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- ブジャとカジャ(ネパールのご飯論法)
-
エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:その他
- 投稿日:2026/05/20 12:18
- コメント(0)
私が以前にこの欄で書いた話題ですが、
A「私たち、ブジャを食べないと、死んじゃうよね」
B「そんなことないさ」
A「どうして?」
B「だって、カジャを食べるもの」

(「ブジャ」と言えば、ネパール式のご飯セットです)

(ネパールの餃子「モモ」は、カジャのひとつ)

(えらく黒く焼けてますが、ナンも、ネパールではカジャです)
私がネパールの中学生だった少女に教えてもらった、ネパールとインドに共通の笑い話として、紹介しました。
これは、米のご飯を食べるのが、「ブジャ」で、米を食べないのが「カジャ」と、食事とおやつを使い分けるものです。
ネパールでも、「ブジャ カヨ?(ご飯食べましたか)」と、「カジャ カヨ?(おやつ食べましたか))」
を使い分けています。
米を食べる、食べないは、私にはどちらも食べることであり、食事をすることでしたので、
自分の中で区別することはありませんでした。
ですから、人に「ブジャカヨ?」と聞かれると、チヤ(ミルクティー)とパンであっても、「はい、食べました」と答えていました。
でも、ネパールでははっきりとブジャとカジャを区別しています。
ですから、生じる笑い話、なのですが。
つい、2,3日前、日本の国会中継やジャーナリストなどのYOUTUBE動画を見ていると、「ご飯論法」が耳に入りました。
動画作成者の解説を聞いて、あの笑い話じゃないか!と思いました。
動画作成者は、『「直接、実際に会ったことはないが、オンラインで会った」ということは、
「ご飯は食べてないけれど、パンは食べた」ということ』であると説明していました。
ウィキペディアには、「提喩を用いることによって質問に正面から答えず、論点をずらす論法。「朝ご飯は食べたか」という質問を受けた際、「ご飯」の意味を故意に狭い意味として解釈し、例えばパンは食べたにもかかわらず、「ご飯(米飯、白米)は食べていない」と答えるように、質問側の意図をあえて曲解し、論点をずらし回答をはぐらかす手法である」と書いてあります。
私が単なる笑い話として聞き、それ以上の意味を考えてみなかった話でしたが、
こんな意味もあったのか、と驚き、改めて笑い話を読み返しました。
A「私たち、ブジャを食べないと、死んじゃうよね」
B「そんなことないさ」
A「どうして?」
B「だって、カジャを食べるもの」

(「ブジャ」と言えば、ネパール式のご飯セットです)

(ネパールの餃子「モモ」は、カジャのひとつ)

(えらく黒く焼けてますが、ナンも、ネパールではカジャです)
私がネパールの中学生だった少女に教えてもらった、ネパールとインドに共通の笑い話として、紹介しました。
これは、米のご飯を食べるのが、「ブジャ」で、米を食べないのが「カジャ」と、食事とおやつを使い分けるものです。
ネパールでも、「ブジャ カヨ?(ご飯食べましたか)」と、「カジャ カヨ?(おやつ食べましたか))」
を使い分けています。
米を食べる、食べないは、私にはどちらも食べることであり、食事をすることでしたので、
自分の中で区別することはありませんでした。
ですから、人に「ブジャカヨ?」と聞かれると、チヤ(ミルクティー)とパンであっても、「はい、食べました」と答えていました。
でも、ネパールでははっきりとブジャとカジャを区別しています。
ですから、生じる笑い話、なのですが。
つい、2,3日前、日本の国会中継やジャーナリストなどのYOUTUBE動画を見ていると、「ご飯論法」が耳に入りました。
動画作成者の解説を聞いて、あの笑い話じゃないか!と思いました。
動画作成者は、『「直接、実際に会ったことはないが、オンラインで会った」ということは、
「ご飯は食べてないけれど、パンは食べた」ということ』であると説明していました。
ウィキペディアには、「提喩を用いることによって質問に正面から答えず、論点をずらす論法。「朝ご飯は食べたか」という質問を受けた際、「ご飯」の意味を故意に狭い意味として解釈し、例えばパンは食べたにもかかわらず、「ご飯(米飯、白米)は食べていない」と答えるように、質問側の意図をあえて曲解し、論点をずらし回答をはぐらかす手法である」と書いてあります。
私が単なる笑い話として聞き、それ以上の意味を考えてみなかった話でしたが、
こんな意味もあったのか、と驚き、改めて笑い話を読み返しました。

- 2083年2月ジェト月
-
エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:その他
- 投稿日:2026/05/15 13:22
- コメント(0)

ネパールは、1月が終わり、今日から2番目の月ジェトが始まりました。
今年のジェト月は、日本の5月15日から6月14日までの31日間です。
乾季も終わりが近くなり、雨季が近づいています。
これを書く前に、私が書いてきたこれまでのジェト月の天気を見たのですが、
天気が良くない、雨が降るなど、どうも、今年と似たような天気だったようなのです。
私はすっかり忘れているのに、その時に私が書いているのだから、そんな天気だったのだろう・・・
今月のネパールの休日は、土曜日の5日のほかに1日あります。
ジェト月は毎年ですが、紙面が地味な月です。
強い太陽が待たれます。
目の前の、向かいの家での7日間のプジャ(宗教儀式)が終わり、ほっとしています。
ヒンドゥ教徒のプジャで、私にはその意味や目的など分かっていないのですが、
とにかく終わってほっと・・・しています。
朝から始まるプジャですが、初日7時前のいきなりの大きな音に驚き、頭、壊れそう!となりました。
プジャをすることを近所の人へも話して、来てください、と言ってあるそうで、
朝から神様への捧げものを持った人たちが訪れます。
女性たちは、赤いサリーを身に着けています。
何人かでの赤いサリー姿は、赤の色がとてもきれいで着ている女性たちを輝いて見せています。
朝から夜まで続くお坊さんの説教と唄や音楽、
ネパールではこの時の音の大きさが半端ではありません。
その場に集まっている人たちはもちろん、できるだけ多くの人に聞こえるように、
との思いからなのでは、と私は勝手に考えていますが、
どんなに尊い話でも、こんなに大きな音でなくても、と私は思うのですが、
ネパールではそんな思いは通じないようで、
スピーカーからは最大限のボリュームではないかと思われる音量が飛び出しています。
それが、朝から夜まで続きます。
お坊さんの食事時だけは音の大きさは押さえているようですが、
その分、参加者のおしゃべりがありますので、私にとっては、休める時間はありません。
夜は9時ごろ終了していたのが日ごとに延び、最終日の昨夜は、11時まで歌と踊りが終わりませんでした。
最大限の大きさで、しかも、朝から夜まで鳴り響くのは、
私はそれに対する習慣がなく、しかも、耳には入るが、聞きたい音ではないときは、これほど苦痛なことはありません。
朝も、昼間も、夜になっても、聞きたくない音が耳に入ってくることほど、苦痛はないと、改めて思いました。
ネパールの人たちは、神様への祈りを大切にしています。
神様に関する行事を喜び、神様の前で手を合わせます。
一方、歌や音楽に合わせて踊るのが好きな人たちです。
今回のプジャでも、毎日、その日を歌と踊りで締めくくっていました。
その時だけは、参加者は神様の前で踊ることに集中しています。
ことによると、ヒンドゥ教の神様たちは、こうした場面がお好きなのかもしれないですね。
あれだけ踊りまくっていれば、当分の間はすっきりした気分で、暮らせるのでは、などと思っていました。
今朝はキッチンの仕事をしていた人たちが、早くから片付けの仕事をしています。
フォークなどがぶつかって立てる音が聞こえています。
・・・これで、私は、家を逃げ出さなくてもよくなりました。
普通の暮らしに戻れるようです。
今回は、7日間のプジャでしたが、1ヵ月続くプジャもあるそうで・・・
そうなったら、私、壊れてしまいます!!
ヒンドゥ教徒のプジャで、私にはその意味や目的など分かっていないのですが、
とにかく終わってほっと・・・しています。
朝から始まるプジャですが、初日7時前のいきなりの大きな音に驚き、頭、壊れそう!となりました。
プジャをすることを近所の人へも話して、来てください、と言ってあるそうで、
朝から神様への捧げものを持った人たちが訪れます。
女性たちは、赤いサリーを身に着けています。
何人かでの赤いサリー姿は、赤の色がとてもきれいで着ている女性たちを輝いて見せています。
朝から夜まで続くお坊さんの説教と唄や音楽、
ネパールではこの時の音の大きさが半端ではありません。
その場に集まっている人たちはもちろん、できるだけ多くの人に聞こえるように、
との思いからなのでは、と私は勝手に考えていますが、
どんなに尊い話でも、こんなに大きな音でなくても、と私は思うのですが、
ネパールではそんな思いは通じないようで、
スピーカーからは最大限のボリュームではないかと思われる音量が飛び出しています。
それが、朝から夜まで続きます。
お坊さんの食事時だけは音の大きさは押さえているようですが、
その分、参加者のおしゃべりがありますので、私にとっては、休める時間はありません。
夜は9時ごろ終了していたのが日ごとに延び、最終日の昨夜は、11時まで歌と踊りが終わりませんでした。
最大限の大きさで、しかも、朝から夜まで鳴り響くのは、
私はそれに対する習慣がなく、しかも、耳には入るが、聞きたい音ではないときは、これほど苦痛なことはありません。
朝も、昼間も、夜になっても、聞きたくない音が耳に入ってくることほど、苦痛はないと、改めて思いました。
ネパールの人たちは、神様への祈りを大切にしています。
神様に関する行事を喜び、神様の前で手を合わせます。
一方、歌や音楽に合わせて踊るのが好きな人たちです。
今回のプジャでも、毎日、その日を歌と踊りで締めくくっていました。
その時だけは、参加者は神様の前で踊ることに集中しています。
ことによると、ヒンドゥ教の神様たちは、こうした場面がお好きなのかもしれないですね。
あれだけ踊りまくっていれば、当分の間はすっきりした気分で、暮らせるのでは、などと思っていました。
今朝はキッチンの仕事をしていた人たちが、早くから片付けの仕事をしています。
フォークなどがぶつかって立てる音が聞こえています。
・・・これで、私は、家を逃げ出さなくてもよくなりました。
普通の暮らしに戻れるようです。
今回は、7日間のプジャでしたが、1ヵ月続くプジャもあるそうで・・・
そうなったら、私、壊れてしまいます!!
ネパールの主食は、米です。
米を食べて初めて「ご飯を食べた」ことになるネパールです。
ネパールの米は、「長くて細い」です。日本で食べる米は、「短かくて太い」です。
見た目ですが、写真では3種類の米がありますが、

左の二つがネパールの人たちが食べる米で、右が日本スタイルの米です。
(日本から取り寄せた種もみから作った米で、私が主に食べている米です)
ネパールの米は、高いものから、買いやすい値段のものまで種類がたくさんあります。
何を作るかによって、米を使い分けたりもするようです。
米ですが、ネパールで米を炊くときに使うのが圧力鍋です。
炊く時間が短く、炊きあがった後も蒸すことなしに、すぐ食べられます。
この圧力鍋での炊飯、おいしいのです。
いつも日本風の米を食べている私にとっては、新鮮なおいしさになります。
日本風の米にはないさっぱり感が、別の意味において嬉しいです。
ネパールの米で作るチャーハンは、粘ることなく、食べやすく作れます。
ネパールの米や食事に慣れてきた私にも変化が起きていて、
ちょっと調子が悪い時に作ってもらう「ダールスープをかけたご飯」を、とてもおいしく食べています。
ダール(豆)の味が何とも言えず、ネパールの米とよく合って、食欲のない私が「おいしい!」と言いながら食べるのです。
調子を少しでも取り戻すと、もう、「ダールスープをかけたご飯」を忘れて、自分の味のご飯を作るのですが、
食欲のない時に食べたくなるご飯になった「ダールスープをかけたご飯」です。
作ってくれるネパールの友達に「おいしいよ」と言いながら、食が進みます。
余談です。日本人から聞いた話ですが、
日本の米のご飯をネパール人に食べてもらうと、食べた後、おなかが苦しくなるそうです。
ネパール人は、ご飯を山のように食べます。
ですから、レストランでも、ご飯と野菜などのお代わりをバンバンします。
(肉類のお代わりには、料金がかかります)
私から見ると、「山のようなご飯」を、手で上手にカレーや漬物などと混ぜながら食べています。
あの調子で、日本のご飯を食べたら・・・おなかが苦しくなるでしょうね。
こうして、2種類の米を使い分ける?私になりました。
米を食べて初めて「ご飯を食べた」ことになるネパールです。
ネパールの米は、「長くて細い」です。日本で食べる米は、「短かくて太い」です。
見た目ですが、写真では3種類の米がありますが、

左の二つがネパールの人たちが食べる米で、右が日本スタイルの米です。
(日本から取り寄せた種もみから作った米で、私が主に食べている米です)
ネパールの米は、高いものから、買いやすい値段のものまで種類がたくさんあります。
何を作るかによって、米を使い分けたりもするようです。
米ですが、ネパールで米を炊くときに使うのが圧力鍋です。
炊く時間が短く、炊きあがった後も蒸すことなしに、すぐ食べられます。
この圧力鍋での炊飯、おいしいのです。
いつも日本風の米を食べている私にとっては、新鮮なおいしさになります。
日本風の米にはないさっぱり感が、別の意味において嬉しいです。
ネパールの米で作るチャーハンは、粘ることなく、食べやすく作れます。
ネパールの米や食事に慣れてきた私にも変化が起きていて、
ちょっと調子が悪い時に作ってもらう「ダールスープをかけたご飯」を、とてもおいしく食べています。
ダール(豆)の味が何とも言えず、ネパールの米とよく合って、食欲のない私が「おいしい!」と言いながら食べるのです。
調子を少しでも取り戻すと、もう、「ダールスープをかけたご飯」を忘れて、自分の味のご飯を作るのですが、
食欲のない時に食べたくなるご飯になった「ダールスープをかけたご飯」です。
作ってくれるネパールの友達に「おいしいよ」と言いながら、食が進みます。
余談です。日本人から聞いた話ですが、
日本の米のご飯をネパール人に食べてもらうと、食べた後、おなかが苦しくなるそうです。
ネパール人は、ご飯を山のように食べます。
ですから、レストランでも、ご飯と野菜などのお代わりをバンバンします。
(肉類のお代わりには、料金がかかります)
私から見ると、「山のようなご飯」を、手で上手にカレーや漬物などと混ぜながら食べています。
あの調子で、日本のご飯を食べたら・・・おなかが苦しくなるでしょうね。
こうして、2種類の米を使い分ける?私になりました。

- ネパールは今日から2083年です!
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エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:その他
- 投稿日:2026/04/14 14:42
- コメント(0)
ネパールは、今日、暦のすべてが替わりました。
2083年の新年を迎えました。
カッコ書きの中身を書き換えました。
昨年の暦をはずして、始まったばかりの暦にかけ替えました。
「ナヤン バルサコ スバ カマナチャ」が、ネパールの新年の挨拶です。
言葉の並びは、日本語と同じですので、
頭から読むと、「新年(ナヤン バルサコ)おめでとうございます(スバ カマナチャ)」となります。
よい年であってほしいと、心から願います。
今年のボイサク月は、日本の今日4月14日から5月14日までの31日です。
元旦の今日は、休日で、暦の文字が赤くなっています。
挿絵もありますが、毎年同じ絵が使われるので、私にも一目でわかります。
でも、この絵、毎年見ていますが、どうしても新年の色に見えなくて、毎年、悩んでいます。
ネパールは、土曜日のみが週1回の休日ですから、もちろん、赤で書かれています。
日曜日は、赤ではありませんので、休日ではありません。
釈迦誕生日が赤い字で休日です。
日本式の日取りとは違います。
釈迦誕生日には、よく見るとプルニマと書かれた満月の印がありますが、
ボイサク(4月から5月)の満月の日が誕生日になっているからです。
この日は、メーデーで、ネパールでは休日なのですが、今年は、釈迦誕生日と重なっています。
こうして、ネパールの新年が始まりました。
2083年の新年を迎えました。
カッコ書きの中身を書き換えました。
昨年の暦をはずして、始まったばかりの暦にかけ替えました。
「ナヤン バルサコ スバ カマナチャ」が、ネパールの新年の挨拶です。
言葉の並びは、日本語と同じですので、
頭から読むと、「新年(ナヤン バルサコ)おめでとうございます(スバ カマナチャ)」となります。
よい年であってほしいと、心から願います。
今年のボイサク月は、日本の今日4月14日から5月14日までの31日です。
元旦の今日は、休日で、暦の文字が赤くなっています。
挿絵もありますが、毎年同じ絵が使われるので、私にも一目でわかります。
でも、この絵、毎年見ていますが、どうしても新年の色に見えなくて、毎年、悩んでいます。
ネパールは、土曜日のみが週1回の休日ですから、もちろん、赤で書かれています。
日曜日は、赤ではありませんので、休日ではありません。
釈迦誕生日が赤い字で休日です。
日本式の日取りとは違います。
釈迦誕生日には、よく見るとプルニマと書かれた満月の印がありますが、
ボイサク(4月から5月)の満月の日が誕生日になっているからです。
この日は、メーデーで、ネパールでは休日なのですが、今年は、釈迦誕生日と重なっています。
こうして、ネパールの新年が始まりました。
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