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- ネパールの「ペアレンツ・デー」
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エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:その他
- 投稿日:2016/04/26 16:04
- コメント(0)
先日、私の家の近くの学校が「ペアレンツ・デー」でした。
これまでは校内の敷地で行われていたのですが、
生徒数が増え、ということは集まるペアレンツの数が増えるということで、
学校横の空き地が会場になりました。
朝から、テントや椅子、スピーカーなどが用意され、会場が組み立てられていきました。
当然ながら、機械の調節をするため、朝から大きな音の音楽が流れています。
12時近くなってようやくスタート。
歌、ダンス、劇などが次々と演じられている様子が、スピーカーを通して伝わります。
私の家のほぼ正面が会場でしたので、ほとんどまっすぐに音が聞こえます。
見物人の拍手や歓声も聞こえます。
買い物に出たときに、その脇を通りましたが、
テントで囲まれたステージでは、真剣な顔で踊る子供をチラッと見ましたし、
揃いの民族衣装を着て出番を待つ女の子たちには、きれいに化粧が施され、
先生が面倒を見ていました。
この催しは、4時近くまで続きました。
ネパールのペアレンツ・デーは、このような内容です。
私は、こうしたペアレンツ・デーのプログラムに招かれて何度も行っています。
私の学校時代の思い出としては、どうしても「学芸会」を思い出してしまいます。
手際よい進行、次々に繰り出されるプログラム、よく訓練された子供たち、
私は、見るたびに感心するばかりです。
この時ばかりは、普段のネパールとはまるきり違うネパールの一面を見る思いです。
そして、見終わって残る満足感がうれしいです。
これまでは校内の敷地で行われていたのですが、
生徒数が増え、ということは集まるペアレンツの数が増えるということで、
学校横の空き地が会場になりました。
朝から、テントや椅子、スピーカーなどが用意され、会場が組み立てられていきました。
当然ながら、機械の調節をするため、朝から大きな音の音楽が流れています。
12時近くなってようやくスタート。
歌、ダンス、劇などが次々と演じられている様子が、スピーカーを通して伝わります。
私の家のほぼ正面が会場でしたので、ほとんどまっすぐに音が聞こえます。
見物人の拍手や歓声も聞こえます。
買い物に出たときに、その脇を通りましたが、
テントで囲まれたステージでは、真剣な顔で踊る子供をチラッと見ましたし、
揃いの民族衣装を着て出番を待つ女の子たちには、きれいに化粧が施され、
先生が面倒を見ていました。
この催しは、4時近くまで続きました。
ネパールのペアレンツ・デーは、このような内容です。
私は、こうしたペアレンツ・デーのプログラムに招かれて何度も行っています。
私の学校時代の思い出としては、どうしても「学芸会」を思い出してしまいます。
手際よい進行、次々に繰り出されるプログラム、よく訓練された子供たち、
私は、見るたびに感心するばかりです。
この時ばかりは、普段のネパールとはまるきり違うネパールの一面を見る思いです。
そして、見終わって残る満足感がうれしいです。

- あの日から・・・1年
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エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:その他
- 投稿日:2016/04/24 11:57
- コメント(0)
2072年ボイサク12日に起こった大地震から、今日でちょうど1年です。
ネパール独自のカレンダーで考えますので、今日がその日になります。
日本風の考え方ですと、4月25日ですから、明日がその日になります。
私はまだ読んでいませんが、英字紙も、今日を記念日として特集しています。
今日は、休日になりました。
私自身の中でも、あの日の恐怖感を覚えています。
ゲートの外から見上げた自分の家が、目を吊り上げて、襲ってくるような・・・
その印象が一番強いです。
そして、本震のあと、絶え間なくやってきた余震の大きな揺れ・・・
その後もしばらくの間は、
ただ立っているだけなのに、
足元が絶えず揺れているような不安定感からなかなか抜けられませんでした。
気持ちも揺れ動き、落ち着かない日を送りました。
あの時は、大きな被害もなく、無事でいられたことを、
いくつかの幸運が重なったから、と思っていましたが、
今になって思えば、
何もなくいられたことが不思議に思えるほどの出来事だったと気づきます。
その後も世界のどこかで起きる地震。
ほんとうに、こんな体験の共有者が増えてほしくはありません。
政府や民間で今日のために企画があるようです。
今日の日を迎えて、国中が祈りに入っているような・・・
そんな特別な空気が流れているネパールです。
ネパール独自のカレンダーで考えますので、今日がその日になります。
日本風の考え方ですと、4月25日ですから、明日がその日になります。
私はまだ読んでいませんが、英字紙も、今日を記念日として特集しています。
今日は、休日になりました。
私自身の中でも、あの日の恐怖感を覚えています。
ゲートの外から見上げた自分の家が、目を吊り上げて、襲ってくるような・・・
その印象が一番強いです。
そして、本震のあと、絶え間なくやってきた余震の大きな揺れ・・・
その後もしばらくの間は、
ただ立っているだけなのに、
足元が絶えず揺れているような不安定感からなかなか抜けられませんでした。
気持ちも揺れ動き、落ち着かない日を送りました。
あの時は、大きな被害もなく、無事でいられたことを、
いくつかの幸運が重なったから、と思っていましたが、
今になって思えば、
何もなくいられたことが不思議に思えるほどの出来事だったと気づきます。
その後も世界のどこかで起きる地震。
ほんとうに、こんな体験の共有者が増えてほしくはありません。
政府や民間で今日のために企画があるようです。
今日の日を迎えて、国中が祈りに入っているような・・・
そんな特別な空気が流れているネパールです。
ネパールは、今日は休日です。
「ラム・ナワミ」といって、ヒンドゥ教の神様のひとり「ラム」の誕生日です。
男の子が生まれると、「ラムのようになりなさい」と、言われるほど、
男の子の理想の神様だとか。
ネパールでは、男性も女性も、神様の名をつけている人が多いのですが、
このラムの名も人気があるようです。
このラマは、インドの国民的大叙事詩に登場し、
後に妻となるシタとの結婚式の様子が、
ネパール東部の町、ジャナクプルのお寺で見ることができます。
今日は、金曜日ですから、明日の土曜日と続いて、連休になります。
「ラム・ナワミ」といって、ヒンドゥ教の神様のひとり「ラム」の誕生日です。
男の子が生まれると、「ラムのようになりなさい」と、言われるほど、
男の子の理想の神様だとか。
ネパールでは、男性も女性も、神様の名をつけている人が多いのですが、
このラムの名も人気があるようです。
このラマは、インドの国民的大叙事詩に登場し、
後に妻となるシタとの結婚式の様子が、
ネパール東部の町、ジャナクプルのお寺で見ることができます。
今日は、金曜日ですから、明日の土曜日と続いて、連休になります。

- 新年です!2073年が始まりました
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エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:その他
- 投稿日:2016/04/13 18:59
- コメント(0)
ナヤン・バルサコ・スヴァ・カマナ・チャ
(新しい)(年)(おめでとうございます)
今日は、この挨拶を近所の人たちや、
道路ですれ違った人たちと何回となく交わしました。
ネパールは、今日から2073年が始まりました。
ネパールの年末年始の休日は、今日一日だけですが、
町の中にはなんとなくいつもの休日とは違う空気が流れています。
よそ行きの服を着た女の子たちや、
子供連れの人たちが、バスを待っています。
新年をそれぞれのところで祝おうというのでしょう。
年が変わったことを感じます。
大晦日のオリ首相も述べていたように、
「恐怖と記念すべき年だった2072年」が過ぎ、新しい年になりました。
今年が、ネパールにとって、よい年でありますように・・・

今月のカレンダーです。
今月ボイサクは、今日4月13日から5月13日までの31日間です。
暑く、空気が乾き、
水道の会社から送られてくる水も十分ではなくなる日が多くなります。
1年を通じて、暮らしにくい月のひとつです。
ところで、ネパールのカレンダーは、基本的に、毎年同じデザインです。
私が紹介しているカレンダーも、毎年同じで、広告まで変わっていません。
何種類かのカレンダーが売られているのですが、
このカレンダーが絵入りで、わかりやすいので、
いつもこれを買っています。
年々、値上がりしているようで、今年のは85ルピー(ほぼ85円)でした。
毎年同じデザインのカレンダーを、これまで私は不満を抱いて買っていたのです。
少しは、気分を変えたらどうなの、って。
でも、毎年変えることなく同じデザインのカレンダーを作り続けることって、
ことによると、とんでもなく偉大なことなのかも・・・と、
今年は、見方を変えています。
そんな気持ちを持ちながら、ネパールの人たちと付き合っていきたい、今年です。
(新しい)(年)(おめでとうございます)
今日は、この挨拶を近所の人たちや、
道路ですれ違った人たちと何回となく交わしました。
ネパールは、今日から2073年が始まりました。
ネパールの年末年始の休日は、今日一日だけですが、
町の中にはなんとなくいつもの休日とは違う空気が流れています。
よそ行きの服を着た女の子たちや、
子供連れの人たちが、バスを待っています。
新年をそれぞれのところで祝おうというのでしょう。
年が変わったことを感じます。
大晦日のオリ首相も述べていたように、
「恐怖と記念すべき年だった2072年」が過ぎ、新しい年になりました。
今年が、ネパールにとって、よい年でありますように・・・

今月のカレンダーです。
今月ボイサクは、今日4月13日から5月13日までの31日間です。
暑く、空気が乾き、
水道の会社から送られてくる水も十分ではなくなる日が多くなります。
1年を通じて、暮らしにくい月のひとつです。
ところで、ネパールのカレンダーは、基本的に、毎年同じデザインです。
私が紹介しているカレンダーも、毎年同じで、広告まで変わっていません。
何種類かのカレンダーが売られているのですが、
このカレンダーが絵入りで、わかりやすいので、
いつもこれを買っています。
年々、値上がりしているようで、今年のは85ルピー(ほぼ85円)でした。
毎年同じデザインのカレンダーを、これまで私は不満を抱いて買っていたのです。
少しは、気分を変えたらどうなの、って。
でも、毎年変えることなく同じデザインのカレンダーを作り続けることって、
ことによると、とんでもなく偉大なことなのかも・・・と、
今年は、見方を変えています。
そんな気持ちを持ちながら、ネパールの人たちと付き合っていきたい、今年です。

- 2072年ネパールこの1年
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エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:その他
- 投稿日:2016/04/12 17:57
- コメント(0)
今日は、ネパールのニュー・イヤー・イヴ、
日本式にいうと、大晦日です。
ネパールの暦では、今日は、2072年(12月)チャイト月30日です。
「2072年ネパールこの1年」と題して、振り返ってみます。
大きな3つの出来事がありました。
まずは、ネパール暦の1月ボイサク月12日(2015年4月25日)の大地震。
土曜日の正午前に起きた地震は、たくさんの歴史的な建物やお寺を壊し、
8000人以上の人が亡くなりました。
帰る場所を失い、今も続くテント生活の人たち。
450回にもなろうとする余震。
再建の仕事が始まっていますが、まだまだ長い時間がかかるでしょう。
次に、ネパールに新憲法が発布しました。
王制廃止に伴って旧憲法が効力を失い、
その後、2回目の制憲議会選挙で選ばれた制憲議員によって新憲法が成立しました。
2072年6月アソジュ月3日(2015年9月20日)のことです。
最後に、新憲法に不満を表するインドが国境封鎖を行い、
インドからの物資(食料、医薬品、日用品、ガソリン、プロパンガスなど)が
ネパールに入ってこなくなりました。
この状態は、4ヶ月以上続き、
地震後の苦労より、こちらの不便のほうが大きかったのではないか、
と思われるほどでした。
苦しい中でも、ネパールの人々は祭りを行って人々を元気付け、
プロパンガスがないときは、薪を拾ったり、買ったりして、
暮らしてきました。
私の家の周りを見る限りでは、地震がなかったかのように、平常の暮らしに見えますが、
心にはそれぞれの人が傷を持ったのではないでしょうか。
私自身も、先日の余震に、あの日の揺れを思い出し、怖さを覚えました。
こうして、大きな出来事が続けて起きた2072年。
観光立国ネパールは、上記の理由から大きな影響を受けました。
落ち込んだ観光客数がなかなか戻らず、
これによって暮らしを立てているたくさんの人たちが苦しんでいます。
ネパールの人たちにとって忘れることができない1年でしょう。
新しい年が、人々にとって穏やかで、心安らぐ日々であることを、祈るばかりです。
日本式にいうと、大晦日です。
ネパールの暦では、今日は、2072年(12月)チャイト月30日です。
「2072年ネパールこの1年」と題して、振り返ってみます。
大きな3つの出来事がありました。
まずは、ネパール暦の1月ボイサク月12日(2015年4月25日)の大地震。
土曜日の正午前に起きた地震は、たくさんの歴史的な建物やお寺を壊し、
8000人以上の人が亡くなりました。
帰る場所を失い、今も続くテント生活の人たち。
450回にもなろうとする余震。
再建の仕事が始まっていますが、まだまだ長い時間がかかるでしょう。
次に、ネパールに新憲法が発布しました。
王制廃止に伴って旧憲法が効力を失い、
その後、2回目の制憲議会選挙で選ばれた制憲議員によって新憲法が成立しました。
2072年6月アソジュ月3日(2015年9月20日)のことです。
最後に、新憲法に不満を表するインドが国境封鎖を行い、
インドからの物資(食料、医薬品、日用品、ガソリン、プロパンガスなど)が
ネパールに入ってこなくなりました。
この状態は、4ヶ月以上続き、
地震後の苦労より、こちらの不便のほうが大きかったのではないか、
と思われるほどでした。
苦しい中でも、ネパールの人々は祭りを行って人々を元気付け、
プロパンガスがないときは、薪を拾ったり、買ったりして、
暮らしてきました。
私の家の周りを見る限りでは、地震がなかったかのように、平常の暮らしに見えますが、
心にはそれぞれの人が傷を持ったのではないでしょうか。
私自身も、先日の余震に、あの日の揺れを思い出し、怖さを覚えました。
こうして、大きな出来事が続けて起きた2072年。
観光立国ネパールは、上記の理由から大きな影響を受けました。
落ち込んだ観光客数がなかなか戻らず、
これによって暮らしを立てているたくさんの人たちが苦しんでいます。
ネパールの人たちにとって忘れることができない1年でしょう。
新しい年が、人々にとって穏やかで、心安らぐ日々であることを、祈るばかりです。
336 - 340件目まで(608件中)


