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ネパールには、「モモ」と呼ばれる日本式に言うなら「餃子」があります。
私が知る限りでは、この中身は「チキン」「ベジ(野菜)」「バフ(バファロー)」が主です。
私はこれまでに、この3種類をすべて食べました。
店による中身や味の違いがあるのは言うまでもありません。
また、調理の仕方も「蒸し餃子」「揚げ餃子」などがあります。
ネパールのモモは、一皿10個です。

日本食レストランでは、このモモの数にだいぶ悩むようです。
はじめは、(たぶん)日本式に6個の餃子を乗せていたのですが、それが10個になった時がありました。
店の人に聞くと、「お客さんが、6個では少ない、と言った」そうで、数を増やしたのでしょう。
その後、餃子の数が8個になり、今もそれが続いています。
たくさん食べるネパール人も納得、ということなのでしょう。
モモの別の話題も別の機会に取り上げます。
今朝は、時間は短かったですが、2回に分けて雨が降りました。
今は、すぐそこの山がモヤに覆われて、はっきりしません。
歓迎できない天気が続いています。
私が知る限りでは、この中身は「チキン」「ベジ(野菜)」「バフ(バファロー)」が主です。
私はこれまでに、この3種類をすべて食べました。
店による中身や味の違いがあるのは言うまでもありません。
また、調理の仕方も「蒸し餃子」「揚げ餃子」などがあります。
ネパールのモモは、一皿10個です。

日本食レストランでは、このモモの数にだいぶ悩むようです。
はじめは、(たぶん)日本式に6個の餃子を乗せていたのですが、それが10個になった時がありました。
店の人に聞くと、「お客さんが、6個では少ない、と言った」そうで、数を増やしたのでしょう。
その後、餃子の数が8個になり、今もそれが続いています。
たくさん食べるネパール人も納得、ということなのでしょう。
モモの別の話題も別の機会に取り上げます。
今朝は、時間は短かったですが、2回に分けて雨が降りました。
今は、すぐそこの山がモヤに覆われて、はっきりしません。
歓迎できない天気が続いています。

- ブジャとカジャ(ネパールのご飯論法)
-
エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:その他
- 投稿日:2026/05/20 12:18
- コメント(0)
私が以前にこの欄で書いた話題ですが、
A「私たち、ブジャを食べないと、死んじゃうよね」
B「そんなことないさ」
A「どうして?」
B「だって、カジャを食べるもの」

(「ブジャ」と言えば、ネパール式のご飯セットです)

(ネパールの餃子「モモ」は、カジャのひとつ)

(えらく黒く焼けてますが、ナンも、ネパールではカジャです)
私がネパールの中学生だった少女に教えてもらった、ネパールとインドに共通の笑い話として、紹介しました。
これは、米のご飯を食べるのが、「ブジャ」で、米を食べないのが「カジャ」と、食事とおやつを使い分けるものです。
ネパールでも、「ブジャ カヨ?(ご飯食べましたか)」と、「カジャ カヨ?(おやつ食べましたか))」
を使い分けています。
米を食べる、食べないは、私にはどちらも食べることであり、食事をすることでしたので、
自分の中で区別することはありませんでした。
ですから、人に「ブジャカヨ?」と聞かれると、チヤ(ミルクティー)とパンであっても、「はい、食べました」と答えていました。
でも、ネパールでははっきりとブジャとカジャを区別しています。
ですから、生じる笑い話、なのですが。
つい、2,3日前、日本の国会中継やジャーナリストなどのYOUTUBE動画を見ていると、「ご飯論法」が耳に入りました。
動画作成者の解説を聞いて、あの笑い話じゃないか!と思いました。
動画作成者は、『「直接、実際に会ったことはないが、オンラインで会った」ということは、
「ご飯は食べてないけれど、パンは食べた」ということ』であると説明していました。
ウィキペディアには、「提喩を用いることによって質問に正面から答えず、論点をずらす論法。「朝ご飯は食べたか」という質問を受けた際、「ご飯」の意味を故意に狭い意味として解釈し、例えばパンは食べたにもかかわらず、「ご飯(米飯、白米)は食べていない」と答えるように、質問側の意図をあえて曲解し、論点をずらし回答をはぐらかす手法である」と書いてあります。
私が単なる笑い話として聞き、それ以上の意味を考えてみなかった話でしたが、
こんな意味もあったのか、と驚き、改めて笑い話を読み返しました。
A「私たち、ブジャを食べないと、死んじゃうよね」
B「そんなことないさ」
A「どうして?」
B「だって、カジャを食べるもの」

(「ブジャ」と言えば、ネパール式のご飯セットです)

(ネパールの餃子「モモ」は、カジャのひとつ)

(えらく黒く焼けてますが、ナンも、ネパールではカジャです)
私がネパールの中学生だった少女に教えてもらった、ネパールとインドに共通の笑い話として、紹介しました。
これは、米のご飯を食べるのが、「ブジャ」で、米を食べないのが「カジャ」と、食事とおやつを使い分けるものです。
ネパールでも、「ブジャ カヨ?(ご飯食べましたか)」と、「カジャ カヨ?(おやつ食べましたか))」
を使い分けています。
米を食べる、食べないは、私にはどちらも食べることであり、食事をすることでしたので、
自分の中で区別することはありませんでした。
ですから、人に「ブジャカヨ?」と聞かれると、チヤ(ミルクティー)とパンであっても、「はい、食べました」と答えていました。
でも、ネパールでははっきりとブジャとカジャを区別しています。
ですから、生じる笑い話、なのですが。
つい、2,3日前、日本の国会中継やジャーナリストなどのYOUTUBE動画を見ていると、「ご飯論法」が耳に入りました。
動画作成者の解説を聞いて、あの笑い話じゃないか!と思いました。
動画作成者は、『「直接、実際に会ったことはないが、オンラインで会った」ということは、
「ご飯は食べてないけれど、パンは食べた」ということ』であると説明していました。
ウィキペディアには、「提喩を用いることによって質問に正面から答えず、論点をずらす論法。「朝ご飯は食べたか」という質問を受けた際、「ご飯」の意味を故意に狭い意味として解釈し、例えばパンは食べたにもかかわらず、「ご飯(米飯、白米)は食べていない」と答えるように、質問側の意図をあえて曲解し、論点をずらし回答をはぐらかす手法である」と書いてあります。
私が単なる笑い話として聞き、それ以上の意味を考えてみなかった話でしたが、
こんな意味もあったのか、と驚き、改めて笑い話を読み返しました。

- 2083年2月ジェト月
-
エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:その他
- 投稿日:2026/05/15 13:22
- コメント(0)

ネパールは、1月が終わり、今日から2番目の月ジェトが始まりました。
今年のジェト月は、日本の5月15日から6月14日までの31日間です。
乾季も終わりが近くなり、雨季が近づいています。
これを書く前に、私が書いてきたこれまでのジェト月の天気を見たのですが、
天気が良くない、雨が降るなど、どうも、今年と似たような天気だったようなのです。
私はすっかり忘れているのに、その時に私が書いているのだから、そんな天気だったのだろう・・・
今月のネパールの休日は、土曜日の5日のほかに1日あります。
ジェト月は毎年ですが、紙面が地味な月です。
強い太陽が待たれます。
目の前の、向かいの家での7日間のプジャ(宗教儀式)が終わり、ほっとしています。
ヒンドゥ教徒のプジャで、私にはその意味や目的など分かっていないのですが、
とにかく終わってほっと・・・しています。
朝から始まるプジャですが、初日7時前のいきなりの大きな音に驚き、頭、壊れそう!となりました。
プジャをすることを近所の人へも話して、来てください、と言ってあるそうで、
朝から神様への捧げものを持った人たちが訪れます。
女性たちは、赤いサリーを身に着けています。
何人かでの赤いサリー姿は、赤の色がとてもきれいで着ている女性たちを輝いて見せています。
朝から夜まで続くお坊さんの説教と唄や音楽、
ネパールではこの時の音の大きさが半端ではありません。
その場に集まっている人たちはもちろん、できるだけ多くの人に聞こえるように、
との思いからなのでは、と私は勝手に考えていますが、
どんなに尊い話でも、こんなに大きな音でなくても、と私は思うのですが、
ネパールではそんな思いは通じないようで、
スピーカーからは最大限のボリュームではないかと思われる音量が飛び出しています。
それが、朝から夜まで続きます。
お坊さんの食事時だけは音の大きさは押さえているようですが、
その分、参加者のおしゃべりがありますので、私にとっては、休める時間はありません。
夜は9時ごろ終了していたのが日ごとに延び、最終日の昨夜は、11時まで歌と踊りが終わりませんでした。
最大限の大きさで、しかも、朝から夜まで鳴り響くのは、
私はそれに対する習慣がなく、しかも、耳には入るが、聞きたい音ではないときは、これほど苦痛なことはありません。
朝も、昼間も、夜になっても、聞きたくない音が耳に入ってくることほど、苦痛はないと、改めて思いました。
ネパールの人たちは、神様への祈りを大切にしています。
神様に関する行事を喜び、神様の前で手を合わせます。
一方、歌や音楽に合わせて踊るのが好きな人たちです。
今回のプジャでも、毎日、その日を歌と踊りで締めくくっていました。
その時だけは、参加者は神様の前で踊ることに集中しています。
ことによると、ヒンドゥ教の神様たちは、こうした場面がお好きなのかもしれないですね。
あれだけ踊りまくっていれば、当分の間はすっきりした気分で、暮らせるのでは、などと思っていました。
今朝はキッチンの仕事をしていた人たちが、早くから片付けの仕事をしています。
フォークなどがぶつかって立てる音が聞こえています。
・・・これで、私は、家を逃げ出さなくてもよくなりました。
普通の暮らしに戻れるようです。
今回は、7日間のプジャでしたが、1ヵ月続くプジャもあるそうで・・・
そうなったら、私、壊れてしまいます!!
ヒンドゥ教徒のプジャで、私にはその意味や目的など分かっていないのですが、
とにかく終わってほっと・・・しています。
朝から始まるプジャですが、初日7時前のいきなりの大きな音に驚き、頭、壊れそう!となりました。
プジャをすることを近所の人へも話して、来てください、と言ってあるそうで、
朝から神様への捧げものを持った人たちが訪れます。
女性たちは、赤いサリーを身に着けています。
何人かでの赤いサリー姿は、赤の色がとてもきれいで着ている女性たちを輝いて見せています。
朝から夜まで続くお坊さんの説教と唄や音楽、
ネパールではこの時の音の大きさが半端ではありません。
その場に集まっている人たちはもちろん、できるだけ多くの人に聞こえるように、
との思いからなのでは、と私は勝手に考えていますが、
どんなに尊い話でも、こんなに大きな音でなくても、と私は思うのですが、
ネパールではそんな思いは通じないようで、
スピーカーからは最大限のボリュームではないかと思われる音量が飛び出しています。
それが、朝から夜まで続きます。
お坊さんの食事時だけは音の大きさは押さえているようですが、
その分、参加者のおしゃべりがありますので、私にとっては、休める時間はありません。
夜は9時ごろ終了していたのが日ごとに延び、最終日の昨夜は、11時まで歌と踊りが終わりませんでした。
最大限の大きさで、しかも、朝から夜まで鳴り響くのは、
私はそれに対する習慣がなく、しかも、耳には入るが、聞きたい音ではないときは、これほど苦痛なことはありません。
朝も、昼間も、夜になっても、聞きたくない音が耳に入ってくることほど、苦痛はないと、改めて思いました。
ネパールの人たちは、神様への祈りを大切にしています。
神様に関する行事を喜び、神様の前で手を合わせます。
一方、歌や音楽に合わせて踊るのが好きな人たちです。
今回のプジャでも、毎日、その日を歌と踊りで締めくくっていました。
その時だけは、参加者は神様の前で踊ることに集中しています。
ことによると、ヒンドゥ教の神様たちは、こうした場面がお好きなのかもしれないですね。
あれだけ踊りまくっていれば、当分の間はすっきりした気分で、暮らせるのでは、などと思っていました。
今朝はキッチンの仕事をしていた人たちが、早くから片付けの仕事をしています。
フォークなどがぶつかって立てる音が聞こえています。
・・・これで、私は、家を逃げ出さなくてもよくなりました。
普通の暮らしに戻れるようです。
今回は、7日間のプジャでしたが、1ヵ月続くプジャもあるそうで・・・
そうなったら、私、壊れてしまいます!!
ネパールの主食は、米です。
米を食べて初めて「ご飯を食べた」ことになるネパールです。
ネパールの米は、「長くて細い」です。日本で食べる米は、「短かくて太い」です。
見た目ですが、写真では3種類の米がありますが、

左の二つがネパールの人たちが食べる米で、右が日本スタイルの米です。
(日本から取り寄せた種もみから作った米で、私が主に食べている米です)
ネパールの米は、高いものから、買いやすい値段のものまで種類がたくさんあります。
何を作るかによって、米を使い分けたりもするようです。
米ですが、ネパールで米を炊くときに使うのが圧力鍋です。
炊く時間が短く、炊きあがった後も蒸すことなしに、すぐ食べられます。
この圧力鍋での炊飯、おいしいのです。
いつも日本風の米を食べている私にとっては、新鮮なおいしさになります。
日本風の米にはないさっぱり感が、別の意味において嬉しいです。
ネパールの米で作るチャーハンは、粘ることなく、食べやすく作れます。
ネパールの米や食事に慣れてきた私にも変化が起きていて、
ちょっと調子が悪い時に作ってもらう「ダールスープをかけたご飯」を、とてもおいしく食べています。
ダール(豆)の味が何とも言えず、ネパールの米とよく合って、食欲のない私が「おいしい!」と言いながら食べるのです。
調子を少しでも取り戻すと、もう、「ダールスープをかけたご飯」を忘れて、自分の味のご飯を作るのですが、
食欲のない時に食べたくなるご飯になった「ダールスープをかけたご飯」です。
作ってくれるネパールの友達に「おいしいよ」と言いながら、食が進みます。
余談です。日本人から聞いた話ですが、
日本の米のご飯をネパール人に食べてもらうと、食べた後、おなかが苦しくなるそうです。
ネパール人は、ご飯を山のように食べます。
ですから、レストランでも、ご飯と野菜などのお代わりをバンバンします。
(肉類のお代わりには、料金がかかります)
私から見ると、「山のようなご飯」を、手で上手にカレーや漬物などと混ぜながら食べています。
あの調子で、日本のご飯を食べたら・・・おなかが苦しくなるでしょうね。
こうして、2種類の米を使い分ける?私になりました。
米を食べて初めて「ご飯を食べた」ことになるネパールです。
ネパールの米は、「長くて細い」です。日本で食べる米は、「短かくて太い」です。
見た目ですが、写真では3種類の米がありますが、

左の二つがネパールの人たちが食べる米で、右が日本スタイルの米です。
(日本から取り寄せた種もみから作った米で、私が主に食べている米です)
ネパールの米は、高いものから、買いやすい値段のものまで種類がたくさんあります。
何を作るかによって、米を使い分けたりもするようです。
米ですが、ネパールで米を炊くときに使うのが圧力鍋です。
炊く時間が短く、炊きあがった後も蒸すことなしに、すぐ食べられます。
この圧力鍋での炊飯、おいしいのです。
いつも日本風の米を食べている私にとっては、新鮮なおいしさになります。
日本風の米にはないさっぱり感が、別の意味において嬉しいです。
ネパールの米で作るチャーハンは、粘ることなく、食べやすく作れます。
ネパールの米や食事に慣れてきた私にも変化が起きていて、
ちょっと調子が悪い時に作ってもらう「ダールスープをかけたご飯」を、とてもおいしく食べています。
ダール(豆)の味が何とも言えず、ネパールの米とよく合って、食欲のない私が「おいしい!」と言いながら食べるのです。
調子を少しでも取り戻すと、もう、「ダールスープをかけたご飯」を忘れて、自分の味のご飯を作るのですが、
食欲のない時に食べたくなるご飯になった「ダールスープをかけたご飯」です。
作ってくれるネパールの友達に「おいしいよ」と言いながら、食が進みます。
余談です。日本人から聞いた話ですが、
日本の米のご飯をネパール人に食べてもらうと、食べた後、おなかが苦しくなるそうです。
ネパール人は、ご飯を山のように食べます。
ですから、レストランでも、ご飯と野菜などのお代わりをバンバンします。
(肉類のお代わりには、料金がかかります)
私から見ると、「山のようなご飯」を、手で上手にカレーや漬物などと混ぜながら食べています。
あの調子で、日本のご飯を食べたら・・・おなかが苦しくなるでしょうね。
こうして、2種類の米を使い分ける?私になりました。
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