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エリア:
- アジア > ネパール
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テーマ:
- その他
ネパールの2072年7番目の月カルティーク12日の今日は、
ネパールの人達にとっては、地震から6ヶ月に当たります。
地震があったのは、4月25日で、その日はネパール暦の1月12日でした。
10月25日は4日前でしたが、ネパールの人達にとっては25日よりも
自身のカレンダー上の12日のほうが当然ながら馴染んでいます。
それにしても、6ヶ月・・・
この時間をどのように表現したらいいのか・・・
地震やその後の余震で90%の家が壊れた村があります。
首都カトマンズには、いまだに1000人以上が暮らすテント村があります。
カトマンズの旧王宮広場では、地震で崩れ落ちたカスタマンダプ寺院あとで、
考古学上の発見はないかと関係者が地面を掘り起こしています。
このお寺の名前がカトマンズのもとになったといわれていて、
また、この寺は1本の大木から造られたといわれていました。
今は、残念ながら、そこに祀られていた神様以外、建物を偲ぶものはなにもありません。
また、私の心が落ち着ける仏教寺院ボウダナートも地震の被害を受け、
1ヵ月前の秋彼岸には、
四方を見渡す大きな眼の上の部分はすべて取り払われていました。
これから造りなおすのでしょうが、どのくらいの日々を要するのでしょう。
人々は、地震前と変わらずに、仏塔の周りを回って、お経を唱えています。
私の身近では、傷んだ箇所を修理して、再び以前のようになった家がある一方で、
まだ修理を続けている家もありますが、生活には大きな支障はなさそうです。
私自身も地震前と変わらない日々を送っていられるだけに、
帰る土地もない人々のことを忘れてしまい、テント村を見て思い出す始末です。
復興には10年かかるだろうといわれていますが、
その20分の1の時間が過ぎました・・・
ネパールの人達にとっては、地震から6ヶ月に当たります。
地震があったのは、4月25日で、その日はネパール暦の1月12日でした。
10月25日は4日前でしたが、ネパールの人達にとっては25日よりも
自身のカレンダー上の12日のほうが当然ながら馴染んでいます。
それにしても、6ヶ月・・・
この時間をどのように表現したらいいのか・・・
地震やその後の余震で90%の家が壊れた村があります。
首都カトマンズには、いまだに1000人以上が暮らすテント村があります。
カトマンズの旧王宮広場では、地震で崩れ落ちたカスタマンダプ寺院あとで、
考古学上の発見はないかと関係者が地面を掘り起こしています。
このお寺の名前がカトマンズのもとになったといわれていて、
また、この寺は1本の大木から造られたといわれていました。
今は、残念ながら、そこに祀られていた神様以外、建物を偲ぶものはなにもありません。
また、私の心が落ち着ける仏教寺院ボウダナートも地震の被害を受け、
1ヵ月前の秋彼岸には、
四方を見渡す大きな眼の上の部分はすべて取り払われていました。
これから造りなおすのでしょうが、どのくらいの日々を要するのでしょう。
人々は、地震前と変わらずに、仏塔の周りを回って、お経を唱えています。
私の身近では、傷んだ箇所を修理して、再び以前のようになった家がある一方で、
まだ修理を続けている家もありますが、生活には大きな支障はなさそうです。
私自身も地震前と変わらない日々を送っていられるだけに、
帰る土地もない人々のことを忘れてしまい、テント村を見て思い出す始末です。
復興には10年かかるだろうといわれていますが、
その20分の1の時間が過ぎました・・・


