝撃的で迫力がある。このようにパレスチナ人の苦しみが表現された絵がいくつか点在していてとても興味深い。
これもこの旅における“意外な出会い”のひとつだった。
ホームステイもできる
ベツレヘム近郊にあるランドオペレーターのマネージャーのお宅訪問。

とても陽気で明るい性格の方なのできっと楽しいホームステイが体験できると思う。
一戸建でなくマンションだがかなり広く、ゲストを迎えられるようにツインベッドルームがしつらえてある。

テラスバルコニーは眺めも良く、バーベキューも出来るので家族や地元の人たちとのふれあいも可能。ホテルライフも良いがリアルにパレスチナライフが体験できるのでツアーにすれば面白い。
文化・娯楽・美食の都、ラマッラー
ベツレヘムから東へ15キロ、標高860メートルの丘にあるパレスチナの政治的首都

若者文化の発信地でもあり今回訪れた都市の中では最も都会で活気に満ち溢れている。
歩いていると地元の青年たちに一緒に写真を撮ってほしいと囲まれる。

それはそれでとても嬉しいが本音はあまり外では見かけない若いパレスチナ女子とおさまりたい。
ザハラン家の伝統家屋

19世紀に建てられた家屋で現在は博物館のようにパレスチナの歴史的資料が並べられているおみやげや。またイベントスペースとしても使われている。

ラマッラーにはパレスチナの歴史に名を刻んだ英雄たちが眠っている。
パレスチナに生涯をささげたアラファト議長のお墓

パレスチナを代表する詩人でパレスチナの独立宣言の起草者である
マフムードダルウィーシュの博物館など。

マルサバ修道院とキドロン渓谷
ベツレヘムの東、約15キロ、キドロン渓谷を望む荒涼とした岩山にある修道院。


カッパドキア出身の修道士、聖サバスが5世紀後半に建てた世界で最も古い居住型の修道院の一つで、今なお多くの修道士が住みついている。そもそも渓谷の洞窟の中で禁欲的な生活を送るのが目的であったため現在も女人禁制となっている。帰国してからネットでチェックすると、下から見た方が圧巻、ということがわかって残念・・・降りるのを忘れた。強く後悔している。
ラマッラー郊外のタイベー村
ヨルダン川西岸地域で唯一のキリスト教徒の村。その村にあるタイベービール工場を訪問した。

ここでは唯一のパレスチナ地ビール、タイベーが作られている。まずはビールを試飲しながらのDVD鑑賞だがちょっと造りが雑。映像こそ雑だがこのビールをあなどってはいけない。

それくらい美味い。ここに来るまでに何度か飲んでいるがそのクオリティの高さに惚れてしまう。
日本のビールに味が似ていていわゆる外国のビールという感じがしない。かなり研究されて作られたようだ。鑑賞後は社長自らのご案内によるとても簡単な作業工程見学。

小さな工場なのであっけなく終了してしまう。日本で行われたビールフェスティバルにも出展したことがあるらしくその質の高さは認められている。工場内には日本語で書かれた自慢ののぼりも飾ってある。

ホテルで飲むと350ミリで600円と割高、スーパーで買うと200円、味だけでなく価格も似ている。さらにこの父子はビジネスに貪欲で近所にホテルを経営している。ホテルのオープンは未だだが、中を案内してもらった。1階にはワイン工場も備えていてこっちも試飲。これも美味い。
なかなかやる・・・この父子

パレスチナの食事
新鮮な果物と野菜が美味しいパレスチナ。マーケットには多くの食材が並んでいてとても賑やか

短い滞在の中でも印象的な食べ物は、
・ファラフェル(コロッケ)・・・ひよこ豆で作るコロッケ。街中いたるところで揚げているので手軽に楽しめる。タイベービールがよくあう。

・マクルーベ(炊き込みご飯)・・・味付けがシンプルでたくさん食べても飽きない、日本人好みの味。

・シュワルマ(薄切りの肉)・・トルコのケバブと同じだが味は断然いい。このサンドイッチはどこでも手軽に食べられる。臭みがまったくなくてジューシー。

この3つがお勧めで他にも野菜がとても美味しい。

食事の値段は決して安くない、むしろ物価が高い。
それから街中のカフェならどこでもあるシーシャ。普段喫煙の習慣がない私でもこれはトライしたくなる

さらにこんな際どいお店も。真剣なパクリなのか?ただのシャレなのか?スタバをベツレヘムで発見!

パレスチナで出会った人々
皆さん明るくて愛想が良いのが非常に印象的。街ですれ違う人たちの人たちも笑顔で挨拶を
返してくれる、そんな温かみのあるパレスチナ。





観光振興のプロジェクトとしてJICAが力を入れているツーリズムのいくつかも見学・体験させて頂いたので紹介したい。
モザイクグループ

ベドウィンテント体験

女性支援の刺繍製品

バードリングステーション

ベツレヘムフェアートレードアルチサン

失礼ながら観光素材としては物足りなくお客には伝わりにくく、まだまだ努力が必要という印象を受けた。今すぐビジネスとして捉えるには厳しいが、こういった人たちの努力を私たちツーリズムが積極的に協力して盛り上げていかなければならない。
それから今回は視察旅行なので、現地の観光に携わっている皆さんとの意見交換会や観光大臣を表敬訪問

などに数少ない日本代表(?)として出席させていただき非常に光栄であった。
美しい朝
今回の旅行では多くの方に出会い、とてもお世話になりました。
出発前の期待を大きく裏切る、素晴らしい機会を下さったことに厚くお礼申し上げます。
これからは考えを改め、安心、安全で美しいパレスチナを多くの日本人に伝えていきます。
最後にパレスチナのサンライズショットでマアッサラーマ!

スタッフおすすめ度
★★★ヒシャム宮殿・・・宮殿中庭のオブジェとモザイク(生命の木)が見どころ。
★★★★聖ジョージ修道院・・・岩にへばりつく姿が美しい、ギリシャ正教会の修道院。
★★★★★聖誕教会・・・キリストが生まれた、世界中から注目する必見の教会。
★★★★★ベツレヘム近郊の分離壁・・・ゆっくり時間をかけて1枚でも多くの絵を見つけたい。
★★★★タイベービール・・・ビール好きな人に飲んで欲しい、絶妙な味わい。
(2015年4月 櫻本竜一)

- 真っ白な塩の大地がどこまでも続くウユニ塩湖
-
エリア:
- 中南米>ボリビア>ラパス
- 中南米>ボリビア>ウユニ
- テーマ:観光地 世界遺産 自然・植物
- 投稿日:2016/01/04 15:05

ウユニ塩湖は果てしなく白い
成田から24時間かけてボリビアの実質上の首都ラパスに到着。明日のウユニ湖行きにそなえてゆっくりしたいところだが、お仕事、お仕事。さっそく市内観光を開始する。ラパスの標高は3650mと富士山とほぼ同じ高さ。すり鉢型の盆地の中に110万人が暮らしている。ここの町の特徴は、町の真ん中に行くほど富裕層が住んでいることだ。狭い土地が外側に向かってどんどん広がり、見渡す限りの家、家の状態だ。6600mのイリマニ山をバックに雲がたたずむラパスの町は本当に絵になる。

イリマニ山バックに雲がたたずむラパスの町
まずは町の中心「ムリリョ広場」に行く。革命家のムリリョ将軍を記念して造られたこの広場は、0㎞ポイントと呼ばれ、今日のボリビア設立の象徴となっている。広場の前に建っているガバメントパレスの時計が変わっている。反対周りなのである。これは独立後2度と昔の時代に逆戻りしないようにとの意味をこめてだそうである。ラパスとは平和を意味し、国民の平和を願う気持ちが込められている。広場の脇には国花の「カントゥータ」がきれいに咲いていた。

ムリリョ広場

反対回りの時計

国花カントゥータ

町の中心・サンフランシスコ寺院
途中お腹がすいたので、名物「サルティーノ」を試食してみる。ミート、チキン、野菜と3種類あったが、ミートが一番口に合った。結局これが今回の旅行の中で一番美味しかった。高いビルが建ち並ぶすぐ裏は下町の風情でごみごみしており親しみ易さがある。魔女横丁(ウイッテイ・マーケット)には、その名のとおり魔女が飾られているが、民芸品・編み物・銀製品が溢れている。町全体を眺めたい時は、キリキリ(KILIKILI)の丘の上に行けば、360度四方を見渡すことができるのでお薦めだ。

名物サルティーノ

魔女横丁で恥ずかしがっている女性

キリキリの丘からのラパス
午後は町から40〜50分離れた「月の谷」を訪れる。宇宙飛行士アームストロング船長が、隣接するゴルフ場でプレイしたとき、自身が降り立った月によく似ていることから「月の谷」と名付けられたそうだ。なるほど月はこんな感じであったかと思わせる。

月の谷
泊まりは日本人オーナーの南雲さんが経営する「一番ホテル」に宿泊。気楽に相談に乗ってくれ、的確なアドバイスをしてくれるので安心だ。お世話になった方も多いに違いない。

一番ホテル
翌日は04:30にホテルを出発し、06:45発のアマソネス航空にて50分のフライトでウユニに向かう。CRJ-200型(カナディア・リージョナル・ジェット)、50人乗りの飛行機だ。到着までの窓からの幻想的な景色はさらにウユニ塩湖への期待をふくらませる。ただ、12月〜2月が雨期で、今年もすでに雨期が終わっており、話題の鏡のような湖が見れるかどうか不安を抱えたままの訪問である。早朝なので朝食でもと誘われカフェに入ると、何とビッグサプライズが待っていた。バースデイケーキが用意され、3月31日の私の誕生日を祝ってくれたのである。思ってもいなかっただけに、嬉しくて顔はくずれぱなしになった。現地の方の心遣いに感謝。

CRJ-200

誕生日のケーキ
それではウユニ湖の観光だが、定番だと「列車の墓場」から始まるが、私の希望でウユニ市内を先に見てまわった。ウユニ駅は今も鉱石輸送の重要な駅であり、この駅を中心に町は出来上がった。ホテルも50軒近くあり、世界中から沢山の観光客がウユニ人気を反映して訪れており、朝10時にはウユニ塩湖観光ツアーの車が延々と出発していく。ホテルの質も比較的高く、スタンダードクラスでも安心して泊まれる。

ウユニ駅

ホテル・タンボ・アイマラ

ホテル・ラ・ヒラソレス

ホテル・ヤルデナス・デ・ウユニ
最初の観光は「列車の墓場」。電化に伴い蒸気機関車が使用されなくなりそのまま放置されたものだ。まさに墓場の如く沢山の機関車が捨て置いてあるが、周りの殺伐とした風景に何故かマッチする。今日のウユニ湖人気を機関車たちは予想できただろうか。


列車の墓場
次に「コルチャニ村」を訪れる。地元の人が観光客向けにお土産を陳列し販売しているのだが、中でもみんなの関心はウユニ塩湖の塩に集中する。袋詰めを実演を見ていると購入意欲がそそられる。重いけど10袋お土産に買ってしまった。

コルチャニ村

塩の袋詰実演
いよいよウユニ塩湖に足を踏み入れて行く訳だが、その前にウユニの意味を確認しておきたい。ウユとはリャマ等の動物が寝る場所を意味する。ウユニのニはホテル、宿泊場所を表わすので、ウユニとは動物のホテルとなる。昔、鉱石の輸送の為、リャマの背中に積んで輸送した。リャマは決して強い動物ではなく、荷重も20〜25㎏位しか積めない。しかしこつこつ歩くことができる。リャマの休憩のため、20〜25㎞おきに宿泊所が必要になったわけだ。いわばリャマのキャラバン隊の宿舎ということである。ウユニ湖は約100㎞X120㎞、面積12,000 ㎢という巨大な塩湖である。数百万年前、海底が隆起し水の逃げ場が無いので濃密な塩の湖が出来上がった。よく言われる鏡の様な湖とは、雨期の12月〜2月頃に現れる。湖面の高低差がほとんど無く、フラット(平ら)なので、水が平均的に湖を覆う。深さは5㎝程。雨は周りの山に降り、湖にそそぐ。湖の上に雨が降るのは夜中なので、雨期に行っても昼間の観光には問題ない。ただ、湖に水が充分溜まっているときは観光の規制が警察によって行われる。1日あたり片道9㎞、往復20㎞、所要時間4時間が制限として課せられる。環境保護のため4年前から施行されている。4時間あれば観光には充分な時間ではあるが、行き先は制限され、例えばインカ・ワシ島には行けない。雨期とは言っても自然現象なので鏡のような湖が現れるとは限らないし、乾期でも水が残って鏡のような湖が見えて観光が制限されることもあり得る。すべては自然、雨しだいである。
では、今日はどうだったのかと云うと、雨期は終わっているが一部分水が残っている状態だった。先ずは湖に入ってすぐ、塩精製の為の削堀ポイントが目に入る。三角形の山に塩がもられ、乾くのを待っている。やがて乾いた後は製塩され私たちの食卓に届く。さらに進むと、湖の中の唯一の塩のホテル「プラヤ・ブランカ」に到着。ダカールラリー開催を記念したタワーがホテルの入場門の如く建てられている。この塩のホテルは今は宿泊はできない。環境保全のため、昼食や休憩のみの使用となっている。ホテルの前には世界中の国旗が旗めいている。実際世界中から若者が集い、そこらじゅうでランチボックスを開けている。周りは一面の白銀の世界なので、いたる所でトリック写真を撮っている。湖の中、また距離的にも格別のくつろぎの場所となっている。

ダカールラリー記念碑

プラヤ・ブランカ

プラヤ・ブランカの中でランチをとる家族

プラヤ・ブランカの回りでランチタイムの若者達
プラヤ・ブランカを出発するとしばらくして周りに誰もいない所に車を停め、マットと恐竜(ティラウス)のミニチュアをガイドが取り出してきた。ガイドのファンキーはマットに横たわり、恐竜をセットし、私にポーズを要求する。いい歳して恥ずかしさもあったが、やはり自分のトリック写真を撮れるのは正直嬉しかった。なかなかの写真ではなかろうかと自己満足。


恐竜とトリック写真
次は湖の中央に位置する「インカ・ワシ島」観光だ。インカは文字とおりインカ帝国のインカだが、ワシは鳥のワシではない。家という意味で、インカ・ワシはインカの家ということになる。以前海底であった証拠に、サンゴの化石でおおわれている。老体に鞭打ち頂上まで登ってみると、全方位を見渡すことが出来、白い大地がどこまでも際限なく続く大スペクタクルシーンが目に入ってくる。サボテンも景色を活かす調味料の役目になっている。高山病の心配を抱えながら登ろうか迷ったが、登頂して本当によかったと実感した。

インカ・ワシ島


インカ・ワシ島からの塩湖
さあいよいよ鏡のような湖を探して車は再出発。かなり走ってようやく水溜りを見つけるが、生憎の風でさざなみがでて映らない。少しの風でも波立ち、映してくれない。そのまま夕日ツアーに突入し、サンセットが進んで行くのを眺めていると風が止んできたのだ。逆さ富士ならぬ、逆さ山脈が見えだした。それも夕日の反対側はピンク色に染まり、逆さピンク山となった。我慢はするものです。あきらめずに待てば良いことは起きるのです。徐々に陽が落ち、真っ赤に空が染まっていくのを大満喫した次第です。

だんだん風もおさまってきた塩湖

ピンク色に染まった塩湖

夕日を捕まえた
夜は星空ツアー。この日はほぼ満月なので、眼には天の川、サザンクロス等がはっきり見えるのだが、カメラのシャッターは残念ながらおりなかった。星には責任が無いのでどこにも文句の云いようがないが、それでも合格点の星空ツアーだった。
翌日は05:00にホテルを出て、日の出ツアーに参加した。日の出は06:30。それまで
徐々に空が変化していくのはドキドキする。幸運にもこの日は風が無く、逆さ写真を沢山撮ることが出来た。夜明け前に、遠くのウユニ市内の明かりが空に映えて人工的な美しさも堪能できた。空の雲も湖に映し出されて、山と雲が合体した神秘的な逆さ絵になった。早起きし、冷い水の上を長靴をはいて我慢したご褒美だろう。




日の出のウユニ湖
午後はウユニ湖ならではの塩のホテルの視察をした。最初の「ルナ・サラダ」はとても可愛らしいホテルだ。ロビーは狭いが、それを補うべく何ヶ所もリビングスペースが設けられている。塩のホテルでも決して柔らかいものではなく、レンガのように固い塩を切り出し、建築資材として利用している。コンクリートほどではないが相当な固さである。



ルナ・サラダ
2軒目の「パラシオ・デル・ソル」はロビーが広く開放的だ。廊下も広く、両脇に部屋があり使いやすい。部屋の天井が特徴的で鷹の羽を広げたように見える。2階には展望室があり、湖や周りの景色を見ることが出来る。



3軒目の「クリスタル・サマーニャ」は、エコロジーホテルだ。日差し、風向きを考慮にいれ建てられている。部屋は広く、素朴だが使いやすい。レストラン、バーは2階にあり、心地よい空間を醸し出している。廊下にはいくつかの像が塩で作られ、自然と共存することを意図している。3つの塩のホテルとも、それぞれ特徴はあるが、どのホテルに泊まっても満足するに違いない。クラスも、料金も変わらない。ただ、部屋数が少ないので予約が取れるかどうかが問題である。観光的にはウユニ市内のホテルに泊まっても何ら問題はないことは付け加えておきたい。



クリスタル・サマーニャ
ウユニ塩湖がこれほどまでに人気があるのは、なにもTV番組に取り上げられたばかりでなく、実際経験してみた感動が皆に広がったからだと思う。何しろ大自然の営みの中に、ちっぽけな存在である人間がいて、その自然の驚異を体感できるからであろう。いつまでも、どこまでも広がる真っ白な大地は忘れれない。
ラパスはウユニ湖へ行く為の経由地と思われがちだが、近郊に世界的価値のある所がある。一つはティワナク遺跡だ。ラパスから75㎞、車で約2時間。紀元前200年〜紀元後1200年まで続いた文明の貴重な遺跡だ。インカ文明にも影響を与えたと云われ、その文化的価値は高い。今は野原になっているが、階段ピラミッドでは幅において世界一のアカパナ。カラササーヤ宮殿跡は長方形の巨石と角石を組み合わせた壁で囲まれている。ポンセと呼ばれるモノトリート(石像)はその中にある。半地下宮殿は180もの石の像が壁に刻まれており、見物客を凝視している。視覚的にはエジプトのピラミッド、メキシコのティティワカンには及ばないかもしれないが、歴史的、文化的価値においてははるかに凌ぐものがある。

カラササーヤの石像

半地下宮殿

カラササーヤ宮殿跡
最終日はチチカカ湖クルーズに参加した。ラパスからバスで3時間かかってワタハナの埠頭に到着。チチカカ湖は幅64㎞、長さ190㎞、最深部281m、標高3890m、大きさはなんと琵琶湖の12倍だ。高速水中翼船で最初の目的地コパカバーナに1時間半で到着。この日はマリア様のお祭りで、ラパスからも多くの人が歩いてお参りに来ており、カテドラルや町中がごったがえしていた。華麗なカテドラル、きれいな港など、わくわくさせる町だ。


コパカバーナのカテドラル

コパカバーナの港
次の寄港地・太陽の島は初代インカ皇帝マンコ・カッパクとその妹ママ・オクリョが降り立った島とされる。島には段々畑が多くあり、今でもジャガイモ、とうもろこし、キヌア等が栽培されている。ランチは絶好の眺望ポイントで取れるよう設定されている。傘を広げ、ちょっとハイキング気分である。


太陽の島
最後に訪れた「月の島」はかつての遺跡が残っている。今は76人の人達が住んでいる。ここからのアンデスの山々の眺めは最高である。09:00出航後、16:30着まで大きな湖と2つの島を楽しむ内容充実したクルーズだった。

月の島

遠くアンデス山を望む
最後の夜はラパス市内中心地にあるプレジデンテホテルで夜景を楽しみながら夕食をとりボリビアの旅を終えた。ボリビアには他にも世界遺産のポトシやスクレがあり、次回は是非とも周遊したいものだ。最後に一言、百聞は一見にしかずとはウユニ塩湖のことに違いない。
2015年3月29日〜4月6日
本山泰久
31 - 35件目まで(64件中)


