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- 見知らぬカナダの東を早歩き
-
エリア:
- 北米>カナダ>シャーロットタウン[プリンスエドワード島]
- 北米>カナダ>ナイアガラフォールズ
- 北米>カナダ>ローレンシャン地方
- テーマ:観光地 街中・建物・景色 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2015/01/23 14:25
今回の出張は個人的に4年ぶりになるカナダと聞いたとき懐かしくそして嬉しく思った。西海岸のバンクーバーには3年以上住んでいたにも関わらず、残念ながら訪れる機会がなかった東海岸へと決まったからだ。そして慣れ親しんだカナダの見知らぬ土地を歩きだしたのだった。


今年の七月からは、羽田-トロント線も就航しより身近になったトロントへはエアカナダを利用し12時間で到着した。空港で両替をしたのだが、この4年の間にカナダでは紙幣が替わり、プラスチックの新札に代わっていた。そして驚きなのが、日本円で1円玉にあたる1セント硬貨が廃止されていたのだ。レジで必要な時はどうするのかと言うと四捨五入ならぬ、近い金額に切り捨てもしくは切り上げて対応する。さすがアバウトなカナダ文化だ。
とは言えもともとペニーと呼ばれる1セント硬貨は実際にはほとんど使われず、誰もが家に無駄に溜まっていっていた代物なので全く問題ない。
空港から市内へ向かう道中はスコールのような大雨が続いたが、ホテルに到着した時と同じくして雨が止み、カナダの空にはすこし歓迎されたようだ。
カナダと言って思い付くのは、真っ先に思い付くナイアガラの滝。世界三大瀑布の一つナイアガラフォールズは落差53m、滝つぼの深さ56mの圧倒的な水量は絶対に見逃せない。テーブルロックからの眺めは壮大で水しぶきも心地良かったが、ナイガラクルーズからの滝の正面から見る迫力はそれ以上に凄いのだが、それ以上に水しぶきが凄く雨合羽を着ていてもびしょ濡れになってしまうので注意が必要です。




そしてナイアガラの街の中心はアメリカの国境すぐに位置し、ナイアガラ滝の水力発電のおかげで電気代も安く、アメリカナイズされたネオンが派手に輝いており、カナダらしくない街並みが並んでいた。
そして夜見逃せないのは滝のイルミネーションで、夏限定で週二回打ち上げられる花火の今年初花火が運よく到着日と重なり見ることが出来た。



世界中で翻訳され日本でも人気の「赤毛のアン」の著者ルーシー・モード・モンゴメリーが生まれ舞台にもなったシャーロットタウン。1864年にカナダ建国会議が開かれ、カナダの歴史の出発点となったシャーロットタウンも今年が節目の150年を迎える。夏のシーズンはクルーズ船も寄港し観光客で賑わう。
今回はシャーロットタウン唯一の語学学校を見学させてもらう貴重な体験が出来たので、ぜひ観光プラスアルファをお勧めしたい!!
陽気なアイランダーのカナディアンの家にホームステイをしながら、学校に通いカナダの文化を世界一美しい島で感じて欲しい。最短1週間からのプログラムがあり、日本人カウンセラーもいるので安心です。








カナダの中で唯一フランス語圏のケベック州は、ローレンシャン高原として日本では有名だが、モントリオール郊外のこの地域最大のリゾートであるモン・トランブランはカナダ随一のスキーリゾートとして有名で、春は新緑、夏は避暑地、秋は紅葉、冬はスキーと年間を通して北米で人気のリゾート地である。
そして訪れたこの日は、年に一度?!のトライアスロンの「IRONMAN」大会が行われており、観客の熱気で溢れているのを眺めつつ、ゴンドラに乗って頂上へ。
頂上からの景色は夏の新緑、秋は紅葉で赤く染まる絶景です。





モントリオールからはVIA鉄道を利用し、約3時間で州都ケベックシティへ。
世界遺産に登録されている旧市街の象徴のシャトーフロンテナックホテルの近くにはレストランやショップが立ち並びヨーロッパの街並みの雰囲気を感じることが出来る。
街はケベックの日が近い事もあり、ケベック州の旗が多く見ることが出来る。
フランス語圏のケベック州ではカナダの建国記念日よりも州の記念日が盛り上がる。






久しぶりにカナダの地を踏み、7日間でトロント、ナイアガラ、シャーロットタウン、モントリオール、ケベックシティの5都市を駆け足で回ったが、東海岸のいろいろな表情を見る事ができる。一度に行くもよし、何回かに分けるもよしナイアガラだけでなくぜひ足を延ばしてみてはいかがだろうか。
【スタッフおススメ度】
ナイアガラフォールズ★★★★★ 「有名なだけあって外せない」
シャーロットタウン★★★★「アンを知らなくても素晴らしさは伝わる」
ローレンシャン高原★★★★「紅葉シーズン以外にも訪れたい」
ケベックシティ★★★★「フランス語を勉強したら楽しさ倍増」
(2014年6月 大道 隆宏)


今年の七月からは、羽田-トロント線も就航しより身近になったトロントへはエアカナダを利用し12時間で到着した。空港で両替をしたのだが、この4年の間にカナダでは紙幣が替わり、プラスチックの新札に代わっていた。そして驚きなのが、日本円で1円玉にあたる1セント硬貨が廃止されていたのだ。レジで必要な時はどうするのかと言うと四捨五入ならぬ、近い金額に切り捨てもしくは切り上げて対応する。さすがアバウトなカナダ文化だ。
とは言えもともとペニーと呼ばれる1セント硬貨は実際にはほとんど使われず、誰もが家に無駄に溜まっていっていた代物なので全く問題ない。
空港から市内へ向かう道中はスコールのような大雨が続いたが、ホテルに到着した時と同じくして雨が止み、カナダの空にはすこし歓迎されたようだ。
カナダと言って思い付くのは、真っ先に思い付くナイアガラの滝。世界三大瀑布の一つナイアガラフォールズは落差53m、滝つぼの深さ56mの圧倒的な水量は絶対に見逃せない。テーブルロックからの眺めは壮大で水しぶきも心地良かったが、ナイガラクルーズからの滝の正面から見る迫力はそれ以上に凄いのだが、それ以上に水しぶきが凄く雨合羽を着ていてもびしょ濡れになってしまうので注意が必要です。

テーブルロックからのカナダ滝

ナイアガラクルーズ

ナイアガラ峡谷のワールプール・エアロ・カー

ナイアガラオンザレイクのカフェ
そしてナイアガラの街の中心はアメリカの国境すぐに位置し、ナイアガラ滝の水力発電のおかげで電気代も安く、アメリカナイズされたネオンが派手に輝いており、カナダらしくない街並みが並んでいた。
そして夜見逃せないのは滝のイルミネーションで、夏限定で週二回打ち上げられる花火の今年初花火が運よく到着日と重なり見ることが出来た。

アメリカ滝のイルミネーション

花火と滝のイルミネーション

夜のセンターストリート
世界中で翻訳され日本でも人気の「赤毛のアン」の著者ルーシー・モード・モンゴメリーが生まれ舞台にもなったシャーロットタウン。1864年にカナダ建国会議が開かれ、カナダの歴史の出発点となったシャーロットタウンも今年が節目の150年を迎える。夏のシーズンはクルーズ船も寄港し観光客で賑わう。
今回はシャーロットタウン唯一の語学学校を見学させてもらう貴重な体験が出来たので、ぜひ観光プラスアルファをお勧めしたい!!
陽気なアイランダーのカナディアンの家にホームステイをしながら、学校に通いカナダの文化を世界一美しい島で感じて欲しい。最短1週間からのプログラムがあり、日本人カウンセラーもいるので安心です。

語学学校の副学長ヘレンと日本人カウンセラーと

授業風景


ホームステイの家庭

建国会議が開かれたプロビンスハウス

建国会議のモニュメント

グリーン・ゲイブルズ

アン観光のロブスターランチ
カナダの中で唯一フランス語圏のケベック州は、ローレンシャン高原として日本では有名だが、モントリオール郊外のこの地域最大のリゾートであるモン・トランブランはカナダ随一のスキーリゾートとして有名で、春は新緑、夏は避暑地、秋は紅葉、冬はスキーと年間を通して北米で人気のリゾート地である。
そして訪れたこの日は、年に一度?!のトライアスロンの「IRONMAN」大会が行われており、観客の熱気で溢れているのを眺めつつ、ゴンドラに乗って頂上へ。
頂上からの景色は夏の新緑、秋は紅葉で赤く染まる絶景です。


頂上からの景色

無料リフトからの街並み

サンソヴェールの教会

ノートルダム大聖堂
モントリオールからはVIA鉄道を利用し、約3時間で州都ケベックシティへ。
世界遺産に登録されている旧市街の象徴のシャトーフロンテナックホテルの近くにはレストランやショップが立ち並びヨーロッパの街並みの雰囲気を感じることが出来る。
街はケベックの日が近い事もあり、ケベック州の旗が多く見ることが出来る。
フランス語圏のケベック州ではカナダの建国記念日よりも州の記念日が盛り上がる。

VIA鉄道

シャトーフロンテナック

トレゾール通り

旧市街の壁画

北米最古の商店街

青い空とケベック州の州旗
久しぶりにカナダの地を踏み、7日間でトロント、ナイアガラ、シャーロットタウン、モントリオール、ケベックシティの5都市を駆け足で回ったが、東海岸のいろいろな表情を見る事ができる。一度に行くもよし、何回かに分けるもよしナイアガラだけでなくぜひ足を延ばしてみてはいかがだろうか。
【スタッフおススメ度】
ナイアガラフォールズ★★★★★ 「有名なだけあって外せない」
シャーロットタウン★★★★「アンを知らなくても素晴らしさは伝わる」
ローレンシャン高原★★★★「紅葉シーズン以外にも訪れたい」
ケベックシティ★★★★「フランス語を勉強したら楽しさ倍増」
(2014年6月 大道 隆宏)

- <カンボジア遺跡巡り〜遺跡のち遺跡、時々遺跡〜>
-
エリア:
- アジア>カンボジア>シェムリアップ
- テーマ:観光地 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2015/01/07 14:14
カンボジアを訪れるのは初めてだったのだが、どこか懐かしさが漂っていました。
恐らく個人的に東南アジアに何度か訪れた為でしょう。
正直なところ、行く前はカンボジアの事は雰囲気がタイやベトナムに似ていて、遺跡がたくさんあるだけで、魅力がそこまであるとは思っていませんでした。一方でなぜカンボジアは遺跡でこれほど人気があるのかを解き明かしてみようと考えてもいました。
ただ今回のカンボジアは7泊9日の中で、シェムリアップに6泊7日して、プノンペンに1泊2日という偏りがあり、少し不安でした。ただ結果から先に言うと、とても良い塩梅だったと思いました。むしろ全日程をシェムリアップの遺跡に費やしても、よかったかもしれません。
カンボジアといえば、恐らく大半以上の人が【遺跡】を連想するでしょう。だからこそ、遺跡自体には興味がなかったが、どんなものか見てみよう!という心持ちで臨んだシェムリアップ。開けてみると奥が深い遺跡の世界が待っていました。
<アンコールトム>
アンコール遺跡群でアンコールワットに続いて、人気がある遺跡です。特にバイヨンには美しいままのレリーフが多く残っており、他の遺跡と比べるとその美しさは歴然です。

またジァヤバルマン7世時代の遺跡のため、仏教とヒンドゥー橋を融合させた四面の彫刻が多数存在し宗教から平安を求めた象徴とされています。

<アンコールワット>
カンボジアの遺跡といえば、1番人気がアンコールワットである事は間違いないでしょう。観光客の方はまずはここに行ってみるべきだと思いました。遺跡が西向きに建てられていることから、昼過ぎに行けば逆光にならず綺麗に写真が撮れます。

ここで最も印書に残ったのは、アンコールワット越しの朝日です。
神秘的でいて、歴史の息吹が朝日に照らされることで、目に見えるような感覚になりました。

<コーケー遺跡群>
シェムリアップ市内から2時間程の距離にあるまさしく遺跡のオンパレード、コーケー遺跡群。数多くの遺跡が中心を囲うように点在しており、見応えは抜群です。
コーケー遺跡群の見所は何と言っても、プラサット・トムと呼ばれる聖なる山を象ったピラミッド調の遺跡です。

以前までは工事の関係で登ることもできなかったそうですが、現在は登ることができ、頂上まで行くことができます。登るのに一苦労ですが、周囲を一望できる眺めは印象に残ります。

<ベンメリア>
ベンメリア遺跡はシェムリアップ市内から1時間ほどの距離にあり、見応えがあらことから、アンコールワット、アンコールトムに続いて人気があります。見所は、修復されていない遺跡そのものを体験できるところです。片づけられてはいますが、崩れた遺跡の上を歩く場所もあります。中には保存の良いものもあり、ベンメリアの蛇神ナーガの像は細部まで確認できるものもあります。

まだ謎が多い遺跡で、どの時代に誰によって建設されたかなどを明らかにする碑文は発見されていません。全貌が明らかになればアンコールワットを凌ぐといわれるほどの規模を持つと推測されているそうです。
また、建物が苔むし、建造物のいたるところに植物が根を伸ばし覆っているさまから、「天空の城ラピュタ」のモデルの一つではないかとも言われています。タプロームの木が至る所に生い茂り、自然と遺跡だけが時間に取り残されているような神秘的でいて、謎めいた様子を見ることができます。

<ロリュオス遺跡群>
アンコール地域から約15km地点にあるこの遺跡群は、8世紀末から9世紀にかけて栄えていました。その後アンコールワットに王都が移転したとされています。つまりアンコールワットの前身。アンコールワットへと移り、どう変化したかを比較して楽しむにはもってこいの場所です。
面積自体はそれ程広くないので、簡単に回ることができますが、残念なことにロレイ遺跡は修復中で、綺麗な状態で見ることができなかったのは心残りでした。

<水中寺院クパルスピアン>
グレン山にある水中寺院クパルスピアン。これもシェムリアップ市内からは少し距離がありますが、行く途中にベンメリア遺跡等によってから行けるので、是非訪れてほしい場所の一つです。ジャングルの中にひっそり眠っており、アンコールワットとの類似点が多く「東のアンコール」ともよばれています。遺跡はジャングルに埋もれており崩壊も進んでいるため歩ける範囲も限られていますが、秘境の遺跡にふさわしいたたずまいをみせています。聖なる川の底にはシヴァ神の彫刻が施されているのは、水量によっては見ることができないので、そこは天候次第です。

さらにその先に三段に渡る滝があり、一番下の落差が高いポイントは圧巻です。

<バンテアイチュマール遺跡>
今回訪れた遺跡の中でもっとも遠く、3時間以上かかりました。タイとの国境付近に位置し、未だ整備がほとんどされていません。観光客は私たちしかおらず、本当に入っていい場所なのか疑うほどです。

ただ、一度中に入ればすぐに時の流れと逆行しているみたいに、老朽化し、苔が生い茂った遺跡が顔を出します。

<サンポールプレイクック遺跡群>
アンコール遺跡群最古の遺跡で、アンコールワットの原型をなすといわれているのがサンポールプレイクックです。シェムリアップ中心地からはかなり距離があり、1日がかりで訪れました。車に揺られること約2時間30分。着いた場所では観光客はほとんど見ることができず、単なる森林のようでした。そんな木々の中にひっそりと点在しているのがサンポールプレイクック。ここは個人的には特にお気に入りです。他に人がいない場でゆっくりと遺跡を見ることができます。またアンコール遺跡群の中では最古の遺跡とされており、ここから始まったと考えると、ルーツを見ることができたような気がします。


お分かりのように今回は遺跡づくしの出張でした。最初は興味が薄かった(ほぼありませんでした)のですが、途中からは他の遺跡と形状や歴史、宗教の違いに興味を持つことができ、結果としてとても充実したように思えます。是非、遺跡目当てで行かれる際は、ちょっと足を伸ばして、サンポールプレイクックやバンテアイチュマール等のマイナーな遺跡を訪れてみることをお勧めします。
カンボジアの遺跡は奥が深いことを知ってしまいました。
機会があれば、またシェムリアップに遺跡を求めて行きたいです。

【おすすめ遺跡】
・アンコールワット★★★
・アンコールトム★★★★
・コーケー遺跡群★★★★
・ベンミリア★★★★★
・ロリュオス遺跡群★★★
・クパルスピアン★★★★
・バンテアイチュマール遺跡群★★★★★
・サンポールプレイクック遺跡群★★★★★
(2014年12月 小沢駿)
恐らく個人的に東南アジアに何度か訪れた為でしょう。
正直なところ、行く前はカンボジアの事は雰囲気がタイやベトナムに似ていて、遺跡がたくさんあるだけで、魅力がそこまであるとは思っていませんでした。一方でなぜカンボジアは遺跡でこれほど人気があるのかを解き明かしてみようと考えてもいました。
ただ今回のカンボジアは7泊9日の中で、シェムリアップに6泊7日して、プノンペンに1泊2日という偏りがあり、少し不安でした。ただ結果から先に言うと、とても良い塩梅だったと思いました。むしろ全日程をシェムリアップの遺跡に費やしても、よかったかもしれません。
カンボジアといえば、恐らく大半以上の人が【遺跡】を連想するでしょう。だからこそ、遺跡自体には興味がなかったが、どんなものか見てみよう!という心持ちで臨んだシェムリアップ。開けてみると奥が深い遺跡の世界が待っていました。
<アンコールトム>
アンコール遺跡群でアンコールワットに続いて、人気がある遺跡です。特にバイヨンには美しいままのレリーフが多く残っており、他の遺跡と比べるとその美しさは歴然です。

またジァヤバルマン7世時代の遺跡のため、仏教とヒンドゥー橋を融合させた四面の彫刻が多数存在し宗教から平安を求めた象徴とされています。

<アンコールワット>
カンボジアの遺跡といえば、1番人気がアンコールワットである事は間違いないでしょう。観光客の方はまずはここに行ってみるべきだと思いました。遺跡が西向きに建てられていることから、昼過ぎに行けば逆光にならず綺麗に写真が撮れます。

アンコールワット(シェムリアップ)
ここで最も印書に残ったのは、アンコールワット越しの朝日です。
神秘的でいて、歴史の息吹が朝日に照らされることで、目に見えるような感覚になりました。

アンコールワットの朝日(シェムリアップ)
<コーケー遺跡群>
シェムリアップ市内から2時間程の距離にあるまさしく遺跡のオンパレード、コーケー遺跡群。数多くの遺跡が中心を囲うように点在しており、見応えは抜群です。
コーケー遺跡群の見所は何と言っても、プラサット・トムと呼ばれる聖なる山を象ったピラミッド調の遺跡です。

プラサット・トム(コーケー遺跡)
以前までは工事の関係で登ることもできなかったそうですが、現在は登ることができ、頂上まで行くことができます。登るのに一苦労ですが、周囲を一望できる眺めは印象に残ります。

プラサット・トムからの眺め(コーケー遺跡)
<ベンメリア>
ベンメリア遺跡はシェムリアップ市内から1時間ほどの距離にあり、見応えがあらことから、アンコールワット、アンコールトムに続いて人気があります。見所は、修復されていない遺跡そのものを体験できるところです。片づけられてはいますが、崩れた遺跡の上を歩く場所もあります。中には保存の良いものもあり、ベンメリアの蛇神ナーガの像は細部まで確認できるものもあります。

まだ謎が多い遺跡で、どの時代に誰によって建設されたかなどを明らかにする碑文は発見されていません。全貌が明らかになればアンコールワットを凌ぐといわれるほどの規模を持つと推測されているそうです。
また、建物が苔むし、建造物のいたるところに植物が根を伸ばし覆っているさまから、「天空の城ラピュタ」のモデルの一つではないかとも言われています。タプロームの木が至る所に生い茂り、自然と遺跡だけが時間に取り残されているような神秘的でいて、謎めいた様子を見ることができます。

ベンメリア遺跡とタプローム(ベンメリア)
<ロリュオス遺跡群>
アンコール地域から約15km地点にあるこの遺跡群は、8世紀末から9世紀にかけて栄えていました。その後アンコールワットに王都が移転したとされています。つまりアンコールワットの前身。アンコールワットへと移り、どう変化したかを比較して楽しむにはもってこいの場所です。
面積自体はそれ程広くないので、簡単に回ることができますが、残念なことにロレイ遺跡は修復中で、綺麗な状態で見ることができなかったのは心残りでした。

修復中のロレイ(ロリュオス遺跡)
<水中寺院クパルスピアン>
グレン山にある水中寺院クパルスピアン。これもシェムリアップ市内からは少し距離がありますが、行く途中にベンメリア遺跡等によってから行けるので、是非訪れてほしい場所の一つです。ジャングルの中にひっそり眠っており、アンコールワットとの類似点が多く「東のアンコール」ともよばれています。遺跡はジャングルに埋もれており崩壊も進んでいるため歩ける範囲も限られていますが、秘境の遺跡にふさわしいたたずまいをみせています。聖なる川の底にはシヴァ神の彫刻が施されているのは、水量によっては見ることができないので、そこは天候次第です。

川底の彫刻(クパルスピアン)
さらにその先に三段に渡る滝があり、一番下の落差が高いポイントは圧巻です。

聖なる滝(クパルスピアン)
<バンテアイチュマール遺跡>
今回訪れた遺跡の中でもっとも遠く、3時間以上かかりました。タイとの国境付近に位置し、未だ整備がほとんどされていません。観光客は私たちしかおらず、本当に入っていい場所なのか疑うほどです。

遺跡への入り口(バンテアイメンチャイ)
ただ、一度中に入ればすぐに時の流れと逆行しているみたいに、老朽化し、苔が生い茂った遺跡が顔を出します。

バンテアイチュマール遺跡(バンテアイメンチャイ)
<サンポールプレイクック遺跡群>
アンコール遺跡群最古の遺跡で、アンコールワットの原型をなすといわれているのがサンポールプレイクックです。シェムリアップ中心地からはかなり距離があり、1日がかりで訪れました。車に揺られること約2時間30分。着いた場所では観光客はほとんど見ることができず、単なる森林のようでした。そんな木々の中にひっそりと点在しているのがサンポールプレイクック。ここは個人的には特にお気に入りです。他に人がいない場でゆっくりと遺跡を見ることができます。またアンコール遺跡群の中では最古の遺跡とされており、ここから始まったと考えると、ルーツを見ることができたような気がします。

サンボール・プレイクック(コンポントム)

プラサットサンボー碑文(コンポントム)
お分かりのように今回は遺跡づくしの出張でした。最初は興味が薄かった(ほぼありませんでした)のですが、途中からは他の遺跡と形状や歴史、宗教の違いに興味を持つことができ、結果としてとても充実したように思えます。是非、遺跡目当てで行かれる際は、ちょっと足を伸ばして、サンポールプレイクックやバンテアイチュマール等のマイナーな遺跡を訪れてみることをお勧めします。
カンボジアの遺跡は奥が深いことを知ってしまいました。
機会があれば、またシェムリアップに遺跡を求めて行きたいです。

バンテアイクディ(シェムリアップ)
【おすすめ遺跡】
・アンコールワット★★★
・アンコールトム★★★★
・コーケー遺跡群★★★★
・ベンミリア★★★★★
・ロリュオス遺跡群★★★
・クパルスピアン★★★★
・バンテアイチュマール遺跡群★★★★★
・サンポールプレイクック遺跡群★★★★★
(2014年12月 小沢駿)

- 知られざる地球の絶景!!炎に包まれた地獄の門へ 中央アジア・トルクメニスタン周遊
-
エリア:
- アジア>トルクメニスタン>アシガバート
- アジア>トルクメニスタン>トルクメニスタンその他の都市
- テーマ:観光地 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2014/12/26 17:40

地獄の門を知っていますか?
40年以上燃え続けている炎のクレーターがこの世にあることを私はつい半年前まで知らなかった。
存在を知ってから間もなくトルクメニスタンに行ってその地獄の門の写真を撮るという幸運な機会が訪れた。
地獄の・・という呼称が忌まわしいのか、その成り立ちから観光地と呼ぶにふさわしくないからだろうか、
ガイドブックや世界の絶景特集的な本でも見かけない。世界遺産でも何でもないので一般的な知名度は低く、
旅行業界内でも知る人ぞ知る地味な存在だ。実態は派手だが・・・
その40年以上も燃え続けるガスクレーターの姿をただひたすらに確実にカメラにおさめて無事持ち帰ること、
絶対にすべってはならないとても重要なミッション。
まずこのトルクメニスタンは入国にビザが必要。日本に大使館がないので事前にトルクメニスタン側から招待状を
取らなくてはならない。それにはホテルやガイドの手配を済ませなければならなく、やや時間もかかるので他の国と比べてちょっと面倒くさい。巷に流れる国の情報量は相対的に少ない。そこで余計な先入観はかえって要らないだろうとの勝手な判断からあまり予習せずに出発した。
空路で入る場合は成田からトルコ航空のイスタンブール乗りかえで首都のアシハバードに入るルートが早いが
今回はウズベキスタンも含んでいるので往復ソウルとタシケントを経由してウルゲンチまで行き、そこから陸路で入国する行程。ウルゲンチに到着後、半日ほどヒヴァの観光をして車でおよそ1時間、国境のある町シャバトまで向かった。
国境を越えてトルクメニスタンへ
ウズベキスタンの国境まではヒヴァのガイドがさんが一緒。

写真があれば入国の流れもわかりやすいのだがこの辺りから撮影禁止エリアになるので文章だけでお伝えしたい。
税関の書類を2枚提出したところでガイドさんとはお別れ。ゲートをくぐりしばらく歩いて次の建物でスタンプを押してもらい、さらに歩く。何度か見張り兵にパスポートの提示を求められる。これが鬱陶しい。この先は歩いても行けるらしいがゲートまでの距離感がつかめないので1ドルを払って観光客ではなさそうないわゆる地元の出稼ぎ風おばちゃんたちと乗合タクシーで中立地帯を走り、トルクメニスタンのゲートを目指す。恐らく歩けば15分はかかりそうな距離を車だと2分くらい、目指すゲートが見えてきた。現在の大統領の写真が掲げられた立派なゲートだ。地味なウズベキスタンに対しこっちは派手な印象を受ける。ちなみにこのゲートは24時間開いているということではない。きっちりお昼休みを取って午後は14時から開くので、その時間にあわせてスケジュールを組まなくてはならない。
建物の前までガイドさんが迎えに来てくれてまずはひと安心。ここでも書類を2枚書き、ビザ代として69ドルを払う。
そして待つことさらに30分。手続きに来ているのはさっきまで一緒だったおばちゃんたち3人だけのはずなのに、やけに時間がかかる。手続きが終わったら係官に呼ばれ顔をしげしげと見られる。その後荷物チェックを受け、ようやく自由になれた。結局ウズベキスタンの国境からここまで90分近くを要した。
最初の宿泊はダシュボウズという何もない、おそろしく静かな町。

ホテルは最小限のサービズが整っているレベル。ただ泊まるだけなのでこのくらいで不満はない。

トルクメニスタンでもスマフォを持っている人を多く見かけるがWIFIは首都のアシハバード以外は一切使えない。(2014年10月現在)
まだ明るいのでちょっと散歩に出てみた。交差点に掲げられた大統領の肖像画が気になる。

この国は街の至るところにこの肖像画が溢れているらしく国民のロイヤリティの高さを感じる。
世界遺産のクフナウルゲンチへ
翌朝は10時にホテルを出発。およそ1時間でトルクメニスタン最初の観光地、世界遺産のクフナウルゲンチへ。
地図で見ると国の北西部に位置する。10世紀から14世紀までの約500年、ホレズム王国の首都として栄えた
場所。モンゴル帝国の侵略とアムダリヤ川の流路の変化に伴って衰退してしまったが、当時の建物が修復されながら
保存されている。

ここでは写真を撮るために先に2ドルを支払う。
ちなみにトルクメニスタンの通貨はマナット。米ドルはレートがあまりよくないが結構使えるが日本円はX。
見どころは
1.敷地内で最も大きい14世紀に建てられたテュラベクハン廟

内部のドームは昼夜24時間を表す12個の天窓と1年をあらわす365個の星などイスラム天文学が生かされている。

2.同じ14世紀に造られた中央アジアで最も高いクトルグティムールミナレット

3.とんがり屋根が特徴のイルアルスラン廟

ここで初めて、地元の女性から写真撮影の依頼があり感激した。

もちろん断る理由などない。他の国ではめったにない依頼に素直に喜んで応じる。
ツアー3日目、いよいよダルヴァザ・地獄の門へ
クフナウルゲンチからおよそ280キロ、4時間半かけて今回の最大の目的地、地獄の門のあるダルヴァザを目指す。
目的地の近くは何もないので途中の店でビールとメロンを買いこみ、カラクルム砂漠を南に進む。
アスファルトは滑らかで道路事情は思ったより良い。カラクム砂漠は黒砂漠で一般的にイメージする砂一色の砂漠ではなく石ころが散乱している荒野といった感じ。その単調な景色を眺めながら車は1本道を延々と進んでいく。

そろそろかな、という空気が流れたあと、いきなり左に折れて小さな路へ、アスファルトから砂利に変わる。道路標識もなく、もちろんカーナビもない。なんの目印もないようなフツーの風景、もし夜中だったら絶対に間違えるであろう地味で特徴のない道をさらりとハンドルを切って進むドライバーさんは凄い。

そして走ることおよそ5分、心とシャッターの準備がないまま、“着いたよ”と知らされる。
これがそうなのか? 何もない、荒野の真ん中にポッコリと口をあけた不気味な穴、という感じ。


まだ陽が明るい時間なのでイメージしていた炎は見えなく、ちょっと拍子抜け。車を降りて近づくと炎がちらちらと目に入る。地獄の門というのはキャッチーな表現かもしれないが個人的にはあまり適切と思わないし、第一印象は
地獄と呼べるほどのものでなくあまりにも淡泊であった。 地獄と言えば閻魔大王とか奈落の底、または借金地獄といったワードが思い浮かぶ。また地獄の〇○というやや大袈裟なネーミングと炎のイメージは、私の世代のロック野郎ならKISSの一連のアルバムタイトルとジーンシモンズがステージで口から噴く炎をセットで連想するかもしれないが
それらのイメージとは真逆である。
話が逸れたがここであらためてウィキペディアなどで紹介されている地獄の門について簡単にふれてみたい。
そもそもトルクメニスタンは資源国でその天然ガス埋蔵量はイラン、ロシア、カタールに次いで世界第4位を誇る。
ここダルヴァザ付近の地下には豊富な天然ガスがあり、1971年に当時のソビエトの地質学者がボーリング調査をした。その際、偶然、天然ガスに満ちた洞窟を発見し、調査が始まった。しかしその調査の過程で落盤事故が起きてしまい採掘作業用の装置が置かれていた場所もろとも直径50から100メートルにもなる大きな穴が開いてしまった。
学者たちはそこから有毒ガスが放出されることを懸念してガスに火を放った。彼らはすぐにガスは燃え尽きて火は消えると見込んでいた。ところがガスが地下から絶え間なく吹き出るため40年以上経過した今でも燃え続けている。この学者たちの誤算によって誕生した地獄の門は天然ガスの埋蔵量を誇るトルクメニスタンの象徴となった極めて珍しい場所。のちにこのポッカリあいた穴を地元住民は”THE DOOR TO HELL”名づけた。現時点ではこの天然ガスの燃焼を食い止めることは技術的にとても困難と判断され、また天然ガスの埋蔵量自体が不明なため、今後いつまで燃え続けるのかもよく判っていない。現在でも消火するための解決手段は無く依然として燃え続けている。2010年にトルクメニスタンの大統領が現地を視察し、穴を封鎖または周囲のガス田開発のために対策を立てるように指示したという報道がある。現実的には様々な問題を抱えているらしく対策は非常に困難であるとされているがそのうち人為的に火が消される可能性が残されている。以上がネットでつかんだ知識。
これは自然と呼んで良いのか?それとも人工と呼ぶべきか? 成り立ちを調べると自然のようで人工、人工のようで自然という定義が曖昧で不思議なクレーター。

噂の通り、転落防止の柵がない。また、いわゆる警告看板もない、このほったらかされ感が良いかもしれないが
これだけの場所をほったらかしにしていいのだろうか?という疑問もわく。もし落ちたら・・・もちろん助からないだろう。ちょうど穴も開いているのでこれぞ正真正銘の穴場だ。当然だが地獄の門と呼ぶのは私たち日本人だけで他国の旅行者は皆ガスクレ-ターという。ドアトゥーヘルとはあまり言わない。ガイドさん曰く、本当かどうかわからないが過去に一度も事故や自殺などの死亡者がいないそうだ。もしそれが真実ならついでにこれも奇跡と言えるのではないだろうか?
日も暮れてきたので暖を取りながらさっそく食事の準備。


食材などバーベキューのセットはあらかじめガイドさんが用意してくれている。また、火は羊飼いのおっちゃんがセッティングしてくれる。無口だが微笑みが素敵な人。野菜はガイドさんが担当。ナスやトマトは焼いた後、すりつぶしてニンニク等を混ぜてサラダとして食べる、これが結構美味しい。

肉は鶏肉でおっちゃんが担当。素手でつかんで鶏肉を焼く、例のジューッという音とともに煙が立ちこめ一気に食欲がアップ!うーん、うまそうだ。 が、当然素手なので油が指にべっとりつく。どうするのかな?とたまたま観察していたらいきなり指をちゅぱちゅぱ舐めて次の肉をつかんでいるではないか!!いかーん!ダメダメ。これを見て一気に食欲ダウン・・・見なくていいところを見てしまった。

でもまあいいか、空腹には逆らえなのでおっちゃんの味が沁みた肉をがぶりついた。特製タレ(?)使用のためか
意外にジューシー。

皆でウオッカを飲みながらほぼ完食。

またデザートのメロンが美味い。
言葉が伝わらない不便はあるものの、目と目で通じあう、細やかな気配りと目配りを感じられてとても嬉しかった。
食後は健康のためにお散歩で、といきたいところをあえて車に乗って夜の炎見学へ繰り出す。


クレーターが近づいてくる。おっと、さっき見たのとは全然様相が違うではないか!
ついさっきは地獄というのはあまり適切でないと思ったが、これなら地獄と呼ぶに相応しいかもしれないほど
鮮やかな炎に一瞬茫然としてしまう。

そして我に返って様々な角度から夢中になってシャッターを押しまくる。


ここで偶然出会ったノルウェーから来た人たちとキャビアとウオッカで酒盛りへと展開する。
彼らは「炎に捧げる!」と叫んで持っていたぬいぐるみを谷底に投げてしまった。


名前はファティマと言っていた。彼女(?)が最初の犠牲者なのだろうか?
何故犠牲にするのか、理由を訊いてみたがなんだかよくわからない返事で未だに謎のまま。
おやすみはテントで。

寝袋が用意されているが少し寒いのでフリースをまとって就寝。

個人で来る人の中にはテントではなく、あえて炎のすぐそばで寝る強者もいるようだが自分は寝相が悪くて落ちてしまいそうで怖い。ウォッカで体が温まっていたので眠りは良かったが真夜中から明け方にかけて特に冷える。尋常じゃないのでもっと着込むか携帯カイロを持って来るべきだった。寒さと尿意で何度も目が覚める。ちなみにトイレは無い。大小かかわらずすべて堂々と”自然に済ませる”ので女性は抵抗があるかもしれない。
そして朝。日の出前に撮影がしたくて起床。目覚しをセットし忘れたがまったく問題ない。寒さと尿意で自然に目が覚める。月と炎と水平線。





このうす暗い感じが一番美しいと思った。偶然にもまだ誰もいない。この誰もいないこのエリアに一人佇むと、
月並みな表現だがまさに非日常の別世界に紛れ込んだ気分になる。
ついに夜明け。


風向きによっては熱風が顔に当たり炎を直視できない程の火力を感じる。陽炎がユラユラ見える。そこで、
煙草に火がつくかどうか、実にくだらない実験をしてみた。

かなり熱いと感じる位置に移動して挑戦したがダメだった。尤も煙草に火がつく=マユゲも焦げるはずだからそれはそれで危険な行為だ。
奈落の底に落ちる手前の写真。

誠に不謹慎ながらこのように今は観光地(?)として楽しめても、そのうち政府が本気になって対策を講じたら周囲は立ち入り禁止になるだろう。また、ガスの埋蔵量自体が不明であるなら、逆に考えるとそろそろガスが切れる可能性もあるのではないかと、つまりいつ行くの?今でしょ!ということになる。
この他、近辺には姉妹スポット(?)としてバブルクレーター

とウォータークレーター

もあるので見逃せない。なぜかこっちには柵がある。バブルクレーターは硫黄の匂いが少々きつい。
この2つは間違いなく暗ければ落ちる。地獄の門と違って柵のある理由をガイドに訊いてみたが知らないとのこと。
ただ単に灯りがないので暗い真夜中に落ちないために、なのだろうか?
白い首都・アシハバードへ
翌朝トルクメニスタンの首都であるアシハバードを目指して南下。ダルヴァザからは260キロ、車でおよそ3時間半かかる。1991年にソビエトから独立してからニヤゾフ初代大統領によって白亜の大理石の街へと変貌を遂げたため、旧市街や古い遺跡は残っておらず、綺麗で近代的な建物が多い。ゴミ1つ落ちていないほど清潔で、造られた白い都市といった印象を受ける。ちょっとドーハに似ているかもしれないと感じた。
1.その大統領が家族のために建てたトルクメンバシーモスク

2.トルクメニスタンは永世中立国。それを記念して造られた高さ75メートルの中立の塔

街中には大統領の肖像、初代大統領の黄金像などをいたるところで見かける。残念ながらところどころ撮影が厳しく、それを監視する警官が随所に立っている。車窓から撮影しているところを見つけられるとドライバーが罰せられる、
なのでドライバーからはその都度注意をされる。つまり街歩きには適さない空気をひしひし感じる。
迂闊にシャッターが押せなく、いたるところに監視の目が光っている。そもそも出発前のインビテーションの申請からビザの取得に至るまで訪問客にはややうるさい、これがリトル北朝鮮と揶揄されるゆえんなのだろうか??

今回の旅の中で最も料理が美味しかったのはこのアシハバードでのランチ

ビール1本8ドルと、東京ドーム並みのボッタクリ感があるが、料理のレベルはそれに比例して高い。

ちなみにトルクメニスタンもウズベキスタンもビールの相場は1本3ドル。現地通貨で買えば円換算で200円くらいになる。

市内観光は簡単に済ませて、郊外にある人類最古の農耕集落のひとつと言われるアナウ遺跡へ。
ここは15世紀頃に城塞都市として栄えた。

20世紀の初頭に、紀元前3000年ごろから人類が定住していたのではないかと推測される彩文土器が見つかったことから人類最古の農耕集落の一つとされている。
1948年の地震で倒壊してしまったセイットジュマールアッディンモスクは鮮やかな青のタイルが特徴。

中央アジア最大の遺跡・メルブ遺跡へ
アシハバードの空港からトルクメニスタン航空の国内線に1時間ほど乗ってマーリへ到着。そこから車で40分くらいのところにメルブ遺跡がある。この遺跡も世界遺産に登録されている。ここはかつてペルシャと中央アジアを結ぶシルクロードの中継点として栄えた町。古い町が捨てられると隣接して新しい町が造られた経緯からそれぞれの異なった
時代の町跡がまとめて見られるのが特徴だ。

1.メルブ最古の場所であるドーナツ型のエルクカラは紀元前6世紀から4世紀頃のもので城壁の一番高い所から
360度の展望が楽しめる。


2.南方のギャウルカラ。世界最西端の仏教遺跡がありソロアスター教、キリスト教、イスラム教、仏教が共存したことが分かる。


3.中心のスルタンカラにあるスルタンサンジャール廟。11〜12世紀にトルコ系民族のセルジュク朝の
あった場所でこれはその時代の最盛期の王の霊廟

4.南西に聳える大小2つのキズ・カラ、残念ながら修復中で綺麗に撮れない。大きい方が乙女の城、
小さい方が男の城と言われている。

嬉しいことにここで地元の子供たちに取り囲まれる。一人ずつ個別に撮影と握手したので時間がかかった。握手会でファンと接するタレントの気分ってこんな感じなんだろうか?日本では起こりえない出来事に感激した。


その中に極真空手を習っている少年がいて実演してくれた
再び国境を越えてウズベキスタンへ
マーリから車でおよそ5時間。トルクメンバードを越えて、ウズベキスタとの国境のあるファラブを目指す。

ドライバーさんとガイドさん

この道は4年前に間寛平さんがアースマラソンで走り抜けたらしく偶然にもこのドライバーのお兄さんが滞在時のお世話をしたらしい。ウズベキスタンーカザフスタンーキルギスー中国へと、普通の旅行でも体力が要るのによくあの年齢で走ったと、あらためて凄いと思う。

トルクメンバードの国境から出てウズベキスタンに再入国。このためにビザはダブルエントリーを取っておいた。
国境のイミグレーションは3か所あるらしい。出るのは入った時と比べればいたって簡単。ウズベキスタン同様、
税関の申告書を2枚書いて並ぶ。ここからが長い。一人一人丹念にパスポートチェックをされる。そして
ここでガイドとお別れ。その後は今度こそ歩いて行こうかと考えるも距離が測れないので1ドルの乗合タクシーをチョイス。フランス人のおばさまたちと一緒に中立地帯を走る。1分くらいで車を降ろされたので着いたかと
思ったがただの乗換え。またまた鬱陶しいチェックを受けて別のタクシーに乗り換え、これまた1ドル払う。
ようやくイミグレーションが見えてきたが、誰もいないっ!!田舎のお店のように「ごめんくださーい、誰かいませんかー?」的な感じで声をあげると奥から眠そうな若い女性が出てきて申告書を書けとジェスチャーで命令してくる。素直に従って記入してパスポートを見せる。これまたやる気のなさそうなおにいさんが入国スタンプを押して、荷物チェックへ。くぐり抜けたところでさっきのおねえさんが堂々と寝ている!そっと入国してもおそらく気づかないほどの熟睡ぶりに驚いた。他ではありえないようなことがおそらく日常平然と行われているに違いない。
その後、無事にガイドとミートしてブハラに滞在し、シャルク号に乗ってサマルカンド経由でタシケントへ戻り帰国。
あっという間の9日間であった。やはり早朝の地獄の門の光景が瞼に焼き付いて離れない。

人の写真を撮るのはかなり積極的なのに自分の絡んだ写真となるとやや消極的。もっと自分が地獄の門にいたことを証明する写真を色々な角度から撮っておけばよかったと大いに後悔している。
最後まで読んで下さった方へ
中央アジアに初上陸して一番感じたのは人がやさしいことです。写真撮影も気軽に応じてくれますし
これほどいい気分になれる国も珍しいです。治安面も全く問題ないので安心して旅行できると思います。

地獄の門はいつ消えるかわからない、またいつ政府が対策を講じるかわからないので少しでも興味を持たれたら早めに行くことをお勧めします。そして行くなら昼ではなく是非テント滞在で夜を過ごしてください。
昼間は地獄とは呼べません。地獄体験は真夜中から早朝にかけてがベスト、その炎が織りなす光景は圧巻で感動的です。是非一人でも多くの方にこの感動を体験していただきたいと思います。
【スタッフおススメ度】
<地獄の門>★★★★★
行くなら泊まりで。深夜から早朝がベスト。
いつ消えるかわからないので思いたったらすぐにでも!
<メルブ遺跡>★★★★
中央アジアで最大の遺跡。
エルクカラに登り、城壁の一番高い所から
360度の展望が楽しめる!
<クフナウルゲンチ>★★★★
ホレズム王国の都として栄えたシルクロード最大の都市。
高さ67メートル、中央アジアで最も高いクトルグ・ティムールミナレットは必見!
2014年10月 櫻本竜市

- 「私的、聖地巡礼。本や映画の中の世界に逢いに行く旅」
-
エリア:
- ヨーロッパ>フランス>パリ
- ヨーロッパ>フランス>ベルサイユ
- ヨーロッパ>フランス>フランスその他の都市
- テーマ:観光地 ホテル・宿泊 グルメ
- 投稿日:2014/12/26 15:46
「俺は・・今日まで・・生きてきて・・・・・・・良かった!!!」
今回の出張先を聞いた時、うっかり某有名漫画宝塚バージョンのセリフを呟き、倒れそうになった。
その理由も、今回の出張先は、なんと今年の初めに密かに心の中で決めていた「いくらツアー代金が高くても、自腹をきって一度は行きたい国NO1」
なぜ私の心の決意がばれたのだろう。しかも行きたい理由はちょっと恥ずかしい。
しかし、ついに憧れの土地への道は開かれたのである。
いざ行かん!フランスへ!!!!
私的、聖地巡礼の旅で出会った様々な美しいものたちと憧れのものたち。
オタクだって旅をする。みなさんの好きなものに出会う旅への参考になりますように。

学生時代、世界史を選択していなかった私にフランスとはどんな国か、どんな歴史をもっているのを教えてくれたのは、あの有名漫画「ベルサイユのばら」でした。
漫画を読み、宝塚歌劇団のベルばらを観劇し、ルイ14世から16世の間のみの歴史を反復学習した末に、オスカルが架空の人物だと知った時の私の心の傷は、未だに癒えていませんが、是非あの時代を象徴する町へ「シュトワイアン、ゆこーーーーう!!(オスカルのセリフ)」と、心の中で叫びながら、いざ飛行機にのりこんだ。
そう、私は今回パリへの憧れでいっぱいいっぱいな状態で出発したため、特にフランスの他の部分には期待もせずにいた。しかし、やはり旅人を魅了してやまない観光大国フランス。行く町、行く町、どこの素晴らしく、おススメしたい町ばかりでした。
パリの部分だけの感想にしようと思っていたのですが、他の町も黙っていられない程素敵だったので、ご紹介。
フランスには、「フランスの最も美しい村協会」というものが存在し、厳しい基準をクリアし、現在約150の村が「フランスの最も美しい村」と認定されています。
「最も」と言いながらも、150村もあるのか・・。良く分からないな・・・。などと思いながらも、フランスの美しい村々観光に参加して参りました。
今回訪れた村は、ルールマラン・ボニュー・ルシヨン・ゴルド。




若干あなどって参戦したツアーでしたが、どの村も「こんな美しい村に住んでいる人がいるなんて、信じられない!」レベルでした。
特にゴルドは、ジブリ映画の天空の城ラピュタのモデルになったとも言われており、素敵な写真をたくさん撮ることができました。(素敵すぎて合成写真のようになりましたが)
そして、フランスの昔ながらの美しい村々を見たあとは、ついにやってきました、首都パリ!
観たいものがたくさん溢れているこの町は、危険なことも溢れている町。地下鉄も昔に比べるとマシにはなったそうですが、やはりあまり遅い時間に到着した場合はタクシーを利用するのをお勧めします。
プチ情報として、最近、地下鉄よりもスリが多いのが、意外にもルーヴル美術館だそうです。(みんな入場料を払っているので安心してしまうのと、モナリザの前など人だかりができている場所が危ないそうなので、必ず貴重品は体の前に持つようにしてください)
パリ自由時間が一日しかないため、朝早くにホテルを出発。
一番に、パリの市内で最も行きたかった場所へと向かいました。

ディズニーの映画「ノートルダムの鐘」で有名なノートルダム大聖堂。
実はここも、私的聖地。
高校生時代、この映画で英語の勉強をしていた私。感動で本当に涙を流すという、まわりからみるとなかなか変な人に。
見たかった景色に出会うのは、大好きな人に会うのと同じ感覚に陥りますね。
聖堂内には、「バラ窓」と言われる見事なステンドグラスがあり、大きなシャンデリアがあり、太い柱が何本もあり・・まさに映画そのまま!(むしろこっちが本物)



胸いっぱいになりながら大聖堂を出、いざ塔の中へ!と、塔への入り口に向かうと、午前11時ですでに長蛇の列。結局1時間待ち、中に入ることができました。しかし、この待ち時間は全く惜しくはないです。
塔の上からはパリの町が一望でき、エッフェル塔や凱旋門なども見えます。また、大聖堂には、多くのガーゴイルという伝説の怪物(キマイラなどとも呼ばれる)が使われており、彼らを間近で見ることができます。
ノートルダムの鐘に出てくるユーゴ達三人組のことですね。
表情豊かな彼らに逢うためにも、是非登ってみてください。



次に向かったのが今回のベルばら聖地巡礼ではかかせない場所。「バスティーユ広場」

・・・え!?これだけ!?
日本で、漫画の主人公でありながらも、実際に葬儀が行われたほどの人気がある、オスカル終焉の地が、ただの交差点の真ん中に建った一本の塔のみとは・・。
まぁ、オスカルはフランスではきっと無名なんでしょうが、あの有名なバスティーユ襲撃事件も、こんな扱いなのですね。(新選組の池田屋跡地がパチンコになっているようなものか)ベルばらちょっとがっかりポイント。
他にもパリの見どころを回り、大充実の一日となりましたが、やはり一日では見きれないなぁというのが正直な感想。今度行く機会があれば、是非パリでは3日ぐらい滞在したいものです。





そしてついにやってきました、決戦の日。
パリから電車で二時間ほどの町にある古城ホテルで私が目を覚ましたのは、朝6時。まだ外が真暗な中、出発の準備をし、太陽がでてくるのと同時に外に飛び出し、敷地内を探検。
お部屋まで運んできてくれる素晴らしい朝食をいただき、朝一の電車でパリへ!
そう、この旅のハイライト、ヴェルサイユ宮殿観光の日!
ちなみに、この日私が宿泊していたのは、オンザンという街にある古城ホテル「ドメーヌ・デ・オー・ドゥワール」。
敷地内には大きな森とお花畑があり、裏にはブドウ畑の広がる、なんとも可愛いホテルです。古城ホテルというと、高い天井に、お姫様天蓋がついたベッドを想像していたのですが、まるで小人のお家のように可愛らしい建物と、居心地の良い室内、バスタブもついており、スタッフは丁寧でありながらもとてもフレンドリー。ホテルのレストランは、ミシュラン2つ星をもっているのですが、アットホームな雰囲気の中、気負うことなく楽しむことができました。




素敵なホテルを後にし、パリのホテルに荷物をほりこみ出発。
ヴェルサイユ宮殿までは、パリ中心部から電車で約30分程度かかります。途中で乗換えを間違え、隣にいたフランス人を必死でつかまえ、どうにかこうにかヴェルサイユに到着したのが、既に15時。涙をこらえながら、17時18時には閉まってしまうヴェルサイユ宮殿内を、走り回ることとなりました。
ヴェルサイユ宮殿のチケットは、列に並ばなくても良いように、事前にオンラインでご取得されるのがお勧め。空港のように、持ち物とボディチェックを終え、やっと宮殿内へと入れます。





「パンが無いなら、お菓子を食べればいいじゃない」というマリーアントワネットの言葉はあまりにも有名ですが(実際は彼女の発言ではないそうです)、こんな噂が広まるのも分かるなぁと思ってしまうような、もう柱の一本一本、天井の角っこにまで手が加えられた宮殿内は、何時間観ても観きることはできないほどです。
また、ヴェルサイユ宮殿から少し離れた場所にある、マリーアントワネットが窮屈な宮廷の生活から逃れたという、プチ・トリアノンも絶対に外せないスポットです。
広大な敷地の中に、小さな農村があり、小川や農場などに囲まれた、可愛らしい王妃の隠れ家がその姿を残しています。



「ああ!これも観たことある!」「ああ!これが例の!」と、一人で感動しまくり走りまくりのヴェルサイユ宮殿ベルばら聖地巡礼ツアーは、約3時間でも大満足でした。(できることなら朝から夜まで時間をかけたかったですが)
想像していたものが、実際に目の前にあるという感動は忘れられません。
ベルばらを読んでなかったら、きっとこんなに感動しなかったのだろうなぁと、隣にいた退屈そうな日本人ツアーの方を見て思ったので、オスカルとアンドレに感謝感謝!
最後に、この旅で、とても素敵な出会いが私に訪れたので、ご紹介。
ブルゴーニュワイナリーツアーに参加した際、ワインが保管されている地下室(ケーヴ)を探検していると、なんと、私と同じ年のワインを発見!!だいぶ残数は少なくなっておりましたが、同じ年のワインに出会えるなんて感動!ついテンションもあがり、記念撮影。

お口のお上手なオーナー曰く、「1988年生まれは、味も良いし量も取れたし、優秀な年だったから今でも人気があるんだよ!この年生まれの女の人も、美人しかいないしね!」とのこと。
くすんだラベルや、ホコリのたまったボトルを手に取り、私の生きてきた年月の長さを、しみじみと感じましましたが、やっぱりお値段はなかなかのもので、ワインの味もよく分からない私にはもったいないのであきらめました。


その後、近年作られたワインを試飲していると、オーナーがにやにやと古いボトルをもって現れ、なんと、特別に私の生まれ年のワインを特別に飲ませてくれました!
やはりヴィンテージ物は、全く味が違い、オーナー曰く「キノコや土の香りがする、深みのある良い味」だそうです。色も全く違い、ワインに詳しくない私でも、その深みについ引き込まれそうになるような、人生初の体験をさせていただきました。感謝!

正直、ベルばらの世界を体験しに行くことにしか興味がない中始まった今回の旅でしたが、意外や意外、フランスという国自体の虜になって帰ってきてしまいました。
凱旋門も登りたかった、エズ村も行ってみたくなった、あぁ、なんでフランスまで行ってモンサンミッシェルに行かなかったんだろう・・・そんな思いが日々沸々と湧いてくる。
これがフランスマジック。フランス、恐ろしい子。
悔しいが、どうやら私もそんな魔法にかけられてしまったようだ。
世界中の旅人を虜にする国、フランスに行く際は、ベルばら・ノートルダムの鐘・マリーアントワネット・アメリなど、世の中に溢れているフランスを扱った本や映画を是非観てからご出発していただきたい。
そして、そんな本や映画の世界で出会った、憧れのものに実際に出会うことができる感動を、是非味わってみてください。

ヴェルサイユ宮殿 ★★★★★
栄華!を体現したような宮殿は、一日いても時間がたりません。
宮殿だけではなく、マリーアントワネットの離宮や愛の神殿も是非。
ルーヴル美術館 ★★★★
やっぱり外せない。一日いても観きれないほどの絵や彫刻があります。
本物のモナリザやナポレオンの戴冠式の絵に出会える感動を是非!
ブルゴーニュワイナリーツアー ★★★
ワインが好きすぎてフランスに移住してしまった日本人の方が説明してくれるので、全くワインが分からない人でも、好きになってしまいます。
2014年10月 大野史子
今回の出張先を聞いた時、うっかり某有名漫画宝塚バージョンのセリフを呟き、倒れそうになった。
その理由も、今回の出張先は、なんと今年の初めに密かに心の中で決めていた「いくらツアー代金が高くても、自腹をきって一度は行きたい国NO1」
なぜ私の心の決意がばれたのだろう。しかも行きたい理由はちょっと恥ずかしい。
しかし、ついに憧れの土地への道は開かれたのである。
いざ行かん!フランスへ!!!!
私的、聖地巡礼の旅で出会った様々な美しいものたちと憧れのものたち。
オタクだって旅をする。みなさんの好きなものに出会う旅への参考になりますように。

イケメン探しにもおすすめの国
学生時代、世界史を選択していなかった私にフランスとはどんな国か、どんな歴史をもっているのを教えてくれたのは、あの有名漫画「ベルサイユのばら」でした。
漫画を読み、宝塚歌劇団のベルばらを観劇し、ルイ14世から16世の間のみの歴史を反復学習した末に、オスカルが架空の人物だと知った時の私の心の傷は、未だに癒えていませんが、是非あの時代を象徴する町へ「シュトワイアン、ゆこーーーーう!!(オスカルのセリフ)」と、心の中で叫びながら、いざ飛行機にのりこんだ。
そう、私は今回パリへの憧れでいっぱいいっぱいな状態で出発したため、特にフランスの他の部分には期待もせずにいた。しかし、やはり旅人を魅了してやまない観光大国フランス。行く町、行く町、どこの素晴らしく、おススメしたい町ばかりでした。
パリの部分だけの感想にしようと思っていたのですが、他の町も黙っていられない程素敵だったので、ご紹介。
フランスには、「フランスの最も美しい村協会」というものが存在し、厳しい基準をクリアし、現在約150の村が「フランスの最も美しい村」と認定されています。
「最も」と言いながらも、150村もあるのか・・。良く分からないな・・・。などと思いながらも、フランスの美しい村々観光に参加して参りました。
今回訪れた村は、ルールマラン・ボニュー・ルシヨン・ゴルド。

ルールマラン

ボニューン

ルシヨン

ゴルド
若干あなどって参戦したツアーでしたが、どの村も「こんな美しい村に住んでいる人がいるなんて、信じられない!」レベルでした。
特にゴルドは、ジブリ映画の天空の城ラピュタのモデルになったとも言われており、素敵な写真をたくさん撮ることができました。(素敵すぎて合成写真のようになりましたが)
そして、フランスの昔ながらの美しい村々を見たあとは、ついにやってきました、首都パリ!
観たいものがたくさん溢れているこの町は、危険なことも溢れている町。地下鉄も昔に比べるとマシにはなったそうですが、やはりあまり遅い時間に到着した場合はタクシーを利用するのをお勧めします。
プチ情報として、最近、地下鉄よりもスリが多いのが、意外にもルーヴル美術館だそうです。(みんな入場料を払っているので安心してしまうのと、モナリザの前など人だかりができている場所が危ないそうなので、必ず貴重品は体の前に持つようにしてください)
パリ自由時間が一日しかないため、朝早くにホテルを出発。
一番に、パリの市内で最も行きたかった場所へと向かいました。

ディズニーの映画「ノートルダムの鐘」で有名なノートルダム大聖堂。
実はここも、私的聖地。
高校生時代、この映画で英語の勉強をしていた私。感動で本当に涙を流すという、まわりからみるとなかなか変な人に。
見たかった景色に出会うのは、大好きな人に会うのと同じ感覚に陥りますね。
聖堂内には、「バラ窓」と言われる見事なステンドグラスがあり、大きなシャンデリアがあり、太い柱が何本もあり・・まさに映画そのまま!(むしろこっちが本物)

バラ窓

映画のミサシーンにでてきたところだ!(思い込み)

聖痕に指・・(いたたた・・)
胸いっぱいになりながら大聖堂を出、いざ塔の中へ!と、塔への入り口に向かうと、午前11時ですでに長蛇の列。結局1時間待ち、中に入ることができました。しかし、この待ち時間は全く惜しくはないです。
塔の上からはパリの町が一望でき、エッフェル塔や凱旋門なども見えます。また、大聖堂には、多くのガーゴイルという伝説の怪物(キマイラなどとも呼ばれる)が使われており、彼らを間近で見ることができます。
ノートルダムの鐘に出てくるユーゴ達三人組のことですね。
表情豊かな彼らに逢うためにも、是非登ってみてください。



何かおもろいことないかなぁ。の像
次に向かったのが今回のベルばら聖地巡礼ではかかせない場所。「バスティーユ広場」

記念碑
・・・え!?これだけ!?
日本で、漫画の主人公でありながらも、実際に葬儀が行われたほどの人気がある、オスカル終焉の地が、ただの交差点の真ん中に建った一本の塔のみとは・・。
まぁ、オスカルはフランスではきっと無名なんでしょうが、あの有名なバスティーユ襲撃事件も、こんな扱いなのですね。(新選組の池田屋跡地がパチンコになっているようなものか)ベルばらちょっとがっかりポイント。
他にもパリの見どころを回り、大充実の一日となりましたが、やはり一日では見きれないなぁというのが正直な感想。今度行く機会があれば、是非パリでは3日ぐらい滞在したいものです。

美術館とは思えない程豪華な、ルーヴル美術館

昔のプレイボーイの絵(勘違い)

パリで一番の危険地帯

ミッキーが一人旅にきてました

きらきらエッフェル塔
そしてついにやってきました、決戦の日。
パリから電車で二時間ほどの町にある古城ホテルで私が目を覚ましたのは、朝6時。まだ外が真暗な中、出発の準備をし、太陽がでてくるのと同時に外に飛び出し、敷地内を探検。
お部屋まで運んできてくれる素晴らしい朝食をいただき、朝一の電車でパリへ!
そう、この旅のハイライト、ヴェルサイユ宮殿観光の日!
ちなみに、この日私が宿泊していたのは、オンザンという街にある古城ホテル「ドメーヌ・デ・オー・ドゥワール」。
敷地内には大きな森とお花畑があり、裏にはブドウ畑の広がる、なんとも可愛いホテルです。古城ホテルというと、高い天井に、お姫様天蓋がついたベッドを想像していたのですが、まるで小人のお家のように可愛らしい建物と、居心地の良い室内、バスタブもついており、スタッフは丁寧でありながらもとてもフレンドリー。ホテルのレストランは、ミシュラン2つ星をもっているのですが、アットホームな雰囲気の中、気負うことなく楽しむことができました。




素敵なホテルを後にし、パリのホテルに荷物をほりこみ出発。
ヴェルサイユ宮殿までは、パリ中心部から電車で約30分程度かかります。途中で乗換えを間違え、隣にいたフランス人を必死でつかまえ、どうにかこうにかヴェルサイユに到着したのが、既に15時。涙をこらえながら、17時18時には閉まってしまうヴェルサイユ宮殿内を、走り回ることとなりました。
ヴェルサイユ宮殿のチケットは、列に並ばなくても良いように、事前にオンラインでご取得されるのがお勧め。空港のように、持ち物とボディチェックを終え、やっと宮殿内へと入れます。





「パンが無いなら、お菓子を食べればいいじゃない」というマリーアントワネットの言葉はあまりにも有名ですが(実際は彼女の発言ではないそうです)、こんな噂が広まるのも分かるなぁと思ってしまうような、もう柱の一本一本、天井の角っこにまで手が加えられた宮殿内は、何時間観ても観きることはできないほどです。
また、ヴェルサイユ宮殿から少し離れた場所にある、マリーアントワネットが窮屈な宮廷の生活から逃れたという、プチ・トリアノンも絶対に外せないスポットです。
広大な敷地の中に、小さな農村があり、小川や農場などに囲まれた、可愛らしい王妃の隠れ家がその姿を残しています。



「ああ!これも観たことある!」「ああ!これが例の!」と、一人で感動しまくり走りまくりのヴェルサイユ宮殿ベルばら聖地巡礼ツアーは、約3時間でも大満足でした。(できることなら朝から夜まで時間をかけたかったですが)
想像していたものが、実際に目の前にあるという感動は忘れられません。
ベルばらを読んでなかったら、きっとこんなに感動しなかったのだろうなぁと、隣にいた退屈そうな日本人ツアーの方を見て思ったので、オスカルとアンドレに感謝感謝!
最後に、この旅で、とても素敵な出会いが私に訪れたので、ご紹介。
ブルゴーニュワイナリーツアーに参加した際、ワインが保管されている地下室(ケーヴ)を探検していると、なんと、私と同じ年のワインを発見!!だいぶ残数は少なくなっておりましたが、同じ年のワインに出会えるなんて感動!ついテンションもあがり、記念撮影。

お口のお上手なオーナー曰く、「1988年生まれは、味も良いし量も取れたし、優秀な年だったから今でも人気があるんだよ!この年生まれの女の人も、美人しかいないしね!」とのこと。
くすんだラベルや、ホコリのたまったボトルを手に取り、私の生きてきた年月の長さを、しみじみと感じましましたが、やっぱりお値段はなかなかのもので、ワインの味もよく分からない私にはもったいないのであきらめました。

ワイナリーならではの素敵な遊び<フリーでビューティフルな指輪>

ワインが穴から蒸発する現象を“天使の分け前と呼ぶ”
その後、近年作られたワインを試飲していると、オーナーがにやにやと古いボトルをもって現れ、なんと、特別に私の生まれ年のワインを特別に飲ませてくれました!
やはりヴィンテージ物は、全く味が違い、オーナー曰く「キノコや土の香りがする、深みのある良い味」だそうです。色も全く違い、ワインに詳しくない私でも、その深みについ引き込まれそうになるような、人生初の体験をさせていただきました。感謝!

ケーヴの中はひんやり
正直、ベルばらの世界を体験しに行くことにしか興味がない中始まった今回の旅でしたが、意外や意外、フランスという国自体の虜になって帰ってきてしまいました。
凱旋門も登りたかった、エズ村も行ってみたくなった、あぁ、なんでフランスまで行ってモンサンミッシェルに行かなかったんだろう・・・そんな思いが日々沸々と湧いてくる。
これがフランスマジック。フランス、恐ろしい子。
悔しいが、どうやら私もそんな魔法にかけられてしまったようだ。
世界中の旅人を虜にする国、フランスに行く際は、ベルばら・ノートルダムの鐘・マリーアントワネット・アメリなど、世の中に溢れているフランスを扱った本や映画を是非観てからご出発していただきたい。
そして、そんな本や映画の世界で出会った、憧れのものに実際に出会うことができる感動を、是非味わってみてください。

同じ時間を重ねてきたワインちゃんと
ヴェルサイユ宮殿 ★★★★★
栄華!を体現したような宮殿は、一日いても時間がたりません。
宮殿だけではなく、マリーアントワネットの離宮や愛の神殿も是非。
ルーヴル美術館 ★★★★
やっぱり外せない。一日いても観きれないほどの絵や彫刻があります。
本物のモナリザやナポレオンの戴冠式の絵に出会える感動を是非!
ブルゴーニュワイナリーツアー ★★★
ワインが好きすぎてフランスに移住してしまった日本人の方が説明してくれるので、全くワインが分からない人でも、好きになってしまいます。
2014年10月 大野史子

- 観光客を待ち侘びるエジプトの人々。
-
エリア:
- アフリカ>エジプト>ルクソール
- アフリカ>エジプト>ギザ
- テーマ:観光地 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2014/12/26 14:26



今年、何度か次行きたい国はどこ?と聞かれた事があった。弊社恒例の社員旅行の投票でも投票してみた・・不思議なものである。とある日カタール航空および政府観光局からのFAMのお知らせだ。エジプト?!エジプト!!エジプトーーー。こうして念願のピラミッドと対面できる機会に恵まれた。そして今回は外務省の渡航情報(危険情報)の引き下げに対する現地視察が主な目的でもあるのだ。
エジプトまでは成田からカタールのドーハへ約12時間、ドーハで乗り継ぎ3時間30分ほどでカイロに到着する。ドーハの新空港は今年5月に完成し深夜の乗り継ぎでもほとんどのお店がオープンしていて退屈することはない。またカタール航空の機材のパーソナルモニターも日本語に対応しており映画や番組のラインナップも充実しており、あっという間にエジプトに到着した。

ドーハ空港のシンボル?!テディベア

カタール航空

空港にはアバヤのお店も
●カイロ市内
エジプト考古学博物館はカイロ随一の観光地。

ツタンカーメンの秘宝が多く展示され、歴代のラムセス王のミイラが今も眠っている。ガイドの説明に耳を傾けると念願のエジプトに来た事を改めて感じることが出来た。残念ながら館内へのカメラの持ち込みおよび撮影は厳禁!黄金に輝くツタンカーメンのマスクや秘宝は脳裏に焼き付け後にした。

中庭の遺跡は撮影OK

暴動の後が残る考古学博物館の隣のビル

考古学博物館前の装甲車
外観も美しいモハメド・アリ・モスク。

イスラム地区の丘に建つ「モハメド・アリ・モスク」は19世紀半ばの、エジプトの近代化の基礎を気付いたモハメド・アリによって建立された。イスタンブールのブルーモスクを模して建てられた美しいモスクだ。中庭にはフランス国王にルクソール神殿のオベリスクの1本を贈ったお返しに貰った時計台もある。高台にあるためカイロの街も一望できます。



フトゥーフ門からハンハリーリ市場を歩くとモイッズ通りにはカラフルなシーシャ(水たばこ)を扱う店や工芸品のお店、オリーブなど食材を売るお店が立ち並ぶ。ハンハリーリもかならず訪れたいスーク(市場)である。エジプトでは観光地を含めすべてで定価がなく交渉となる。欲しいものを見付けたら早めに買っておいたほうが良いかもしれない。帰りに気付いたことだが空港でのお土産物も交渉制で市場のどこよりも高かったのである。




●ギザ地区
パノラマビューポイントからのピラミッド。
写真:A224
エジプト言えば真っ先に誰もが浮かぶ念願のピラミッド一度は見たかったピラピッドがカイロからの高速道路でギザに向かう途中、ビルの谷間から忽然と顔を出す。3大ピラミッドのうち最大規模を誇るピラミッドがクフ王のピラミッド。内部には200エジプトポンドで入ることが出来るが残念ながら内部は撮影禁止で背中をかがめて回廊を登るとピラミッドの内部にぽっかり空いたスペースにたどり着く。何があるわけではないが念願のピラミッドの中にようやく辿り着く事が出来た。
なおピラミッドやスフィンクスの周りではラクダの客引きやお土産物を売る「全部で千円!(沢山のお土産品なので意外と安いかも?!)」と客引きがしつこいほどなので、彼らとの記念撮影も注意が必要だ。

観光警察にもラクダがいる。

人面獣身で有名なスフィンクス

ピラミッド前にて現地の子供と

カフラー王のピラミッド

ピラミッド前のラクダ使い
ギザのホテルではピラミッドビューもお勧め。

メリディアン・ピラミッズから

メナハウス・ホテルから
●ルクソール
カイロの朝??2時のモーニングコールで起き、3時ホテルを出発しエジプト航空の国内線で、約1時間ルクソールに到着する。ルクソール空港に到着すると朝陽が顔を出している。

ナイル川を挟んで、陽が昇る東岸には「生」を意味するルクソール神殿やエジプトで最大規模の遺跡のカルナック神殿を見学し、陽が沈む西岸には「死」を象徴する王家の谷やハトシェプスト女王葬祭殿のレリーフが美しい。
そして悠々と流れるナイル川ではファルーカ(帆掛け舟)で陽気なクルーの音楽を聴きながら心地よい風を浴び、時間の流れを忘れる事ができる。

カルナック神殿入口のスフィンクス像

カルナック神殿の大列柱室

願いが叶う大スカラベ



ルクソール神殿のライトアップ


ハトシェプスト女王葬祭殿

メムノンの巨像

ファルーカでナイル川を下る

ファルーカからの夕陽

陽気なファルーカの船員

高いところに登り帆をたたむ
今回のFAMはホテル視察や観光で日程もぎっしりでタフだったが、貴重な機会をいただいたカタール航空、エジプト政府観光局および現地で視察を受け入れていただいたエジプト日本旅行業連盟(JTUE)の皆さまに心より御礼を申し上げます。
なお現地では各ホテルおよび観光地では必ずセキュリティチェックがあり、また私たちに常に同行していただいたツーリストポリスの方のお陰で安心安全に旅を終える事が出来た。
またエジプトの観光大臣、日本大使やルクソール知事などの面々との貴重なレセプションの機会や観光地、ホテルの現地の方に触れ合う度にエジプトの人々が観光客とりわけ日本人を待ちわびる熱を常に感じる事が出来た。
また来年にはエジプト航空の直行便復活の話もちらほら聞きよりエジプト旅行がより身近になるだろう。
【スタッフおススメ度】
ギザのピラミッド ★★★★★ 人生で一度は訪れたい。
エジプト考古学博物館★★★★★ 黄金のマスクを観にエジプトへ
ファルーカ(帆掛け舟)★★★★ ナイルクルーズよりもお勧めです。
ルクソール★★★★ じっくり遺跡を観てまわりたい
(2014年11月 大道隆宏)
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