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昨日は、サウン月15日、カレンダーに、「キール・カネ」と書かれています。
キールは、乳がゆのことで、「乳がゆを食べる日」ということです。
ネパールの人は、これもフェスティバルです、と言います。
要するに、「楽しいことやっちゃおう!」のひとつのようです。
先月アサル月15日は、「ダヒ・チウラ・カネ・ディン」でしたし、
1ヵ月後のサウン月15日は、「キール・カネ」です。
ネパールでは、こういう楽しみ方は、1年に何日もあります。
昨日の土曜日、週1回の休日に、
久しぶりに休日のタメルに出かけてみました。
タメルは、カトマンズの中心部にある外国人観光客が集まる街です。
私は、ほとんどの土曜日は、家で過ごしていますので、
休日の街の様子を見に出かけたわけです。
雨季のせいもあって、観光客の姿は少なめでした。
一番目に付いたのは、中国人観光客で、グループも見ました。
利用する客もいないようで、タクシー運転手は、ひまそうでした。
2,30メートルを歩く間に、3回くらい声をかけられるほどでした。
雨季が終われば、お客さんが来るだろう、
と話す店の主人の声もどことなく元気なく聞こえました。
土曜日は、シャッターを下ろす商店が多いので、
土曜日はお客さんがたくさん来るだろうに、なぜ、休みなんだろう、
とずっと前から不思議に思っていたのですが、
ある人がこう言ったのです。
土曜日は客が来ないから店を開けない、と商店主は言うそうですが、
人々は、休日の土曜日は、家から出かけずに、
おいしいものを食べたり、テレビで映画を見たりして、家族で楽しむのだそうです。
初めて聞く話でした。
ネパール人の「正しい休日の過ごし方」を教えられた気がしました。
たまの外出から学ぶこと、いろいろな人と話す大切さを知りました。
今日も朝から雲ばかり、時折、気がつかないほどの小さな雨が落ちています。
先週は、2日がかりで洗濯物が乾く天気でしたが、
今週もそんな気配がする週明けです。
キールは、乳がゆのことで、「乳がゆを食べる日」ということです。
ネパールの人は、これもフェスティバルです、と言います。
要するに、「楽しいことやっちゃおう!」のひとつのようです。
先月アサル月15日は、「ダヒ・チウラ・カネ・ディン」でしたし、
1ヵ月後のサウン月15日は、「キール・カネ」です。
ネパールでは、こういう楽しみ方は、1年に何日もあります。
昨日の土曜日、週1回の休日に、
久しぶりに休日のタメルに出かけてみました。
タメルは、カトマンズの中心部にある外国人観光客が集まる街です。
私は、ほとんどの土曜日は、家で過ごしていますので、
休日の街の様子を見に出かけたわけです。
雨季のせいもあって、観光客の姿は少なめでした。
一番目に付いたのは、中国人観光客で、グループも見ました。
利用する客もいないようで、タクシー運転手は、ひまそうでした。
2,30メートルを歩く間に、3回くらい声をかけられるほどでした。
雨季が終われば、お客さんが来るだろう、
と話す店の主人の声もどことなく元気なく聞こえました。
土曜日は、シャッターを下ろす商店が多いので、
土曜日はお客さんがたくさん来るだろうに、なぜ、休みなんだろう、
とずっと前から不思議に思っていたのですが、
ある人がこう言ったのです。
土曜日は客が来ないから店を開けない、と商店主は言うそうですが、
人々は、休日の土曜日は、家から出かけずに、
おいしいものを食べたり、テレビで映画を見たりして、家族で楽しむのだそうです。
初めて聞く話でした。
ネパール人の「正しい休日の過ごし方」を教えられた気がしました。
たまの外出から学ぶこと、いろいろな人と話す大切さを知りました。
今日も朝から雲ばかり、時折、気がつかないほどの小さな雨が落ちています。
先週は、2日がかりで洗濯物が乾く天気でしたが、
今週もそんな気配がする週明けです。
- 休日「ボト・ジャトラ」
-
エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:お祭り・イベント
- 投稿日:2016/07/29 16:48
- コメント(0)
「ボト・ジャトラ」。
伝説によるネワール族の祭り。
「ボト」は男子が着る洋服。
その洋服を掲げて「誰の服か?」と集まった人達に問います。
名乗り 出る人はいないのですが、今でも同じことが毎年繰り返されています。
王様がいた時は、王様がパタンにある寺まで出かけていましたが、
王制がなくなった今は 大統領がその役をやっています。
実は、今年の「ボト・ジャトラ」が、今日でした。
私は何も知らずに町へ出かけたのですが、
途中、公営の電話局の門が閉まっていたので、「あれっ?」とは思ったのですが、
そのまま、目的の銀行へ。
その扉には、「NO SERVICE」の掛札があり、守衛に聞いて知ったというわけです。
休日になっていたのです。
直前になってその日が決められる祭り で、
カトマンズ盆地(カトマンズ、パタン、バクタプル)のみが休日です。
伝説によるネワール族の祭り。
「ボト」は男子が着る洋服。
その洋服を掲げて「誰の服か?」と集まった人達に問います。
名乗り 出る人はいないのですが、今でも同じことが毎年繰り返されています。
王様がいた時は、王様がパタンにある寺まで出かけていましたが、
王制がなくなった今は 大統領がその役をやっています。
実は、今年の「ボト・ジャトラ」が、今日でした。
私は何も知らずに町へ出かけたのですが、
途中、公営の電話局の門が閉まっていたので、「あれっ?」とは思ったのですが、
そのまま、目的の銀行へ。
その扉には、「NO SERVICE」の掛札があり、守衛に聞いて知ったというわけです。
休日になっていたのです。
直前になってその日が決められる祭り で、
カトマンズ盆地(カトマンズ、パタン、バクタプル)のみが休日です。
隣の家でヤギの子供を飼い始めています。
その鳴き声、ネパールでは「ミャーミャー」と表しますが、
ヤギは比較的よく鳴きますので、にぎやかです。
その家は、子犬もいますので、こちらは自由になりたいばかりに、
紐を解いてくれ、とばかりの声を立て、
そこに、カラスの「カーカー」や、
牛の「バアーバアー」、
鳩の「トゥックルクル」などが時折重なります。
今朝は、近所の家にやって来た猿を見て怒る
私の友達犬ミスティの「ハウワウ」まで加わりました。
そのほかには、大工さんの電気道具の音や、
セメントを壊すカンカンと響く高い音、
道路を通る車の音、
人の話し声・・・
朝から様々な音が聞こえるカトマンズの村です。
その鳴き声、ネパールでは「ミャーミャー」と表しますが、
ヤギは比較的よく鳴きますので、にぎやかです。
その家は、子犬もいますので、こちらは自由になりたいばかりに、
紐を解いてくれ、とばかりの声を立て、
そこに、カラスの「カーカー」や、
牛の「バアーバアー」、
鳩の「トゥックルクル」などが時折重なります。
今朝は、近所の家にやって来た猿を見て怒る
私の友達犬ミスティの「ハウワウ」まで加わりました。
そのほかには、大工さんの電気道具の音や、
セメントを壊すカンカンと響く高い音、
道路を通る車の音、
人の話し声・・・
朝から様々な音が聞こえるカトマンズの村です。
今日の計画停電は、朝8時から午後2時まででしたが、
きっちりと守られて、午後2時丁度に電気が来ました。
お昼ごはんも食べて、体も気持ちもなんとなくボーッとした状態です。
雨季のネパール、雨による災害が連日のように出ていますが、
昨日一日だけでも、
ネパール各地で少なくても39人の人が、洪水や土砂崩れで亡くなっています。
新聞一面のトップには、
西部地区で、洪水に見舞われた人々が、川を渡って非難する様子の写真が載っています。
警官の救助隊が腰まで水に浸かりながら、
非難する子供たちの腕をつかんで、渡してやっている場面です。
その他にも、今日の新聞では「モンスーンのなせる業」とのタイトルで、
洪水から少女を抱き上げる警察官、
チトワンでは水量が危険水域まで上がり、仏陀の像を脅かしている様子、
水害から逃れ、学校の教室に避難した家族、
東部の大きな川の水位が今年一番の高さを示した、との写真が載っています。
(写真は、新聞より)
(余談ですが、この川の鉄橋は、本当に長いのです。過去に何度か渡ったことがありますが、水位が低くても渡っている間は、なんとなく怖かったのを覚えています。そして、「ここはネパールの海だよ」と言ったネパール人の言葉も。そのときは、沈む夕日が水に映って、それはきれいでした。)
近いところでは、古都バクタプルでも、浸水した地域がありました。
雨季は、この後1月半ほど続きます。
きっちりと守られて、午後2時丁度に電気が来ました。
お昼ごはんも食べて、体も気持ちもなんとなくボーッとした状態です。
雨季のネパール、雨による災害が連日のように出ていますが、
昨日一日だけでも、
ネパール各地で少なくても39人の人が、洪水や土砂崩れで亡くなっています。
新聞一面のトップには、
西部地区で、洪水に見舞われた人々が、川を渡って非難する様子の写真が載っています。
警官の救助隊が腰まで水に浸かりながら、
非難する子供たちの腕をつかんで、渡してやっている場面です。
その他にも、今日の新聞では「モンスーンのなせる業」とのタイトルで、
洪水から少女を抱き上げる警察官、
チトワンでは水量が危険水域まで上がり、仏陀の像を脅かしている様子、
水害から逃れ、学校の教室に避難した家族、
東部の大きな川の水位が今年一番の高さを示した、との写真が載っています。
(写真は、新聞より)
(余談ですが、この川の鉄橋は、本当に長いのです。過去に何度か渡ったことがありますが、水位が低くても渡っている間は、なんとなく怖かったのを覚えています。そして、「ここはネパールの海だよ」と言ったネパール人の言葉も。そのときは、沈む夕日が水に映って、それはきれいでした。)
近いところでは、古都バクタプルでも、浸水した地域がありました。
雨季は、この後1月半ほど続きます。
雨のシーズンに因んで、傘の話題をお届けします。
14,5年前、私の家の前を通る人達の中で、
傘をさしている人は、本当に少なかったのです。
小雨、大雨にかかわらず、傘をさして歩く人を見るのが珍しいくらいでした。
今、私の家から見る限りでは、ささない人のほうがずっと少なくなりました。
今朝も雨でしたが、子供も一人一つの傘をさしていました。
私の村の店先にも、傘がたくさん並ぶようになっています。
ことによれば、という予感はあったのですが、
昔、「ネパールの人は傘要らないの?」とたずねたことがあるのです。
返ってきた答えが、「必要です。だけど、買えないのです」と、
私の予想した答えだったことがあります。
私は、なんということを聞いたのでしょう・・・
ネパールの人の生活、ここでも変わってきています。
14,5年前、私の家の前を通る人達の中で、
傘をさしている人は、本当に少なかったのです。
小雨、大雨にかかわらず、傘をさして歩く人を見るのが珍しいくらいでした。
今、私の家から見る限りでは、ささない人のほうがずっと少なくなりました。
今朝も雨でしたが、子供も一人一つの傘をさしていました。
私の村の店先にも、傘がたくさん並ぶようになっています。
ことによれば、という予感はあったのですが、
昔、「ネパールの人は傘要らないの?」とたずねたことがあるのです。
返ってきた答えが、「必要です。だけど、買えないのです」と、
私の予想した答えだったことがあります。
私は、なんということを聞いたのでしょう・・・
ネパールの人の生活、ここでも変わってきています。
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