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2026年11月5日(ネパール暦2083年7月カルティーク19日)木曜日
「ありがとう」と「ごめんなさい」のない国ネパールですが、
とりあえず「ありがとう」について。
学校では、たぶん、低学年の時に「ありがとう」(ネパールでは「サンキュー」)を教えるらしい、ことがわかりました。
というのは、私の友達の甥っ子が、学校で教わった「サンキュー」を、たぶん意味も分かってよく口にしていたそうです。
ところが今は、それを言わなくなった・・・と、先日口にしました。
その時は、ただ聞き逃していたのですが、何日かして、口にしなくなった原因に気づきました。
その子のお父さんやお母さん、そして、周りの人たちは「サンキュー」と言ってるの?
学校の先生は?
親や周りの人たちは、もちろん彼よりずっと大きくて、年齢もいっています。
その人たち、「サンキュー」って、言ってる?
いえいえ、(たぶん)言ってません。
というのは、それを口にした彼女ですが、その口調には、子供だけに責任がある、という雰囲気がいっぱいだったからです。
一度教わったら、その後は、その子のみの責任、という考えというか、ネパールの長い間続いている習慣が見えていたのです。
子供の習慣って、周りの人たちを見たり聞いたりしているうちに、自然と身につくものなのでは?
そうですよね。そうなんです!
ここで私が力を入れることではありませんが、習慣ってそうやって作られるものですよね。
周りの大人たちは、「サンキュー」をほとんど言いません。言ったのを聞いたことがない、と言ってもいいくらいです。
学校でも、たぶん同じでしょう。
低学年で教えても、学年が上がるにつれて、自分から「サンキュー」と口にする先生たち、減っていくというか、
(先生たち自身も身についていないから)言わない先生ばかりになるというか、
たぶん、それが、学校でも家庭でも、どこででも見られる普通の姿なのではないでしょうか。
「サンキュー」と言いなさい、どうして言わない、と、大人たちは言うでしょうが、
そう言われても・・・、子供たちの口から自然に出るようになるとは思えません。
「ありがとう」を言わない、そうした言葉がないネパールの人たちの口から「ナマステ」と同じように、
当たり前の言葉として「サンキュー」が出るようになるのは・・・難しい、のでしょうか。
いろんな場面を見ていて、やはり、「ありがとう」の一言が、人の心を満たし、和らげてくれる言葉だと、私は信じたい。
周りの大人の責任(私も含めて)、大きいですよね。

(今、朝10時前の 「私の山」)
「ありがとう」と「ごめんなさい」のない国ネパールですが、
とりあえず「ありがとう」について。
学校では、たぶん、低学年の時に「ありがとう」(ネパールでは「サンキュー」)を教えるらしい、ことがわかりました。
というのは、私の友達の甥っ子が、学校で教わった「サンキュー」を、たぶん意味も分かってよく口にしていたそうです。
ところが今は、それを言わなくなった・・・と、先日口にしました。
その時は、ただ聞き逃していたのですが、何日かして、口にしなくなった原因に気づきました。
その子のお父さんやお母さん、そして、周りの人たちは「サンキュー」と言ってるの?
学校の先生は?
親や周りの人たちは、もちろん彼よりずっと大きくて、年齢もいっています。
その人たち、「サンキュー」って、言ってる?
いえいえ、(たぶん)言ってません。
というのは、それを口にした彼女ですが、その口調には、子供だけに責任がある、という雰囲気がいっぱいだったからです。
一度教わったら、その後は、その子のみの責任、という考えというか、ネパールの長い間続いている習慣が見えていたのです。
子供の習慣って、周りの人たちを見たり聞いたりしているうちに、自然と身につくものなのでは?
そうですよね。そうなんです!
ここで私が力を入れることではありませんが、習慣ってそうやって作られるものですよね。
周りの大人たちは、「サンキュー」をほとんど言いません。言ったのを聞いたことがない、と言ってもいいくらいです。
学校でも、たぶん同じでしょう。
低学年で教えても、学年が上がるにつれて、自分から「サンキュー」と口にする先生たち、減っていくというか、
(先生たち自身も身についていないから)言わない先生ばかりになるというか、
たぶん、それが、学校でも家庭でも、どこででも見られる普通の姿なのではないでしょうか。
「サンキュー」と言いなさい、どうして言わない、と、大人たちは言うでしょうが、
そう言われても・・・、子供たちの口から自然に出るようになるとは思えません。
「ありがとう」を言わない、そうした言葉がないネパールの人たちの口から「ナマステ」と同じように、
当たり前の言葉として「サンキュー」が出るようになるのは・・・難しい、のでしょうか。
いろんな場面を見ていて、やはり、「ありがとう」の一言が、人の心を満たし、和らげてくれる言葉だと、私は信じたい。
周りの大人の責任(私も含めて)、大きいですよね。

(今、朝10時前の 「私の山」)
今日は、モーター類にプジャをする日のようで、
向かいの家でも家族全員で、車にプジャをしていました。
今日は、道路へ出れば、プジャをした車を見かけるはずです。
新聞社もいよいよダサイン休暇に入ります。
今朝の新聞に載った、新聞社のお知らせと挨拶です。
今年は、いつもより長めの休暇のようです。
よいダサイン休暇でありますように。
向かいの家でも家族全員で、車にプジャをしていました。
今日は、道路へ出れば、プジャをした車を見かけるはずです。
新聞社もいよいよダサイン休暇に入ります。
今朝の新聞に載った、新聞社のお知らせと挨拶です。
今年は、いつもより長めの休暇のようです。
よいダサイン休暇でありますように。
ネパール7番目の月は、カルティークと言われる月です。
日本の昨日から11月16日までの30日間です。
今年のカルティークは、ご覧の通り、30日のほとんどといっていいほど赤くなっています。
ダサインから次の祭りティハールまでが、1ヵ月の暦にすっぽりと入っています。
近所の私がよく行くレストランも、今日からダサイン休暇に入ります。
普段と変わらない時間を送っていると思っていても、なんとなく心が騒ぎ始める、日々になってきました。
日本の昨日から11月16日までの30日間です。
今年のカルティークは、ご覧の通り、30日のほとんどといっていいほど赤くなっています。
ダサインから次の祭りティハールまでが、1ヵ月の暦にすっぽりと入っています。
近所の私がよく行くレストランも、今日からダサイン休暇に入ります。
普段と変わらない時間を送っていると思っていても、なんとなく心が騒ぎ始める、日々になってきました。
先日、今回のネパールで起きた土石流について、私が知ったこと。
(マナスルへ、たぶん、トレッキングと思いますが)、
インドからのグループ180名と20人のネパール人ガイドが、この災難に巻き込まれ、いまだに一人も見つかっていない、と
いうことです。
川の水で、何もなくなった中国の国境事務所ですが、
そこへ行って、こうなる前の建物を見ていた、という人の話を聞きました。
2か月前のことだそうです。
今は、もう、何もない・・・
当然のこととは言いながらも、
それぞれの仕事に関係して、いろいろな場所への人の動きがあることを、改めて知ることになりました。

こちらの時間で、朝9時半前の「私の窓からの山」です。
明るくて、きれいです。
実際より、空の青が足りてない、とは思いますが、でも、ま、いいことにしましょう。

空の面積を大きくしようか・・・と、迷いました。
山と空を中心にしたいのだから、2枚目の写真のほうがいいのかな、と思いますが。
私の部屋から見える空は、実際、こんなところですし。
雨季は、残り1週間くらいだが、大雨が降る、との予想が出ていると聞きました。
大きな被害が出ませんように・・・
(マナスルへ、たぶん、トレッキングと思いますが)、
インドからのグループ180名と20人のネパール人ガイドが、この災難に巻き込まれ、いまだに一人も見つかっていない、と
いうことです。
川の水で、何もなくなった中国の国境事務所ですが、
そこへ行って、こうなる前の建物を見ていた、という人の話を聞きました。
2か月前のことだそうです。
今は、もう、何もない・・・
当然のこととは言いながらも、
それぞれの仕事に関係して、いろいろな場所への人の動きがあることを、改めて知ることになりました。

こちらの時間で、朝9時半前の「私の窓からの山」です。
明るくて、きれいです。
実際より、空の青が足りてない、とは思いますが、でも、ま、いいことにしましょう。

空の面積を大きくしようか・・・と、迷いました。
山と空を中心にしたいのだから、2枚目の写真のほうがいいのかな、と思いますが。
私の部屋から見える空は、実際、こんなところですし。
雨季は、残り1週間くらいだが、大雨が降る、との予想が出ていると聞きました。
大きな被害が出ませんように・・・

- 手軽で便利な「ムダ」
-
エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:その他
- 投稿日:2026/09/18 12:33
- コメント(0)
「椅子のひとつ。細い竹を組み合わせて中央部がくびれた筒型を作って立て、その上面に皮等を張った小型の椅子」とネパール語辞典で紹介されているのがこの写真の椅子です。
皮を張ったものはまだ見たことがありませんが、私が知る限りでは、写真のように紐で模様を作ったものがほとんどです。

底部には古タイヤが使われています。
真ん中のものには太い紐がありますが、これは他に比べて大きいので、ここを持って運ぶと楽です。

名前は「ムダ」。
持ち運びしやすく、場所を取らず、使いやすく、壊れにくいすぐれものです。
これに腰を下ろして話が弾む人達の姿をよく見かけます。
ネパールで欠かせないもののひとつかもしれません。
持ち運びが簡単なのと場所を取らないので、私も気に入って、部屋にいくつか置いてあります。
椅子のことは「クルシ」といいますから、ムダはそれ自身の名前を持っていることになります。
皮を張ったものはまだ見たことがありませんが、私が知る限りでは、写真のように紐で模様を作ったものがほとんどです。

底部には古タイヤが使われています。
真ん中のものには太い紐がありますが、これは他に比べて大きいので、ここを持って運ぶと楽です。

名前は「ムダ」。
持ち運びしやすく、場所を取らず、使いやすく、壊れにくいすぐれものです。
これに腰を下ろして話が弾む人達の姿をよく見かけます。
ネパールで欠かせないもののひとつかもしれません。
持ち運びが簡単なのと場所を取らないので、私も気に入って、部屋にいくつか置いてあります。
椅子のことは「クルシ」といいますから、ムダはそれ自身の名前を持っていることになります。
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