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カトマンズのトリブバン国際空港は、カトマンズ中心地から約6km東にあり、カトマンズを囲むリングロードを走るバスで行くこともできます。
1955年に作られた空港は、かつての王様の名前トリブバン・ビール・シャハを記念してつけられました。

(空港の入り口。「トリブバン・インターナショナル・エアポート」と書かれています)

(その裏には、「ネパールへようこそ」の文字が」
国内線も同敷地にありますが、国際線の建物が見えると、左へ行く案内があります。
この道の先に国内線ターミナルがあります。

(左は、国内線ターミナルへ、スズキアルトの後ろ姿が見えるは国際線ターミナルへの道です)
見送りの人たちが入れるのは、ターミナル内までで、手荷物検査カウンターの手前までです。


そこで出発の人と別れをします。
ネパールの国際空港は、トリブバン国際航空のほかに、2023年にポカラに新しく作られた国際空港がありますが、
稼働率やどこの国の飛行機が飛んでくるかなどは、私はつかんでおりません。
20数年前から見ますと、トリブバン国際空港は随分変わりました。
整備され、きれいになってきた、と言えると思います。
お客様の見送りに行くと、海外に働きに行くネパール人と、見送りの家族、関係者などで、いつも混みあっています。
こうした見送りの人、
または、何年か外国で働いた後帰国する息子などを迎える人たちの心の動きが、手に取るように見える国際空港です。
1955年に作られた空港は、かつての王様の名前トリブバン・ビール・シャハを記念してつけられました。

(空港の入り口。「トリブバン・インターナショナル・エアポート」と書かれています)

(その裏には、「ネパールへようこそ」の文字が」
国内線も同敷地にありますが、国際線の建物が見えると、左へ行く案内があります。
この道の先に国内線ターミナルがあります。

(左は、国内線ターミナルへ、スズキアルトの後ろ姿が見えるは国際線ターミナルへの道です)
見送りの人たちが入れるのは、ターミナル内までで、手荷物検査カウンターの手前までです。


そこで出発の人と別れをします。
ネパールの国際空港は、トリブバン国際航空のほかに、2023年にポカラに新しく作られた国際空港がありますが、
稼働率やどこの国の飛行機が飛んでくるかなどは、私はつかんでおりません。
20数年前から見ますと、トリブバン国際空港は随分変わりました。
整備され、きれいになってきた、と言えると思います。
お客様の見送りに行くと、海外に働きに行くネパール人と、見送りの家族、関係者などで、いつも混みあっています。
こうした見送りの人、
または、何年か外国で働いた後帰国する息子などを迎える人たちの心の動きが、手に取るように見える国際空港です。
カトマンズのナヤバスパークについて、書きます。
「ナヤ」は、「ニュー」のことを言い、「ナヤン バルサコ スバカマナ(新年おめでとう)」などと使われます。
リングロードという名の、カトマンズ盆地をぐるりと囲む道路にあるパスパークです。
以前から、一度行ってみたいと思っていましたが、先日、その思いがかないました。
ナヤバスパークは、ネパール各地への長距離バスのほか、主にカトマンズ盆地を走るローカルバスの発着場でもあります。
私が、このバスパークについてのニュースを見るのは、
主にネパール一の国民的な祭りダサインを控えた各地域のバスのチケット売り場の混雑具合が、新聞に取り上げられるときだけでした。

(今の時期は、人も少ないようです)
私も、ネパール各地への長距離バスを利用したことはありますが、
始発場所は、このバスパークではありませんでしたから、今回、初めてナヤバスパークへ行ったわけです。
バスを降りて、バスパークへの道を歩き出した途端、目に入ったのは、これまで見てきた店店の様子とは違っていました。
ここで初めて見たカトマンズの一面でした。
菓子屋がずらっと並んでいます。

店の中には、袋詰めの菓子がびっしり並んでいます。

初めて見る光景にはじめは驚きましたが、すぐに納得しました。
田舎へ帰る人たちが買って帰るみやげ品の菓子に違いない、と。
日本でも、駅の構内やテレビで見た「何処どこみやげに、〇〇菓子はいかがですか」などの広告が、確か、あった、と。
ああ、それと同じ・・・と。
なぜか、ネパールの人たちにより親近感を覚えたのです。
国は違っても人たちの気持ち、やることは同じなんだ・・・と、心がポッとし、顔もやさしくなったようでした。
こうした光景を見て、バスパークの意味を、改めて思い返しました。
こうしたみやげを下げて故郷へ帰る人たちの弾む心と姿が浮かびました。
そして、いよいよバスパークの中へ。
それらしく仕切られ整理されたバスパークの中でした。

長距離バスのボディに画かれた思い思いの絵柄。
写真を撮りました。

(シバ神)


(日本にも、こんな言葉あったな・・・と、撮りましたが、完全ではありませんでした・・・
クイズです!埋めてください)

(25年前に犠牲になった当時の王様の家族写真を掲げる、ネパール愛溢れる図柄!)
リングロードとバスパークへの出入り口は、いつも休むことなく、出るバス入るバスの行き来が続いています。
出ようとするバスの一台にはネパール語で「Bhairahawa」と書かれていて、
これからネパール南部のルンビニの入り口バイラワまでの長い旅に出るのだな、と知りました。
常に出入りのバスの動きがあり、活気に満ちています。
う〜ん、いいもんだ・・・
見送りなどで訪れる車やバイクの駐車料金の看板がありましたので、参考までにご覧ください。

モーターサイクル:30分15ルピー、1時間25ルピー、車:30分40ルピー、1時間75ルピー
*1ルピーと日本の1円は、ほぼ同じと考えてください。
バスパークを出て、向こう側に渡ろうとしたのですが、
そこで交通整理をしていたおまわりさんに「向こう側へはどうにして渡ればいいですか」と声を掛けました。
「ここを横切ればいいんだよ」と、やっぱりね、の返事が返ってきました。
そして、笛を鳴らして、車やバイクを抑えてくれたので、お礼を言いながら結構大きな交差点を渡り切りました。
「ここに歩道橋を作ればいいのに・・・」とおまわりさんに言うことも忘れませんでした。
おまわりさん、ありがとう!
最後にもう一つ。
バスパークには、日本とネパールの名前が並ぶこんなボードがあります。

KATHMANDU
BUS TERMINAL
CONSTRUCTED UNDER THE GRANT AID OF
THE GOVERNMENT OF JAPAN
AS A TOKEN OF
FRIENDSHIP AND COOPERATION
BETWEEN
NEPAL AND JAPAN
1993
旅の出発点でも、到着点でもある心がはずむバスパーク。
また来たいな、と思う場所です。
「ナヤ」は、「ニュー」のことを言い、「ナヤン バルサコ スバカマナ(新年おめでとう)」などと使われます。
リングロードという名の、カトマンズ盆地をぐるりと囲む道路にあるパスパークです。
以前から、一度行ってみたいと思っていましたが、先日、その思いがかないました。
ナヤバスパークは、ネパール各地への長距離バスのほか、主にカトマンズ盆地を走るローカルバスの発着場でもあります。
私が、このバスパークについてのニュースを見るのは、
主にネパール一の国民的な祭りダサインを控えた各地域のバスのチケット売り場の混雑具合が、新聞に取り上げられるときだけでした。

(今の時期は、人も少ないようです)
私も、ネパール各地への長距離バスを利用したことはありますが、
始発場所は、このバスパークではありませんでしたから、今回、初めてナヤバスパークへ行ったわけです。
バスを降りて、バスパークへの道を歩き出した途端、目に入ったのは、これまで見てきた店店の様子とは違っていました。
ここで初めて見たカトマンズの一面でした。
菓子屋がずらっと並んでいます。

店の中には、袋詰めの菓子がびっしり並んでいます。

初めて見る光景にはじめは驚きましたが、すぐに納得しました。
田舎へ帰る人たちが買って帰るみやげ品の菓子に違いない、と。
日本でも、駅の構内やテレビで見た「何処どこみやげに、〇〇菓子はいかがですか」などの広告が、確か、あった、と。
ああ、それと同じ・・・と。
なぜか、ネパールの人たちにより親近感を覚えたのです。
国は違っても人たちの気持ち、やることは同じなんだ・・・と、心がポッとし、顔もやさしくなったようでした。
こうした光景を見て、バスパークの意味を、改めて思い返しました。
こうしたみやげを下げて故郷へ帰る人たちの弾む心と姿が浮かびました。
そして、いよいよバスパークの中へ。
それらしく仕切られ整理されたバスパークの中でした。

長距離バスのボディに画かれた思い思いの絵柄。
写真を撮りました。

(シバ神)


(日本にも、こんな言葉あったな・・・と、撮りましたが、完全ではありませんでした・・・
クイズです!埋めてください)

(25年前に犠牲になった当時の王様の家族写真を掲げる、ネパール愛溢れる図柄!)
リングロードとバスパークへの出入り口は、いつも休むことなく、出るバス入るバスの行き来が続いています。
出ようとするバスの一台にはネパール語で「Bhairahawa」と書かれていて、
これからネパール南部のルンビニの入り口バイラワまでの長い旅に出るのだな、と知りました。
常に出入りのバスの動きがあり、活気に満ちています。
う〜ん、いいもんだ・・・
見送りなどで訪れる車やバイクの駐車料金の看板がありましたので、参考までにご覧ください。

モーターサイクル:30分15ルピー、1時間25ルピー、車:30分40ルピー、1時間75ルピー
*1ルピーと日本の1円は、ほぼ同じと考えてください。
バスパークを出て、向こう側に渡ろうとしたのですが、
そこで交通整理をしていたおまわりさんに「向こう側へはどうにして渡ればいいですか」と声を掛けました。
「ここを横切ればいいんだよ」と、やっぱりね、の返事が返ってきました。
そして、笛を鳴らして、車やバイクを抑えてくれたので、お礼を言いながら結構大きな交差点を渡り切りました。
「ここに歩道橋を作ればいいのに・・・」とおまわりさんに言うことも忘れませんでした。
おまわりさん、ありがとう!
最後にもう一つ。
バスパークには、日本とネパールの名前が並ぶこんなボードがあります。

KATHMANDU
BUS TERMINAL
CONSTRUCTED UNDER THE GRANT AID OF
THE GOVERNMENT OF JAPAN
AS A TOKEN OF
FRIENDSHIP AND COOPERATION
BETWEEN
NEPAL AND JAPAN
1993
旅の出発点でも、到着点でもある心がはずむバスパーク。
また来たいな、と思う場所です。
最近、といっても、もう2か月くらいは経った・・・と思いますが、
バス料金が上がっています。
値上げの時期だったのか、それとも、イランの問題が関係しているのか、わかりませんが、
簡単に言うと、5ルピー(日本のおよそ5円に相当)上がりました。
それを知らなかった私は、前と同じ料金25ルピーを渡しました。
すると、車掌が「アマ(お母さんのこと。年齢の多い女性に、尊敬をして呼びかける言葉)、30ルピーになったんです」と言うので
びっくりして、「あれっ?そうなの?」と問い返すと、こっくりしましたので、5ルピーをプラスして渡しました。
そしてつい最近、同じことでもめる場面に出くわしました。
女性二人が出した料金に対して、車掌が「二人であと10ルピー足りません」と言い、
それに対して二人が「ここまで25ルピーでしょ!」と強く言い返し、車掌がさらに強く言い返しました。
こうした時の女性は、声は大きいし、耳に入ってくる声には迫力があります。
同じやり取りを2,3回繰り返し、車掌は、「事務所に行って聞いてくれ!」と言っていました。
最後は、女性客が不足分の10ルピーを支払って、静かになり、ヤレヤレ・・・
こんなやり取りを何回も繰り返しているのでしょうから、車掌さんも大変です・・・
バス料金が上がっています。
値上げの時期だったのか、それとも、イランの問題が関係しているのか、わかりませんが、
簡単に言うと、5ルピー(日本のおよそ5円に相当)上がりました。
それを知らなかった私は、前と同じ料金25ルピーを渡しました。
すると、車掌が「アマ(お母さんのこと。年齢の多い女性に、尊敬をして呼びかける言葉)、30ルピーになったんです」と言うので
びっくりして、「あれっ?そうなの?」と問い返すと、こっくりしましたので、5ルピーをプラスして渡しました。
そしてつい最近、同じことでもめる場面に出くわしました。
女性二人が出した料金に対して、車掌が「二人であと10ルピー足りません」と言い、
それに対して二人が「ここまで25ルピーでしょ!」と強く言い返し、車掌がさらに強く言い返しました。
こうした時の女性は、声は大きいし、耳に入ってくる声には迫力があります。
同じやり取りを2,3回繰り返し、車掌は、「事務所に行って聞いてくれ!」と言っていました。
最後は、女性客が不足分の10ルピーを支払って、静かになり、ヤレヤレ・・・
こんなやり取りを何回も繰り返しているのでしょうから、車掌さんも大変です・・・

- マチャポカリからバラジュまで
-
エリア:
- アジア>ネパール>カトマンズ
- テーマ:街中・建物・景色
- 投稿日:2026/06/02 12:06
- コメント(0)
バスパークの隣のバス停マチャポカリでバスを降りました。
ここの交差点から、以前私がトレッキングの目的で乗ったバスが発着するからです。
昼近かったので、待機するバスは少なかったですが、あの時、ここから出発しました。
ローカルバスなので、沿線の人たちがたくさん乗り合わせ、貸し切りの観光バスでは見られない場面を見ました。
車内が人や荷物で埋まって、足の踏み場がなくなると、客が持ち込んだ大きな袋を踏んで進む、
といった、そんなことしていいの?と言いたくなるような場面もありました。
ここから出発した・・・と、懐かしく思いました。

そこから、バスを利用してリングロードを行くつもりでしたが、ふと、気が変わりました。
ここから今私が行きたいところはそう遠くないはず。
だったら、バスはやめて、歩いて行こうか・・・
で、途中で写真を撮りながら、ゆっくり歩きました。
最初は、車が行きかうリングロードを歩きました。
ここ、歩いてもいいのかな・・・と思いましたが、
バスを待つ人たちが道に立っているし、
中には、手をつないで堂々と歩いてくる人もいるので、私も自信を持って歩きました。

(右側のトラックは停車中ですので、ご安心を。)
途中から、脇道に降りて、そこを歩きました。
リングロードとの間に空き地が確保してあり、車とはある程度の距離があって、車道を歩くよりずっと安心感があります。
やっぱりこれでよかった、とほっとしました。
ここも車やバイクは通りますが、台数もそう多くはなく、やはり、車道を歩くよりは、安心ですし、あちこちに気を配ることもありません。

(草が生えている空き地をはさんで、左側がリングロードで、右側が私が歩いた道です。この道の右側には家が並び、しっかりとした歩道が作られています)
少し歩いて、前方斜め前を見ると・・・丘の上に建つスワヤンブナート寺院が目に入りました。
ここからも見えるんだ!と嬉しくなりました。

そして、目的のバラジュに到着。ヤレヤレ・・・
私の足で、12,3分で着きました。
こんな歩きもまた、楽しいものです。
ここの交差点から、以前私がトレッキングの目的で乗ったバスが発着するからです。
昼近かったので、待機するバスは少なかったですが、あの時、ここから出発しました。
ローカルバスなので、沿線の人たちがたくさん乗り合わせ、貸し切りの観光バスでは見られない場面を見ました。
車内が人や荷物で埋まって、足の踏み場がなくなると、客が持ち込んだ大きな袋を踏んで進む、
といった、そんなことしていいの?と言いたくなるような場面もありました。
ここから出発した・・・と、懐かしく思いました。

そこから、バスを利用してリングロードを行くつもりでしたが、ふと、気が変わりました。
ここから今私が行きたいところはそう遠くないはず。
だったら、バスはやめて、歩いて行こうか・・・
で、途中で写真を撮りながら、ゆっくり歩きました。
最初は、車が行きかうリングロードを歩きました。
ここ、歩いてもいいのかな・・・と思いましたが、
バスを待つ人たちが道に立っているし、
中には、手をつないで堂々と歩いてくる人もいるので、私も自信を持って歩きました。

(右側のトラックは停車中ですので、ご安心を。)
途中から、脇道に降りて、そこを歩きました。
リングロードとの間に空き地が確保してあり、車とはある程度の距離があって、車道を歩くよりずっと安心感があります。
やっぱりこれでよかった、とほっとしました。
ここも車やバイクは通りますが、台数もそう多くはなく、やはり、車道を歩くよりは、安心ですし、あちこちに気を配ることもありません。

(草が生えている空き地をはさんで、左側がリングロードで、右側が私が歩いた道です。この道の右側には家が並び、しっかりとした歩道が作られています)
少し歩いて、前方斜め前を見ると・・・丘の上に建つスワヤンブナート寺院が目に入りました。
ここからも見えるんだ!と嬉しくなりました。

そして、目的のバラジュに到着。ヤレヤレ・・・
私の足で、12,3分で着きました。
こんな歩きもまた、楽しいものです。

- ガナタントラ ディアス(Ganantantra Diwas)
-
エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:お祭り・イベント
- 投稿日:2026/05/29 12:33
- コメント(0)
「ガナタントラ ディアス(Ganantantra Diwas)」は、ネパールの「共和制記念日(Republic Day)」です。
毎年ネパール暦のジェト15日に祝われる国民の祝日です。
以前、新聞は、今日のことを
『民衆が専制政治に勝った日であることを忘れず、文化の発展と人民主権の回復へと導く、一般大衆による政治的勝利を達成する日』と書いています。
240年続いた王制を廃止して、共和制に移行した日です。
2008年4月から行われていた反国王運動が最後の盛りあがりを見せ、道路を埋め尽くした人々がネパール最後の国王に迫り、実権をはく奪しました。
国王は王宮を去り、国は2008年より共和制へ移行し、その後、大統領制や国名変更、新憲法制定などを行っています。
今年は、18回目の記念日です。
当時、集会に参加した男性の興奮した語り口から、人々の盛り上がりが伝わってくるのを感じました。
もう、18年、経ったのですね・・・
(ネパールの国旗)
毎年ネパール暦のジェト15日に祝われる国民の祝日です。
以前、新聞は、今日のことを
『民衆が専制政治に勝った日であることを忘れず、文化の発展と人民主権の回復へと導く、一般大衆による政治的勝利を達成する日』と書いています。
240年続いた王制を廃止して、共和制に移行した日です。
2008年4月から行われていた反国王運動が最後の盛りあがりを見せ、道路を埋め尽くした人々がネパール最後の国王に迫り、実権をはく奪しました。
国王は王宮を去り、国は2008年より共和制へ移行し、その後、大統領制や国名変更、新憲法制定などを行っています。
今年は、18回目の記念日です。
当時、集会に参加した男性の興奮した語り口から、人々の盛り上がりが伝わってくるのを感じました。
もう、18年、経ったのですね・・・
(ネパールの国旗)
21 - 25件目まで(1,404件中)





