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- 「リングロードをバスで巡る」
-
エリア:
- アジア>ネパール>カトマンズ
- テーマ:鉄道・乗り物
- 投稿日:2026/08/10 14:40
- コメント(0)
「リングロードをバスで巡る」ですが、
写真でお分かりのように、右回りに回りました。

リングロードは、カトマンズとラリトプール(パタン)の一部を含んだ道でした。
思えば、カトマンズで暮らしてだいぶ長くなりましたが、
リングロード一周を目的に、ぐるりと一回りしたことはありませんでした。
カトマンズに住む人でも、そうしたことを試みた人っているのかな・・・
人たちにとっては、目的地へ行く道路のひとつなのでしょう。
なぜ、私が一周をしようと思ったか・・・ですが、
私が住む所からのバスが「チャーベル!コテスウォール!!」というバスと、
「スワヤンブー!カランキ!!」と言って客を呼び込むバスの2種類があり、
これらはリングロードにある場所の名前であること、
そして、リングロードを左右に分かれて走る道上にあることも知っていました。
でも、私は、長い間、何も考えずに、また、疑問も抱かずに聞いていたのです。
コテスウォールとカランキの間にも
リングロードが続いていることは知っていましたが、
でも、その時はまだ、こうした場所の名前がそれぞれのバスの終点と思っていました。
その二つの間は、道はあってもバスは走ってないのか・・・
そして、それをはっきりさせるためにも、乗ってみよう!と決めたのです。
そうして、チャーベル、コテスウォール行きのバスに乗ったのです。
終点と思っていたコテスウォールに来ても、バスの客に降りる気配がありません。
??と思いながらも、「このまま乗り続けてみよう!」と決めました。
バスは、相変わらず停車場に泊まり、客の乗り降りが繰り返されます。
そして、私の聞いたことのない場所の名前が・・・
この時は、ラリトプールを走っていた・・・と、後でわかりましたが、
その時の私に不安や心配は全くありませんでした。
間違いなくリングロードを走っていて、
どこかで私が知っている場所に行くはず、と迷いがなかったからです。
しばらくして、私の知っている名前カランキに着きました!やっぱり、当たった!
西方のポカラや、東方のビラトナガールへ行くときに、ここでリングロードを離れ、
カトマンズを出る分岐点であることをしっかり覚えていたからです。
・・・正直言って、これで私の思ったことは間違いなかった!
後は、もう余裕綽々でバスに乗っていました。
丘の上のスワヤンブナート寺院を見ているうちに、
最近よく行くスーパーマーケットの前を通りました。
ここまでくれば、もう、チョコラパットは近い!
こうして、最初の一周をしました。
その後は、右回りや左回りで、目的地を決めて回りました。
最初の一周の時、客の乗り降りや、信号待ちで時間がかかり、
一回りした時には、バスに乗ってから1時間半が経っていました。
知らない道も走ったし、
以前覚えていた何もない景色ではなくなって、
見違えるようになっている道路や街の様子に驚きながらの「旅」になりました。
この、初めての一周は、私にとっては、「旅」だったのです。
私を旅気分にさせてくれたリングロードですが、全長28キロでした。
もっと長いと思っていたのに・・・
リングロードの仕組みが分かった今、気分転換に周遊するかもしれない・・・
手近な楽しみ、が増えたようです。
写真でお分かりのように、右回りに回りました。

リングロードは、カトマンズとラリトプール(パタン)の一部を含んだ道でした。
思えば、カトマンズで暮らしてだいぶ長くなりましたが、
リングロード一周を目的に、ぐるりと一回りしたことはありませんでした。
カトマンズに住む人でも、そうしたことを試みた人っているのかな・・・
人たちにとっては、目的地へ行く道路のひとつなのでしょう。
なぜ、私が一周をしようと思ったか・・・ですが、
私が住む所からのバスが「チャーベル!コテスウォール!!」というバスと、
「スワヤンブー!カランキ!!」と言って客を呼び込むバスの2種類があり、
これらはリングロードにある場所の名前であること、
そして、リングロードを左右に分かれて走る道上にあることも知っていました。
でも、私は、長い間、何も考えずに、また、疑問も抱かずに聞いていたのです。
コテスウォールとカランキの間にも
リングロードが続いていることは知っていましたが、
でも、その時はまだ、こうした場所の名前がそれぞれのバスの終点と思っていました。
その二つの間は、道はあってもバスは走ってないのか・・・
そして、それをはっきりさせるためにも、乗ってみよう!と決めたのです。
そうして、チャーベル、コテスウォール行きのバスに乗ったのです。
終点と思っていたコテスウォールに来ても、バスの客に降りる気配がありません。
??と思いながらも、「このまま乗り続けてみよう!」と決めました。
バスは、相変わらず停車場に泊まり、客の乗り降りが繰り返されます。
そして、私の聞いたことのない場所の名前が・・・
この時は、ラリトプールを走っていた・・・と、後でわかりましたが、
その時の私に不安や心配は全くありませんでした。
間違いなくリングロードを走っていて、
どこかで私が知っている場所に行くはず、と迷いがなかったからです。
しばらくして、私の知っている名前カランキに着きました!やっぱり、当たった!
西方のポカラや、東方のビラトナガールへ行くときに、ここでリングロードを離れ、
カトマンズを出る分岐点であることをしっかり覚えていたからです。
・・・正直言って、これで私の思ったことは間違いなかった!
後は、もう余裕綽々でバスに乗っていました。
丘の上のスワヤンブナート寺院を見ているうちに、
最近よく行くスーパーマーケットの前を通りました。
ここまでくれば、もう、チョコラパットは近い!
こうして、最初の一周をしました。
その後は、右回りや左回りで、目的地を決めて回りました。
最初の一周の時、客の乗り降りや、信号待ちで時間がかかり、
一回りした時には、バスに乗ってから1時間半が経っていました。
知らない道も走ったし、
以前覚えていた何もない景色ではなくなって、
見違えるようになっている道路や街の様子に驚きながらの「旅」になりました。
この、初めての一周は、私にとっては、「旅」だったのです。
私を旅気分にさせてくれたリングロードですが、全長28キロでした。
もっと長いと思っていたのに・・・
リングロードの仕組みが分かった今、気分転換に周遊するかもしれない・・・
手近な楽しみ、が増えたようです。

- 「リングロードをバスで巡る11」ナヤバスパーク
-
エリア:
- アジア>ネパール>カトマンズ
- テーマ:鉄道・乗り物
- 投稿日:2026/08/08 12:34
- コメント(0)
右回りで始めた「バスでのリングロードの旅」ですが、
その最後に紹介するのがナヤバスパークです。

リングロードにある長距離バスなどの発着点です。
私も長距離バスに乗ってポカラなどいくつかの場所へ行きました。
ただ、その始発点はこのバスパークではなかったので、名前は知っていても行ったことがなかった所でした。
何度か通った時に、バスが出たり入ったりしているのは見ていました。
そのバスパークに初めて行きました。
私が、このバスパークについてのニュースを見るのは、
主にネパール一の国民的な祭りダサインを控えた各地域へのバスのチケット売り場の混雑具合が、新聞に取り上げられるときだけでした。
その時の窓口は、各地へのチケットを求める人たちで賑わっていました。
私が行った日は、そうした人たちの姿はなく、客を引く人たちの掛け声だけがありました。

私は、「何処へ行く?ルンビニか?」などと何回も声を掛けられました。
ルンビニは、ネパール南部にあるブッダ生誕地です。
日本人・・・と見たのでしょう・・・
いきなりチケット売り場の話から始めましたが、リングロードからバスパークへ向かう道での光景を書きます。
様々な店が並んでいるのは、どこでも同じなのですが、
ここはほかの商店街とはちょっと違っていました。
菓子類を売る店が並んでいるのですが、それが軒を並べてズラッと並んでいるのです。

一軒の菓子屋の両隣も菓子屋、その隣も、という風に並び、菓子屋が主力の商店街、でした。
一軒の菓子屋の店を覗き、きれいに並べられた菓子、菓子、菓子を見ているうちに、アッと気づきました。

地方へ帰る人たちが、家族や友人にみやげとして買って帰る菓子なんだと。
・・・そういえば、日本のどの駅でも「お土産に〇〇菓子はいかがですか」と言って売っている。
あれと同じなんだ・・・
売る人も買う人も、国は違っても人の気持ちって変わらないんだ・・・
そして、いよいよバスパークの中へ。
それらしく仕切られ整理されたバスパークの中でした。

長距離バスのボディに画かれた思い思いの絵柄。
写真を撮りました。

(シバ神)


(日本にも、こんな言葉あったな・・・と、撮りましたが、完全ではありませんでした・・・)

(25年前に犠牲になった当時の王様の家族写真を掲げる、ネパール愛溢れる図柄!)
リングロードとバスパークへの出入り口は、いつも休むことなく、出るバス入るバスの行き来が続いています。
出ようとするバスの一台にはネパール語で「Bhairahawa」と書かれていて、
これからネパール南部のルンビニの入り口バイラワまでの長い旅に出るのだな、と知りました。
常に出入りのバスの動きがあり、活気に満ちています。
う〜ん、いいもんだ・・・
見送りなどで訪れる車やバイクの駐車料金の看板がありましたので、参考までにご覧ください。

モーターサイクル:30分15ルピー、1時間25ルピー、車:30分40ルピー、1時間75ルピー
*1ルピーと日本の1円は、ほぼ同じと考えてください。
バスパークを出て、向こう側に渡ろうとしたのですが、
そこで交通整理をしていたおまわりさんに「向こう側へはどうにして渡ればいいですか」と声を掛けました。
「ここを横切ればいいんだよ」と、やっぱりね、の返事が返ってきました。
そして、笛を鳴らして、車やバイクを抑えてくれたので、お礼を言いながら結構大きな交差点を渡り切りました。

「ここに歩道橋を作ればいいのに・・・」とおまわりさんに言うことも忘れませんでした。
おまわりさん、ありがとう!
最後にもう一つ。
バスパークには、ネパールと日本の名前が並ぶこんなプレートがあります。

KATHMANDU
BUS TERMINAL
CONSTRUCTED UNDER THE GRANT AID OF
THE GOVERNMENT OF JAPAN
AS A TOKEN OF
FRIENDSHIP AND COOPERATION
BETWEEN
NEPAL AND JAPAN
1993
旅の出発点でも、到着点でもある心がはずむバスパーク。
また来たいな、と思う場所です。
その最後に紹介するのがナヤバスパークです。

リングロードにある長距離バスなどの発着点です。
私も長距離バスに乗ってポカラなどいくつかの場所へ行きました。
ただ、その始発点はこのバスパークではなかったので、名前は知っていても行ったことがなかった所でした。
何度か通った時に、バスが出たり入ったりしているのは見ていました。
そのバスパークに初めて行きました。
私が、このバスパークについてのニュースを見るのは、
主にネパール一の国民的な祭りダサインを控えた各地域へのバスのチケット売り場の混雑具合が、新聞に取り上げられるときだけでした。
その時の窓口は、各地へのチケットを求める人たちで賑わっていました。
私が行った日は、そうした人たちの姿はなく、客を引く人たちの掛け声だけがありました。

私は、「何処へ行く?ルンビニか?」などと何回も声を掛けられました。
ルンビニは、ネパール南部にあるブッダ生誕地です。
日本人・・・と見たのでしょう・・・
いきなりチケット売り場の話から始めましたが、リングロードからバスパークへ向かう道での光景を書きます。
様々な店が並んでいるのは、どこでも同じなのですが、
ここはほかの商店街とはちょっと違っていました。
菓子類を売る店が並んでいるのですが、それが軒を並べてズラッと並んでいるのです。

一軒の菓子屋の両隣も菓子屋、その隣も、という風に並び、菓子屋が主力の商店街、でした。
一軒の菓子屋の店を覗き、きれいに並べられた菓子、菓子、菓子を見ているうちに、アッと気づきました。

地方へ帰る人たちが、家族や友人にみやげとして買って帰る菓子なんだと。
・・・そういえば、日本のどの駅でも「お土産に〇〇菓子はいかがですか」と言って売っている。
あれと同じなんだ・・・
売る人も買う人も、国は違っても人の気持ちって変わらないんだ・・・
そして、いよいよバスパークの中へ。
それらしく仕切られ整理されたバスパークの中でした。

長距離バスのボディに画かれた思い思いの絵柄。
写真を撮りました。

(シバ神)


(日本にも、こんな言葉あったな・・・と、撮りましたが、完全ではありませんでした・・・)

(25年前に犠牲になった当時の王様の家族写真を掲げる、ネパール愛溢れる図柄!)
リングロードとバスパークへの出入り口は、いつも休むことなく、出るバス入るバスの行き来が続いています。
出ようとするバスの一台にはネパール語で「Bhairahawa」と書かれていて、
これからネパール南部のルンビニの入り口バイラワまでの長い旅に出るのだな、と知りました。
常に出入りのバスの動きがあり、活気に満ちています。
う〜ん、いいもんだ・・・
見送りなどで訪れる車やバイクの駐車料金の看板がありましたので、参考までにご覧ください。

モーターサイクル:30分15ルピー、1時間25ルピー、車:30分40ルピー、1時間75ルピー
*1ルピーと日本の1円は、ほぼ同じと考えてください。
バスパークを出て、向こう側に渡ろうとしたのですが、
そこで交通整理をしていたおまわりさんに「向こう側へはどうにして渡ればいいですか」と声を掛けました。
「ここを横切ればいいんだよ」と、やっぱりね、の返事が返ってきました。
そして、笛を鳴らして、車やバイクを抑えてくれたので、お礼を言いながら結構大きな交差点を渡り切りました。

「ここに歩道橋を作ればいいのに・・・」とおまわりさんに言うことも忘れませんでした。
おまわりさん、ありがとう!
最後にもう一つ。
バスパークには、ネパールと日本の名前が並ぶこんなプレートがあります。

KATHMANDU
BUS TERMINAL
CONSTRUCTED UNDER THE GRANT AID OF
THE GOVERNMENT OF JAPAN
AS A TOKEN OF
FRIENDSHIP AND COOPERATION
BETWEEN
NEPAL AND JAPAN
1993
旅の出発点でも、到着点でもある心がはずむバスパーク。
また来たいな、と思う場所です。
カトマンズのトリブバン国際空港は、カトマンズ中心地から約6km東にあり、カトマンズを囲むリングロードを走るバスで行くこともできます。
1955年に作られた空港は、かつての王様の名前トリブバン・ビール・シャハを記念してつけられました。

(空港の入り口。「トリブバン・インターナショナル・エアポート」と書かれています)

(その裏には、「ネパールへようこそ」の文字が」
国内線も同敷地にありますが、国際線の建物が見えると、左へ行く案内があります。
この道の先に国内線ターミナルがあります。

(左は、国内線ターミナルへ、スズキアルトの後ろ姿が見えるは国際線ターミナルへの道です)
見送りの人たちが入れるのは、ターミナル内までで、手荷物検査カウンターの手前までです。


そこで出発の人と別れをします。
ネパールの国際空港は、トリブバン国際航空のほかに、2023年にポカラに新しく作られた国際空港がありますが、
稼働率やどこの国の飛行機が飛んでくるかなどは、私はつかんでおりません。
20数年前から見ますと、トリブバン国際空港は随分変わりました。
整備され、きれいになってきた、と言えると思います。
お客様の見送りに行くと、海外に働きに行くネパール人と、見送りの家族、関係者などで、いつも混みあっています。
こうした見送りの人、
または、何年か外国で働いた後帰国する息子などを迎える人たちの心の動きが、手に取るように見える国際空港です。
1955年に作られた空港は、かつての王様の名前トリブバン・ビール・シャハを記念してつけられました。

(空港の入り口。「トリブバン・インターナショナル・エアポート」と書かれています)

(その裏には、「ネパールへようこそ」の文字が」
国内線も同敷地にありますが、国際線の建物が見えると、左へ行く案内があります。
この道の先に国内線ターミナルがあります。

(左は、国内線ターミナルへ、スズキアルトの後ろ姿が見えるは国際線ターミナルへの道です)
見送りの人たちが入れるのは、ターミナル内までで、手荷物検査カウンターの手前までです。


そこで出発の人と別れをします。
ネパールの国際空港は、トリブバン国際航空のほかに、2023年にポカラに新しく作られた国際空港がありますが、
稼働率やどこの国の飛行機が飛んでくるかなどは、私はつかんでおりません。
20数年前から見ますと、トリブバン国際空港は随分変わりました。
整備され、きれいになってきた、と言えると思います。
お客様の見送りに行くと、海外に働きに行くネパール人と、見送りの家族、関係者などで、いつも混みあっています。
こうした見送りの人、
または、何年か外国で働いた後帰国する息子などを迎える人たちの心の動きが、手に取るように見える国際空港です。
カトマンズのナヤバスパークについて、書きます。
「ナヤ」は、「ニュー」のことを言い、「ナヤン バルサコ スバカマナ(新年おめでとう)」などと使われます。
リングロードという名の、カトマンズ盆地をぐるりと囲む道路にあるパスパークです。
以前から、一度行ってみたいと思っていましたが、先日、その思いがかないました。
ナヤバスパークは、ネパール各地への長距離バスのほか、主にカトマンズ盆地を走るローカルバスの発着場でもあります。
私が、このバスパークについてのニュースを見るのは、
主にネパール一の国民的な祭りダサインを控えた各地域のバスのチケット売り場の混雑具合が、新聞に取り上げられるときだけでした。

(今の時期は、人も少ないようです)
私も、ネパール各地への長距離バスを利用したことはありますが、
始発場所は、このバスパークではありませんでしたから、今回、初めてナヤバスパークへ行ったわけです。
バスを降りて、バスパークへの道を歩き出した途端、目に入ったのは、これまで見てきた店店の様子とは違っていました。
ここで初めて見たカトマンズの一面でした。
菓子屋がずらっと並んでいます。

店の中には、袋詰めの菓子がびっしり並んでいます。

初めて見る光景にはじめは驚きましたが、すぐに納得しました。
田舎へ帰る人たちが買って帰るみやげ品の菓子に違いない、と。
日本でも、駅の構内やテレビで見た「何処どこみやげに、〇〇菓子はいかがですか」などの広告が、確か、あった、と。
ああ、それと同じ・・・と。
なぜか、ネパールの人たちにより親近感を覚えたのです。
国は違っても人たちの気持ち、やることは同じなんだ・・・と、心がポッとし、顔もやさしくなったようでした。
こうした光景を見て、バスパークの意味を、改めて思い返しました。
こうしたみやげを下げて故郷へ帰る人たちの弾む心と姿が浮かびました。
そして、いよいよバスパークの中へ。
それらしく仕切られ整理されたバスパークの中でした。

長距離バスのボディに画かれた思い思いの絵柄。
写真を撮りました。

(シバ神)


(日本にも、こんな言葉あったな・・・と、撮りましたが、完全ではありませんでした・・・
クイズです!埋めてください)

(25年前に犠牲になった当時の王様の家族写真を掲げる、ネパール愛溢れる図柄!)
リングロードとバスパークへの出入り口は、いつも休むことなく、出るバス入るバスの行き来が続いています。
出ようとするバスの一台にはネパール語で「Bhairahawa」と書かれていて、
これからネパール南部のルンビニの入り口バイラワまでの長い旅に出るのだな、と知りました。
常に出入りのバスの動きがあり、活気に満ちています。
う〜ん、いいもんだ・・・
見送りなどで訪れる車やバイクの駐車料金の看板がありましたので、参考までにご覧ください。

モーターサイクル:30分15ルピー、1時間25ルピー、車:30分40ルピー、1時間75ルピー
*1ルピーと日本の1円は、ほぼ同じと考えてください。
バスパークを出て、向こう側に渡ろうとしたのですが、
そこで交通整理をしていたおまわりさんに「向こう側へはどうにして渡ればいいですか」と声を掛けました。
「ここを横切ればいいんだよ」と、やっぱりね、の返事が返ってきました。
そして、笛を鳴らして、車やバイクを抑えてくれたので、お礼を言いながら結構大きな交差点を渡り切りました。
「ここに歩道橋を作ればいいのに・・・」とおまわりさんに言うことも忘れませんでした。
おまわりさん、ありがとう!
最後にもう一つ。
バスパークには、日本とネパールの名前が並ぶこんなボードがあります。

KATHMANDU
BUS TERMINAL
CONSTRUCTED UNDER THE GRANT AID OF
THE GOVERNMENT OF JAPAN
AS A TOKEN OF
FRIENDSHIP AND COOPERATION
BETWEEN
NEPAL AND JAPAN
1993
旅の出発点でも、到着点でもある心がはずむバスパーク。
また来たいな、と思う場所です。
「ナヤ」は、「ニュー」のことを言い、「ナヤン バルサコ スバカマナ(新年おめでとう)」などと使われます。
リングロードという名の、カトマンズ盆地をぐるりと囲む道路にあるパスパークです。
以前から、一度行ってみたいと思っていましたが、先日、その思いがかないました。
ナヤバスパークは、ネパール各地への長距離バスのほか、主にカトマンズ盆地を走るローカルバスの発着場でもあります。
私が、このバスパークについてのニュースを見るのは、
主にネパール一の国民的な祭りダサインを控えた各地域のバスのチケット売り場の混雑具合が、新聞に取り上げられるときだけでした。

(今の時期は、人も少ないようです)
私も、ネパール各地への長距離バスを利用したことはありますが、
始発場所は、このバスパークではありませんでしたから、今回、初めてナヤバスパークへ行ったわけです。
バスを降りて、バスパークへの道を歩き出した途端、目に入ったのは、これまで見てきた店店の様子とは違っていました。
ここで初めて見たカトマンズの一面でした。
菓子屋がずらっと並んでいます。

店の中には、袋詰めの菓子がびっしり並んでいます。

初めて見る光景にはじめは驚きましたが、すぐに納得しました。
田舎へ帰る人たちが買って帰るみやげ品の菓子に違いない、と。
日本でも、駅の構内やテレビで見た「何処どこみやげに、〇〇菓子はいかがですか」などの広告が、確か、あった、と。
ああ、それと同じ・・・と。
なぜか、ネパールの人たちにより親近感を覚えたのです。
国は違っても人たちの気持ち、やることは同じなんだ・・・と、心がポッとし、顔もやさしくなったようでした。
こうした光景を見て、バスパークの意味を、改めて思い返しました。
こうしたみやげを下げて故郷へ帰る人たちの弾む心と姿が浮かびました。
そして、いよいよバスパークの中へ。
それらしく仕切られ整理されたバスパークの中でした。

長距離バスのボディに画かれた思い思いの絵柄。
写真を撮りました。

(シバ神)


(日本にも、こんな言葉あったな・・・と、撮りましたが、完全ではありませんでした・・・
クイズです!埋めてください)

(25年前に犠牲になった当時の王様の家族写真を掲げる、ネパール愛溢れる図柄!)
リングロードとバスパークへの出入り口は、いつも休むことなく、出るバス入るバスの行き来が続いています。
出ようとするバスの一台にはネパール語で「Bhairahawa」と書かれていて、
これからネパール南部のルンビニの入り口バイラワまでの長い旅に出るのだな、と知りました。
常に出入りのバスの動きがあり、活気に満ちています。
う〜ん、いいもんだ・・・
見送りなどで訪れる車やバイクの駐車料金の看板がありましたので、参考までにご覧ください。

モーターサイクル:30分15ルピー、1時間25ルピー、車:30分40ルピー、1時間75ルピー
*1ルピーと日本の1円は、ほぼ同じと考えてください。
バスパークを出て、向こう側に渡ろうとしたのですが、
そこで交通整理をしていたおまわりさんに「向こう側へはどうにして渡ればいいですか」と声を掛けました。
「ここを横切ればいいんだよ」と、やっぱりね、の返事が返ってきました。
そして、笛を鳴らして、車やバイクを抑えてくれたので、お礼を言いながら結構大きな交差点を渡り切りました。
「ここに歩道橋を作ればいいのに・・・」とおまわりさんに言うことも忘れませんでした。
おまわりさん、ありがとう!
最後にもう一つ。
バスパークには、日本とネパールの名前が並ぶこんなボードがあります。

KATHMANDU
BUS TERMINAL
CONSTRUCTED UNDER THE GRANT AID OF
THE GOVERNMENT OF JAPAN
AS A TOKEN OF
FRIENDSHIP AND COOPERATION
BETWEEN
NEPAL AND JAPAN
1993
旅の出発点でも、到着点でもある心がはずむバスパーク。
また来たいな、と思う場所です。
最近、といっても、もう2か月くらいは経った・・・と思いますが、
バス料金が上がっています。
値上げの時期だったのか、それとも、イランの問題が関係しているのか、わかりませんが、
簡単に言うと、5ルピー(日本のおよそ5円に相当)上がりました。
それを知らなかった私は、前と同じ料金25ルピーを渡しました。
すると、車掌が「アマ(お母さんのこと。年齢の多い女性に、尊敬をして呼びかける言葉)、30ルピーになったんです」と言うので
びっくりして、「あれっ?そうなの?」と問い返すと、こっくりしましたので、5ルピーをプラスして渡しました。
そしてつい最近、同じことでもめる場面に出くわしました。
女性二人が出した料金に対して、車掌が「二人であと10ルピー足りません」と言い、
それに対して二人が「ここまで25ルピーでしょ!」と強く言い返し、車掌がさらに強く言い返しました。
こうした時の女性は、声は大きいし、耳に入ってくる声には迫力があります。
同じやり取りを2,3回繰り返し、車掌は、「事務所に行って聞いてくれ!」と言っていました。
最後は、女性客が不足分の10ルピーを支払って、静かになり、ヤレヤレ・・・
こんなやり取りを何回も繰り返しているのでしょうから、車掌さんも大変です・・・
バス料金が上がっています。
値上げの時期だったのか、それとも、イランの問題が関係しているのか、わかりませんが、
簡単に言うと、5ルピー(日本のおよそ5円に相当)上がりました。
それを知らなかった私は、前と同じ料金25ルピーを渡しました。
すると、車掌が「アマ(お母さんのこと。年齢の多い女性に、尊敬をして呼びかける言葉)、30ルピーになったんです」と言うので
びっくりして、「あれっ?そうなの?」と問い返すと、こっくりしましたので、5ルピーをプラスして渡しました。
そしてつい最近、同じことでもめる場面に出くわしました。
女性二人が出した料金に対して、車掌が「二人であと10ルピー足りません」と言い、
それに対して二人が「ここまで25ルピーでしょ!」と強く言い返し、車掌がさらに強く言い返しました。
こうした時の女性は、声は大きいし、耳に入ってくる声には迫力があります。
同じやり取りを2,3回繰り返し、車掌は、「事務所に行って聞いてくれ!」と言っていました。
最後は、女性客が不足分の10ルピーを支払って、静かになり、ヤレヤレ・・・
こんなやり取りを何回も繰り返しているのでしょうから、車掌さんも大変です・・・
1 - 5件目まで(30件中)





