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- 2083年3月アサル月
-
エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:その他
- 投稿日:2026/06/16 11:41
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ネパールは、昨日から、今年の3か月目アサル月になりました。
この月は、雨季が始まる月なのですが、今年は、私が知る限り、いまだに「雨季になった」という記事を見ていません。
でも、空の具合や雨の降り方を見ていると、「雨季」と言っていいのでは、と思う天気の日々です。
今年のアサル月は、日本の6月15日から7月16日までの32日間です。
土曜日以外の休日はありません、と言いたいのですが、今は、日曜日も休日になっているそうですので、土日が連休のようです。
昨日、銀行へ行って確かめましたので、多分、そうなのでしょう・・・
アサル月15日は、「田植えの日」のはずですが、
今年私が買ったカレンダーには、その記述が抜けていて、首をかしげている所です。
(上の暦、3週目の左から2日目、右下に小さく「29」とありますが、日本の6月29日のことです。その枠に書いてあるのがネパールの数字で、「15」を表しています)
ネパールは、米を食べるご飯の国です。
前にネパールの笑い話として紹介しました「ブジャとカジャ」でお分かりのように、
ネパールでは、米のご飯を食べる「ブジャ(食事)」と米のご飯を食べない「カジャ(おやつ)」は別のものと考えています。
で、一日2回とされるブジャ、つまり、朝夕の食事のほか、中間で食べるカジャをあわせれば、結局日に3回は食べているのです。
米の苗を植える日が「田植えの日」とされていて、この日は、国中で祝います。
今年は、肥料の値上がりなどを心配する声がありますが、田植えが順調に行きますように、と願います。
ここのところ、午前中の早いうちは雲があって、心配させるのですが、
昼が近づくと太陽が出てきて、暑苦しさをもたらします。
そうした日が続いているカトマンズです。
「夜、雨が降ればいいのにね」の声を聞く日々です。
私が日本にいた時、といっても、私がまだ、子供だった時から大人になるまでを通じてですが、
こんな経験してなかった・・・と思うことです。
ネパールで、店に電球を買いに行った時のこと、
電球をカバーから外して、そこにあるコンセントに差し込み、スイッチを入れます。
電球は、パッと明るくなって光り続けます。
「点きますね」というように、店の人が私を見ます。
私はうなづき、そして、代金を払って、電球をもらう。
初めてこうした場面を見た時は、、びっくりしました。
店の人は、電球が壊れていないかどうか、を確かめたのです。
こんな経験初めて!でした。
私は、これに「電灯テスト」と名前を付けました。
スーパーで電気釜を買った時には、
空の電気釜をコンセントにつないで、オッケーかどうか、ランプの点灯を確かめました。
このテストは電気製品のみではなく、ガス・クッキングテーブルを買った時にも行われました。
なんと、プロパンガスにつないで、火がつくかどうかを確かめたのです。
最近、延長コードを買ったのですが、その時には、こうしたテストは行われませんでした。
というのは、この品物は、しっかりとした包装がされていて、さすがのネパールでも、これをいちいち破ってまでのテストはできないようです。
国のやり方の違いや、販売量などの違いが、こうしたやり方になっているのでは、と思っています。
最近主流の『電気あんか』、利用者が多分増えていると思われるインダクションの調理台などでも、客の目の前でこうしたテストが行われています。
小さな場面で行われる、店の人と買い物客との確認場面、ちょっといいものです。
こんな経験してなかった・・・と思うことです。
ネパールで、店に電球を買いに行った時のこと、
電球をカバーから外して、そこにあるコンセントに差し込み、スイッチを入れます。
電球は、パッと明るくなって光り続けます。
「点きますね」というように、店の人が私を見ます。
私はうなづき、そして、代金を払って、電球をもらう。
初めてこうした場面を見た時は、、びっくりしました。
店の人は、電球が壊れていないかどうか、を確かめたのです。
こんな経験初めて!でした。
私は、これに「電灯テスト」と名前を付けました。
スーパーで電気釜を買った時には、
空の電気釜をコンセントにつないで、オッケーかどうか、ランプの点灯を確かめました。
このテストは電気製品のみではなく、ガス・クッキングテーブルを買った時にも行われました。
なんと、プロパンガスにつないで、火がつくかどうかを確かめたのです。
最近、延長コードを買ったのですが、その時には、こうしたテストは行われませんでした。
というのは、この品物は、しっかりとした包装がされていて、さすがのネパールでも、これをいちいち破ってまでのテストはできないようです。
国のやり方の違いや、販売量などの違いが、こうしたやり方になっているのでは、と思っています。
最近主流の『電気あんか』、利用者が多分増えていると思われるインダクションの調理台などでも、客の目の前でこうしたテストが行われています。
小さな場面で行われる、店の人と買い物客との確認場面、ちょっといいものです。
ネパールでは、窓に「グリル」と呼ばれる格子をはめてきました。
いつごろから始まったものなのか、確かではありませんが、鉄でできた格子を窓にはめてきました。
もともとは、泥棒除けのために作られたもののようです。
これがはまった窓からは、外へ逃げることはできませんから、それ故の悲劇もあったようです。
デザインは、きわめてシンプルなものから、凝ったものまであります。








上の写真の一部です。

以前、カトマンズで泥棒騒ぎが続いた時には「せめて1階にグリルがついている部屋に住んでください」
という意味のメールが、在ネパール日本大使館から送られたことがあります。
泥棒除けの窓の格子、これも「変わりつつあるもの」の一つといえるでしょう。
いつごろから始まったものなのか、確かではありませんが、鉄でできた格子を窓にはめてきました。
もともとは、泥棒除けのために作られたもののようです。
これがはまった窓からは、外へ逃げることはできませんから、それ故の悲劇もあったようです。
デザインは、きわめてシンプルなものから、凝ったものまであります。








上の写真の一部です。

以前、カトマンズで泥棒騒ぎが続いた時には「せめて1階にグリルがついている部屋に住んでください」
という意味のメールが、在ネパール日本大使館から送られたことがあります。
泥棒除けの窓の格子、これも「変わりつつあるもの」の一つといえるでしょう。
カトマンズのトリブバン国際空港は、カトマンズ中心地から約6km東にあり、カトマンズを囲むリングロードを走るバスで行くこともできます。
1955年に作られた空港は、かつての王様の名前トリブバン・ビール・シャハを記念してつけられました。

(空港の入り口。「トリブバン・インターナショナル・エアポート」と書かれています)

(その裏には、「ネパールへようこそ」の文字が」
国内線も同敷地にありますが、国際線の建物が見えると、左へ行く案内があります。
この道の先に国内線ターミナルがあります。

(左は、国内線ターミナルへ、スズキアルトの後ろ姿が見えるは国際線ターミナルへの道です)
見送りの人たちが入れるのは、ターミナル内までで、手荷物検査カウンターの手前までです。


そこで出発の人と別れをします。
ネパールの国際空港は、トリブバン国際航空のほかに、2023年にポカラに新しく作られた国際空港がありますが、
稼働率やどこの国の飛行機が飛んでくるかなどは、私はつかんでおりません。
20数年前から見ますと、トリブバン国際空港は随分変わりました。
整備され、きれいになってきた、と言えると思います。
お客様の見送りに行くと、海外に働きに行くネパール人と、見送りの家族、関係者などで、いつも混みあっています。
こうした見送りの人、
または、何年か外国で働いた後帰国する息子などを迎える人たちの心の動きが、手に取るように見える国際空港です。
1955年に作られた空港は、かつての王様の名前トリブバン・ビール・シャハを記念してつけられました。

(空港の入り口。「トリブバン・インターナショナル・エアポート」と書かれています)

(その裏には、「ネパールへようこそ」の文字が」
国内線も同敷地にありますが、国際線の建物が見えると、左へ行く案内があります。
この道の先に国内線ターミナルがあります。

(左は、国内線ターミナルへ、スズキアルトの後ろ姿が見えるは国際線ターミナルへの道です)
見送りの人たちが入れるのは、ターミナル内までで、手荷物検査カウンターの手前までです。


そこで出発の人と別れをします。
ネパールの国際空港は、トリブバン国際航空のほかに、2023年にポカラに新しく作られた国際空港がありますが、
稼働率やどこの国の飛行機が飛んでくるかなどは、私はつかんでおりません。
20数年前から見ますと、トリブバン国際空港は随分変わりました。
整備され、きれいになってきた、と言えると思います。
お客様の見送りに行くと、海外に働きに行くネパール人と、見送りの家族、関係者などで、いつも混みあっています。
こうした見送りの人、
または、何年か外国で働いた後帰国する息子などを迎える人たちの心の動きが、手に取るように見える国際空港です。
カトマンズのナヤバスパークについて、書きます。
「ナヤ」は、「ニュー」のことを言い、「ナヤン バルサコ スバカマナ(新年おめでとう)」などと使われます。
リングロードという名の、カトマンズ盆地をぐるりと囲む道路にあるパスパークです。
以前から、一度行ってみたいと思っていましたが、先日、その思いがかないました。
ナヤバスパークは、ネパール各地への長距離バスのほか、主にカトマンズ盆地を走るローカルバスの発着場でもあります。
私が、このバスパークについてのニュースを見るのは、
主にネパール一の国民的な祭りダサインを控えた各地域のバスのチケット売り場の混雑具合が、新聞に取り上げられるときだけでした。

(今の時期は、人も少ないようです)
私も、ネパール各地への長距離バスを利用したことはありますが、
始発場所は、このバスパークではありませんでしたから、今回、初めてナヤバスパークへ行ったわけです。
バスを降りて、バスパークへの道を歩き出した途端、目に入ったのは、これまで見てきた店店の様子とは違っていました。
ここで初めて見たカトマンズの一面でした。
菓子屋がずらっと並んでいます。

店の中には、袋詰めの菓子がびっしり並んでいます。

初めて見る光景にはじめは驚きましたが、すぐに納得しました。
田舎へ帰る人たちが買って帰るみやげ品の菓子に違いない、と。
日本でも、駅の構内やテレビで見た「何処どこみやげに、〇〇菓子はいかがですか」などの広告が、確か、あった、と。
ああ、それと同じ・・・と。
なぜか、ネパールの人たちにより親近感を覚えたのです。
国は違っても人たちの気持ち、やることは同じなんだ・・・と、心がポッとし、顔もやさしくなったようでした。
こうした光景を見て、バスパークの意味を、改めて思い返しました。
こうしたみやげを下げて故郷へ帰る人たちの弾む心と姿が浮かびました。
そして、いよいよバスパークの中へ。
それらしく仕切られ整理されたバスパークの中でした。

長距離バスのボディに画かれた思い思いの絵柄。
写真を撮りました。

(シバ神)


(日本にも、こんな言葉あったな・・・と、撮りましたが、完全ではありませんでした・・・
クイズです!埋めてください)

(25年前に犠牲になった当時の王様の家族写真を掲げる、ネパール愛溢れる図柄!)
リングロードとバスパークへの出入り口は、いつも休むことなく、出るバス入るバスの行き来が続いています。
出ようとするバスの一台にはネパール語で「Bhairahawa」と書かれていて、
これからネパール南部のルンビニの入り口バイラワまでの長い旅に出るのだな、と知りました。
常に出入りのバスの動きがあり、活気に満ちています。
う〜ん、いいもんだ・・・
見送りなどで訪れる車やバイクの駐車料金の看板がありましたので、参考までにご覧ください。

モーターサイクル:30分15ルピー、1時間25ルピー、車:30分40ルピー、1時間75ルピー
*1ルピーと日本の1円は、ほぼ同じと考えてください。
バスパークを出て、向こう側に渡ろうとしたのですが、
そこで交通整理をしていたおまわりさんに「向こう側へはどうにして渡ればいいですか」と声を掛けました。
「ここを横切ればいいんだよ」と、やっぱりね、の返事が返ってきました。
そして、笛を鳴らして、車やバイクを抑えてくれたので、お礼を言いながら結構大きな交差点を渡り切りました。
「ここに歩道橋を作ればいいのに・・・」とおまわりさんに言うことも忘れませんでした。
おまわりさん、ありがとう!
最後にもう一つ。
バスパークには、日本とネパールの名前が並ぶこんなボードがあります。

KATHMANDU
BUS TERMINAL
CONSTRUCTED UNDER THE GRANT AID OF
THE GOVERNMENT OF JAPAN
AS A TOKEN OF
FRIENDSHIP AND COOPERATION
BETWEEN
NEPAL AND JAPAN
1993
旅の出発点でも、到着点でもある心がはずむバスパーク。
また来たいな、と思う場所です。
「ナヤ」は、「ニュー」のことを言い、「ナヤン バルサコ スバカマナ(新年おめでとう)」などと使われます。
リングロードという名の、カトマンズ盆地をぐるりと囲む道路にあるパスパークです。
以前から、一度行ってみたいと思っていましたが、先日、その思いがかないました。
ナヤバスパークは、ネパール各地への長距離バスのほか、主にカトマンズ盆地を走るローカルバスの発着場でもあります。
私が、このバスパークについてのニュースを見るのは、
主にネパール一の国民的な祭りダサインを控えた各地域のバスのチケット売り場の混雑具合が、新聞に取り上げられるときだけでした。

(今の時期は、人も少ないようです)
私も、ネパール各地への長距離バスを利用したことはありますが、
始発場所は、このバスパークではありませんでしたから、今回、初めてナヤバスパークへ行ったわけです。
バスを降りて、バスパークへの道を歩き出した途端、目に入ったのは、これまで見てきた店店の様子とは違っていました。
ここで初めて見たカトマンズの一面でした。
菓子屋がずらっと並んでいます。

店の中には、袋詰めの菓子がびっしり並んでいます。

初めて見る光景にはじめは驚きましたが、すぐに納得しました。
田舎へ帰る人たちが買って帰るみやげ品の菓子に違いない、と。
日本でも、駅の構内やテレビで見た「何処どこみやげに、〇〇菓子はいかがですか」などの広告が、確か、あった、と。
ああ、それと同じ・・・と。
なぜか、ネパールの人たちにより親近感を覚えたのです。
国は違っても人たちの気持ち、やることは同じなんだ・・・と、心がポッとし、顔もやさしくなったようでした。
こうした光景を見て、バスパークの意味を、改めて思い返しました。
こうしたみやげを下げて故郷へ帰る人たちの弾む心と姿が浮かびました。
そして、いよいよバスパークの中へ。
それらしく仕切られ整理されたバスパークの中でした。

長距離バスのボディに画かれた思い思いの絵柄。
写真を撮りました。

(シバ神)


(日本にも、こんな言葉あったな・・・と、撮りましたが、完全ではありませんでした・・・
クイズです!埋めてください)

(25年前に犠牲になった当時の王様の家族写真を掲げる、ネパール愛溢れる図柄!)
リングロードとバスパークへの出入り口は、いつも休むことなく、出るバス入るバスの行き来が続いています。
出ようとするバスの一台にはネパール語で「Bhairahawa」と書かれていて、
これからネパール南部のルンビニの入り口バイラワまでの長い旅に出るのだな、と知りました。
常に出入りのバスの動きがあり、活気に満ちています。
う〜ん、いいもんだ・・・
見送りなどで訪れる車やバイクの駐車料金の看板がありましたので、参考までにご覧ください。

モーターサイクル:30分15ルピー、1時間25ルピー、車:30分40ルピー、1時間75ルピー
*1ルピーと日本の1円は、ほぼ同じと考えてください。
バスパークを出て、向こう側に渡ろうとしたのですが、
そこで交通整理をしていたおまわりさんに「向こう側へはどうにして渡ればいいですか」と声を掛けました。
「ここを横切ればいいんだよ」と、やっぱりね、の返事が返ってきました。
そして、笛を鳴らして、車やバイクを抑えてくれたので、お礼を言いながら結構大きな交差点を渡り切りました。
「ここに歩道橋を作ればいいのに・・・」とおまわりさんに言うことも忘れませんでした。
おまわりさん、ありがとう!
最後にもう一つ。
バスパークには、日本とネパールの名前が並ぶこんなボードがあります。

KATHMANDU
BUS TERMINAL
CONSTRUCTED UNDER THE GRANT AID OF
THE GOVERNMENT OF JAPAN
AS A TOKEN OF
FRIENDSHIP AND COOPERATION
BETWEEN
NEPAL AND JAPAN
1993
旅の出発点でも、到着点でもある心がはずむバスパーク。
また来たいな、と思う場所です。
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