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- 聖なる湖「ゴサイクンド」を目指して その1
-
エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:ハイキング・登山
- 投稿日:2014/04/16 19:09
- コメント(0)
4月初め、聖なる湖「ゴサイクンド」を目指してトレッキングに出かけました。
道順は、
カトマンズKathmandu 1400m 〜(バスで)〜ドゥンチェ Duunche 1950m
〜デウラリDeurari 2650m 〜ディムサ Dimsa 2950m
〜シン・ゴンパ Shin Gompa 3250m 〜チャラン・パティ Chalang Pati 3584m
〜ラウレビナヤク Laurebinayak 3910m 〜ゴサイクンド Gosaikund 4380m
〜ラウレビナヤク・パス Laurebinayak Pass 4610m 〜フェディ Phedi 3780m
〜ゴプテ Ghopte 3430m 〜タレパティ Tharepati 3690m
〜マギンゴート Magingoth 3420m 〜クトゥムサン khutumsang 2470m
〜グル・バンジャン Gul Bhanjyang 2142m 〜(バスで)〜カトマンズ
以上のコースを、私の速度に合わせて8日間で歩きました。
【第1日目】
トレッキングの出発点は、カトマンズ。
目的地ドゥンチェ行きのバスは、朝8時半出発の予定でしたが、
少し遅れて9時前に出発。
出発時から満員の客を乗せていて、
途中乗車の客の荷物の積み下ろしなどに時間を掛けながら走ります。
カトマンズからドゥンチェまで所要時間6〜7時間と聞いていましたが、
この路線バスが、沿道に暮らす人達の大切な足になっていることを実感しました。
例えば、米の袋やテレビ、寝具類、
客に売るためのパック入りの牛乳などなどが積み込まれ、
通路は足の置場もないほどです。
その上、バスの乗降口にまで荷物が置かれ、
客はその荷物を踏んで乗り降りします。
通路に立つ客の数が増え、
車掌がしきりと後ろへ詰めるよう声を嗄らしています。
乳飲み子を抱きかかえた若い母親が立ったままバスに揺られているのを見た
若い外国人トレッカーが、席を譲る姿がありました。
途中、昼食休憩が1時間あり、バスを降りて伸び伸びしました。
ドゥンチェ手前で、チェック・ポイントがあり、
ツーリストは、TIMSカードと国立公園入場許可証が確認されます。

チャーター車では体験することのない貴重なバスの旅ですが、
ドゥンチェ着は夕方の5時、結局、8時間15分掛かりました。
ドゥンチェは、ゴサイクンドをはじめ、ランタン地方のトレッキング出発点のひとつ。
明日からのトレッキングへの期待が膨らみます。
道順は、
カトマンズKathmandu 1400m 〜(バスで)〜ドゥンチェ Duunche 1950m
〜デウラリDeurari 2650m 〜ディムサ Dimsa 2950m
〜シン・ゴンパ Shin Gompa 3250m 〜チャラン・パティ Chalang Pati 3584m
〜ラウレビナヤク Laurebinayak 3910m 〜ゴサイクンド Gosaikund 4380m
〜ラウレビナヤク・パス Laurebinayak Pass 4610m 〜フェディ Phedi 3780m
〜ゴプテ Ghopte 3430m 〜タレパティ Tharepati 3690m
〜マギンゴート Magingoth 3420m 〜クトゥムサン khutumsang 2470m
〜グル・バンジャン Gul Bhanjyang 2142m 〜(バスで)〜カトマンズ
以上のコースを、私の速度に合わせて8日間で歩きました。
【第1日目】
トレッキングの出発点は、カトマンズ。
目的地ドゥンチェ行きのバスは、朝8時半出発の予定でしたが、
少し遅れて9時前に出発。
出発時から満員の客を乗せていて、
途中乗車の客の荷物の積み下ろしなどに時間を掛けながら走ります。
カトマンズからドゥンチェまで所要時間6〜7時間と聞いていましたが、
この路線バスが、沿道に暮らす人達の大切な足になっていることを実感しました。
例えば、米の袋やテレビ、寝具類、
客に売るためのパック入りの牛乳などなどが積み込まれ、
通路は足の置場もないほどです。
その上、バスの乗降口にまで荷物が置かれ、
客はその荷物を踏んで乗り降りします。
通路に立つ客の数が増え、
車掌がしきりと後ろへ詰めるよう声を嗄らしています。
乳飲み子を抱きかかえた若い母親が立ったままバスに揺られているのを見た
若い外国人トレッカーが、席を譲る姿がありました。
途中、昼食休憩が1時間あり、バスを降りて伸び伸びしました。
ドゥンチェ手前で、チェック・ポイントがあり、
ツーリストは、TIMSカードと国立公園入場許可証が確認されます。

チャーター車では体験することのない貴重なバスの旅ですが、
ドゥンチェ着は夕方の5時、結局、8時間15分掛かりました。
ドゥンチェは、ゴサイクンドをはじめ、ランタン地方のトレッキング出発点のひとつ。
明日からのトレッキングへの期待が膨らみます。

- エヴェレスト2013年春シーズン
-
エリア:
- アジア>ネパール>サガルマータ国立公園
- テーマ:ハイキング・登山
- 投稿日:2013/06/05 18:40
- コメント(0)
「世界のてっぺん エヴェレスト」に、
初めて登ったのはご存知のとおりテンジンとヒラリーです。
1953年5月29日でしたから、
今年は「ダイアモンド記念年(60周年記念)」です。
天気の神様が微笑んだ今年は先例がないほどの好天気が続き、
ネパール側から過去最高の512人が頂上を極めました。
80歳の三浦雄一郎さん、
両腕を失ったネパール生まれでカナダ国籍の男性、
盲目のアメリカ男性、
サウジアラビアとパキスタン初の女性等・・・
三浦さんと最高齢登山を競った
ネパールのミン・バハドゥール・シェルチャンさんですが、
今年は登りませんでした。
ヘリコプターでベースキャンプに入っていましたが、
春のシーズンが終わる2日前の5月23日になって、
ようやく登山許可がおりたのです。
残りの2日では叶いませんので、今年は諦めることになりました。
シェルチャンさんは、登山許可の申請は3月からしていたのに、
許可がこんな遅くなったのは、何故なのか、と怒りと疑問を口にしていました。
シェルチャンさんが諦めた時点では、まだエヴェレスト春のシーズン中のこともあり、
また60周年にも配慮をして、
今は何も言わないけれど、あとで言います、とのことでした。
その後のシェルチャンさんの発言は伝えられていませんが、
84歳までには登ると言っているそうです。
ニシャ・アディカリさんがネパール人女優第1号のエヴェレスターになりましたが、
彼女のサポートをしたシェルパが
「彼女は、ベースキャンプからヘリコプターでカトマンズに帰りましたが、
私たちに“ありがとう”も言いませんでした。
きっと早くカトマンズに帰ってみんなから祝福されたいと思ったのでしょうが、
一生懸命サポートしたのに、挨拶なしで帰ってしまい、とても悲しい・・・」と、
Facebookで打ち明けていました。
翌日の新聞には、
お祝いのティカを額に付け、首に祝いの布を掛けた彼女の写真が載りました・・・
60年間に4000人を超える人がエヴェレストに登り、
うち女性は1975年の田部井淳子さん以来200人ほどです。
登山者が増えたことによる渋滞、高い登山料などなど・・・
問題を抱えながらも「世界一高い山は誰にでも開いています」は、
ツーリズム大臣の書記官の言葉です。
初めて登ったのはご存知のとおりテンジンとヒラリーです。
1953年5月29日でしたから、
今年は「ダイアモンド記念年(60周年記念)」です。
天気の神様が微笑んだ今年は先例がないほどの好天気が続き、
ネパール側から過去最高の512人が頂上を極めました。
80歳の三浦雄一郎さん、
両腕を失ったネパール生まれでカナダ国籍の男性、
盲目のアメリカ男性、
サウジアラビアとパキスタン初の女性等・・・
三浦さんと最高齢登山を競った
ネパールのミン・バハドゥール・シェルチャンさんですが、
今年は登りませんでした。
ヘリコプターでベースキャンプに入っていましたが、
春のシーズンが終わる2日前の5月23日になって、
ようやく登山許可がおりたのです。
残りの2日では叶いませんので、今年は諦めることになりました。
シェルチャンさんは、登山許可の申請は3月からしていたのに、
許可がこんな遅くなったのは、何故なのか、と怒りと疑問を口にしていました。
シェルチャンさんが諦めた時点では、まだエヴェレスト春のシーズン中のこともあり、
また60周年にも配慮をして、
今は何も言わないけれど、あとで言います、とのことでした。
その後のシェルチャンさんの発言は伝えられていませんが、
84歳までには登ると言っているそうです。
ニシャ・アディカリさんがネパール人女優第1号のエヴェレスターになりましたが、
彼女のサポートをしたシェルパが
「彼女は、ベースキャンプからヘリコプターでカトマンズに帰りましたが、
私たちに“ありがとう”も言いませんでした。
きっと早くカトマンズに帰ってみんなから祝福されたいと思ったのでしょうが、
一生懸命サポートしたのに、挨拶なしで帰ってしまい、とても悲しい・・・」と、
Facebookで打ち明けていました。
翌日の新聞には、
お祝いのティカを額に付け、首に祝いの布を掛けた彼女の写真が載りました・・・
60年間に4000人を超える人がエヴェレストに登り、
うち女性は1975年の田部井淳子さん以来200人ほどです。
登山者が増えたことによる渋滞、高い登山料などなど・・・
問題を抱えながらも「世界一高い山は誰にでも開いています」は、
ツーリズム大臣の書記官の言葉です。

- 【日記】スンダリジャルに行ってきました
-
エリア:
- アジア>ネパール>ネパールその他の都市
- テーマ:ハイキング・登山
- 投稿日:2013/05/27 16:31
- コメント(0)
カトマンズから車で40分、スンダリジャルに着きました。
ここから小山の上にあるカトマンズの水源地を目指します。
一行は、幼い友達を中心に、女ばかりの5人です。
歩きはじめは、こんな感じ・・・

右側の太いパイプは導水管です。
途中の様子です。

小さな蛇が鎌首を持ちあげて道路を睨んでいるのに出あい、
私たちはなかなかそこを通り抜けられずにいましたが、
地元の人たちは笑いながら歩いて行き、だいじょうぶだよ、と言ってくれます。
こわごわ通って、ヤレヤレ・・・
安心した途端、雨が・・・
傘を取り出し、近くにある休憩所にラッキー!とばかりに駆け込みました。
強くなる一方の雨、
スナックを食べて雨が止むのを待ちます。
・・・それでも、雨は止みそうもなくご覧のとおり。

そこで、みんなで足を使って「シーザー・ペーパー・ストーン」を始めました。
、
そのうちに「じゃんけんぽん」の掛け声でやろう、ということになり、
「じゃんけんぽん」「あいこでしょ」と元気に遊びました。
5回勝った人が優勝、というルールを作って遊び、なんと私が優勝!
この休憩所のそばにある滝です。

乾期の今は普通は水が枯れているのですが、
今年は雨降りの日があったため、十分ではないながらもこうして滝に水が流れています。
なお、こちらは、「滝下り」の場所で、
もっともっと水量がある時期に、
ロープを握って岩に足場を見つけながら降りる場所とのことです。

歩きながら何匹も見かけたのがこれ。

何だと思いますか?
大きな大きなミミズです。
頭の部分は青く光り、大きなものでは30センチ近くもありますよ。
一時間近く経ってようやく雨が止んで、再び上を目指します。
ほどなく「シバプリ・ナガルジュン国立公園」事務所に到着。

ネパール人の入園料10ルピーに対し、
本人はネパール人のつもりでも、外国人?の私は、250ルピー。
ずっとカトマンズに住んでいて、レジデンス・カードを持っている、と言っても
ここでも聞いてもらえません。
やっぱりシチズンシップを取るしかないか・・・
結局、入園料を払って、更に先へ。
カトマンズの水源のひとつがここです。

ここでゆっくり休みました。
帰りは雨で濡れた石段が滑るのでは、と心配しながら気をつけて下りました。
部落で見つけたアジサイの花。

日本の梅雨を思い出させる花に見送られて、スンダリジャルを後にしました。
ここから小山の上にあるカトマンズの水源地を目指します。
一行は、幼い友達を中心に、女ばかりの5人です。
歩きはじめは、こんな感じ・・・

右側の太いパイプは導水管です。
途中の様子です。

小さな蛇が鎌首を持ちあげて道路を睨んでいるのに出あい、
私たちはなかなかそこを通り抜けられずにいましたが、
地元の人たちは笑いながら歩いて行き、だいじょうぶだよ、と言ってくれます。
こわごわ通って、ヤレヤレ・・・
安心した途端、雨が・・・
傘を取り出し、近くにある休憩所にラッキー!とばかりに駆け込みました。
強くなる一方の雨、
スナックを食べて雨が止むのを待ちます。
・・・それでも、雨は止みそうもなくご覧のとおり。

そこで、みんなで足を使って「シーザー・ペーパー・ストーン」を始めました。
、そのうちに「じゃんけんぽん」の掛け声でやろう、ということになり、
「じゃんけんぽん」「あいこでしょ」と元気に遊びました。
5回勝った人が優勝、というルールを作って遊び、なんと私が優勝!
この休憩所のそばにある滝です。

乾期の今は普通は水が枯れているのですが、
今年は雨降りの日があったため、十分ではないながらもこうして滝に水が流れています。
なお、こちらは、「滝下り」の場所で、
もっともっと水量がある時期に、
ロープを握って岩に足場を見つけながら降りる場所とのことです。

歩きながら何匹も見かけたのがこれ。

何だと思いますか?
大きな大きなミミズです。
頭の部分は青く光り、大きなものでは30センチ近くもありますよ。
一時間近く経ってようやく雨が止んで、再び上を目指します。
ほどなく「シバプリ・ナガルジュン国立公園」事務所に到着。

ネパール人の入園料10ルピーに対し、
本人はネパール人のつもりでも、外国人?の私は、250ルピー。
ずっとカトマンズに住んでいて、レジデンス・カードを持っている、と言っても
ここでも聞いてもらえません。
やっぱりシチズンシップを取るしかないか・・・
結局、入園料を払って、更に先へ。
カトマンズの水源のひとつがここです。

ここでゆっくり休みました。
帰りは雨で濡れた石段が滑るのでは、と心配しながら気をつけて下りました。
部落で見つけたアジサイの花。

日本の梅雨を思い出させる花に見送られて、スンダリジャルを後にしました。

- ネパール人女性初のエヴェレスター パサン・ラム・シェルパ
-
エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:ハイキング・登山
- 投稿日:2013/04/30 19:08
- コメント(2)
パサン・ラム・シェルパ。
彼女はネパール女性初のエヴェレスター(エヴェレスト登頂者)です。
1975年女性初の田部井淳子さんから数えて17人目です。
結婚し、子供が3人いたパサンが4度目の挑戦で頂上を極めたのは
1993年4月22日ですが、頂上からの帰路で体力を失って死んでいます。
パサンのエヴェレスト登頂は、ネパール国中に衝撃を与え、
元気や、強さ、勇気は男性だけのものではないことを証明しました。
彼女は死後、数々の名誉を受けています。
財団を作り後進にトレーニングの場を与えたり、
学校を作ってネパール中から集まってくる
恵まれない子供たちを安い費用負担で学ばせたりしています。
切手にもなり、
ボーダナート付近には、像が造られています。

彼女の偉業はネパール中の女性に勇気や強さを与えています。
つい最近アフリカのキリマンジャロ登頂に成功したばかりの
7大陸最高峰登頂を目指すネパール人女性7人の登山隊など
現在活躍するネパール人女性登山家達の手本となっています。
「パサン・ディディ(お姉さんを意味するネパール語)がいなければ、
私たちは誰も今ここにはいない」とリーダーは言っています。
オフィスのスタッフが子どもだったころは亡くなって間もなくだったこともあり、
大変な話題と人気だったそうですが、
20年経った今もなお人気は衰えていないようです。
彼女はネパール女性初のエヴェレスター(エヴェレスト登頂者)です。
1975年女性初の田部井淳子さんから数えて17人目です。
結婚し、子供が3人いたパサンが4度目の挑戦で頂上を極めたのは
1993年4月22日ですが、頂上からの帰路で体力を失って死んでいます。
パサンのエヴェレスト登頂は、ネパール国中に衝撃を与え、
元気や、強さ、勇気は男性だけのものではないことを証明しました。
彼女は死後、数々の名誉を受けています。
財団を作り後進にトレーニングの場を与えたり、
学校を作ってネパール中から集まってくる
恵まれない子供たちを安い費用負担で学ばせたりしています。
切手にもなり、
ボーダナート付近には、像が造られています。

彼女の偉業はネパール中の女性に勇気や強さを与えています。
つい最近アフリカのキリマンジャロ登頂に成功したばかりの
7大陸最高峰登頂を目指すネパール人女性7人の登山隊など
現在活躍するネパール人女性登山家達の手本となっています。
「パサン・ディディ(お姉さんを意味するネパール語)がいなければ、
私たちは誰も今ここにはいない」とリーダーは言っています。
オフィスのスタッフが子どもだったころは亡くなって間もなくだったこともあり、
大変な話題と人気だったそうですが、
20年経った今もなお人気は衰えていないようです。

- 2013年エヴェレスト春のシーズン!!
-
エリア:
- アジア>ネパール>サガルマータ国立公園
- テーマ:ハイキング・登山
- 投稿日:2013/04/21 12:27
- コメント(0)
3月中旬から5月いっぱいは、エヴェレスト春のシーズンです。
今は2013年春の登山シーズンです。
4月18日現在で、29隊315人の外国人登山家に登山許可証が交付されていて、
まだ何人か増えそうだということです。
去年の春のシーズンは、30隊335人でしたから、
ほぼ同数といえます。
しかし、去年は、天候に恵まれず、
申請者のうち181人のみが頂上をアタックしたにすぎません。
2008年の北京オリンピックの年は、
中国側からの登山を禁止したため、250人が登頂しましたが、
そのうちのなんと135人が5月22日1日で頂上を極めています。
今年の登山は天候にもよりますが、5月第一週から開始されそうです。
外国人登山家がエヴェレスト登山に関して支払う申請料は
ネパールにとっては貴重な収入源です。
この春、254百万ルピー(300百万円弱)の申請料金が納められています。
この直接収入のほかにも、
国内や国際航空代、宿泊代、設備用具費、ガイドに支払われる費用など
間接的にも様々な効果をもたらすエヴェレスト登山です。
登山隊を迎えるネパール側でも準備は進んでいて、
標高6500mの第2キャンプには既にロープが固定され、
さらに第3キャンプ(7470m)の準備にかかっています。
しかし「アイスフォール・ドクター」と呼ばれているチームの一員が
クレバスに梯子をかけに行った帰りに
今シーズン最初の犠牲者になっています。
彼らがかけた梯子やロープは、何百人もの登山家が使用します。
1953年のヒラリー、テンジン以来3842人が頂上を極めています。
今は2013年春の登山シーズンです。
4月18日現在で、29隊315人の外国人登山家に登山許可証が交付されていて、
まだ何人か増えそうだということです。
去年の春のシーズンは、30隊335人でしたから、
ほぼ同数といえます。
しかし、去年は、天候に恵まれず、
申請者のうち181人のみが頂上をアタックしたにすぎません。
2008年の北京オリンピックの年は、
中国側からの登山を禁止したため、250人が登頂しましたが、
そのうちのなんと135人が5月22日1日で頂上を極めています。
今年の登山は天候にもよりますが、5月第一週から開始されそうです。
外国人登山家がエヴェレスト登山に関して支払う申請料は
ネパールにとっては貴重な収入源です。
この春、254百万ルピー(300百万円弱)の申請料金が納められています。
この直接収入のほかにも、
国内や国際航空代、宿泊代、設備用具費、ガイドに支払われる費用など
間接的にも様々な効果をもたらすエヴェレスト登山です。
登山隊を迎えるネパール側でも準備は進んでいて、
標高6500mの第2キャンプには既にロープが固定され、
さらに第3キャンプ(7470m)の準備にかかっています。
しかし「アイスフォール・ドクター」と呼ばれているチームの一員が
クレバスに梯子をかけに行った帰りに
今シーズン最初の犠牲者になっています。
彼らがかけた梯子やロープは、何百人もの登山家が使用します。
1953年のヒラリー、テンジン以来3842人が頂上を極めています。
36 - 40件目まで(59件中)


