記事一覧
591 - 595件目まで(1,410件中)

- 「ブッダ・ジャヤンティー」(釈迦誕生日)
-
エリア:
- アジア>ネパール>ルンビニ
- テーマ:お祭り・イベント
- 投稿日:2017/05/10 17:01
- コメント(0)
今日は、「ブッダ・ジャヤンティー」(釈迦誕生日)の休日です。
ネパールの暦では、その年によって、誕生日が変わります。
釈迦の生誕地は、ネパールの南部地方にある「ルンビニ」です。
ここは、カトマンズ空港からバイラワ空港まで約35分、
そこからタクシーで20分ほどです。
仏教徒の巡礼地のひとつになっています。
1985年に発足したルンビニ開発公団により整地が進められ、
日本の建築家丹下健三さんのマスタープランに従って、
各国寺院の建設が進められています。
聖園には、釈迦誕生を描いた石像が安置されているマーヤー聖堂、
釈迦誕生後に産湯として使われたというプスカリニ池、
アショカ王の石柱などがあり、
寺院地域には、ネパール寺をはじめ、日本、中国、ミャンマー、ドイツなど
各国の寺が並んでいます。
誕生日前夜の昨日、
寺のひとつの韓国寺に、平和を象徴するランプが掲げられました。
今年が2561回目の誕生日になるのに合わせて、2561個のランプが飾られました。
ランプは、3日間灯ります。

(新聞から)
ネパールの暦では、その年によって、誕生日が変わります。
釈迦の生誕地は、ネパールの南部地方にある「ルンビニ」です。
ここは、カトマンズ空港からバイラワ空港まで約35分、
そこからタクシーで20分ほどです。
仏教徒の巡礼地のひとつになっています。
1985年に発足したルンビニ開発公団により整地が進められ、
日本の建築家丹下健三さんのマスタープランに従って、
各国寺院の建設が進められています。
聖園には、釈迦誕生を描いた石像が安置されているマーヤー聖堂、
釈迦誕生後に産湯として使われたというプスカリニ池、
アショカ王の石柱などがあり、
寺院地域には、ネパール寺をはじめ、日本、中国、ミャンマー、ドイツなど
各国の寺が並んでいます。
誕生日前夜の昨日、
寺のひとつの韓国寺に、平和を象徴するランプが掲げられました。
今年が2561回目の誕生日になるのに合わせて、2561個のランプが飾られました。
ランプは、3日間灯ります。

(新聞から)

- Min Bahadur Sherchan(ミン・バハドゥル・シェルチャン)
-
エリア:
- アジア>ネパール>サガルマータ国立公園
- テーマ:ハイキング・登山
- 投稿日:2017/05/07 14:32
- コメント(0)
Min Bahadur Sherchan(ミン・バハドゥル・シェルチャン)の名前を聞いて、
ああ、あの人か、と思い当たる人は、まずないでしょう。
では、三浦雄一郎さんと並べて書くと、いかがでしょうか。
ここ、10年余りに渡って、
世界最高峰のエヴェレストに登頂した最高齢者を競っていた二人です。
「競う」などど、書き方が私としては好きではありませんが、
他にいい書き方が分かりませんので。
ただ、これまでの新聞などの報道を思い返してみると、
シェルチャンさんの中には、
「最高齢の名を残したい」という思いが強かった、と思われます。
新聞によりますと、
昨日(5月6日)午後5時14分に死亡が確認されました。
場所は、エヴェレスト・ベースキャンプ。
トイレの中で意識を失っていたところを発見されたため、
他の登山隊の医師により、心臓発作のためと確認されたそうです。
1931年6月20日生まれの、85歳でした。
ここ何年か、エヴェレスト登山の話題に取り上げられていませんでしたので、
私は、もう引退したのかと思っていました。
もっとも、2014年には雪崩れによるシェルパの多数の犠牲者、
2015年の壊滅的な大地震によって、この2年間は、登山は行われていませんでした。
地震の時、シェルチャンさんはエヴェレストに向かっていましたが、
ベースキャンプを襲った雪崩のため、やむなく引き返しています。
昨年のシーズンにも名前を聞きませんでした。
それが、ベースキャンプで亡くなったと知り、大きな驚きでした。
挑戦していたのですね。
昨日も、「何の問題もなく、元気だ」と言っていたそうです。
76歳のシェルチャンさんが初めてエヴェレスト登頂に成功したのは2008年ですが、
これが当時の世界最高齢登頂者でした。
その時のサポーターのひとりのシェルパが、
凍傷で指をやられ、
切り落としたばかりという生々しい傷跡を見せられたことがあります。
名も残らない人々に支えられての偉業であることを、
あらためて感じています。

(エヴェレスト)
ああ、あの人か、と思い当たる人は、まずないでしょう。
では、三浦雄一郎さんと並べて書くと、いかがでしょうか。
ここ、10年余りに渡って、
世界最高峰のエヴェレストに登頂した最高齢者を競っていた二人です。
「競う」などど、書き方が私としては好きではありませんが、
他にいい書き方が分かりませんので。
ただ、これまでの新聞などの報道を思い返してみると、
シェルチャンさんの中には、
「最高齢の名を残したい」という思いが強かった、と思われます。
新聞によりますと、
昨日(5月6日)午後5時14分に死亡が確認されました。
場所は、エヴェレスト・ベースキャンプ。
トイレの中で意識を失っていたところを発見されたため、
他の登山隊の医師により、心臓発作のためと確認されたそうです。
1931年6月20日生まれの、85歳でした。
ここ何年か、エヴェレスト登山の話題に取り上げられていませんでしたので、
私は、もう引退したのかと思っていました。
もっとも、2014年には雪崩れによるシェルパの多数の犠牲者、
2015年の壊滅的な大地震によって、この2年間は、登山は行われていませんでした。
地震の時、シェルチャンさんはエヴェレストに向かっていましたが、
ベースキャンプを襲った雪崩のため、やむなく引き返しています。
昨年のシーズンにも名前を聞きませんでした。
それが、ベースキャンプで亡くなったと知り、大きな驚きでした。
挑戦していたのですね。
昨日も、「何の問題もなく、元気だ」と言っていたそうです。
76歳のシェルチャンさんが初めてエヴェレスト登頂に成功したのは2008年ですが、
これが当時の世界最高齢登頂者でした。
その時のサポーターのひとりのシェルパが、
凍傷で指をやられ、
切り落としたばかりという生々しい傷跡を見せられたことがあります。
名も残らない人々に支えられての偉業であることを、
あらためて感じています。

(エヴェレスト)

- 横断歩道以外横断禁止
-
エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:その他
- 投稿日:2017/04/30 17:43
- コメント(0)
「2017年4月28日から、交通ルールが改正され、カトマンズ盆地内で歩行者は道路横断時、横断歩道以外横断禁止となりました。このルールに違反すると、200ネパールルピーの反則金となりますので、道路横断時はお気を付けください。」
というメールが在ネパール日本大使館から送られてきたのですが・・・
28日といえば一昨日。
今日の外出時に気をつけてみました。
私の村では、横断歩道ではないお巡りさんのすぐ前を横切った人がいましたが、
何のお咎めもなし。
私も同じように横断歩道ではないところを渡りました。
次に、町の中ですが、横断歩道を見つけて渡る男性二人組がいましたので、
そういう改正が分かっているのかもしれません。
自分の家に近いところから横切りたいというのは、
良し悪しは別にして、人の気持ちというものでしょう。
横断歩道を、ということになれば、遠回りをしなければなりません。
クラクション禁止のように効き目が出るのでしょうか。
(今のところ、静かなカトマンズになっています)
それよりも何よりも、国は禁止令を出す前にやるべきことがあります。
以前書いた横断歩道の印が全く見えなくなっている箇所が多いのです。
それをきれいに書き直してから、禁止令を出すべき、と私は思います。
この禁止令の目的が何なのか分かりませんが、
どのように浸透していくのでしょう。
罰金200ルピーは、日本円にして200円弱です。

(私の村の横断歩道)
というメールが在ネパール日本大使館から送られてきたのですが・・・
28日といえば一昨日。
今日の外出時に気をつけてみました。
私の村では、横断歩道ではないお巡りさんのすぐ前を横切った人がいましたが、
何のお咎めもなし。
私も同じように横断歩道ではないところを渡りました。
次に、町の中ですが、横断歩道を見つけて渡る男性二人組がいましたので、
そういう改正が分かっているのかもしれません。
自分の家に近いところから横切りたいというのは、
良し悪しは別にして、人の気持ちというものでしょう。
横断歩道を、ということになれば、遠回りをしなければなりません。
クラクション禁止のように効き目が出るのでしょうか。
(今のところ、静かなカトマンズになっています)
それよりも何よりも、国は禁止令を出す前にやるべきことがあります。
以前書いた横断歩道の印が全く見えなくなっている箇所が多いのです。
それをきれいに書き直してから、禁止令を出すべき、と私は思います。
この禁止令の目的が何なのか分かりませんが、
どのように浸透していくのでしょう。
罰金200ルピーは、日本円にして200円弱です。

(私の村の横断歩道)
「第2回TAAN国際ランタンマラソン終了」と題するメールが
TAAN(Trekking Agencies Association of Nepal)から送られてきました。
次のような内容です。
4月25日に行われた「第2回TAAN国際ランタンマラソン」は、
男子88名、女子14名の計102名が参加して、
ランタンのキャンジンゴンパ(海抜3800m)から
シャブルベシまでの42.5キロで行われました。
このマラソンの目的は、
外国のトレッカーにランタンの安全性を訴えることと、
地震により事業を停止せざるを得なかった、
地元の事業家に向けた力づけの意味があります。
2年前の壊滅的な地震により、
ランタンは被害を被ったという負のメッセージが世界中に流れました。
しかし、この2年間で、ランタンはインフラが復旧し、
トレッキングルートは今や全く安全になりました。
ランタンが元気になったというメッセージを世界中に送り、
世界からのトレッカーを迎える準備が整ったことを世界に伝えるマラソンなのです。
TAANの責任者はこのように話しています。
なお、今年のマラソンは、男子の部は、ネパール国軍の兵士が3時間34分で、
女子の部はやはり国軍の兵士が5時間13分で優勝しました。
第1回ランタンマラソンは、
昨年の5月29日に、ゴサイクンドからドゥンチェの間で行われています。
ネパールからの熱いメッセージが世界中に届きますように。
ランタンにトレッカーが戻ってきますように。
トレッキングルートで暮らす地元の人たちに、あの人懐こい笑顔が戻りますように。
キャンジンゴンパも、ゴサイクンドも歩いた私の心からの願いです。
青空の見事さと、どこまでも連なるヒマラヤの山々が今も目に浮かびます。
ネパールの大事な宝です。

(キャンジンゴンパ)

(一面氷のゴサイクンド)
TAAN(Trekking Agencies Association of Nepal)から送られてきました。
次のような内容です。
4月25日に行われた「第2回TAAN国際ランタンマラソン」は、
男子88名、女子14名の計102名が参加して、
ランタンのキャンジンゴンパ(海抜3800m)から
シャブルベシまでの42.5キロで行われました。
このマラソンの目的は、
外国のトレッカーにランタンの安全性を訴えることと、
地震により事業を停止せざるを得なかった、
地元の事業家に向けた力づけの意味があります。
2年前の壊滅的な地震により、
ランタンは被害を被ったという負のメッセージが世界中に流れました。
しかし、この2年間で、ランタンはインフラが復旧し、
トレッキングルートは今や全く安全になりました。
ランタンが元気になったというメッセージを世界中に送り、
世界からのトレッカーを迎える準備が整ったことを世界に伝えるマラソンなのです。
TAANの責任者はこのように話しています。
なお、今年のマラソンは、男子の部は、ネパール国軍の兵士が3時間34分で、
女子の部はやはり国軍の兵士が5時間13分で優勝しました。
第1回ランタンマラソンは、
昨年の5月29日に、ゴサイクンドからドゥンチェの間で行われています。
ネパールからの熱いメッセージが世界中に届きますように。
ランタンにトレッカーが戻ってきますように。
トレッキングルートで暮らす地元の人たちに、あの人懐こい笑顔が戻りますように。
キャンジンゴンパも、ゴサイクンドも歩いた私の心からの願いです。
青空の見事さと、どこまでも連なるヒマラヤの山々が今も目に浮かびます。
ネパールの大事な宝です。

(キャンジンゴンパ)

(一面氷のゴサイクンド)
昨日、4月25日はネパール大地震から2年の日でした。
2015年のその日は、ネパールの暦ではボイサク月13日でしたが、
今年はその日が同じ日にはならず、2日続けてやってきました。
ネパールの暦では、今日がその13日です。
記念日が2日にわたるのは私には馴染めませんが、
昨日の25日にも色々な行事や祈りが捧げられたようです。
地震から2年経ったネパール。
昼前のネパールを襲った経験のない揺れを思い出すと、
ネパールが壊れちゃう!!と、揺られながら抱いた怖さが蘇ります。
こんなことがあっていいのだろうか、
この揺れ、誰か止めて!
地震の国日本からやってきた人だから、怖くなかったでしょ、などど言われました。
全壊や半壊などの建物やお寺の修理、復元などの作業が行われていますが、
目に見えての復興はまだまだです。
カトマンズ一の高さを誇ったビムセンタワーが崩れ落ち、
3年後には再建する、との話を聞きましたが、
未だまったく手がつけられていません。
カトマンズ王宮広場もたくさんの歴史ある建物などが
全壊したり、傾いたり、ひび割れたりしています。
元の生活に戻れないたくさんの人たちがいます。
政府の発表によりますと、
地震で亡くなった人は8962名、負傷者は22302名です。
2年経ったのか・・・人それぞれの受け取り方は違うでしょうが、
心に傷を抱いたままの人もいるに違いありません。
物的なものも、心的なものも、早い回復を願うばかりです。

(左:地震前のビムセンタワー。右:地震後のタワー)

(発表された新タワー案)

(被害にあった建造物で、唯一修復されたボウダナート寺院)
今日ネパールは「母の日」です。
ネパールの暦の性質上、毎年決まった日ではありませんが、
今年の母の日は今日です。
「お母さんの顔を見る日」と暦に書かれており、
お菓子やプレゼントを持って、それを実行する娘や息子が行き交います。
朝から強い日が照りつける午前中です。
2015年のその日は、ネパールの暦ではボイサク月13日でしたが、
今年はその日が同じ日にはならず、2日続けてやってきました。
ネパールの暦では、今日がその13日です。
記念日が2日にわたるのは私には馴染めませんが、
昨日の25日にも色々な行事や祈りが捧げられたようです。
地震から2年経ったネパール。
昼前のネパールを襲った経験のない揺れを思い出すと、
ネパールが壊れちゃう!!と、揺られながら抱いた怖さが蘇ります。
こんなことがあっていいのだろうか、
この揺れ、誰か止めて!
地震の国日本からやってきた人だから、怖くなかったでしょ、などど言われました。
全壊や半壊などの建物やお寺の修理、復元などの作業が行われていますが、
目に見えての復興はまだまだです。
カトマンズ一の高さを誇ったビムセンタワーが崩れ落ち、
3年後には再建する、との話を聞きましたが、
未だまったく手がつけられていません。
カトマンズ王宮広場もたくさんの歴史ある建物などが
全壊したり、傾いたり、ひび割れたりしています。
元の生活に戻れないたくさんの人たちがいます。
政府の発表によりますと、
地震で亡くなった人は8962名、負傷者は22302名です。
2年経ったのか・・・人それぞれの受け取り方は違うでしょうが、
心に傷を抱いたままの人もいるに違いありません。
物的なものも、心的なものも、早い回復を願うばかりです。

(左:地震前のビムセンタワー。右:地震後のタワー)

(発表された新タワー案)

(被害にあった建造物で、唯一修復されたボウダナート寺院)
今日ネパールは「母の日」です。
ネパールの暦の性質上、毎年決まった日ではありませんが、
今年の母の日は今日です。
「お母さんの顔を見る日」と暦に書かれており、
お菓子やプレゼントを持って、それを実行する娘や息子が行き交います。
朝から強い日が照りつける午前中です。
591 - 595件目まで(1,410件中)




